手の届く存在

スカーレット

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~Girls side~第1話

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私が姫沢春海になったのは、もう何回目だろうか。
数えることすらアホらしくなってしまって、とりあえず言えるのは年数にしたら二万年前後に及ぶということくらいしかわからない。
初めに言ってしまうと私には、というより私の魂には死という概念がない。

何を言っているのか、と思われるかもしれないので、もう少し補足しておく。
まず、私は元々姫沢春海という人間ではなかった。
そもそも人間ですらなかった。

元は……戦女神と呼ばれていた。
ヴァルキュリアとか、ワルキューレとか、地方によって呼び名は様々らしい。
名前ももちろんある。

スルーズという名前が。
人によって、私の名はその通り体を表していたと言う。
私自身、そんなことはないと思っていた。

神という立場ではあるが、性別は女性だし人並み……神並み?に異性への憧れもあったし、性的なことへの興味もあった。
戦女神であった頃にも、それなりに男性経験は積んでいたし、しかしその何百倍も戦闘経験を積んだ。

話を戻すが、私は何度も姫沢春海の人生をやり直している。
理由は、宇堂大輝。
彼を生かす為。

もちろん、姫沢春海の体に憑依する前も、様々な人間に憑依してきた。
ラグナロクが終わって間もなく、私たち神はやることがなくなってしまって、有り体に言えば暇になったのだ。
そこで、世界の人間を観測することを選んだ者が何人かいた。

その観測を助ける者、阻む者も当然出てきたが、観測そのものを阻むことは誰にも出来ない。
阻むというのは、人生そのものを邪魔しようとすること。
もしくは、変えてしまおうと考えること。

上手くいかなかった時のその悔しい顔を眺めて楽しもうとする、悪趣味な連中なのだ。
観測とはその対象に憑依して、私たち神がその者の人生を体験することを指す。

私たち神が憑依できる相手は限られていた。
条件がいくつかあり、一つは瀕死の重傷、もしくは重体の状態でかつ、魂が抜けかけていることが必然。
簡単に言えば、危篤状態でなければならない。

意識や魂が正常な人間への憑依を試みたこともあるが、一瞬ではじき出されてしまったという者の証言がある。
完全に死んでしまった体への憑依も不可能だ。
また、この憑依自体は便利な能力などではなく、制限がある。

その体から出るには、その体を死なせる必要がある。
仮死状態でもその判定になるのかは定かではないが、生き返る可能性があるので不可という話を、聞いたことがある。
つまり、対象を変えたいという場合にはその対象を殺す必要があるということだ。

だが、この方法はあまり推奨されていない。
何故なら、神が自ら手を下して人間を殺した場合、死体は消えてなくなってしまう。
そして消えるのは死体だけではない。

存在そのものが、存在していたという事実ごと消えてしまう。
そうなると、世界の時間軸にも多大な影響を及ぼしてしまうことがあるため、よほどでない限りはやってはならないことになっている。
その対象が死んだ時、我々は選ばなければならない。

やり直すか、他の対象に移るかを。
やり直す場合にも、世界の時間軸への影響が懸念されたが、

「やり直すことそのものはプラスの要素。存在が消えることはマイナスの要素。根底が違うので、やり直すのは可」

という意見が多数あり、これについては認められている。
また、時間軸そのものは一本ではなく、何億もの線が絡み合っているものである。
よって、変わらない世界と影響の出る世界とが存在する。

ならば存在を消してしまうのも大して変わらないのでは?
そんな声も聞かれたが、神が自分の都合で人間を消してはならない、というこれも多くの声に消されることとなった。
やり直すことを選べば、死の手前から憑依する瞬間までを選んでやり直すことが出来る。

他の対象を選べば、その瞬間で死にかけている対象の元へ、一瞬で飛ばされて憑依することになるのだ。
元の私の体は、神界しんかいで眠っている。
魂が離れて久しいが、もう何年眠っているのか。

老いるとか衰えると言った概念はないので、安心して離れていられる。
もちろん、対象の体の睡眠中に限って元の体に戻ることは可能だ。
しかし、対象の体が起きてしまった場合に関しては強制的に元の体から魂が引き剥がされて、戻される。

また、対象の体から魂を剥がす方法として、殺したり自殺するのとは別の抜け道がある。
寿命もしくは病気だ。
しかし、前者は何もしなくて良いが後者は大変だ。

何故なら神であるこの魂には、神力しんりょくが働いているため、大抵の病気やケガを一瞬で癒やしてしまう。
そうなると寿命までほぼ死ぬことは出来ない。
だが、神力は自らの意志で効力を限り無くゼロにすることができる。

神力をゼロにする労力、そして病気の症状のダブルパンチで相当苦しいらしいが、確実に死ねるという。
余談だが、本来は食事や排泄、風呂に至っても必要がない。
全部神力で賄えてしまうからだ。

これに関しては利用することは自由とされている。
しかし、あまりに大っぴらにやるのは避けなければ、人間の混乱を招くと言われている為、私は人間気分を謳歌するために排泄の部分にしか使っていない。

かなり話が逸れてしまった。
しかし、私についてはある程度理解してもらえたのではないかと思う。
話を戻すと姫沢春海の人生は、ほぼ宇堂大輝を死なせてしまうものだった。

姫沢春海が生きていることで、宇堂大輝が死んでしまうと言い換えてもいい。
これが、私には気に入らなかった。
何度となくやり直した姫沢春海の人生だったが、そのパターンは二千ほどに収束するところまでは掴んだ。

その内、宇堂大輝が人生を全うできるパターンは僅か四パターンほど。
姫沢春海が宇堂大輝と知り合わないパターンが一個だけあったが、これはとてもじゃないが見ていられないものだった。
詳細は省くが、誰も幸せになれないものだとだけ言っておく。

宇堂大輝が人生を全うできるパターンの内、三パターンは私……私の魂と結ばれないもの。
これも見ていて苛立ちの方が強かったので捨てることにした。
残り一パターン。
これは、姫沢春海が宇堂大輝と結ばれる。

それも、かなり早い段階で。
多少歪な関係と言えなくもなかったが、不幸になる人間の方が少なく、宇堂大輝に取ってはかなり有意義な人生を送ることが出来る。
ただ一つ、姫沢春海が死ぬことが条件にはなるのだが。
私は、この人生を選ぶことにした。

姫沢春海は小学校低学年の頃に酷い高熱を出し、意識不明の重体に陥っていた。
当然昏睡状態が続き、誰もが彼女の死を覚悟しただろう。
しかし、覚悟した通りにはならなかった。

何故なら私という神が憑依して、その体を長らえることが出来たからだ。
私が憑依して、姫沢春海の体は見る見るうちに回復した。

「奇跡としか言い様がない」

医者はこう言っていた。
姫沢春海の両親は、二人ともがこの体を抱きしめ、生還を喜んだ。

神力によって高熱は消え去り、体の強さも並の人間を遥かに凌駕していたが、一応今は人間の体なので休みを余儀なくされる。
退屈な時間ではあったが、両親がついて色々話をしてくれていたので時間潰しくらいにはなった。

二日ほどして、学校へ行く許可が下りる。
その前日、あまりの退屈さに辟易し、母親の秀美に我が儘を言ったことがあった。

「ママ、私もう大丈夫だよ?ほら」

そう言って支えなしの逆立ちやらバク転、果てにはムーンサルトを披露する。
秀美は驚愕の表情を浮かべていた。
それでも、許しは出なかった。

待ちに待った、学校への登校。
私が姫沢春海。
今はスルーズではない。

「スルーズでっす!よろしく!」

などと名乗れば恐らく冷たい目で見られてクラスで浮くか、混乱するか。
いずれにせよ宜しくないと考えて、私は姫沢春海として生きることを決める。

「春海~、春海~、私は春海~♪」

春海になりきるために歌いながら登校した。
スルーズだった頃は飛んで移動できたし、場所によっては瞬間移動的なこともできた。
厳密には今もできる。

しかし、普通の人間が空から降ってきたりしたらさすがに大騒ぎになるだろう。
諦めて歩いて学校へ行く。

「あっ、春海ちゃん!もういいの!?」

クラスメートの女の子が、目を輝かせて私を迎えてくれる。
しまった、予習が足りなかった。

この子誰だろう。
いい魂の色してるなぁ。

「あ、うん、平気平気。心配かけてごめんね」

当たり障りなさそうな言葉を選んで発言する。

「一瞬心臓止まったって聞いてたから、春海ちゃんて凄いんだなーって、思ったよ」

その子は本気で感心している様だ。
そりゃ、神の力使ってますし。
一瞬止まった程度ならすぐ動かしてみせますわ。
もちろん声には出さないが。

「うん、何か大丈夫だったみたい。一昨日くらいからもう大丈夫だったんだけどさ、大事をとって休め~、なんて言われちゃって。参っちゃうよねっ」

てへ、とウインクしながら舌を出しておどけてみせる。
その子はぽかーんとしていた。
あら、やらかしたかな。

「春海ちゃんてそんなキャラだったっけ?何か前より明るい様な……」

ああ、やはりやらかしていた。

「そ、そう?久しぶりに学校きて、テンション上がっちゃったかな、ははははー」

所詮相手は小学生。
騙すなど容易いことだ。
教師がきて、出席をとる。

一人一人フルネームで呼ぶ人だったらしく、そのおかげでさっきの子の名前を知ることができた。
倉持成美くらもちなるみというらしい。
よし、覚えた。

というかクラスメート全員、総員35名の名前をとりあえず覚えた。
四時間目の授業が終わると、昼休みになる。
給食の時間だ。

待ってました!
心の中で小躍りする。
本当にやったらまた変な目で見られる。

きっと私が来る前の春海は、根暗キャラだったんだろうと、勝手に決めつける。
だがイメージは所詮イメージ。
現実には勝てない。

つまり、私のキャラを植え付けてしまえば以前のイメージなど過去のものとなるわけだ。
明るいかは別にして、私はこのまま行くことにした。

昼休みのお楽しみが惜しくも終わってしまい、午後の授業の時間が到来する。
午後は体育からというマゾメニュー。

これは拷問かな?
食後すぐ運動とか、弱い人間なら一発ダウンしそうなものだけど。
そんな私の心配をよそに、子どもたちは元気に走りまわる。

「今日は男女混合で、ドッジボールをします」

教師がボールを弄びながら言う。
ドッジボール……確か人の頭くらいの大きさのボールを投げて敵チームの人間にぶつけるというシンプルなスポーツ。 

顔面に当たった場合はヒット無効とか、結構めんどくさいルールがあったんだったかな。
まぁ、これなら……。

「あ、姫沢さんは今日見学よ」
「え?」

そ、そんな……。
ちょっとワクワクしてたのに、この仕打ちはない。

「あの、私大丈夫です」 
「ダメよ、まだ病み上がりなんだから」
「ほら、私こんなに元気!」

ピョンピョン飛び跳ねて側転、バク転、ムーンサルトのコンボを披露する。
……あれ?
みんなが唖然としている。
元気な人ってこれくらい出来たりしない?

「そ、そこまで言うなら、大丈夫……かなぁ……?」

やった!
私の願いはちゃんと届いたのだ。
神様ありがとう!

ああ……私も神でした。
成美ちゃんが心配してるし、ここはもう大丈夫というところでも見せてやらなきゃ。
心の中でウォーミングアップを始める。

拳を握りしめ、バキボキ鳴らす。
首を左右に振って、バキボキ鳴らす。

「ひ、姫沢さん?誰と戦う準備?」
「あ、えーと大丈夫です、始めてください」

ちょっと本気過ぎたかな。
敵チームのボールから始まる。

病み上がりだから遠慮でもしてるのだろうか、私のところに全然ボールが飛んでこない。
成美ちゃんは私と同じチームだ。

「春海ちゃん、私が守ってあげるからね!」

などと息巻いている。
可愛い……持ち帰りたい。
その発言から僅か三分弱で、ボールを当てられて成美ちゃんは外野に行ってしまった。

まぁ、仕方ないよね。
見る見るうちに私のチームは私ともう一人を残して外野に行ってしまった。
このままじゃ負けちゃうかな。

いや、私にボール当てられる様な子は多分いないんだけど。
全然ボールがこなくて退屈になった私は、つい大人気なく相手を煽ってしまう。

「へい!ビビってんの!?カモンカモン!」

どっしり腰を落として手招きする。

「姫沢さん、女子力低いよ、そのかっこ……」

まだ内野にいる、クラスメート……草野奈津くさのなつちゃんが言う。

「だってボール全然こなくて暇なんだもん」
「あ!春海ちゃん危ない!」
「ん?」

成美ちゃんの声がして、少し風を切る音が聞こえた。
無意識に、手をかざしていた。
顔の前でボールが止められる。

クラスの中でも大きめの男子が投げた、渾身の一球がいとも簡単に止められ、本人は呆気に取られている。

「今……顔面を狙ったな……?」

つい頭に血が上り、凄んでしまった。

「この私の、顔面を狙ったのか……?」
「は、春海ちゃん……?」

ボールを地面に置き、その男子……高橋幸雄たかはしゆきおくんの目の前へ。
その迫力に圧倒されて敵チームの人間が道を空ける。
高橋くんは私の顔を見て一瞬で縮みあがってしまった様で、涙目になって口をパクパクさせていた。

「ひ、姫沢さん落ち着いて!」

教師が慌てて止めに入り、私も我に帰る。
やべ、またやっちまった。

「あ、えーと……な、なんちゃってー!びっくりしたぁ?」

両手に拳を作り、頭の上に置いて、片足を後ろにピョンと上げる。
いかんいかん、ついカッとなってしまった。
男子小学生に深刻なトラウマを植え付けてしまうところだった。

結局、戦意喪失した相手チームが降参を宣言する。
私はちょっと興を削がれた思いになり、見学を申し出た。
ちょっと大人しくしてた方が無難か、これは。

そして放課後。

「さっきの姫沢……マジおっかなかったな……」
「お、俺本気で殺されるかと思った……」

すっかり私の恐怖がクラスに伝わってしまった。
どうもペースが掴めなくてうっかり気味だ。

「名字は可愛いのにな……姫は姫でも、あれきっとゴリラ姫だぞ」

聞こえてんぞこのガキぃ……!
キッ!!と睨み付けると、そのクラスメートと目が合った。

「ひっ!」

有本保ありもとたもつくんか。

「やだなぁ、有本くん。女の子にゴリラなんて……」
「き、聞こえてたのかよ……地獄耳ゴリラ!」

二度も言ったな。
人が気にしていることを……。

「そういう……デリカシーのないこと言っちゃう子は……」

言いながら有本くんに近付く。
有本くんは足が竦んで逃げられない様だった。
知らなかったのか……?大魔王からは、逃げられない。

「お仕置き、だよね」

ニコリと笑って、有本くんの顔の前に手をかざす。
ここで神力発動、なんてことはしない。

「な、何するつもりだよ」
「デコピン、だ」

十分手加減はした。
そのつもりだった。
が、しかし。

バチィン!!と鋭い音がして、有本くんは教室の端から端へと吹っ飛んだ。

「あ、ありゃ?」
「ああああ、有本!?」

教室内が騒然とした。
当然だろうとは思うが、考えもしなかった結果に、私も唖然とした。

「ば、バケモン!」
「ああ!?今なんつったぁ!?」

つい応戦してしまう。

「何を騒いでるの!」

担任教師が教室に飛び込んでくる。
ああ、詰んだ。

「ちょっと、これは……有本くん!?どうしたの!?」
「姫沢が、デコピンで……」
「は?デコピン!?」

先生は混乱している様だった。
それはそうだろう。
デコピンで人が数メートル吹っ飛んで気絶した、などということを誰が信じられるのか。

「姫沢さん、本当なの?」
「あー……まぁ、はい」

みんなが見ていたし、違いますなんて言おうものならそれこそブーイングの嵐になりそうだったので、あっさりと認める。

「姫沢さん、ちょっと指導室に行ってなさい。私は、有本くんを保健室に運んでから行くから」
「はーい……」

有本くんは気絶こそしていたが、命に別条はない様だ。
当然だ、死ぬことがあれば今頃有本くんのことなんか誰の記憶にも残らない。
しかし、登校初日で指導室送りとは……人間って本当めんどくさいなぁ。

指導室で椅子に座って待っていると、先生がママを連れてきていた。
げっ……親まで呼ぶなんて聞いてないぞ……。

「春海、先生から話は聞いたわ。本当なの?」
「…………」
「黙ってたらわからないでしょ。本当なのね?」
「……はい」

少しふてくされて言う。
子どもらしい態度かな、と思ったがこれは素だ。
演技ではない。
威張って言うことでもないか。

「何でそんなことしたの」
「有本くんが、私のことゴリラって言ったから……」
「ご、ゴリラ……?」

ママは肩を震わせていた。
何この人。笑いこらえてない?

「姫沢って名前は可愛いのに、ゴリラだって。ゴリラ姫だ!とか言ってた」

ブフォ!と音が聞こえた。

「ご、ごめんなさい……」

鼻水まで飛んだのか、ハンカチで拭いながらもまだ肩を震わせている。

「ふぅ……春海?」
「はい」
「有本くんに、謝りましょう。ママも一緒に謝ってあげるから」

……まぁ、仕方ないよね。
結果だけ見たら私が完全に悪い。
ゴリラに過剰反応したのは私……ママもだけど。

その後、有本くんのお母さんも学校に呼ばれて、額に絆創膏を貼った有本くんも指導室へ。
合計五人の人間が指導室にいる。

「保、あんたこの子に何か言ったんだって?」

いきなり有本くんのお母さんが有本くんを睨みつける。

「ち、違うよ母さん……」
「嘘だね、こんな可愛らしい子が、何の理由もなくいきなり暴力振るったりするもんかい!」

問答無用で拳骨をくらわせる。

「い、いって!やめてくれよ!」
「このバカ息子!ちゃんとこのお嬢さんに謝りな!」
「あ、有本さん……その、うちの娘も短気だったわけですから……」
「いえいえ、姫沢さん……うちの息子も口が悪くて……本当申し訳ありません……」

言いながら有本くんの頭を押さえつける。
今時こんな母親いるんだ……。

「こちらこそ……春海?」
「ごめんなさい」

ここは謝ったもの勝ちだ。

「保!」
「ご、ごめんなさい!」
「あの、治療費が必要なら……」
「こんなの、唾つけとけば治りますよ。そうだね?保」
「は、はい」

半べそで母親に従う有本くん。
何か見てて哀れになってきた。
そうは言っても、結果として怪我させたのはこっち、ということでママは持参した菓子折りを、有本くんのお母さんに渡していた。

お母さんはかなり恐縮していたが、ひとまず受け取ってもらえた様だ。
幸い、有本くんの怪我は大したことなく、骨が折れたりヒビが入ったりということもなかった様だった。

しかし、帰宅してからまだこの件は続く。

「春海、そこに座りなさい」

やっぱりきたか。
ママから聞いたのだろう、パパが私を呼びつける。

「母さんから聞いたよ。男の子に怪我させたんだって?」
「う、うん……」
「一体何でそんな乱暴なこと……」
「いやぁ……何と言うか、私の琴線に触れる一言を彼が言ったと言いますか……」
「難しい言葉を知ってるんだね……」
「それに、怪我させたって言ってもデコピンで……」
「は?デコピン?……ああ、いや方法の問題じゃなくてね。怪我をさせるってことが問題で……」
「ごめんなさい」
「その彼にはちゃんと謝ったんだったっけ?」
「うん、ママと一緒に」
「そうか……春海」
「はい」

パパが私の頭に手を乗せた。

「誰だって、痛みはあるし怪我だってすることはある。もちろん、悪口なんかで心が傷つけられることもあるよね」
「うん」
「けどね、傷つけられたら傷つけていいってわけじゃない。それは、覚えておいてね」
「わかりました……」

やや納得いかない部分はあるにせよ、ここらで手打ちにしておかないと、どんどん引きずってしまいそうなのもあり、無理やり納得することにした。


「春海、ちょっといいかい?」

部屋のドアがノックされてパパが入ってくる。
まだ年頃でも何でもない娘にこんなにも気を遣って、ハゲちゃわない?パパ。

「今度ちょっとね、パパの法事で学校休んでもらうことになるんだけど、大丈夫かな?」
「今度って?」
「えーと……来週の水曜かな」
「うん、わかった。先生に言っとく」
「ありがとう、母さんに届け出しとく様に言っておくから、よろしくね」
「はーい」

法事とは言っても私の曾祖父に当たる人の墓参りらしく、普段着で良いと言われて私は、シャツにショートパンツというラフないでたちで行くことにした。
パパのおじいちゃんということになるが、私は当然会ったこともないし、実感はないが魂はもう天に召されていることだろう。
今度会いに行ってみようかな。

少し遠いところにお墓があるらしく、パパの車で三十分ちょっとかかった。
空を飛んで行けば十分もかからないかもしれないが、そんなわけにはいかない。

お墓の掃除と、花を添えて線香を手向ける。
会ったこともない人だが、家族がそうしているので私も手を合わせて目を閉じた。

それから近くにあるというパパの実家で昼食をとる。
おじいちゃんとおばあちゃんは健在の様で、久しぶり、大きくなったわね、などと言われたが、私自身はもちろん初対面。

「お久しぶり、おじいちゃんもおばあちゃんも元気そうで何よりだよ」

そんなことはおくびにも出さず、挨拶を返す。

「しっかりした挨拶する様になったなぁ、なぁ母さん」
「そうねぇ、子どもの成長って早いわぁ」

ああ、こんな挨拶する様な子じゃなかったのか。
成長って言葉は便利だな。
おじいちゃんとおばあちゃんは大層喜んで、お小遣いをくれようとしたので、慌てて辞退しようとした。

「子どもが遠慮なんかするもんじゃないよ」

おじいちゃんはそう言った。
少し困ってパパを見ると、笑っていた。

「もらっておきなさい。親父、ありがとうな」

わお、こんなにもらっていいの?
少し多い気がしたが、とりあえず鞄に入れておく。

「おじいちゃんありがとう、大切に使うね」
「おお、少なくてごめんな」

これ、少なくないよね。
今時の小学生って一万円ももらってるのが普通なのだろうか。

少しして、パパから外で遊んでもいいと言われたのでお言葉に甘えることにする。
近所を散策していると、少し古いが大きめの建物が目に入った。

「武術の道場……?」

その建物の中から、今まで見たこともない魂の輝きを感じた。

「!?」

俄然興味を惹かれて、私は思わず道場の前まできてしまっていた。
どの人だろう……。
そっと、こっそりと、中を伺う。

「誰だ?入門希望か?」

いきなり声をかけられて飛び上がるほど驚いた。
中年の、いかつい男の人だった。
今、気配しなかった様な……。

「あ、あの、ちょっと興味があって……申し遅れました、私は姫沢春海と言います。ちょっと経験あるんですが見てってもいいですか?」
「ほー、感心だな。いいだろう、入りなさい」

ここは空手の道場で、この人はこの道場の館長であることがわかった。

「どうだね、そこそこ活気があるだろう?」
「そうですね、こういうの、いいですね」

いた。
あの子だ。
成美ちゃんの時もそうだが、私には……というか神族は皆、魂の色を視覚化する事が出来る。

そのためいい色や輝きをしてる者は、すぐにわかるし放っておくのは何だかもったいない気がした。
しかもあの子……男の子なのに、可愛い……。

食べちゃいたい……。
少し体の奥が疼くのを感じた。

「お、おい君?」

不穏な空気を敏感に感じ取ったのか、館長が訝しげな顔をした。

「あっ……えっと、あの子何て言うんですか?」

魂の輝きが強く、綺麗だった。
顔も、女の子と言われても疑わない造りでとても可愛らしい。
身長が低めなのも、可愛らしくて愛らしい。

「ああ、あいつは宇堂だな。宇堂大輝だ」
「へぇ、宇堂……大輝くん……」

一目惚れだった。
この子を、私のものにしたい。

ずっと、手元に置いておきたい。
そう思ったらもう、止まらなかった。

「組み手を、やってみたいです」

私の発言に、道場がざわつくのがわかった。
突然過ぎたかな。

「宇堂と、ってことでいいのか?もっと腕のいいのはいるが……」
「彼がいいです。彼とやってみたいんです」

溢れ出る衝動を、止められなかった。
館長と私が彼を見ると、彼もまたこちらを見ていた。

「まぁ、そこまで言うなら……」

やった!
オラわくわくすっぞ!!
心の中でファンファーレが鳴る。
この出会いを、神に……私も神だから私自身に感謝しよう。

「宇堂、前に出なさい」

館長が宇堂くんを呼んだ。
戸惑ってる。
可愛い……これはヤバい。

「宇堂、何をしている?早くきなさい。それとも、この女の子が怖いのか?」

うわぁ、やっすい挑発。
こんなので来るわけないよねぇ……。

「怖いわけがないでしょう!」

あら、チョロいなこの子……もー本当に可愛い……。
心配になっちゃうくらいチョロいのもポイント高い。
宇堂くんと対峙する。

ああ、たまらない……いい匂いがする……。
そんな思いを顔には出さず、名乗る。

「私、姫沢春海。よろしくね」

にっこり笑って挨拶をする。
顔がニヤケそうなのを必死で押さえ込む。

「宇堂大輝だ。女だからって手加減しないぞ」

いやああああああ!
名字と名前の間溜めて言うとか、アニメかなんかの影響かな。
何してても可愛いなぁ、本当。

お決まりのセリフを口にしちゃう辺り、お子ちゃまだけどもう、この子可愛すぎて私がヤバい。

さて……殺しちゃわない様に、注意しなきゃ……。
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