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文化祭本番
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文化祭まであと五日。
メイドコス……じゃなくてメイド服も無事届いて、女子全員のサイズ合わせも問題なく済んだ。
喫茶とは言ってもコーヒーやコーラと言ったソフトドリンクにオムライス、ミートソースパスタくらいしかまともなメニューはない。
他のクラスでも似た様な喫茶が出店されるということもあって、価格はかなり控えめにしたらしい。
採算はある程度売れれば、ギリギリ取れるということだった。
だが、唐沢曰くメイド喫茶はあくまで余興で、メインはお化け屋敷だという。
今日は一時間使って、クラス全員にゴーグルを渡してお化け屋敷の体験をしてもらうということになっていた。
「へぇ、乃愛さんの自作なんだ?」
「ああ、まぁな……つかちょっと緊張するな」
「あんまり、トラウマになる様なのは勘弁してね」
「ああ、怖いの苦手な人は言ってくれ。最短で終わるルートもあるらしいから」
唐沢が前もって説明しておく。
最短で終わるルートだと、大体十分くらいで終わる。
フルで楽しむ場合だと二十分くらいだから、大体半分か。
序盤で大体のルートが決まる様になっていて、そこでよほどのことがなければ勝手にストーリーは進んでいく。
ストーリーのおおまかな概要としては、洋館で催されたパーティで、突如災害に襲われるというもの。
主人公であるプレイヤーが胸騒ぎを覚え、そこで取った行動が災害の内容に繋がるというものになっている。
尚、ハッピーエンドは一つも用意していない。
空を見上げると隕石が降ってきて、床を見ると地震がきて、キッチンの方を見ると火災が起きる。
十回に一回くらい、空を見上げた時に落雷の直撃で洋館が半壊という隠しシナリオが発生したりする。
途中までプレイヤーが死ぬことはないが、NPCは死ぬ。
それも割とバタバタ死んでいく。
死なせたNPCがゾンビになって襲い掛かってくるので、逃げ回ったり脱出方法を考えたりする必要がある。
何とかして脱出できた場合には更に隠しシナリオが出てきて、各災害に基づいたラスボスが登場する仕組みだ。
たとえば、地震ならドラゴン。
火災なら火の神イフリート。
隕石なら魔王。
雷なら、何とトールおじさんがゲストとして登場する。
ドラゴンと魔王については、母からもう一つの地球に実在したものをイメージ転送してもらった。
こいつらを倒すという選択肢は存在せず、いずれにしても殺されて終わる。
そりゃ、人間が太刀打ちできる様な相手ではないし、何よりパーティの最中でこんなことになって戦おうなんて思えるのはすごい。
また、振動やらは夢の中で体験する様な、臨場感たっぷりのものになっていたりと精神に影響を及ぼすギリギリのディープさを追求した。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
全員がプレイし終わって、お互いの顔を見合わせる。
「い、生きてる……」
「おお、生きてる!俺たち、生きてるよ!」
「てかまだ数十分しか経ってないのか?もう半日くらいあっちで過ごした感覚だったんだけど……」
教室が騒然となった。
中には顔色の優れない者がいたりと、出来自体は申し分なさそうだ。
以前からの改良点として、ゲームの中では十時間くらい時間が経過する結果になっていて、だが現実では二十分しか経っていない。
「これ……年齢制限必要じゃない?」
「うん、真に迫りすぎててさすがに子どもにはやらせられないっていうか……」
あれ、そんなにおっかなかった?
ドラゴンと魔王以外は割と身近な物だったから、そうでもないかな、なんて思ってたんだけど。
「それ、乃愛さんだけでしょ……あと刹那ちゃんとか」
「そ、そうか……もう少し救いあった方がいいかな」
「いや、このまま行こうよ!」
声を上げたのは茅野だった。
クラスメートがほぼ全員青い顔をしてる中、茅野だけは物凄く楽しそうだった。
「やっぱりこういうのって、リアリティが大事だと思う。ここまでのものを学生の文化祭で出せるなんて、まず誰も想像しないし……このクオリティのものを文化祭でできたら、それこそ革命だよ!」
茅野のこの言葉で、お化け屋敷もこれで行くことが決定した。
すぐに唐沢がゴーグルを持って職員室へ。
私も連れていかれて、今度は教員全員にこの恐怖体験をさせることになった。
「あ、トイレ行きたい人先に行っておいてくださいね」
私は一応、万が一を考えて教員の安全を確保した。
教員とは言ってもやはり人間だし、生理現象は当然ある。
というか、漏らされたらめんどくさい。
だが教員は、たかが一生徒の考えたものだろう、くらいに思っている様だった。
せっかく人が親切で言ってやったのに。
まぁ、そういうやつは遠慮なく恥を晒したらいいと思う。
うおお、とかきゃああああ!とか職員室にものすごい悲鳴がこだまする。
静かだった職員室が一気に騒がしくなり、カオスな空間へと一変した。
「予想以上だな……」
「これ、大人の方がきついかもね」
一人くらいはトールおじさんに会ってるだろうか。
全員がプレイし終わって、全員が肩で息をして、青い顔をしている。
とりあえず、粗相をした教員はいなかった様だ。
「こ、これを催しとして出すのか」
「そうなりますね。どうでしたか」
「今生きてるのが信じられない……」
「普通に死んだと思ったよ、本当に……何なんだあれは……」
「ちょっとばかりリアリティを追求して作った、ディープなバーチャルですね。痛かったし熱かったし、怖かったでしょ」
「ああ、でも今は何ともない……すごいものを作ったな、君は……」
科学の先生が、興味津々にゴーグルをいじっている。
あまり追及されてもめんどくさいな。
「これなら、客もかなり呼び込めると思いますよ。客が客を呼んで、大盛況になることは間違いないと思います」
「そうだな、この出来なら……だがやはり年齢制限は必要そうな気がする」
「そうですね……最低中学生くらいからにするのが良い気がします」
教員同士で議論が始まって、結論として最低年齢は十二歳、つまり中学一年生からという制限をつけることが義務化された。
確かに小学生に見せて、おもらしの嵐になって視聴覚室が洪水とかになったらめんどいしな。
それくらいでちょうどいいかもしれない。
教師陣の熱い支持も得て、晴れて私の考えたお化け屋敷は無事決行できる運びとなった。
あとは当日を待つだけ、そう思っていた私に試練は舞い降りた。
「はいこれ、乃愛さんの」
「は?」
教室で渡されたのは私の分のメイド服と、黒い猫耳のヘアバンドだった。
「何でこれを、私が……」
「絶対似合うから!お願い、つけて?」
これもきっと、唐沢の入れ知恵だな……。
つくづく卑怯な真似をしやがる……。
制服を着たままでヘアバンドを付けると、千春をはじめとした他のクラスメートが沸く。
「可愛い!!絶対宇堂さんには黒猫だって思ってたんだよね!」
「びっくりするくらい似合ってる!!」
何かこう、菊門のあたりが……簡単に言っちゃうと尻穴の辺りがむず痒くなってくる。
恥ずかしい。
「乃愛さん、凄く可愛いよ」
「そ、そう……ありがと……」
あとで母と、いれば父にも見せてあげようかな。
家に帰ると、父も今日はうちで過ごす日だった様で母と談笑を楽しんでいる様だった。
何か私、邪魔になったりしないだろうか。
「お帰り、乃愛。何かご機嫌っぽいな」
「父さん、ただいま。まぁ、ちょっとね」
「乃愛ちゃん、今日はどうだった?クラスメートにお披露目の日だったんでしょ?」
「ああ、さっき言ってたやつか?是非見せてくれよ」
父は怖いの苦手って言ってなかったっけ?
見せて大丈夫なんだろうか。
「いいけど、もらしたりとかしないでね?」
「するか!俺だって一応色々経験はしてきてんだから……」
そう言ってゴーグルを受け取って、早速装着する。
「お、おお……」
「さっき強がってたけど、内心割とビビってるからね」
「おい、聞こえてるからな」
父は能力で簡単にこのゴーグルの解析なんかをしたみたいで、しきりに感心している。
「うおっ!?トールさん!?」
「いきなり当たり引くなんて、すごいな」
「良く協力してくれたよね、トール」
「少し甘えたら、すぐに協力してくれたよ」
ここに出てくるトールおじさんは、分身体だ。
どうせゲームだし本人が死ぬことはないから遠慮なくぶっぱなして、と言うと、割とノリノリで協力してくれた。
あんまり衆目に顔を晒したくないということだったのでレア演出扱いにしたのだが、本来であれば二択で選べる設定にするつもりでいた。
「いや、これはすごい。わが娘ながら大したものだよ」
「大輝、顔青いよ」
「う、うるさいな……で、もう一つ何かあるんだろう?」
「あ、ああ……ちょっと待ってて」
私は自室でメイド服に着替えて、猫耳を装着する。
これを親に見せないといけないのか……泣いたりしないだろうな。
「おお……可愛いな!すごいぞ、乃愛!写真撮っていいか?」
「ええ……父さん喜びすぎだから……」
「でも本当似合ってるよ、乃愛ちゃん。いいの選んだね。あとその猫耳、イメージにぴったり」
「そ、そう?いい歳して、って気持ちしかないんだけど……」
「それつけて本番も出るのか?ならみんなで見に行くか」
「や、やめてよ恥ずかしいな……」
こうして、私たちは文化祭当日を迎える。
クラスの誰かが家族に話したりしたからなのか、私のお化け屋敷の前評判はまだ公開に至っていないにも関わらず上々の様だった。
現に、視聴覚室の前には公開を待つ行列ができている。
「おい、これどうすんだ……収拾つかなくないか?」
「いや、これは予想の範囲内さ。所要時間も決まっていることだし、整理券はもう作ってあるんだよ」
ここまで準備がいいと、もうこいつは大したものだと認めざるを得ないだろう。
二十分したら戻ってくる様に客に伝え、さりげなくうちのメイド喫茶の宣伝もする。
将来こいつは割と大物になったりするのかもしれない。
公開になると、今かと待っていた列が少し進む。
視聴覚室の限度まで入場させてもまだ、列が途切れない。
どんだけ並んでんだここ……。
「宇堂さん、ここは任せてくれ。君は教室で立っててくれたらいいから」
「いいのか?本当に立ってるか本読んでるくらいになるぞ、私」
「それでいいよ。君みたいなスタイルいい子は、立ってるだけでも客引きになる」
「褒めても何も出ないからな」
そう言い捨てて私は教室へ戻った。
こちらはこちらで、それなりの客入りだ。
今回の衣装を選ぶにあたっては、体系的に厳しく思われる子でも少し細く見えたりする様なデザインのものを、と考えた。
気にしないで図太く立ち回ってくれる子ばっかりなら良いのだが、そうじゃない子だって当然いる。
だから、そういう子に無駄な心配や気遣いをさせない、というのが今回のコンセプトだった。
「あの、すみません」
「はい?」
他にもクラスメートはいるだろうに、何故か私に声をかけてきた男性客がいた。
その男性客は何だか息苦しそうな感じで、もじもじとしている。
トイレでも我慢してるのかな。
「と、突然で申し訳ないんですが、罵ってもらえませんか!!」
その男はでかい声でとんでもないことを私に頼んできた。
当然のごとく、教室中の視線が私に注がれる。
「あ、えっと……のの……しるんですか?」
「そ、そうです!お姉さんみたいな気の強そうな女性に罵ってもらうのが夢だったんです!!」
愛想がなくて悪かったな。
仕方ないので、みんなにわからない様に力を行使する。
今、こいつの視界には自分を暴言の限りを尽くして罵っている私が見えているだろう。
「あ、ありがとうございました!!」
深々と頭を下げて男は立ち去って行った。
何なら罵り料金でも取ってやったらよかったかな。
周りが不思議そうな顔をして私を見ていたが、その視線を完全に無視して私は本を読んでいた。
「あ、乃愛さん!」
「ん?どうした、千春」
「ごめん、トイレ行きたいんだけど……」
「何だ、そんなことか。行って来いよ、少しだけ代わってやるから」
千春を見送って、少しだけ店番をしていると、どんどん人が入ってくる。
あれ、さっきまでこんなに人いたっけ。
私の立っている位置が悪いのか、客が列を作り始めた。
「宇堂さん、これ多分みんな宇堂さん目当てだね」
「はぁ?そんなわけ……」
「その猫耳が効いてるんだよ、きっと」
店内が一気に忙しくなる。
席が十組分くらいしかないので、自然と待ちが出始めている様だ。
私なら絶対待たないし、何なら帰るまである。
なんて思っているのに、みんな根気よく待っている様だ。
仕方ない、少し待ちの苦痛を緩和してやるか。
私は再度力を行使する。
待っているのが苦痛でなく、楽しい気分になる様直接脳に作用させた。
ギスっていたカップルなんかもいた様だが、雰囲気が一変してやや気持ち悪い光景になった。
ま、せっかくきてもらってるんだしね。
「あ、乃愛ちゃんいた」
千春がトイレから戻って、私も読書に戻っていたら、聞き覚えのある声が聞こえた。
うわぁ……本当に全員つれてきたよこの人……。
「いや、みんなに話したら是非見たいって言うから」
何だかんだカメラなんか首から提げて、父は本気の様だ。
子どもたちはさすがにきてない様だったが、父のハーレム全員集合している。
神界からまで呼んできたのかよ……。
「あれ、宇堂さんのお父さん?若いね!」
「あ、そ、そう……?ははは……」
「どうぞどうぞ、座ってください!」
「あ、どうもどうも。乃愛の父です、いつも娘がお世話に……」
「あ、この人には水でも出しておけばいいから。おばさん方は何食べるの?」
「お、おばさん……?」
クラスメートがおばさんと紹介されて目を丸くしている。
「あ、この人たち全員子持ちだから。詳しくは言いたくないけど、子どもたち全員異母兄弟ね」
「…………」
一瞬でクラスメートの見る目が変わる。
まぁ、この人たちせいぜい二十代にしか見えないもんね。
父や女神勢の力は恐ろしい。
「さて、娘の晴れ姿も見られたし、行くか。邪魔しても悪いし」
「おばさん方も、あとでお化け屋敷見ていきなよ。楽しめると思うから」
さりげなく売り上げに貢献するべく、おすすめだけして読書に戻る。
父一行も若い頃を思い出して楽しんでくれていればいいと思う。
だが、そんな時だった。
「宇堂さん、すまない……ちょっときてもらっていいかな」
唐沢が私を呼びにきた。
少し様子が尋常でない気がするので、千春にはここにいる様に言って、私は視聴覚室へ向かった。
一組の粋がった感じの若い男が数人、案内係にいちゃもんをつけているのが見えた。
「あ、乃愛ちゃん」
「何これ、何してんのこいつら」
「何かね、本当に怖いのか、とかこの料金に見合うだけの価値があるのか、とか言い出してるみたい。怖いよねぇ、最近の若者って」
全然怖がる様子もなく母がしれっと説明する。
父が止めに入ろうとしたので、私がその肩を掴む。
「父さんは社会的な立場ってもんがあるでしょ。ここは任せてくれればいいから」
父を下がらせて、私はその男どもの前に立ちはだかった。
「お客様ぁ?そういった行為は他のお客様のご迷惑になりますのでぇ、もう少しお静かにお待ちいただけませんかぁ?」
普段は絶対に出さない様な、一、二オクターブ高い声。
自分でも少し気持ち悪いと思う様な声で、その男どもを宥める。
おばさんたちが笑いを堪えているのが見えて、途端に恥ずかしくなった。
くそ、元はと言えばこいつらがこんないちゃもんつけなきゃ……こいつらマジで覚えてろ……。
努めて顔に出さない様にして、そいつらの苦情を聞いた。
まぁ、大体は母が言っていた通りの様だった。
「でしたらお客様、次空きましたら優先してご案内いたしますので、是非体験なさってください」
イライラしているが、イライラしてない様に見せる。
いつもならぶん殴ってつまみ出しておしまいにしてるところなのに……。
とりあえずはそれで苦情を言うのをやめた様だったので、受付の子に空いたら教えてくれと伝える。
こいつらにはとびきりディープなのを見せてやるとするか。
私に恥をかかせた罪は重い。
そんな私の意図をくみ取ったのか、母が笑ってこっちを見る。
「あれ、見せるんだ?」
「まぁね。下手したらトラウマになっちゃうけど、調子に乗った代償ってことでいいよね」
「うわぁ、乃愛ちゃんがデスノート持ってる人みたいな顔してる……」
そんな話をしていたら、受付の子が空きを伝えてくれたので、その男どもを案内する。
割り込ませた形になったので、急遽後ろに並んでいた人たちには教室で使った力を行使する。
快く順番を譲る人たちを見て、父もさすがに気づいた様だ。
「あいつ、やっぱお前に似たな」
「そう?割と大輝似の部分も多いよ?」
「いや、二人ともに似たと思うけど」
おばさんたちからそんな会話が聞こえる。
だが、そのあとすぐにさっきまでの客とは明らかに異質な悲鳴が聞こえてきた。
「始まったみたいだな」
「あれ、下手したら廃人コースだからね……」
「ふん、苦しめばいいんだよ、あんなのは」
私は言い捨てる様に言うが、一応そこまでいかない様にはしてある。
ちょっと前に、唐沢にエクストラステージとか銘打って見せたことがあるのだが、これはさすがにまずい、と止められてお蔵入りとなった。
トールおじさんらに殺されたあと、しばらくしたら目を覚ます映像が出てくる。
足元がむずむずしつつも痛みを覚えて起き上がってみると、つま先からネズミがガリガリかじっているというものだ。
仰向けで手足を縛られた状態で数匹、数十匹では利かないほどの無数のドブネズミに骨皮肉の区別なく体を少しずつかじられ、それが何時間も続く。
かじられた箇所はどんどんと広がっていき……最後にギロチンの刃が降ってきて絶命するというもの。
この程度なら、普通の人間でも耐えられるだろう。
「まぁ……何ていうかまだ途中だけど、お疲れ様、乃愛ちゃん」
母がサムズアップして、私にウィンクする。
私も背を向けて背中越しに手を振って見せた。
「あの三人組大丈夫かな」
「大丈夫だろ。一応、万一に備えておいた方がいいかもしれないけどね」
無駄な時間を使った、と思いながら私は長蛇の列を尻目に教室に戻っていった。
二日目は初日の様な騒ぎもなく、それでもお化け屋敷は噂が噂を呼んで長蛇の列を作り続けていた。
テレビの取材まできたりしたが、私は何とか逃げ回って製作者インタビューは勘弁してもらった。
そして最終日、少し予定よりも時間をオーバーして、最後の客を送り出す。
「やっと終わったか……長い三日間だった」
「いや、すごいよ宇堂さん……収益、とんでもない額になってるぞ」
「は?大げさだろ……たかがお化け屋敷で……」
「一日平均八百人だぞ?一人頭入場料が七百円で……三日で一七〇万弱だ。これでも大げさだと思うかい?」
「は!?そんなにきてたの?」
「連日、一日中途切れない行列。回転もそこそこ良かったからね。この来場者数は、そこそこの規模の遊園地のお化け屋敷の一日平均に匹敵するよ」
「な、なんてこった」
「とりあえず、このお金を渡しにいかないといけないんだけど……手伝ってもらえるかい?何かと物騒だし」
値段設定からちょっと高いなぁ、なんて思ってたけど……全然そんなことはなかったってことか。
我ながら恐ろしいものを作ってしまった様だ。
「乃愛さん、後夜祭行くよね?」
「は?行かないけど」
「は!?何で!?乃愛さん今回の主役だよ!?」
「んな大それたもんじゃないっての」
「いやいや、乃愛さんの活躍なくして今回の結果はありえないから!」
無理やり引っ張られて、千春に後夜祭へ連れていかれる。
私としてはさりげなくフェードアウトするつもりだったのに……。
ちなみに今回の出し物は、メイド喫茶も含めて校長から表彰された。
受け取ったのは唐沢と茅野だったが、私が脅しをかけて行かせたのだ。
あとテレビの取材に加えて、各有名な会社からうちで開発の仕事をしませんか、とかオファーがきたらしいが、片っ端から断らせた。
今しかない高校生活を、そんなことに使いたくなかったし。
やりたいやつがそういうのはやったらいい。
ひとまずは、店を一軒貸し切って催しているという後夜祭で、適当にあしらってどうやって帰るかの算段でも立てるとするか……。
こうして私たちの一年の文化祭は幕を下ろした。
メイドコス……じゃなくてメイド服も無事届いて、女子全員のサイズ合わせも問題なく済んだ。
喫茶とは言ってもコーヒーやコーラと言ったソフトドリンクにオムライス、ミートソースパスタくらいしかまともなメニューはない。
他のクラスでも似た様な喫茶が出店されるということもあって、価格はかなり控えめにしたらしい。
採算はある程度売れれば、ギリギリ取れるということだった。
だが、唐沢曰くメイド喫茶はあくまで余興で、メインはお化け屋敷だという。
今日は一時間使って、クラス全員にゴーグルを渡してお化け屋敷の体験をしてもらうということになっていた。
「へぇ、乃愛さんの自作なんだ?」
「ああ、まぁな……つかちょっと緊張するな」
「あんまり、トラウマになる様なのは勘弁してね」
「ああ、怖いの苦手な人は言ってくれ。最短で終わるルートもあるらしいから」
唐沢が前もって説明しておく。
最短で終わるルートだと、大体十分くらいで終わる。
フルで楽しむ場合だと二十分くらいだから、大体半分か。
序盤で大体のルートが決まる様になっていて、そこでよほどのことがなければ勝手にストーリーは進んでいく。
ストーリーのおおまかな概要としては、洋館で催されたパーティで、突如災害に襲われるというもの。
主人公であるプレイヤーが胸騒ぎを覚え、そこで取った行動が災害の内容に繋がるというものになっている。
尚、ハッピーエンドは一つも用意していない。
空を見上げると隕石が降ってきて、床を見ると地震がきて、キッチンの方を見ると火災が起きる。
十回に一回くらい、空を見上げた時に落雷の直撃で洋館が半壊という隠しシナリオが発生したりする。
途中までプレイヤーが死ぬことはないが、NPCは死ぬ。
それも割とバタバタ死んでいく。
死なせたNPCがゾンビになって襲い掛かってくるので、逃げ回ったり脱出方法を考えたりする必要がある。
何とかして脱出できた場合には更に隠しシナリオが出てきて、各災害に基づいたラスボスが登場する仕組みだ。
たとえば、地震ならドラゴン。
火災なら火の神イフリート。
隕石なら魔王。
雷なら、何とトールおじさんがゲストとして登場する。
ドラゴンと魔王については、母からもう一つの地球に実在したものをイメージ転送してもらった。
こいつらを倒すという選択肢は存在せず、いずれにしても殺されて終わる。
そりゃ、人間が太刀打ちできる様な相手ではないし、何よりパーティの最中でこんなことになって戦おうなんて思えるのはすごい。
また、振動やらは夢の中で体験する様な、臨場感たっぷりのものになっていたりと精神に影響を及ぼすギリギリのディープさを追求した。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
全員がプレイし終わって、お互いの顔を見合わせる。
「い、生きてる……」
「おお、生きてる!俺たち、生きてるよ!」
「てかまだ数十分しか経ってないのか?もう半日くらいあっちで過ごした感覚だったんだけど……」
教室が騒然となった。
中には顔色の優れない者がいたりと、出来自体は申し分なさそうだ。
以前からの改良点として、ゲームの中では十時間くらい時間が経過する結果になっていて、だが現実では二十分しか経っていない。
「これ……年齢制限必要じゃない?」
「うん、真に迫りすぎててさすがに子どもにはやらせられないっていうか……」
あれ、そんなにおっかなかった?
ドラゴンと魔王以外は割と身近な物だったから、そうでもないかな、なんて思ってたんだけど。
「それ、乃愛さんだけでしょ……あと刹那ちゃんとか」
「そ、そうか……もう少し救いあった方がいいかな」
「いや、このまま行こうよ!」
声を上げたのは茅野だった。
クラスメートがほぼ全員青い顔をしてる中、茅野だけは物凄く楽しそうだった。
「やっぱりこういうのって、リアリティが大事だと思う。ここまでのものを学生の文化祭で出せるなんて、まず誰も想像しないし……このクオリティのものを文化祭でできたら、それこそ革命だよ!」
茅野のこの言葉で、お化け屋敷もこれで行くことが決定した。
すぐに唐沢がゴーグルを持って職員室へ。
私も連れていかれて、今度は教員全員にこの恐怖体験をさせることになった。
「あ、トイレ行きたい人先に行っておいてくださいね」
私は一応、万が一を考えて教員の安全を確保した。
教員とは言ってもやはり人間だし、生理現象は当然ある。
というか、漏らされたらめんどくさい。
だが教員は、たかが一生徒の考えたものだろう、くらいに思っている様だった。
せっかく人が親切で言ってやったのに。
まぁ、そういうやつは遠慮なく恥を晒したらいいと思う。
うおお、とかきゃああああ!とか職員室にものすごい悲鳴がこだまする。
静かだった職員室が一気に騒がしくなり、カオスな空間へと一変した。
「予想以上だな……」
「これ、大人の方がきついかもね」
一人くらいはトールおじさんに会ってるだろうか。
全員がプレイし終わって、全員が肩で息をして、青い顔をしている。
とりあえず、粗相をした教員はいなかった様だ。
「こ、これを催しとして出すのか」
「そうなりますね。どうでしたか」
「今生きてるのが信じられない……」
「普通に死んだと思ったよ、本当に……何なんだあれは……」
「ちょっとばかりリアリティを追求して作った、ディープなバーチャルですね。痛かったし熱かったし、怖かったでしょ」
「ああ、でも今は何ともない……すごいものを作ったな、君は……」
科学の先生が、興味津々にゴーグルをいじっている。
あまり追及されてもめんどくさいな。
「これなら、客もかなり呼び込めると思いますよ。客が客を呼んで、大盛況になることは間違いないと思います」
「そうだな、この出来なら……だがやはり年齢制限は必要そうな気がする」
「そうですね……最低中学生くらいからにするのが良い気がします」
教員同士で議論が始まって、結論として最低年齢は十二歳、つまり中学一年生からという制限をつけることが義務化された。
確かに小学生に見せて、おもらしの嵐になって視聴覚室が洪水とかになったらめんどいしな。
それくらいでちょうどいいかもしれない。
教師陣の熱い支持も得て、晴れて私の考えたお化け屋敷は無事決行できる運びとなった。
あとは当日を待つだけ、そう思っていた私に試練は舞い降りた。
「はいこれ、乃愛さんの」
「は?」
教室で渡されたのは私の分のメイド服と、黒い猫耳のヘアバンドだった。
「何でこれを、私が……」
「絶対似合うから!お願い、つけて?」
これもきっと、唐沢の入れ知恵だな……。
つくづく卑怯な真似をしやがる……。
制服を着たままでヘアバンドを付けると、千春をはじめとした他のクラスメートが沸く。
「可愛い!!絶対宇堂さんには黒猫だって思ってたんだよね!」
「びっくりするくらい似合ってる!!」
何かこう、菊門のあたりが……簡単に言っちゃうと尻穴の辺りがむず痒くなってくる。
恥ずかしい。
「乃愛さん、凄く可愛いよ」
「そ、そう……ありがと……」
あとで母と、いれば父にも見せてあげようかな。
家に帰ると、父も今日はうちで過ごす日だった様で母と談笑を楽しんでいる様だった。
何か私、邪魔になったりしないだろうか。
「お帰り、乃愛。何かご機嫌っぽいな」
「父さん、ただいま。まぁ、ちょっとね」
「乃愛ちゃん、今日はどうだった?クラスメートにお披露目の日だったんでしょ?」
「ああ、さっき言ってたやつか?是非見せてくれよ」
父は怖いの苦手って言ってなかったっけ?
見せて大丈夫なんだろうか。
「いいけど、もらしたりとかしないでね?」
「するか!俺だって一応色々経験はしてきてんだから……」
そう言ってゴーグルを受け取って、早速装着する。
「お、おお……」
「さっき強がってたけど、内心割とビビってるからね」
「おい、聞こえてるからな」
父は能力で簡単にこのゴーグルの解析なんかをしたみたいで、しきりに感心している。
「うおっ!?トールさん!?」
「いきなり当たり引くなんて、すごいな」
「良く協力してくれたよね、トール」
「少し甘えたら、すぐに協力してくれたよ」
ここに出てくるトールおじさんは、分身体だ。
どうせゲームだし本人が死ぬことはないから遠慮なくぶっぱなして、と言うと、割とノリノリで協力してくれた。
あんまり衆目に顔を晒したくないということだったのでレア演出扱いにしたのだが、本来であれば二択で選べる設定にするつもりでいた。
「いや、これはすごい。わが娘ながら大したものだよ」
「大輝、顔青いよ」
「う、うるさいな……で、もう一つ何かあるんだろう?」
「あ、ああ……ちょっと待ってて」
私は自室でメイド服に着替えて、猫耳を装着する。
これを親に見せないといけないのか……泣いたりしないだろうな。
「おお……可愛いな!すごいぞ、乃愛!写真撮っていいか?」
「ええ……父さん喜びすぎだから……」
「でも本当似合ってるよ、乃愛ちゃん。いいの選んだね。あとその猫耳、イメージにぴったり」
「そ、そう?いい歳して、って気持ちしかないんだけど……」
「それつけて本番も出るのか?ならみんなで見に行くか」
「や、やめてよ恥ずかしいな……」
こうして、私たちは文化祭当日を迎える。
クラスの誰かが家族に話したりしたからなのか、私のお化け屋敷の前評判はまだ公開に至っていないにも関わらず上々の様だった。
現に、視聴覚室の前には公開を待つ行列ができている。
「おい、これどうすんだ……収拾つかなくないか?」
「いや、これは予想の範囲内さ。所要時間も決まっていることだし、整理券はもう作ってあるんだよ」
ここまで準備がいいと、もうこいつは大したものだと認めざるを得ないだろう。
二十分したら戻ってくる様に客に伝え、さりげなくうちのメイド喫茶の宣伝もする。
将来こいつは割と大物になったりするのかもしれない。
公開になると、今かと待っていた列が少し進む。
視聴覚室の限度まで入場させてもまだ、列が途切れない。
どんだけ並んでんだここ……。
「宇堂さん、ここは任せてくれ。君は教室で立っててくれたらいいから」
「いいのか?本当に立ってるか本読んでるくらいになるぞ、私」
「それでいいよ。君みたいなスタイルいい子は、立ってるだけでも客引きになる」
「褒めても何も出ないからな」
そう言い捨てて私は教室へ戻った。
こちらはこちらで、それなりの客入りだ。
今回の衣装を選ぶにあたっては、体系的に厳しく思われる子でも少し細く見えたりする様なデザインのものを、と考えた。
気にしないで図太く立ち回ってくれる子ばっかりなら良いのだが、そうじゃない子だって当然いる。
だから、そういう子に無駄な心配や気遣いをさせない、というのが今回のコンセプトだった。
「あの、すみません」
「はい?」
他にもクラスメートはいるだろうに、何故か私に声をかけてきた男性客がいた。
その男性客は何だか息苦しそうな感じで、もじもじとしている。
トイレでも我慢してるのかな。
「と、突然で申し訳ないんですが、罵ってもらえませんか!!」
その男はでかい声でとんでもないことを私に頼んできた。
当然のごとく、教室中の視線が私に注がれる。
「あ、えっと……のの……しるんですか?」
「そ、そうです!お姉さんみたいな気の強そうな女性に罵ってもらうのが夢だったんです!!」
愛想がなくて悪かったな。
仕方ないので、みんなにわからない様に力を行使する。
今、こいつの視界には自分を暴言の限りを尽くして罵っている私が見えているだろう。
「あ、ありがとうございました!!」
深々と頭を下げて男は立ち去って行った。
何なら罵り料金でも取ってやったらよかったかな。
周りが不思議そうな顔をして私を見ていたが、その視線を完全に無視して私は本を読んでいた。
「あ、乃愛さん!」
「ん?どうした、千春」
「ごめん、トイレ行きたいんだけど……」
「何だ、そんなことか。行って来いよ、少しだけ代わってやるから」
千春を見送って、少しだけ店番をしていると、どんどん人が入ってくる。
あれ、さっきまでこんなに人いたっけ。
私の立っている位置が悪いのか、客が列を作り始めた。
「宇堂さん、これ多分みんな宇堂さん目当てだね」
「はぁ?そんなわけ……」
「その猫耳が効いてるんだよ、きっと」
店内が一気に忙しくなる。
席が十組分くらいしかないので、自然と待ちが出始めている様だ。
私なら絶対待たないし、何なら帰るまである。
なんて思っているのに、みんな根気よく待っている様だ。
仕方ない、少し待ちの苦痛を緩和してやるか。
私は再度力を行使する。
待っているのが苦痛でなく、楽しい気分になる様直接脳に作用させた。
ギスっていたカップルなんかもいた様だが、雰囲気が一変してやや気持ち悪い光景になった。
ま、せっかくきてもらってるんだしね。
「あ、乃愛ちゃんいた」
千春がトイレから戻って、私も読書に戻っていたら、聞き覚えのある声が聞こえた。
うわぁ……本当に全員つれてきたよこの人……。
「いや、みんなに話したら是非見たいって言うから」
何だかんだカメラなんか首から提げて、父は本気の様だ。
子どもたちはさすがにきてない様だったが、父のハーレム全員集合している。
神界からまで呼んできたのかよ……。
「あれ、宇堂さんのお父さん?若いね!」
「あ、そ、そう……?ははは……」
「どうぞどうぞ、座ってください!」
「あ、どうもどうも。乃愛の父です、いつも娘がお世話に……」
「あ、この人には水でも出しておけばいいから。おばさん方は何食べるの?」
「お、おばさん……?」
クラスメートがおばさんと紹介されて目を丸くしている。
「あ、この人たち全員子持ちだから。詳しくは言いたくないけど、子どもたち全員異母兄弟ね」
「…………」
一瞬でクラスメートの見る目が変わる。
まぁ、この人たちせいぜい二十代にしか見えないもんね。
父や女神勢の力は恐ろしい。
「さて、娘の晴れ姿も見られたし、行くか。邪魔しても悪いし」
「おばさん方も、あとでお化け屋敷見ていきなよ。楽しめると思うから」
さりげなく売り上げに貢献するべく、おすすめだけして読書に戻る。
父一行も若い頃を思い出して楽しんでくれていればいいと思う。
だが、そんな時だった。
「宇堂さん、すまない……ちょっときてもらっていいかな」
唐沢が私を呼びにきた。
少し様子が尋常でない気がするので、千春にはここにいる様に言って、私は視聴覚室へ向かった。
一組の粋がった感じの若い男が数人、案内係にいちゃもんをつけているのが見えた。
「あ、乃愛ちゃん」
「何これ、何してんのこいつら」
「何かね、本当に怖いのか、とかこの料金に見合うだけの価値があるのか、とか言い出してるみたい。怖いよねぇ、最近の若者って」
全然怖がる様子もなく母がしれっと説明する。
父が止めに入ろうとしたので、私がその肩を掴む。
「父さんは社会的な立場ってもんがあるでしょ。ここは任せてくれればいいから」
父を下がらせて、私はその男どもの前に立ちはだかった。
「お客様ぁ?そういった行為は他のお客様のご迷惑になりますのでぇ、もう少しお静かにお待ちいただけませんかぁ?」
普段は絶対に出さない様な、一、二オクターブ高い声。
自分でも少し気持ち悪いと思う様な声で、その男どもを宥める。
おばさんたちが笑いを堪えているのが見えて、途端に恥ずかしくなった。
くそ、元はと言えばこいつらがこんないちゃもんつけなきゃ……こいつらマジで覚えてろ……。
努めて顔に出さない様にして、そいつらの苦情を聞いた。
まぁ、大体は母が言っていた通りの様だった。
「でしたらお客様、次空きましたら優先してご案内いたしますので、是非体験なさってください」
イライラしているが、イライラしてない様に見せる。
いつもならぶん殴ってつまみ出しておしまいにしてるところなのに……。
とりあえずはそれで苦情を言うのをやめた様だったので、受付の子に空いたら教えてくれと伝える。
こいつらにはとびきりディープなのを見せてやるとするか。
私に恥をかかせた罪は重い。
そんな私の意図をくみ取ったのか、母が笑ってこっちを見る。
「あれ、見せるんだ?」
「まぁね。下手したらトラウマになっちゃうけど、調子に乗った代償ってことでいいよね」
「うわぁ、乃愛ちゃんがデスノート持ってる人みたいな顔してる……」
そんな話をしていたら、受付の子が空きを伝えてくれたので、その男どもを案内する。
割り込ませた形になったので、急遽後ろに並んでいた人たちには教室で使った力を行使する。
快く順番を譲る人たちを見て、父もさすがに気づいた様だ。
「あいつ、やっぱお前に似たな」
「そう?割と大輝似の部分も多いよ?」
「いや、二人ともに似たと思うけど」
おばさんたちからそんな会話が聞こえる。
だが、そのあとすぐにさっきまでの客とは明らかに異質な悲鳴が聞こえてきた。
「始まったみたいだな」
「あれ、下手したら廃人コースだからね……」
「ふん、苦しめばいいんだよ、あんなのは」
私は言い捨てる様に言うが、一応そこまでいかない様にはしてある。
ちょっと前に、唐沢にエクストラステージとか銘打って見せたことがあるのだが、これはさすがにまずい、と止められてお蔵入りとなった。
トールおじさんらに殺されたあと、しばらくしたら目を覚ます映像が出てくる。
足元がむずむずしつつも痛みを覚えて起き上がってみると、つま先からネズミがガリガリかじっているというものだ。
仰向けで手足を縛られた状態で数匹、数十匹では利かないほどの無数のドブネズミに骨皮肉の区別なく体を少しずつかじられ、それが何時間も続く。
かじられた箇所はどんどんと広がっていき……最後にギロチンの刃が降ってきて絶命するというもの。
この程度なら、普通の人間でも耐えられるだろう。
「まぁ……何ていうかまだ途中だけど、お疲れ様、乃愛ちゃん」
母がサムズアップして、私にウィンクする。
私も背を向けて背中越しに手を振って見せた。
「あの三人組大丈夫かな」
「大丈夫だろ。一応、万一に備えておいた方がいいかもしれないけどね」
無駄な時間を使った、と思いながら私は長蛇の列を尻目に教室に戻っていった。
二日目は初日の様な騒ぎもなく、それでもお化け屋敷は噂が噂を呼んで長蛇の列を作り続けていた。
テレビの取材まできたりしたが、私は何とか逃げ回って製作者インタビューは勘弁してもらった。
そして最終日、少し予定よりも時間をオーバーして、最後の客を送り出す。
「やっと終わったか……長い三日間だった」
「いや、すごいよ宇堂さん……収益、とんでもない額になってるぞ」
「は?大げさだろ……たかがお化け屋敷で……」
「一日平均八百人だぞ?一人頭入場料が七百円で……三日で一七〇万弱だ。これでも大げさだと思うかい?」
「は!?そんなにきてたの?」
「連日、一日中途切れない行列。回転もそこそこ良かったからね。この来場者数は、そこそこの規模の遊園地のお化け屋敷の一日平均に匹敵するよ」
「な、なんてこった」
「とりあえず、このお金を渡しにいかないといけないんだけど……手伝ってもらえるかい?何かと物騒だし」
値段設定からちょっと高いなぁ、なんて思ってたけど……全然そんなことはなかったってことか。
我ながら恐ろしいものを作ってしまった様だ。
「乃愛さん、後夜祭行くよね?」
「は?行かないけど」
「は!?何で!?乃愛さん今回の主役だよ!?」
「んな大それたもんじゃないっての」
「いやいや、乃愛さんの活躍なくして今回の結果はありえないから!」
無理やり引っ張られて、千春に後夜祭へ連れていかれる。
私としてはさりげなくフェードアウトするつもりだったのに……。
ちなみに今回の出し物は、メイド喫茶も含めて校長から表彰された。
受け取ったのは唐沢と茅野だったが、私が脅しをかけて行かせたのだ。
あとテレビの取材に加えて、各有名な会社からうちで開発の仕事をしませんか、とかオファーがきたらしいが、片っ端から断らせた。
今しかない高校生活を、そんなことに使いたくなかったし。
やりたいやつがそういうのはやったらいい。
ひとまずは、店を一軒貸し切って催しているという後夜祭で、適当にあしらってどうやって帰るかの算段でも立てるとするか……。
こうして私たちの一年の文化祭は幕を下ろした。
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