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本編
~Girls side~第9話
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今週から、私の念願(我が儘)叶って私の家で、週末デートは敢行される。
こうなったらもう、二人の距離はガンガン詰まって行くばかりだろう。
お泊まりもいつかは、なんて奥ゆかしいことを考えていたが、いつかはなんてもう無理、ということで今週はお泊まりしてもらう様メールを出した。
よもや逆らってくる様なことはないと思うが、勉強会もやるのよ、という意味合いも込めて勉強セットも持参する様付け加えた。
これによって大輝の警戒心はほぐされ、安心してうちに来れるというわけだ。
「俺、ちょっと前から姫沢のこと、いいなって思ってて……」
お泊まりデートを翌々日に控えた日の放課後。
私は同学年の男子から呼び出されていた。
特に話したこともなく、クラスも違うので接点など当然ない。
「私のこと?どの辺がいいと思ったの?」
もちろん断るつもりで応じたわけだが、こんな私の何処をいいと思ったのか、ちょっと興味はあった。
力に訴えられても百パーセント負けることは有り得ないし、万が一にも身の危険はない。
あるとしたら逆に、相手に怪我させたり死なせたりしないかと言う不安くらいか。
「雰囲気……だろうな。不思議な感じがする」
不思議ちゃんだと?
雰囲気が不思議ちゃん?
雰囲気イケメンとかは聞いたことがあるけど、雰囲気不思議ちゃんなんてのは聞いたことがない。
語呂も悪い。
何よりそれ、悪口じゃないの?
と思ったが、悪意が感じられたわけではないので深呼吸して気分を落ち着かせる。
「そう、ありがとう。気持ちは嬉しいけど、私彼氏いるから。ごめんなさい」
ありきたりな断り文句だと思う。
彼氏いたって付き合っちゃう子なんて別に珍しくもない。
けど、大輝が彼氏なのだから話は別だ。
あの子を裏切れ、なんてぬかすやつがいたらそりゃ……即刻打ち首よね。
特別イケメンということもないこの、私に想いを告げてくれた男の子は残念そうな顔をしたが、理解はしてくれたみたいで助かった。
ごめんね、君はきっと、いい女の子と知り合えると思う。
立ち去る間際にそう思った。
これで二年になってから二十六回。
入学してからは五十回を超える、こういった呼び出し。
うんざりした顔を見せるのはさすがにない、と思うので作り笑いでやり過ごすのだが、みんな多分私のガワしか見てない。
胸もおっきくなってきたし、顔だって確かに可愛い方だろう。
けど、そんなのは飾りでしかない。
エッチの時に、役に立つかもしれないけど……それは相手がどんな人間か知ってからっていうのが一般的だと私は思う。
だから、私は大輝とそうなるのを我慢しているし、大輝の意志を尊重している。
ガワしか見てない人たちはきっと、私とまぐわうことを連想している人がほとんどなんだろう。
大輝とそうなるのは私も夢の一つではあるが、それが全てではない。
魂が視覚化できない人間たちは不便だなと改めて思う。
そして迎えたお泊まりデート当日。
大輝は大輝で今週、ちょっと大変だったらしい。
井原さんが実は、大輝のルームメイトを好きだったということが事故により本人に知れてしまって、ちょっとギクシャクしたり。
その本人は井原さんが動くまで傍観に徹すると表明していたり。
そのどれもが私にはあまり関係ないことだったが、大輝は自分のことの様に心配し、考えていた。
そんな大輝が私にはとても眩しく移る。
感受性の高い子なんだろうと思う。
目に留まること全てを、何とかしたいんだろう。
もちろんそんなことが不可能なのは承知していると思う。
それでも、伸ばせる限り手を伸ばして手繰り寄せて何とかしたい。
それが宇堂大輝という人間。
「……って訳なんだけど、どう思う?」
「なるほどねぇ」
大輝がこういう相談を持ちかけてくるのは珍しい。
いつもは、誰々とサッカーした、とか男の子らしい世間話が多いので、こういう相談は新鮮だった。
「まぁ、俺があれこれ口出すのは違うかなってわかってるんだけどさ」
「まぁ、その通りではあるかな。けど、片や親友なわけだし、気になるよね」
大輝のルームメイトの良平くんは一度だけ会ったことがある。
醤油顔と言えばそれまでだが、イケメンだとは思う。
性格も悪くはない。
「そこなんだよなぁ……あいつだって、気にならないってことはないんだと思うし」
「井原さんか……あの子割と可愛いよね」
私は、素直に思ったことを言う。
「あー……整った顔してるか、確かに」
「私より可愛い?」
わかってて聞いてしまう。
大輝は、人の見た目にあんまりこだわりがない。
仮に私がデートで鼻くそつけてたり目やにだらけな顔でも……いや、さすがに気にするか。
「ばっか、そんな目で見てねーわ」
「ならいいけど。事故のあとよく見てたみたいだからさ?」
大輝が他の女の子を見ていると聞いただけでも、ちょっと胸の奥がモヤモヤしてしまう。
「いやいや、普通に様子見てただけだから」
素っ気なく言う。
わかってる。
わかってるけど。
「私、意外と寛大だから浮気の一つくらいは甲斐性だと思って許すと思う」
「えっ」
意外そうな顔だった。
浮気バレイコール死、みたいなイメージでも持たれてるんだろうか。
「でも、隠す努力はしてね?どうせバレるし、無駄な努力にはなっちゃうけど」
バラすつもりはなかったんだ、っていう姿勢くらいは見せてほしい、という意味だ。
「ええ……」
「大っぴらに浮気なんてしたら……」
ゆらりと立ち上がり、大輝を見下ろす。
ちょっと気分がいい。
「私…大輝もその女の子も殺しちゃうかもしれない」
血の気の引いた大輝の顔。
これをまた赤く染めるのが楽しい。
「お、落ち着こうか。断言するが、浮気はない」
「本気になっちゃうってこと?」
ここまで必死になってくれる大輝のこと、信じてないはずがない。
「違うわ!他の女の子に興味とかないってこと」
「そう?本当に私だけを見てくれる?」
「視界に入れないで、まで行くとさすがに無理だからな?それは理解してくれ」
「そんな物理的に無理なお願いしないよ」
ちょっと笑ってしまう。
もちろん、屈折率を調節したら不可能ではないのだけど。
大輝自体も実体を持っている以上ぶつかってしまったりとロクなことにならないだろう。
「ねぇ、少しだけ、軽く束縛してもいい?」
不安を紛らわす様に、私は大輝にお願いする。
私が言っているのは、物理的に縛り付けるという意味だ。
恋愛面における束縛とは違う。
「何だよ今更。少しと言わず別に構わないぞ?」
きっと大輝は後者だと思っただろう。
それに、束縛したい、なんて言い出す彼女を可愛いなんて思ったかもしれない。
ごめんね、大輝。
もう我慢できないんだ。
「へへ、言質取った」
私は大輝をお姫様抱っこで抱き上げて、そのままベッドに寝かせた。
私の匂いをベッドに感じたのか、少し顔が赤い。
もう少し私の匂いを堪能しててね。
すぐ済ませるからね。
ああ、大輝大輝大輝大輝……。
そのまま両手をベッドの端にくくりつける。
「おい、冗談だよな?」
引きつった様な顔を浮かべる大輝。
「冗談に見える?」
とろけた様な笑みを浮かべる私。
「…………」
「これなら……大輝は安全だよね」
浮気は疑ってないが、大輝を狙う影のことは気になるから。
きっと私自身が危ないものだと今まさに思われてるんだろうな。
「暴れちゃダメだよ?危ないから」
初体験でケガとか、したくないでしょ?
「よっこいしょーいち」
「古っ!」
言いながら大輝の腰辺りに跨がる。
まだ脱がせてないけど、騎乗位が初体験でもいいよね。
「おい、まさかとは思うが……」
「大体想像通りだと思うよ?」
ここまできて違うこと想像できたら、それはそれで面白いけどね。
ちょっと震えている大輝の、唇を貪る。
最近キスもほとんどしてなかったからか止まらない。
調子に乗って大輝の首や胸、腹へも舌を這わせる。
いちいちビクビクする大輝が可愛くて、私は止まらなくなってきてしまっていた。
次第に大輝の一部が硬くなって来ているのを感じた。
「た、頼む春海……降りてくれ……俺、もう……」
もう、何だろう。
もしかして出ちゃいそう、とか?
私は少し調子に乗りすぎていた様だ。
「あれ、ちょっと硬くなってない?」
このままだと確かにヤバいかも、と考えて離れようとして、更に刺激が加わってしまう。
私の下で、少し震える様な感覚があって、全てを察した。
大輝は一点を見つめたまま、微動だにしない。
「あ……ええっと……その……ごめんね……?」
つい抑制ができず、相手が童貞であることも忘れ、動き過ぎてしまった。
「うう……」
パンツの中が大惨事なのは想像に難くない。
かくいう私もちょっと洪水注意報だ。
「あの、えっと、お風呂入る?そうしよう?そのまま晩御飯って訳にもいかないし……」
大輝は答えない。
まぁ、普通に考えて恥ずかしいよね。
「…………」
「す、すぐ用意するからね、待っててね」
この空気から逃れる様に、私は風呂の用意をしに行った。
「あら春海、どうしたの?」
ママと鉢合わせ。
ああ、どう説明したものか……。
「いやぁ…ちょっとその、大輝が暴発を…」
オブラートに包んだつもりだが、これでは答えたも同然だ。
私も相当焦っているらしい。
「暴発?……あ、ああ、ああ、なるほど、ああ」
ママはちょっと目を白黒させていた。
そうなるよね、わかるよ、うん。
「なのでお風呂用意しまっす……」
「そ、そうね。ちゃんと心のケアしてあげてね?」
「善処します……」
お風呂を沸かして、大輝を部屋に呼びに行く。
湯加減は良いはずだ。
「お風呂、用意できたよ?入って来ない?」
もそもそと大輝は立ち上がって替えのパンツを出したりしてた。
「あー……一緒に入っちゃう?」
「…………」
少しでも和んだら、と思っての一言だったんだけど……。
無視はさすがに刺さった。
まぁ、私が悪いんだけど。
「あ、そのさ、パンツ!私洗おうか?」
「……いい。大丈夫だから」
そう言って大輝は部屋から出て行った。
あんなに落ち込んだ様子の大輝は初めて見る。
あれなら怒りをぶつけられた方がいくらかマシな気がする。
賢者タイム中はそんなもんなんだろうか。
大輝の匂いが充満した部屋。
さすがにこの部屋に戻ってくるのは辛かろう。
私は、この匂いをおかずにご飯食べるのもいいんだけど。
ひとまず窓を開ける。
ベッドの一部分に消臭剤をかける。
五分もそうしてると、匂いが元に戻っていくのを感じた。
けど、いつもと何か違う。
ああ、そうか私も下着替えとかないと。
少し汚してしまったし、その匂いかこれは。
とりあえず汚してしまった下着はビニール袋に放り込み、軽く縛っておく。
大輝の荷物に忍ばせてしまうのも考えたが、さっきの今でそれをやったらどうなるか想像出来なかった。
どう接したら良いんだろう、今日。
ちょっと迷った私は、携帯を取り出す。
こういうとき頼れるのは友達だよね。
要件を手早く入力し、送信する。
ああ、そういえばバスタオル置いてあげるの忘れてた。
ちょっと可愛い柄のを選んで洗面所へ。
バスケットにタオルを置いたところで浴室のドアが開き、生まれたままの姿で自分で洗ったであろうパンツを握りしめた大輝と鉢合わせした。
「きゃああああああああ!!」
悲鳴の主は大輝だ。
私に悲鳴を上げろとか、そんな女子力を求めるのは間違っている。
「ふむ……」
言いながら私は大輝の相棒を眺めていた。
思ったよりも男性していてびっくりだ。
「だぁから反応逆だろっつーのー!!はよ出てけ!!」
大輝が慌てて引き返し、ドアを閉められてしまう。
「あ、ごめん。タオル……渡し忘れてたから……」
「わかったから、良いから、一旦出てもらえる?」
ちょっとふてくされた声がした。
「まだ……怒ってる?」
「怒ってないから」
本当だろうか。
「泣いてない?」
「泣きたい気分だけど、もう何とか大丈夫だから!」
ヤケクソっぽい。
「そう……なら良かった。早く出てきてね」
「お前が出てったらな」
そんなに恥ずかしかったのか。
私のも見たかったらいつでも見せてあげるのにな。
そのあと私もお風呂を済ませ、ママもお風呂を済ませる。
そのあと既に用意してあったらしい晩御飯をとる。
「スープ……どうかしら?」
ママが明るく話してかける。
「ええ……美味しいですよ、とっても」
無表情で答える大輝。
ママも事情を知ってることがショックだった様だ。
「うん……美味しいと思う。さすがママだね!」
場を盛り上げる為、私も大袈裟にいう。
こういうとき、何て声をかけたら良いのかわからない。
ちらちらと大輝を見て、目が合うと何となく逸らす。
ママはそんな私たちをニコニコしながら見ていた。
また大輝と目が合ったので今度は逸らさない様にしたが、大輝から逸らされた。
これは……拒絶……?
そんなぁ…。
ぐったりした私を見かねた様に、ママが笑う。
「大輝くん、あのね」
「……何でしょう」
「そろそろ……許してあげてもらえないかしら」
「…………」
ママはこんなとき、とっても優しい。
大輝もさすがに逆らったりはしないだろう。
「……そうですね。春海」
「はい……」
ちょっと神妙そうにしてみる。
さすがにここでふざけたら、大輝は怒り出すかもしれないから。
「ああいうの、もう無理やりしようとしないって約束できるか?」
ああ、押し切れなかったか……。
「わかった……」
自分でもわかる程に落胆してしまう。
「あと一つ。桜井たちにこのこと絶対言うなよ?」
あ、ヤバい。
こうくることは予想してなかった。
「うん……それなんだけど」
「ん?」
まさかと言う顔をする。
「大輝にどう接したらいいかって相談がてらメールを……」
「おっまえぇぇえぇ!!ふざけんなよ!?本当に、ふっざけんなよ!?うおおおおおお!!!」
大輝が壊れた。
わかる、気持ちは痛いほど。
私は動転してどうかしていた。
「ご、ごめんなさい。デリケートな問題だから、学校で言わないであげて、って一応釘刺してあるけど……」
「俺はお前に釘刺しとけば良かったよ!!どーすんだこれ!学校行けねーだろうが!!」
初めて見る、マジ切れ大輝。
さすがのママもおろおろしている。
「大輝くん、落ち着いて……」
どうにかして大輝を宥めようとしている様だ。
「ええ、そうですね!落ち着いて……られるかあああああぁぁぁ!!!!」
半狂乱の様相で食事を済ませ、律儀にも自分で食器を台所に持って行って、一人先に私の部屋に戻って行った。
「入るよ」
私の部屋だけど、一応ノックをする。
とくに何かしてるなんて疑ってはいないが、気遣いは必要だろう。
「…………」
答えないので、とりあえず床に座る大輝の横に腰かける。
それに合わせる様に大輝は腰を引いた。
それを繰り返すうち、大輝をベッドまで追い詰めてしまう。
「ごめんね、大輝。私が悪かった」
軽く大輝を抱きしめて言う。
「……もういいよ。俺の堪え性のなさが原因でもあるから」
薄く自嘲気味に笑い、大輝が答える。
「よくわからないけど、我慢した方なんじゃない?」
大輝が普段どれくらいで果てるのか、まだ知らないし。
「お前、少しお黙ろうか」
顔面にギリギリとアイアンクローがめり込む。
これまた珍しい。
「どうしたら許してくれる?」
何なら今から責任取ってもいいと思う。
お互いよくなればドロー……とはならないかな。
「どうしたらってなぁ……」
大輝は出してもないのに大量に出しちゃったことを気にしてるんだろう。
何がとは敢えて言わない。
「でもね、大輝」
「あ?」
「タコの交尾ってオスが足に種乗せてメスに渡すらしいから、大輝のはタコよりマシだったんだと思うよ」
「そりゃ面白い雑学だけど、何の慰めにもなってねーよありがとう!!」
私としては割と全力で慰めたつもりだったんだけどな……。
お気に召さなかったご様子だ。
となれば、もう答えは一つだ。
「やっぱりこれしかないのかなぁ……」
今度は何だ?という顔をする。
「おい、もういいっての……」
「ダメ、私の気が済まないもん」
「俺が許せば気が済むんだったら、許すから」
半ばうんざりしてるのが見て取れる。
「ダメ。私も大輝の見たし、大輝も私の見て」
「……は?」
ポカンとする大輝。
私は下腹部を押さえ、大輝を見た。
「で、頑張って私もイくから。ちゃんと見てて」
「待て!何のプレイだよそれ!見るだけじゃ済まないだろ絶対!!てか直視できる自信ねーよ!!!」
叫び過ぎなのか後半、声がかすれて聞こえた。
「見てくれないの?」
それはそれでちょっとショックだ。
「見るよ、いつかな!でも今じゃない!」
「そんな強情張らなくてもいいのに……」
今見てもあとで見てもそんなに変化はないんじゃないかな。
ああ、もしかして一番搾りをご馳走したい、的な?
「初志貫徹って言葉知ってるか」
「そんなものは今朝トイレに流してきた」
「俺の決意を勝手にトイレに流さないでくれ!!」
口ではそう言ってるけど、大輝は少しずつその気になってきてくれている気がする。
さっきまでより、諦めたオーラが出ているのがわかる。
私はベッドに横になり
「ほら、とりあえず横になって」
と大輝を促した。
枕をポンポンと叩いてこっちよ、と誘導する。
大輝はまだ決めかねているんだろうか。
「…………」
もぞっと動く気配。
それを感じながら、私……は……あれ……。
いつの間にか意識を手放していた様で、目が覚めたら朝になっていた。
こうなったらもう、二人の距離はガンガン詰まって行くばかりだろう。
お泊まりもいつかは、なんて奥ゆかしいことを考えていたが、いつかはなんてもう無理、ということで今週はお泊まりしてもらう様メールを出した。
よもや逆らってくる様なことはないと思うが、勉強会もやるのよ、という意味合いも込めて勉強セットも持参する様付け加えた。
これによって大輝の警戒心はほぐされ、安心してうちに来れるというわけだ。
「俺、ちょっと前から姫沢のこと、いいなって思ってて……」
お泊まりデートを翌々日に控えた日の放課後。
私は同学年の男子から呼び出されていた。
特に話したこともなく、クラスも違うので接点など当然ない。
「私のこと?どの辺がいいと思ったの?」
もちろん断るつもりで応じたわけだが、こんな私の何処をいいと思ったのか、ちょっと興味はあった。
力に訴えられても百パーセント負けることは有り得ないし、万が一にも身の危険はない。
あるとしたら逆に、相手に怪我させたり死なせたりしないかと言う不安くらいか。
「雰囲気……だろうな。不思議な感じがする」
不思議ちゃんだと?
雰囲気が不思議ちゃん?
雰囲気イケメンとかは聞いたことがあるけど、雰囲気不思議ちゃんなんてのは聞いたことがない。
語呂も悪い。
何よりそれ、悪口じゃないの?
と思ったが、悪意が感じられたわけではないので深呼吸して気分を落ち着かせる。
「そう、ありがとう。気持ちは嬉しいけど、私彼氏いるから。ごめんなさい」
ありきたりな断り文句だと思う。
彼氏いたって付き合っちゃう子なんて別に珍しくもない。
けど、大輝が彼氏なのだから話は別だ。
あの子を裏切れ、なんてぬかすやつがいたらそりゃ……即刻打ち首よね。
特別イケメンということもないこの、私に想いを告げてくれた男の子は残念そうな顔をしたが、理解はしてくれたみたいで助かった。
ごめんね、君はきっと、いい女の子と知り合えると思う。
立ち去る間際にそう思った。
これで二年になってから二十六回。
入学してからは五十回を超える、こういった呼び出し。
うんざりした顔を見せるのはさすがにない、と思うので作り笑いでやり過ごすのだが、みんな多分私のガワしか見てない。
胸もおっきくなってきたし、顔だって確かに可愛い方だろう。
けど、そんなのは飾りでしかない。
エッチの時に、役に立つかもしれないけど……それは相手がどんな人間か知ってからっていうのが一般的だと私は思う。
だから、私は大輝とそうなるのを我慢しているし、大輝の意志を尊重している。
ガワしか見てない人たちはきっと、私とまぐわうことを連想している人がほとんどなんだろう。
大輝とそうなるのは私も夢の一つではあるが、それが全てではない。
魂が視覚化できない人間たちは不便だなと改めて思う。
そして迎えたお泊まりデート当日。
大輝は大輝で今週、ちょっと大変だったらしい。
井原さんが実は、大輝のルームメイトを好きだったということが事故により本人に知れてしまって、ちょっとギクシャクしたり。
その本人は井原さんが動くまで傍観に徹すると表明していたり。
そのどれもが私にはあまり関係ないことだったが、大輝は自分のことの様に心配し、考えていた。
そんな大輝が私にはとても眩しく移る。
感受性の高い子なんだろうと思う。
目に留まること全てを、何とかしたいんだろう。
もちろんそんなことが不可能なのは承知していると思う。
それでも、伸ばせる限り手を伸ばして手繰り寄せて何とかしたい。
それが宇堂大輝という人間。
「……って訳なんだけど、どう思う?」
「なるほどねぇ」
大輝がこういう相談を持ちかけてくるのは珍しい。
いつもは、誰々とサッカーした、とか男の子らしい世間話が多いので、こういう相談は新鮮だった。
「まぁ、俺があれこれ口出すのは違うかなってわかってるんだけどさ」
「まぁ、その通りではあるかな。けど、片や親友なわけだし、気になるよね」
大輝のルームメイトの良平くんは一度だけ会ったことがある。
醤油顔と言えばそれまでだが、イケメンだとは思う。
性格も悪くはない。
「そこなんだよなぁ……あいつだって、気にならないってことはないんだと思うし」
「井原さんか……あの子割と可愛いよね」
私は、素直に思ったことを言う。
「あー……整った顔してるか、確かに」
「私より可愛い?」
わかってて聞いてしまう。
大輝は、人の見た目にあんまりこだわりがない。
仮に私がデートで鼻くそつけてたり目やにだらけな顔でも……いや、さすがに気にするか。
「ばっか、そんな目で見てねーわ」
「ならいいけど。事故のあとよく見てたみたいだからさ?」
大輝が他の女の子を見ていると聞いただけでも、ちょっと胸の奥がモヤモヤしてしまう。
「いやいや、普通に様子見てただけだから」
素っ気なく言う。
わかってる。
わかってるけど。
「私、意外と寛大だから浮気の一つくらいは甲斐性だと思って許すと思う」
「えっ」
意外そうな顔だった。
浮気バレイコール死、みたいなイメージでも持たれてるんだろうか。
「でも、隠す努力はしてね?どうせバレるし、無駄な努力にはなっちゃうけど」
バラすつもりはなかったんだ、っていう姿勢くらいは見せてほしい、という意味だ。
「ええ……」
「大っぴらに浮気なんてしたら……」
ゆらりと立ち上がり、大輝を見下ろす。
ちょっと気分がいい。
「私…大輝もその女の子も殺しちゃうかもしれない」
血の気の引いた大輝の顔。
これをまた赤く染めるのが楽しい。
「お、落ち着こうか。断言するが、浮気はない」
「本気になっちゃうってこと?」
ここまで必死になってくれる大輝のこと、信じてないはずがない。
「違うわ!他の女の子に興味とかないってこと」
「そう?本当に私だけを見てくれる?」
「視界に入れないで、まで行くとさすがに無理だからな?それは理解してくれ」
「そんな物理的に無理なお願いしないよ」
ちょっと笑ってしまう。
もちろん、屈折率を調節したら不可能ではないのだけど。
大輝自体も実体を持っている以上ぶつかってしまったりとロクなことにならないだろう。
「ねぇ、少しだけ、軽く束縛してもいい?」
不安を紛らわす様に、私は大輝にお願いする。
私が言っているのは、物理的に縛り付けるという意味だ。
恋愛面における束縛とは違う。
「何だよ今更。少しと言わず別に構わないぞ?」
きっと大輝は後者だと思っただろう。
それに、束縛したい、なんて言い出す彼女を可愛いなんて思ったかもしれない。
ごめんね、大輝。
もう我慢できないんだ。
「へへ、言質取った」
私は大輝をお姫様抱っこで抱き上げて、そのままベッドに寝かせた。
私の匂いをベッドに感じたのか、少し顔が赤い。
もう少し私の匂いを堪能しててね。
すぐ済ませるからね。
ああ、大輝大輝大輝大輝……。
そのまま両手をベッドの端にくくりつける。
「おい、冗談だよな?」
引きつった様な顔を浮かべる大輝。
「冗談に見える?」
とろけた様な笑みを浮かべる私。
「…………」
「これなら……大輝は安全だよね」
浮気は疑ってないが、大輝を狙う影のことは気になるから。
きっと私自身が危ないものだと今まさに思われてるんだろうな。
「暴れちゃダメだよ?危ないから」
初体験でケガとか、したくないでしょ?
「よっこいしょーいち」
「古っ!」
言いながら大輝の腰辺りに跨がる。
まだ脱がせてないけど、騎乗位が初体験でもいいよね。
「おい、まさかとは思うが……」
「大体想像通りだと思うよ?」
ここまできて違うこと想像できたら、それはそれで面白いけどね。
ちょっと震えている大輝の、唇を貪る。
最近キスもほとんどしてなかったからか止まらない。
調子に乗って大輝の首や胸、腹へも舌を這わせる。
いちいちビクビクする大輝が可愛くて、私は止まらなくなってきてしまっていた。
次第に大輝の一部が硬くなって来ているのを感じた。
「た、頼む春海……降りてくれ……俺、もう……」
もう、何だろう。
もしかして出ちゃいそう、とか?
私は少し調子に乗りすぎていた様だ。
「あれ、ちょっと硬くなってない?」
このままだと確かにヤバいかも、と考えて離れようとして、更に刺激が加わってしまう。
私の下で、少し震える様な感覚があって、全てを察した。
大輝は一点を見つめたまま、微動だにしない。
「あ……ええっと……その……ごめんね……?」
つい抑制ができず、相手が童貞であることも忘れ、動き過ぎてしまった。
「うう……」
パンツの中が大惨事なのは想像に難くない。
かくいう私もちょっと洪水注意報だ。
「あの、えっと、お風呂入る?そうしよう?そのまま晩御飯って訳にもいかないし……」
大輝は答えない。
まぁ、普通に考えて恥ずかしいよね。
「…………」
「す、すぐ用意するからね、待っててね」
この空気から逃れる様に、私は風呂の用意をしに行った。
「あら春海、どうしたの?」
ママと鉢合わせ。
ああ、どう説明したものか……。
「いやぁ…ちょっとその、大輝が暴発を…」
オブラートに包んだつもりだが、これでは答えたも同然だ。
私も相当焦っているらしい。
「暴発?……あ、ああ、ああ、なるほど、ああ」
ママはちょっと目を白黒させていた。
そうなるよね、わかるよ、うん。
「なのでお風呂用意しまっす……」
「そ、そうね。ちゃんと心のケアしてあげてね?」
「善処します……」
お風呂を沸かして、大輝を部屋に呼びに行く。
湯加減は良いはずだ。
「お風呂、用意できたよ?入って来ない?」
もそもそと大輝は立ち上がって替えのパンツを出したりしてた。
「あー……一緒に入っちゃう?」
「…………」
少しでも和んだら、と思っての一言だったんだけど……。
無視はさすがに刺さった。
まぁ、私が悪いんだけど。
「あ、そのさ、パンツ!私洗おうか?」
「……いい。大丈夫だから」
そう言って大輝は部屋から出て行った。
あんなに落ち込んだ様子の大輝は初めて見る。
あれなら怒りをぶつけられた方がいくらかマシな気がする。
賢者タイム中はそんなもんなんだろうか。
大輝の匂いが充満した部屋。
さすがにこの部屋に戻ってくるのは辛かろう。
私は、この匂いをおかずにご飯食べるのもいいんだけど。
ひとまず窓を開ける。
ベッドの一部分に消臭剤をかける。
五分もそうしてると、匂いが元に戻っていくのを感じた。
けど、いつもと何か違う。
ああ、そうか私も下着替えとかないと。
少し汚してしまったし、その匂いかこれは。
とりあえず汚してしまった下着はビニール袋に放り込み、軽く縛っておく。
大輝の荷物に忍ばせてしまうのも考えたが、さっきの今でそれをやったらどうなるか想像出来なかった。
どう接したら良いんだろう、今日。
ちょっと迷った私は、携帯を取り出す。
こういうとき頼れるのは友達だよね。
要件を手早く入力し、送信する。
ああ、そういえばバスタオル置いてあげるの忘れてた。
ちょっと可愛い柄のを選んで洗面所へ。
バスケットにタオルを置いたところで浴室のドアが開き、生まれたままの姿で自分で洗ったであろうパンツを握りしめた大輝と鉢合わせした。
「きゃああああああああ!!」
悲鳴の主は大輝だ。
私に悲鳴を上げろとか、そんな女子力を求めるのは間違っている。
「ふむ……」
言いながら私は大輝の相棒を眺めていた。
思ったよりも男性していてびっくりだ。
「だぁから反応逆だろっつーのー!!はよ出てけ!!」
大輝が慌てて引き返し、ドアを閉められてしまう。
「あ、ごめん。タオル……渡し忘れてたから……」
「わかったから、良いから、一旦出てもらえる?」
ちょっとふてくされた声がした。
「まだ……怒ってる?」
「怒ってないから」
本当だろうか。
「泣いてない?」
「泣きたい気分だけど、もう何とか大丈夫だから!」
ヤケクソっぽい。
「そう……なら良かった。早く出てきてね」
「お前が出てったらな」
そんなに恥ずかしかったのか。
私のも見たかったらいつでも見せてあげるのにな。
そのあと私もお風呂を済ませ、ママもお風呂を済ませる。
そのあと既に用意してあったらしい晩御飯をとる。
「スープ……どうかしら?」
ママが明るく話してかける。
「ええ……美味しいですよ、とっても」
無表情で答える大輝。
ママも事情を知ってることがショックだった様だ。
「うん……美味しいと思う。さすがママだね!」
場を盛り上げる為、私も大袈裟にいう。
こういうとき、何て声をかけたら良いのかわからない。
ちらちらと大輝を見て、目が合うと何となく逸らす。
ママはそんな私たちをニコニコしながら見ていた。
また大輝と目が合ったので今度は逸らさない様にしたが、大輝から逸らされた。
これは……拒絶……?
そんなぁ…。
ぐったりした私を見かねた様に、ママが笑う。
「大輝くん、あのね」
「……何でしょう」
「そろそろ……許してあげてもらえないかしら」
「…………」
ママはこんなとき、とっても優しい。
大輝もさすがに逆らったりはしないだろう。
「……そうですね。春海」
「はい……」
ちょっと神妙そうにしてみる。
さすがにここでふざけたら、大輝は怒り出すかもしれないから。
「ああいうの、もう無理やりしようとしないって約束できるか?」
ああ、押し切れなかったか……。
「わかった……」
自分でもわかる程に落胆してしまう。
「あと一つ。桜井たちにこのこと絶対言うなよ?」
あ、ヤバい。
こうくることは予想してなかった。
「うん……それなんだけど」
「ん?」
まさかと言う顔をする。
「大輝にどう接したらいいかって相談がてらメールを……」
「おっまえぇぇえぇ!!ふざけんなよ!?本当に、ふっざけんなよ!?うおおおおおお!!!」
大輝が壊れた。
わかる、気持ちは痛いほど。
私は動転してどうかしていた。
「ご、ごめんなさい。デリケートな問題だから、学校で言わないであげて、って一応釘刺してあるけど……」
「俺はお前に釘刺しとけば良かったよ!!どーすんだこれ!学校行けねーだろうが!!」
初めて見る、マジ切れ大輝。
さすがのママもおろおろしている。
「大輝くん、落ち着いて……」
どうにかして大輝を宥めようとしている様だ。
「ええ、そうですね!落ち着いて……られるかあああああぁぁぁ!!!!」
半狂乱の様相で食事を済ませ、律儀にも自分で食器を台所に持って行って、一人先に私の部屋に戻って行った。
「入るよ」
私の部屋だけど、一応ノックをする。
とくに何かしてるなんて疑ってはいないが、気遣いは必要だろう。
「…………」
答えないので、とりあえず床に座る大輝の横に腰かける。
それに合わせる様に大輝は腰を引いた。
それを繰り返すうち、大輝をベッドまで追い詰めてしまう。
「ごめんね、大輝。私が悪かった」
軽く大輝を抱きしめて言う。
「……もういいよ。俺の堪え性のなさが原因でもあるから」
薄く自嘲気味に笑い、大輝が答える。
「よくわからないけど、我慢した方なんじゃない?」
大輝が普段どれくらいで果てるのか、まだ知らないし。
「お前、少しお黙ろうか」
顔面にギリギリとアイアンクローがめり込む。
これまた珍しい。
「どうしたら許してくれる?」
何なら今から責任取ってもいいと思う。
お互いよくなればドロー……とはならないかな。
「どうしたらってなぁ……」
大輝は出してもないのに大量に出しちゃったことを気にしてるんだろう。
何がとは敢えて言わない。
「でもね、大輝」
「あ?」
「タコの交尾ってオスが足に種乗せてメスに渡すらしいから、大輝のはタコよりマシだったんだと思うよ」
「そりゃ面白い雑学だけど、何の慰めにもなってねーよありがとう!!」
私としては割と全力で慰めたつもりだったんだけどな……。
お気に召さなかったご様子だ。
となれば、もう答えは一つだ。
「やっぱりこれしかないのかなぁ……」
今度は何だ?という顔をする。
「おい、もういいっての……」
「ダメ、私の気が済まないもん」
「俺が許せば気が済むんだったら、許すから」
半ばうんざりしてるのが見て取れる。
「ダメ。私も大輝の見たし、大輝も私の見て」
「……は?」
ポカンとする大輝。
私は下腹部を押さえ、大輝を見た。
「で、頑張って私もイくから。ちゃんと見てて」
「待て!何のプレイだよそれ!見るだけじゃ済まないだろ絶対!!てか直視できる自信ねーよ!!!」
叫び過ぎなのか後半、声がかすれて聞こえた。
「見てくれないの?」
それはそれでちょっとショックだ。
「見るよ、いつかな!でも今じゃない!」
「そんな強情張らなくてもいいのに……」
今見てもあとで見てもそんなに変化はないんじゃないかな。
ああ、もしかして一番搾りをご馳走したい、的な?
「初志貫徹って言葉知ってるか」
「そんなものは今朝トイレに流してきた」
「俺の決意を勝手にトイレに流さないでくれ!!」
口ではそう言ってるけど、大輝は少しずつその気になってきてくれている気がする。
さっきまでより、諦めたオーラが出ているのがわかる。
私はベッドに横になり
「ほら、とりあえず横になって」
と大輝を促した。
枕をポンポンと叩いてこっちよ、と誘導する。
大輝はまだ決めかねているんだろうか。
「…………」
もぞっと動く気配。
それを感じながら、私……は……あれ……。
いつの間にか意識を手放していた様で、目が覚めたら朝になっていた。
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