手の届く存在

スカーレット

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本編

Girls side22話~睦月の焦り~

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突然だが、杉本が大人しくなった。
別に私が殺したとか、そういうことじゃない。
一昨日首を軽く絞めて以降、私は特に彼女に接触をしていないし、彼女もまた私に関わろうとはしなかった。

賢い選択だと思う。
時折怯えきった目で私を見るが、私が視線を感じて杉本を見ると、泣きそうな顔をして目を逸らす。
相当なトラウマになったのだろうと予想される。

藤原かすみにしても同様で、私が冷気でうんちゃら周りに言ってたのだが、当然のことながら誰も信じる訳がなく、頭のおかしい子扱いされて憤慨していた。
頭のおかしいやつ同盟の二人は自然と仲良くなる。
だが、この二人はすっかり萎縮してしまっていて、私にちょっかいをかけることはしない。

まぁ、かけられたらまたお仕置きするだけなんだけど。

放課後、叔父さんから同意書が届いたので早速携帯の名義変更をしに行った。
叔父さんとの関係を証明するための戸籍謄本?も同封してくれていた。
おかげで手続きはすぐ行われ、大して待つこともなく終わる。

翌日、私に話しかけてくる生徒がいた。

「椎名さん、あのね」

この子は確か……誰だっけ。
クラスメートの一人だったのは覚えてるんだけど。

「あ、ごめんね、私高橋っていうの。高橋由利たかはしゆり。覚えてなかった?」

睦月が入学してから数えたら二ヶ月以上すぎてるのに、丁寧に自己紹介をしてくれる。
いい子だなぁ。
やや小さめの身長に、巨大な胸。

これ何て言うんだっけ、ロリ巨乳?
こんなインパクト特大の女の子、忘れることはないと思うんだけどな。 

「あ、高橋さんね。ごめんごめん。何か用事?」
「椎名さんが休んでる間のノート、取ってあるんだ。良かったら使って?」

そう言って、私の机に八冊くらいのノートが置かれた。

「ありがとう、借りていいの?」
「うん、負けないでね」

ガッツポーズを作って、高橋さんは席に戻っていく。
何に負けないで、って言ってるのかわからないがとにかくありがたくノートを借りる。
そういえば、数少ない家族以外の連絡先に、高橋って名前があった気がする。

思い出して携帯を取り出す。
……あった。
もしかして、前の携帯に高橋さんとやり取りしたメールとか残ってたりするんじゃないだろうか。
帰ったら確認を……したいけど、何となく気が引ける。
あったとして、やり取りしたのは私ではなく睦月だからだ。

しかし、これからの接し方等考えるとやはり見ておく方が無難か。
そんなことを考えているうちに授業が終わる。

玄関へ向かう通路で、頭のおかしいやつ同盟が目に入った。
二人は中身のない会話に花を咲かせていたのかもしれないが、私に気付くと怯えて話を中断する。

「…………」

私も一瞬だけ足を止めてその方を見た。
手を軽く振り上げる。
すると二人はビクッとして更に怯えた顔をする。
そして

「ごきげんよう」

敬礼のポーズを取って、再び玄関へ向かう。
二人はポカーンとしていた。

家に帰り、前の携帯の電源を入れる。
少し古い機種だったみたいで、起動に時間がかかる。
しかし可愛げのない機種だ。

思っていると、携帯が起動して待ち受け画面が表示された。
Simカードが刺さっていないので、電波マークは出ていない。
メールアプリを起動して、受信ボックスを流し見る。

「あ、これかな」

思わず声が漏れた。
睦月が事故に遭う前の、高橋さんとのやり取り。

『椎名さんは、普段何してるの?』
『闇より力を抽出する儀式をしてるわ。遥か遠く、数万光年のかなたから私に力をもたらすの』

……ちょっと何を言ってるのかわからないです。

『凄いね、よくわからないけど椎名さんは闇の使者なの?』
『違う。闇そのもの。今は人間の形を取っているだけ。人間の生態を研究するために』

何かよくわからないけど、睦月が仮に闇なら睦月自身から力を抽出?することになると思うんだけど。
他にも会話が成立してない、おかしなメールが数件出てきた。
高橋さん、苦労してたんだなぁ。

こんな電波ちゃんでも友達だと思ってくれてたんだろうか。
だとしたら天使みたいな子だと思う。
とりあえず、今日と同じ様な感じで接したらいいな、これからも。

以前の睦月を演じるのはさすがに骨が折れる。
その方が高橋さんも楽なんじゃなかろうか。

「あ、そうだった」

高橋さんから借りたノートを取り出して、パラパラと眺める。
うん、全部覚えた。
今度の期末テストはこれで楽勝っぽい。
しかし今日はやることが終わってしまって、暇になってしまった。

数日前の慌ただしさが少し懐かしい。
大輝に会いたいな。
しかし、まだきっかけがない。

それに……今会って大丈夫なのか。
ちょっと相談してみるか。

自室へ行き、黒いベッドに横になる。

「おお、スルーズ。新しい体はどうだ?」

着くなりヘイムダルが声をかけてくる。
ジャムさんのとこのヒーローの逆版を連想した。

「まぁ、今のところまずまずってとこかね」
「そうか。聞いたところによると家族関係が大変だそうだな」
「まあね……つっても全員もう亡くなってるし、やることはあと四十九日とかそんなんばっかりだけど」
「ドライだな。記憶にはなくても家族だというのに」
「ならあんたは、見も知らない家族のこと考えて、
センチメンタルになるのか?」
「……ならないか。すまなかった、お前が正しい」

ヴァルハラに入ると、いつもの様にノルンが水晶玉の映像を見ている。

「こんにちは、ノルン。こういうことだったんだね、あんたが言ってたのって」
「あら、スルーズ。理解した?さすがにびっくりしたと思うけど」
「ああ、かなりね。動揺して手鏡一個ダメにしちゃった」
「ところで、何か相談ごと?」
「ああ、そうだった。今の姿で大輝に会うのって、何か今後に影響出る?」
「ああ、なるほどね。気になるところだよね。待ってて……」

ノルンは水晶玉に力を込める。

「えっとね……もしスルーズが本当に望む未来にしたいなら、あと二週間くらいは待った方がいいかな」
「二週間……長いな」
「まぁ、大輝が死んじゃう未来はもう回避されてるけど。ただ、二週間以内に会うんだと、スルーズの望みの一つが叶わなくなるかもしれない」
「望みって?」
「スルーズ、睦月の姿で大輝と結婚したい?」

結婚か……そりゃまぁ、一つの愛の形ではあるけど。

「どうしても、ってことはないかな。一緒にいられてそれなりイチャイチャできるなら正直なんでもいいかも」
「スルーズならそう言うと思った。なら、思う通りにしてみてもいいかもね」
「そうか……ああ、あとさ」
「ん?何か悪いこと考えてるね」
「わかる?大輝の気配とかさ、サーチかけたりしたら大輝って気付いちゃったりするかな?」
「んー……微妙な質問。確率としては、気づいちゃう確率の方が低い、と私は思うかな」
「なるほど。ああ、それから」
「渦でしょ?スルーズが睦月になってからだと一回だけ出てきてるよ」

私は少し身構える。

「どうも、今回のは…まぁどうやら乗り越えたっぽいけどね」
「ならいいけど……だとするとあと四回か?」
「そうなるかな。タイミングが全然掴めないから、対応のしようがないのがね」

ノルンが頭を抱える。
大輝がどうなったとしても、ノルンにはそんなに影響ないはずなのに。
親身になって考えてくれるこのノルンは、本当に私の親友だと思う。

「ありがとうノルン。とりあえず十分だよ。戻るね」
「うん、またねスルーズ」

方針は決まった。
大輝に会いに行こう。
その前に、大輝に気を飛ばしておこう。

要はノルンの水晶玉の力の応用だ。
むむ……あ、映像きた。
何か画質粗い?

あとやっぱり音声こないな。
どうやらバイト中の様だ。
って、何だろう……この光景……というか、これ大輝目線じゃない?

そうだ、これ大輝目線だ。
柏木さんだっけ、もいる。
相変わらず綺麗な人だなぁ。

まだ二十時だし、当分は代わり映えしなそうだな。
視界がややクリアになったが、とりあえず目線を戻す。
思ったより疲れるな、これは……。

二十二時になって、バイトが終わったと思われる時間。
もう一度大輝に目線を合わせる。
何か、やたらちらちら柏木さんを見てる。

柏木さんも、満更でもない感じ。
あれ、これってまさか。
二人で連れ立って一つの建物に入っていく。

やけに慣れてる様に見える。
柏木さんの家かな?
大輝…………やっぱり柏木さんのこと心から悪くは思ってなかったんだね。
少し安心したよ。

ご飯食べてるな。
コンビニのお弁当かな、これは。
柏木さんは楽しそうだけど……大輝はどうなんだろ?

大輝目線だとそれが見えないのが不便だ。
あ、食べ終わったかな。
柏木さんがお風呂に消えた。

大輝は……課題やってる?
あ、この問題……ああ、そうじゃない……あ、気付いたか。
と、視界が揺れる。

大輝が振り返って、バスタオル一枚の柏木さんが抱きついてきてる。
やっぱりこういう関係かぁ。
まぁ、一緒にいる時間長いし、きっかけあればそうなってもおかしくないよね。

これ以上見てるのはさすがに悪趣味かな。
そう思うけど、視線が外せない。
男視線で見る行為は、こんなにも刺激的なのか……。

いかん、これは癖になりそうだ。
名残惜しいが、これ以上見ていると私もおかしくなりそうなので視線を戻す。
大輝が成長してた。

柏木さんとの経験値によるものだろう。
これは再会が楽しみだ。

翌日、学校へ行くと、頭おかしい……長いないい加減。
杉本と藤原が何やら談笑していた。
その輪の中に、高橋さんがいる。

何やら迷惑そうな、困った様な表情を浮かべている。

「だからさ、死んじゃえば良かったんだよ。そう思わねぇ?」

私の存在に気づいていないのか、杉本が高橋さんに言う。

「そんなこと……言ったらダメだよ……」
「いや、お前だって、あんなにノートとってやってたけどさぁ」

ノートね、こりゃ私の話で確定みたいだ。
知らぬが仏、とは言うが私がきていることに気付いたらどんな顔をするのやら。

「おはよう、高橋さん。ノート、ありがとうね」

ノートの部分を強調し、杉本と藤原の肩を逃げられない様に掴み、挨拶する。
手に動揺が伝わってくる。

「ところで、ちょっとこの二人借りていい?いいよね?」 

高橋さんの返事を待たず、二人を無理やり立たせる。

「は、離せよ」
「何だよ、いきなり……」

いいからこい。
二人にだけ見える様に凄みながら、口を動かす。
そのまま引っ張って再び屋上へ。

「あんたら、懲りないんだね。今度は私の友達に手出すわけ?」
「べ、別にお前だけの友達じゃねーだろ……」
「ま、そりゃね。けど、あんな迷惑そうな顔させるのは友達としては失格だと思うけど?」
「う、うるせぇな……」

再度お仕置きが必要だろうか。

「何がしたいの?何が望み?」

とりあえず聞いてみる。

「うるせぇ!あたしらの言うこと聞かなくなったお前なんか死ねばいいんだ!!」

破れかぶれで杉本が叫ぶ。
本音かどうかはわからないが、そういうことなら話は簡単だ。

「私が死ぬのを見たら、満足なの?」
「そうだよ!死ねよ!」

語彙力のない一本調子。

「わかった、よく見ててね」

私はニヤリと笑う。
刃渡りの長い包丁を手にすると、二人は何処から出した?という様な顔をした。
その包丁を、自分の首に向けて横に勢いよく薙ぐ。

「えっ……?」

私の首が飛び、血飛沫が勢いよく舞う。
私の返り血を浴びた二人が、顔面蒼白になった。

「お、おい!?」
「ひっ!!!」

私の首が転がる。

「どう?これで満足?」
「はぁ!?」

飛んで転がった首が喋った。
切り口からはまだ流血が生々しく、口からも血が流れている。
残った体が動いて、首を拾う。

「あ、あ、あ……」

恐怖で言葉にならないのか、もう焦点が定まっていない。
ここらでトドメ刺しとくか。

首を抱えていた体が、首を二人に投げつける。
そして首が、口を開いて杉本の喉元に噛みついた。

「ぐっ!あああああああああああああああ!!!!」
「ひいいいいいい!!!」

とうとう藤原が漏らして、杉本は気を失った。
体が首を掴み、元の位置に戻して、流れていたはずの血が消えた。

「どう?これが、人が死ぬ瞬間の一つだけど。軽々しく死ねとか言うと、後悔するよ」

漏らしただけで気絶していない、藤原に言う。
聞こえてるのかはわからないが、きっと十分に伝わってはいるだろう。
神力を使って、藤原が漏らした尿の始末をする。

痕はおろか、臭いも残っていない。
私って甘いな。

教室に戻ると、すぐに教師がやってきてホームルームが始まった。
一時間めの授業中に、携帯が振動した。
出ることは出来ないが、画面を見ると区役所からだと言うことがわかった。

だとすると相続関係の連絡だろうか。
あとで折り返しておかなくては。

昼休みに電話を折り返すと、やはり相続関係の手続きが概ね終わったという報告の電話だった。
学校が終わったら、行くとしようか。
少なくとも今は、あの二人は再起不能と言ったところだと思いたい。

私の時間を、あいつらに費やしたくない。
それくらいのダメージは与えたつもりだったが、それでも再起できる様なら大したものだと認めてやるのも良いかもしれない。
だが、私の友達にまで手を出すのであれば…そのときは死よりも恐ろしい結果が待つ。

放課後、高橋さんと少し世間話をして、それから学校を出た。
高橋さんには、私は
軽く記憶が混乱してるということにしといた。

区役所へ行き、書類を受け取って出る。
そのとき、私に油断と誤算があった。
大輝の様子を見ておくべきだったかもしれない。

「あっ……」

つい、声が出てしまった。
見知った顔が三人、私を見ていた。
やっべ、どうしよ。

大輝が何やら呟いたのを見て、私は思わず逃げてしまった。
逃げる必要あるのか?と思ったりもしたものだが、結婚したかったら会うな、というノルンの言葉を思い出す。
しかし、結婚ってそんなに大事か?

そう思う一方で、途中で手抜きをするのも何か悔しい。
よくわからない事情で私は走った。

「桜子、明日香!そっち回ってくれ!」

大輝の声が聞こえた。
久し振りに聞いた、大輝の声。
これだけで私、ご飯三杯いけちゃうかも。

しかし、このままだと追い詰められちゃう。
どうしたものか。
考えながら走っていると、曲がり道がある。

「追い詰めた!」

大輝も曲がってくるが、私は神力を使って瞬間移動する。
自分の部屋まで一気に移動した。

「ふぅ……あぶなかった」

鞄を置いて、書類を居間の戸棚に入れる。
思わず逃げちゃったけど、あのアツい感じ、変わってなかったな。
一時期やさぐれてたから心配だったけど、良かった。
あの二人とも、ちゃんと仲良くやってるみたいだったし。

ふと思い立って、大輝の目線を使う。
見たことのない家の前にいる。
何このでかい家。

ヤクザの家っぽいけど……あ、ヤクザ出てきた。
銃出してる……?
何か強そうなお姉さん登場。

あ、ここ宮本さんの家か。
そうか、結構近いんだ。

応接間……かな?
ああ、これ多分私のこと話してるよね。
でも凄い混乱してそう。

そろそろ、私も正体明かさないといけない頃合いかな。
じゃないと色々説明つかないことばっかりだし。

あ、さっきのお姉さん……大輝に用事なんだ。
……こんな部屋で二人きりって……元々知り合いなのかな。
大輝の言うことにいちいち顔を赤くして動揺してる様に見えるけど…これ、口説いてるの?

あ、大輝が動きだした。
まさかこのお姉さんとも?
ちょっと大輝、手広げ過ぎてない?

何だかこのお姉さんも満更でもなさそうな…ああ、もう出来上がってるなこれ。
……お、おお…潮吹き……。
久し振りに見た気がする。

なかなか圧巻だった。
さすがに、後始末が大変そうだ。
春海のときは潮吹いたりしなかったけど、この体はどうなんだろう。

まぁどの体だろうが、その気になればクジラより凄い潮吹きご覧に入れますが。

気付いたら、目の前に大量の寿司、寿司、寿司。
春海の時でもこんな量の寿司は見たことなかった。
さっきのお姉さんが野獣みたいに寿司たべてる。

大輝も食べてるなぁ……こんなに食べて大丈夫なのかな。
ふと、嫌な予感がした。
これ……黒渦じゃん。

もう半分は姿明かした様なもんだしな……助けに行くかな。
けど、一応顔だけ隠して……特に意味はなさそうだけど。
睦月の部屋には、顔を隠せる様なものは何もない。

弟の部屋はどうだろう。
……何だろ、これ。
ふむ、お面か。

戦隊もののピンクのお面が何故かある。
弟はオネェだったんだろうか。
これでいいや。
さて、じゃあいこう。

宮本さんの家に瞬間移動して、門の前に立つ。
結構ギリギリっぽいけど間に合うか……?
門を開けると、ちょっと屈強そうな男がいた。

「何だお前、おかしなカッコしやがって……」
「通して。時間がないの」
「アホか!通せと言われて通すほど甘くねぇんだよ!」

男はいきなり拳を振るう。
いたいけな女子高生に何をしようと言うのか。
掌で拳を受け止め、力を込める。
ギリギリと男の腕の骨が軋み出す。

「あいっ!いてぇ!」

悲鳴を聞いたか、中から続々と男が出てきた。

「ケンタ!どうした!」

ケンタ?
チキンでも販売してるのか、この男。

「この野郎、カチコミか!?」

野郎って、スカート履いてんのに……。

「どいて」

ケンタと呼ばれた男から手を離して、軽く尻を蹴り飛ばす。
襲い来る男どもの攻撃をかわしながら、後頭部にそれぞれ一撃ずつ食らわせ、意識を奪った。
玄関には男どもがバタバタと倒れている。

これで全部だろうか。
とりあえず中に入る。

「おじゃましまーす」

中を疾走する。
大輝の目線である程度は中の様子を把握しているので、迷わず到着。

「とうっ!!」

応接間のドアを勢いよく開けて、中に飛び込んだ。

「何だお前!」

一人の男が私に襲いかかる。
単調な攻撃をかわして、大輝の前へ。

「お前……」

大分苦しそうな大輝が、ポカンと私を見る。
私が誰なのかはわかっていそうだ。

「おっと、私は正義の使者!この戦いを見届けにきただけ!!」

大輝の頭の辺りに右手をかざす。
まずは満腹中枢を……それから……。
胃の中ももうギチギチだ。

その辺の川にでも、中身を転送っと。
大輝の様子が変わった。
飢えた獣みたいな目になっている。

「おっと、やりすぎた」

言うのとほぼ同時に大輝は残りの寿司にむしゃぶりつく。
寿司桶ごと食べそうな勢いだ。
呆気にとられて宮本さんや野口さん、お姉さんも大輝の様子を見ていた。

「な!!」

大輝の残りの寿司を見て、お姉さんが驚きの声を上げる。
あれだけあった寿司が、気付けば二人前まで減っている。
それも瞬く間に平らげる大輝。

「そ、それも食べていいですか!!」

お姉さんの寿司を指差し、了解を得る間もなく手を出し、どんどんと大輝の腹に収めていく。

「え、あ、ああ」

目の前で起きていることが信じられないと言った様子だ。

「あ、あれ?俺、一体何を……」

大輝の体を元の状態に戻すと、本人は正気を取り戻した。
勝ったんだよ、大輝。
そう心の中で呟いてVサインを大輝に向ける。

「このガキ、どうやって入りやがった……」

部屋にいなかった面子が、息巻いて私に迫った。

「やめなさい。彼女は私の客よ」

宮本さんが海鮮丼を食べながらその男を制した。
美味しそう。

「負けたよ、見事な食いっぷりだった」

やや悔しさを滲ませながら、げっぷと共にお姉さんが言う。
豪快なげっぷだなぁ。

「ここにいる全員が証人ね。お父さんに電話してくる」

宮本さんが立ち上がりかけるが、お姉さんが立ち上がって電話を取り出す。

「あ、お嬢。それなら私が」

ああ、トイレ行きたいんだろうな。
あんなに食べれば仕方ないか。


「さて、姫沢さん……でいいのかしら」

宮本さんが私を見て言う。

「私は春海ではない。正義の使者……」

一応取り繕うフリだけする。

「そういうのいいから」

野口さん、冷たい。

「はぁ、仕方ないか。でも、春海じゃないよ。姫沢でもない」

やれやれ、と言った様子を見せながら私はお面を外した。

「春海……」
「だから、春海じゃないんだって、本当」

どう説明したものか。
それに、大輝と結婚できなくなっちゃったな。
まぁ、一緒にいられるならそれでいいか。
とりあえず、生徒手帳を見せておく。

「椎名……睦月……」
「本当に姫沢さんじゃない……」

二人は何とも言えない顔をしているが、大輝だけは何かわかった様な顔をした。
以前から、大輝は私を神格化している節があったし納得ではある。

「いや、こいつは確かに春海だ。というか、春海だった、ってことだろう。そうだな?」 

大体合ってる。
けど、こんなに人がいるところで説明するのはちょっとなぁ。

「説明、してくれるよな?」

大輝は真っ直ぐ私を見て言った。
ならば、明かそう。
ただ、場所はちょっと変えるけど。
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