手の届く存在

スカーレット

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本編

~Girls side~第18話

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「白血病?」
「はい」

大輝やパパ、それにママが来る少し前。
私は自分の病状について女医さんから説明を受けていた。
私の今の症状と検査結果を総合すると、後期の症状の白血病である可能性がほぼ百パーセントであることがわかった、とのことだった。

怪我をして、血が止まらなくなったりする、あの病気だ。
倦怠感や発熱、また白血球数の増加、尿酸値の増加等々、合致する部分多数。
なるほど、こりゃ普通の人間なら死んでもおかしくない。
というか死ぬだろう。

「あと、どれくらい生きられますか?」

私は、知っておきたかった。
やれることはもうほとんどないけど。
大輝に残してあげられるものは、もう残してあるつもりだけど。

「この一ヶ月の間が、おそらく山場です。何か、気になることなどありますか?」

女医さんはいい人なんだろうと思う。
私などは今日会ったばかりの他人で、お客さんみたいなものだと思う。
それでも親身になって話を聞いてくれようとしている。

「いえ……多分、やれることはほとんど終わってるんです。体調おかしいって気付いてから、こうなることはある程度予測できてましたから」

私は淡々と答える。
死ぬことへの恐怖は特にない。
あるのは、大輝やパパ、ママと会えなくなることへの恐怖。

大輝はきっと、私がいなくてもちゃんとやっていける。
もちろん、ちゃんと人間に転生できたら必ずまた出会ってみせるけども。
パパとママはどうだろう。

私は一人娘だから、代わりがいない。
大輝、二人の子どもになってくれないかな。
そうすれば少しでも、あの二人の支えになってあげられたりしないかな。

私自身が死ぬ、ということよりもそういったことが気がかりだった。
死ぬこと自体は大分前から決まっていたんだと思うし、避けられるものではないことがわかっていたから、私は私以外の懸念事項を払拭したかった。

「そうでしたか……何で、異変を感じてからここまで耐えてこられたんですか?正直まともな神経ではここまで耐えるというのは厳しいことかと思います」

女医さんが苦しむ様なことではないのに、女医さんは自分の苦しみの様に言う。
感受性の高い人なんだろうか。
こういう性格だと医者という職業は辛いばかりではないだろうか、などと考える。

「何で、ですか。彼に……大輝に笑っていてほしかったからですかね。結果として、悲しませることにはなってしまってるんですけど」

自嘲気味に笑って、大輝の顔を思い浮かべる。
自分でも、言っていることがおかしいことは自覚している。
黙っていれば、隠していれば最後に必ず大輝が悲しむことになるのは、わかりきっていた。

それでも、大輝が死ぬことだけは回避したい。
その思いだけで今日まで踏ん張ってきたのだ。
それをここであきらめてしまうわけには行かない。

たとえ一時的に誰かを、大切な人を悲しませることになろうとも、最後にはみんなで笑っていたい。
だから私は、この死という結末さえも受け入れてみせると密かに誓った。

「すみません、もうすぐ姫沢さんのご両親が到着する頃合かと思いますので、私はお会いしてこようと思います。一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」

もしまたこの女医さんと会うことが出来るなら、私はこの女医さんと友達になりたいと思った。
今までは受動的に友達を作っていたが、初めてこんなことを考えた。


「入るよ」

パパの声がして、病室のドアが開く。
大輝とママも、パパに続いて入ってくるのが見えた。

「面会時間は二十時までですので、近くなったらまた参ります」 

女医さんが言い、大輝たちは頭を下げる。
大輝は私を見て息を呑んだ。
点滴などがついてかなり大仰な様子になっているのがショックだったのだろう。

「春海……」
「全部、聞いてきたんだね、その顔」

泣き出しそうな、怒っている様な、そんな顔だった。
何かに耐えている様な大輝の表情がとても見ていられなくて、自分自身のせいなのに目を逸らしてしまう。

「ああ……お前、わかってたんだろ、結構前から」
「何でそう思うの?」 

少し意外だった。
バレてはいないはずと思っていたし、大輝はこういうことに敏感な方ではないと思っていたから。

「お前が春海だから、だ」

悔しそうな顔に変わる。
大輝の中の私は何となく神格化されている様な、そんな感じなのだろう。
万能で全能で。

歌がちょっと苦手だけど、それ以外はもうミスパーフェクト。
それが、大輝の中の姫沢春海というわけか。

「そっか……」 

今になって、悪いことをしているな、という思いが湧いてくる。

「俺、言っとくけど怒ってるからな」

大輝の目は確かに、怒りに燃えていた。
けどそれは、私に単純に向けられているというものでもなく、気付かなかった自分自身への怒りもあるんだと思う。

「だよね、ごめん……なんて言っても許してもらえないかな」

ちょっと涙が出そうになって、天を仰ぐ。
大輝は答えなかったが、言いたいことは痛いほどに伝わってくる気がした。

「春海、何で黙ってたんだい?先生が言うには、かなりの苦痛やら伴うって話だったじゃないか」
「気付けなかった私たちも、もちろん悪いけど……」

パパとママも私に問う。

「何で、か。心配かけたくなかったってのもあるんだけど……せっかく入った高校だったから、って言うのが一番大きいかな」

大輝がはっとした顔をしたのが見える。

「お前、俺との約束のために……?」

ここで嘘をついても仕方ない。
大輝は自分を責めるかもしれないけど、誤魔化す様な真似はしたくなかった。

「うん、私、ずっと楽しみだったから。夢だったの。大輝と同じ学校で高校生活過ごせるの、ずっと待ってた」

我が儘だってことは自覚してる。
それでも、この夢だけは諦めたくなかった。
限界まで、極限まで、一緒に過ごしたかった。
異常なまでの執念、と思われるかもしれないが、私にとっては全てとさえ言えたかもしれない。

「俺……」
俯いて大輝が言う。

「大輝?」
「俺がいなかったら、お前はもっとちゃんと……」

大輝の言わんとしていることがわかってしまい、はっとする。

「大輝くん……」
「そんなことを言ってはダメよ、大輝くん」

憔悴していた様子のママが、大輝をたしなめた。

「前に言ったじゃない、あなたは春海の救世主だったのよ」
「……それは、朝の寝起きの話だったじゃないですか」

何を言ってるんだと言いたげな大輝の視線。
良くない方向に大輝が曲がりつつある気がする。

「もちろん、それだってそう。けど、春海は大輝くんと出会ってから本当に変わったのよ。毎日が楽しそうで……」

ママは声を詰まらせて俯く。

「君が出会いまでを否定してしまったら、春海が今までしてきたことが全部無駄になってしまう。そんなことにだけはさせないでくれ」

パパも優しく、諭す様に言う。
大輝は一点を見つめたまま顔を顰めていた。 

「…………」
「ねぇ、大輝」

私からも、今伝えておく必要があるだろう。
世界で一番大切な、この未熟で可愛い恋人に。
歪んだ傷をつけない様に、残さない様に。

「パパとママが言ったとおりなんだよ。私、大輝と一緒にいたかっただけなの。だから、今日まで耐えてこられたの」
「そうかもしれないけど!けど…それでお前が……」

激昂して立ち上がりかける大輝。
それでも私は譲らない。
これだけは伝えておかなければならないから。

「聞いて?人が人を想うって、凄いんだってこと、大輝には覚えててほしい。だって、こんなにも頑張れるんだよ?」

大輝に目線を合わせるべく、上半身を起こす。

「だから、誰かを想うって気持ち、忘れないでね?私のことは忘れてもいいから」

そうじゃないと、大輝はきっと前に進めない。
傷を残せば、彼は立ち止まってしまう。

「ふざけるなよ、お前……忘れられるわけ、ないだろうが!」

目に涙を浮かべて大輝が叫ぶ。
パパが立ち上がりかけたが、ママが大丈夫、と制した。

「大丈夫、今はまだ時期じゃないけど、いつかまた必ず会えるから」
「何だよそれ……」

そうだよね、わからないよね。
また電波発言してる、って思われるかな。
それで笑って大輝が前を向いてくれるなら、それでもいいんだけど。

「まだわからなくてもいいよ。そのうちきっとわかるから」


それから少しだけ、話をした。
これからのこと。
私はこのまま学校に行くことはおそらくできない。

ママは着替えを明日持ってきてくれるとのことだ。
パパは忙しくてこられない日もあるが、来られる日は必ず来ると言ってくれた。
大輝は、最初毎日でも来ると言っていた。

しかし、彼にはやらないといけないことが沢山ある。
バイトをしているのは、朋美の為でもあるが、彼は高校を出たら施設も出ないといけない。
その為のバイトなのに、私が枷になってしまっては意味がなかった。

「歩みを止めてはダメ。私はまだ大丈夫だから、こられるときに来てくれたら満足だから」

不承不承と言った様子だったが、これも大輝の為だ。
私だって本当なら毎日でもきてほしい。
寂しいって気持ちにだって、当然なるんだろうから。

「わかった。明後日は来れると思うから……」
「うん。メールするから。余裕あったら電話するね」

大輝は名残惜しそうにしていたが、私は笑みを返し、三人は帰っていった。
ぽつんと一人残されて、急激に寂しさがこみ上げてくるのを感じる。
大輝は、前を向いてくれるだろうか。

私が愛した人だから、きっと大丈夫。
そう思う一方で、その前に人間なんだという気持ちがぶつかり合う。
パパかママにでも、死んでしまった後のことをちゃんと頼んでおいた方がいいだろう。

携帯を取り出し、画面を見る。
いけない、充電が切れてしまいそうだ。
これからは携帯かテレビが友達になるのだ、電池を切らしてはそれこそ死活問題になる。

翌日。
昨夜、大輝とは少しメールをした。
大輝は気分が乗らなかった様なので、私から切り上げて寝る、と伝えた為、特に実のある話はしていない。
十時過ぎたころだろうか、ママが私の着替えと女の子向けのファッション誌などを買ってきてくれた。

「春海、食べたいものない?あれば私、買ってくるから」

そうは言っていたが、予め簡単なお弁当を作ってくれている。
それを差し置いてあれこれ食べたいなどと言えるほど神経は太くない。

「ママが作ってくれたなら、そのお弁当食べたいかな。病院のご飯、美味しくなくてさ」

気を遣ったつもりは全くなく、正直に言ったつもりだったが、ママはちょっと目が潤んでいた。
涙腺弱いなぁ。
うんうん、と頷いてママは弁当の包みを開けてくれる。

箸を受け取って、ママが持ってくれている弁当箱の中身を見る。
油ものは意識的に避けて作ってくれた様だった。
胃腸が弱っていると察してくれたのだろう。

やはりママはさすがだ。
お弁当に舌鼓を打ちながらしばし歓談をし、昼前くらいにママは帰っていった。

暇になった。
SNSとか一切やってなかったな、そういえば。

『病気で入院なう』

とか呟いておくべきだろうか。
そもそもフォロワーとかいないし、アカウントもない。
今から作っても誰が見るんだ、ということになって思いとどまる。

何より、大輝に言ったらきっと怒り狂うに違いない。
今の大輝を刺激するのは避けた方が懸命だろう。
かなりおかしな方向にこじれる懸念がある。

そうなると野口さんや宮本さんとの関係に摩擦を生んでしまったりと、もうあんまり身動きの取れない私では修復不可能になってしまうだろう。

今日は大輝はアルバイトだったっけ。
施設の近所にあるコンビニでバイトしてるんだったかな。
一回だけ見に行ったら、すごい気まずそうな顔してたっけ。

その理由は、もう一人いた女の人なんだけど…名前何だっけ。
柏……柏餅。
ああ、食べたいなぁ。

いや、そうじゃない。
柏木さん、そうだ、柏木さんだ。
綺麗な人だったのを覚えている。

まるで兄弟みたいに仲良かった。
大輝は反目してたっぽいけど、それでも嫌ってるんじゃないのがすぐわかった。
あの人も、きっと大輝を支えてくれるだろう。

大輝は毒婦とか言ってたけど、あの人は本当は凄くやさしい人なんじゃないかなって私は思う。
でも毒婦って言葉のチョイスが独特だよね。

夕方になり、夕飯の時間が近くなったが、あまりお腹が空かない。
昼前に食べたママのお弁当、張り切って食べすぎたのかな。
このままじゃまたご飯残しちゃう。
少し、お腹空かせることしないとなぁ。

(ノルン?ノルーン!聞こえてんでしょ?応答してよ)

心の中で念じてみる。
多分、向こうでノルンは私の心の声を聞いてくれてる。
確認したことはないけど、確信がある。

(おいこらノルン!応答しないと、次行った時にヴァルハラのみんなにあんたの失態言いふらすから!!)

少し横暴かなと思ったけど、私はやめない。

(ちょっと?何言うつもりなのかなぁ?)

のんびりした口調で、ノルンが答える。
ほらきた。

(ああ、良かった。ノルン、こんなときだけど聞いておきたい。次の体ってもう目途立ってるの?)

少し間が開く。
調べてくれてるんだろうか。

(えっとね……うん、立ってる……ね……)

何だか歯切れが悪い。
何か都合の悪いことでもあるんだろうか。

(何?便秘?それとも自家発電の最中だった?だったら改めるけど)
(バカ!そんなんじゃないよ!大体私に彼の一人もいない前提って失礼じゃない!?いないけどさ……ちょっと気になることがあってね。でも、これはまだ知らない方が、スルーズの為かもしれない)

そんなこと言われたら余計に気になるでしょうが。

(何よ、そんな思わせぶりなこと言われたら、気にするなって言う方が無理でしょ)
(そうなんだけど……うん、そのときのお楽しみってことにしとこ?)
(何だよ、中途半端だなぁ……)
(ごめんね、でも今言ってもきっとスルーズは信じられないと思うから)
(どういうこと?)
(今余計に混乱させたら、きっとスルーズはこのミッションしくじっちゃうよ?それでも聞きたい?)
(……それは困る。仕方ない、用意があるってことだけはわかったからいい。それより、体調の問題でそっちしばらく行けないけど、みんな元気?)
(こないだ、ヴァルハラでトールとスクルドが珍しくケンカしてたかな。トールが酒飲んで絡んだのが原因みたいだけど)

意外な組み合わせだ。
真面目一辺倒のスクルドと豪快な性格のトール…合うとは思えないが。
二人とも、そういえばしばらく会ってないなぁ。

(オーディン様の雷くらって沈黙したけどね)

そりゃご愁傷様……。
あんなの二度とくらいたくない。
ロキ辺りはマゾっぽいし、何度でも食らったらいいと思うけど。

ヘイムダルも何だかんだ言って喜びそうだな。
そう考えると歪んだ愛情だなぁ……。

晩御飯を何とか食べて、女医さんが問診に来る。

「お加減は、どうですか?」
「晩御飯は何とか、食べられました」

お腹をさすって見せると、軽く微笑む女医さん。

「いい傾向ですね。大体の方はこういう時、精神的なショックもあって食欲が減退してしまう傾向があるんですが……姫沢さんはお強いですね。この分なら、完治は難しくても一時帰宅くらいならどうにかなるかもしれないですね。当然、油断はできませんが」

そりゃ、戦女神ですし。
そういう意味じゃないって?

「そんなことないですよ。割と凹んでたりしますから」

正直に話すと、またも女医さんは笑みをこぼす。
何か思い出すことでもあるのだろうか。

「先生は……そんなに優しいですけど、その調子だと、医者って職業が辛いと感じたりしないんですか?」

かねてから疑問に思っていたことを質問してみる。
少し驚いた様な顔をしたが、元の笑顔に戻る。

「少しだけ、昔の話をしましょうか」

女医さんは、医師免許を取って研修医でいた頃はまだ、希望に満ちた人間だったという。
多くの人の命を救い、誰かに感謝されて自分も満足の行く処置や診察が出来る、そんな医者を志していたのだそうだ。
有名な大学の医学部をかなりの好成績で卒業できたこともあって、周りからは将来を有望視されていた。

そして研修期間が終わって一年ほどは、そんな輝かしい望む未来が見えていた。
本人曰く、そこで少し天狗になっていた自分がいた、と言っていたが今の様子からはとても信じられなかった。
ある日運び込まれてきたのは、私と同じ様に高熱でうなされ、倒れた一人の少年だった。

その少年は突然倦怠感を訴え、そのまま倒れたのだという。
女医さんがたまたま空いていたので受け持つことになって、検査をさせることにした。
私と違って、すぐに意識がなくなってそのまま検査を受けることになったのだが、そこで問題が生じた。
本人からしたらいつもの、流れ作業の様な感覚での指示だった。

そこに彼女の油断があったと言える。
そして彼女の言うことなので誰も疑わなかった。

「血液検査の、採血量を誤って指示していたんです」

子どもから採る量は、大人のそれとは大きく異なる。
絶対量がそもそも違うので、大人と同じ様に採血をしたらそれこそ命にかかわる。
そのことに気付いて慌てて指示を変えようとした彼女だったが、既に採血が終わってしまっていた。

顔面蒼白になって呼吸も弱くなっていくその少年に、緊急で輸血を施そうと試みるが、合う血液型の血液パックがそこにはなく、近場のセンターから持ってくる場合でも早くて二十分ほどかかる。
女医さんは周りの制止も聞かず、自分の車を出して近場のセンターまで走った。
事情を説明し、身元を明かして何とかして輸血用の血液パックを受け取ることができた。

これなら、と思った矢先に女医さんに病院から連絡があり、その少年が息を引き取ったことが告げられた。
失意の中、病院に戻ると少年の両親がその亡骸に縋って泣き崩れている。
女医さんは誠心誠意謝った。

土下座した。
しかし、その両親は女医さんを責めなかった。
そのことが何より辛かった、と女医さんは言う。

責められてなじられて、最悪殴られても、その方がどれだけ気が楽だったか、と。

「結局その重責に耐え切れなくなって、私はその病院を辞めたんですけどね。大学時代の恩師が、今の病院を紹介してくれました。私は最初断ったんですが」

その恩師は、そこまで責任を感じるのであれば、その責任を別の病院で全うしてはどうか、と言ったのだそうだ。
一週間ほど彼女は悩み、働きもせずに過ごす日々が続いたある日、ふと買い物に出たところで事件に遭遇する。
交差点を渡っていた歩行者が、無理な左折をしてきた車にひき逃げされた。

「何でしょうね、体が勝手に動くなんてことがあるんだな、ってそのとき思いました」

救急車を呼び、自分の上着や鞄を使って適切な処置を行うことでその被害者は一命を取り留めることができた。
その患者からはひどく感謝され、複雑な気分だったがそのことを恩師に報告して、やはり紹介してほしいと頼み込んだそうだ。
自分が生きる道はこれしかなく、自らのミスで死なせてしまった少年への贖罪もまた、医者としてするべきだと。

恩師は何も言わず、紹介状を書いて彼女に手渡した。
涙ながらにそれを受け取り、翌日面接を受け、翌週から勤務が開始された。

「あれからもうすぐ二年近くになりますね」

感慨深そうに女医さんは言った。

「改めて、あの少年のご両親の元へは謝罪に伺いました。言葉の上では許していただけましたが、当然というかやはり納得いかない部分はあるんだと思います」
「…………」
「ですが、私は医者を辞めてしまうわけにはいかない。免許剥奪とならなかったのも、何かの導きだと思ってます」

なるほど。
確かに、私はこの人が担当医で少し良かったと思っている。
昔話を聞いて、その思いは少し強まった気がする。

「まぁ、そのことがあっても私は超越者になったり、白衣が黒くなったりはしてませんけどね。では、お大事になさってください」

冗談めかして言うが、驚いた。
漫画とか読むんだ、あの人。
というか私が元ネタ知らなかったらどうするつもりだったんだろう。

電波な医者だとか思われてたんじゃないだろうか。
女医さんが立ち去ったあとで、私はあの漫画が読みたくなった。
今度ママに頼もうかな。
三十九冊とかあったと思うから、もって来るの大変かな。


『何か少し落ち着いてきたかもしれない。まだ油断できないって言ってたんだけど、もしかしたら一時帰宅出来る日がくるかもって』

大輝にメールを送っておく。
少しでも安心してくれたらありがたい。
こんなことになってしまったけど、大輝には暗い生活なんかしてほしくないのだ。

あの輝きが失われてしまうことなど、あってはならない。
まぁ、一時帰宅は多分気休めだろうと思うが。
ここからよくなる見込みはおそらく皆無だろう。

あの女医さんなりの、優しさというわけだ。
悪気があってのものではないし、寧ろ気遣ってくれようとしたその心を私は嬉しく思った。

二十二時を少し過ぎて、大輝からメールがきた。
バイトが終わったのだろう。

『返事遅れてごめん、バイトだった。それは喜ばしいな。明日、見舞い行くからその時ゆっくり聞かせてくれよな』

あっさりとしてはいるが、蔑ろにされているのではないのが伝わってくる。
明日は大輝もきてくれるし、少し楽しみにしておこう。
そんな少しの希望を胸に、私は眠りに落ちた。
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