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決着
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「ハジメ、成果はどうだい?」
「正直、出来る様にはなったと思う。けど、動きながらとか魔力そのものの分配を考えながらってことになると微妙ではあるかな」
「効果時間はどの程度でしょう?」
「バラバラだな……長くて二分てとこか。平均すると一分前後だと思う」
戦闘中の時間の流れというのは極端に長く感じるもので、一分というのは戦闘において稼ぐ時間としてはかなり長めではある。
しかし、防戦一方の状況の場合に関しては攻撃に転じるタイミングを見計らう必要が出てくる。
相手の力が未知数である以上、ある程度の効果時間を持たせることが必要だ。
属性付与によって、炎に対する耐性を高めることも出来るということは、防御においてもほぼ必須の魔法ではある。
誰か一人でも戦線離脱する状況になるのは、避けておきたいところだ。
「オフィーリア様は死んじゃったらそれまでだしね……」
そう、復活できる英雄と違って、オフィーリアはいくら強くてもただの人間。
死んでしまったら即作戦失敗になる。
「もうそろそろ時間よ。とりあえず私が行くわ」
「仕方ない、頼んだデリア」
一行は朔とデリア、遥のチームと残りのメンバーとに分かれた。
森の中の洞窟が見える位置で三人は待機する。
「来たな。そんなに人数は多くないみたいだ」
オフィーリアの一団が洞窟前で何やら話し、オフィーリアは洞窟の中へ消える。
見張りも試練の前までだけなのか、一緒にはけて行った。
「見張りまでいなくなってるけど……大丈夫なのかしら」
「まぁ、入りやすくなったし、待たせるのも悪いから行こう」
こうして朔のチームは洞窟へ侵入した。
中に入ると、明かりが近づいてくるのが見える。
オフィーリアが松明を手に近づいてきた。
「来たか……って、三人だけなのか。残りはどうしたのだ?」
「城に向かっています。城が襲撃される恐れがありますので」
「やはりか……私もその辺は懸念していたのだが、どうにも手が回らなくてな。恩に着る」
「礼を言うのは、全部成功してからにしましょう。まだこれからなんですから」
「そうだな。みんな、気を抜かないでくれ」
外から見る限り、奥行きはそこまで無い様に見えたが、地下はどれほどの深さになっているのか想像もつかない。
行き止まりで見つけた明らかに人が作ったものと思われる、雑な造りの階段を降り、更に洞窟を進む。
「オフィーリア様、こちらにも火をもらっていいですか?」
デリアが用意してきた松明を出す。
デリアの松明にも火を灯すと、更に視界が良くなって奥が見えやすくなる。
地下に下りて行くにつれて、普通なら温度が下がっていくものだが、少しずつ熱の様なものを感じる。
「いるな……この熱さ、レスターの情報が正解だったってことか」
「レスターが言う通りってことだと、やっぱり炎の龍なのかしら」
「そうだと思うけど……俺がとりあえず引きつけながら属性付与をかけるから、そしたらデリアは脇とか後ろから切り込んでくれるか?」
「うん、わかった……」
「遥はとにかく離れることかな。近づかれたらやばい。オフィーリア様も、なるべくなら近づかない様にしてもらえると助かります」
「私は守られるばかりの女ではないぞ?」
「そこを何とか……」
「ハジメが私をもらってくれるというなら、傷物になるわけにもいかんし考えるが」
「ず、ずるくないですかそれ……」
「女というのは割とずるいものだぞ。覚えておくといい」
龍がいると思われる階層は、奥行きが深くなっていて天井も先ほどまでの階層よりかなり高くなっていた。
崩落の心配はないのだろうか、と朔は注意深く見てみるが、造りそのものはしっかりとしている様に見える。
「あれか……」
「朔くん、大丈夫なの?」
「なんとも言えない……けど、オフィーリア様だけは絶対死なせるわけにいかないからな。いざとなったら、オフィーリア様だけは逃がしてやってくれ」
「ハジメ……おぬし、私のことをそこまで……」
「いや、あの、そうじゃないです……ちょっと、離れてもらっていいですか……」
「ちょっとハジメ、じゃれてる場合じゃないわよ?」
「朔くん、こんな時まで……」
「俺のせいか!?」
「とにかく、みんなの意思は汲もう。確かに私は死んでしまうわけにいかないからな」
朔から離れて、オフィーリアは剣を抜いた。
朔とデリアも剣を抜き、遥が弓と矢を準備する。
「遥、悪いんだけど三重くらいに壁張って、オフィーリア様を守ってくれるか?」
「それくらいなら何とか……けど、攻撃に加わらなくていいの?」
「戦況次第ってところだな。オフィーリア様に攻撃がこない様なら、加わってもらうのもありかもしれないけど」
「私の判断でいい?」
「俺もいけそうなら指示は出す様にするよ」
龍が見える位置まできて、遥が壁を作る。
その壁に朔が氷の壁で覆って、オフィーリアの安全を確保する。
「ここにいてください。後ろから何か来ないとも限らないので、油断はしないでくださいね」
「わかった。頼もしいな、ハジメ。それでこそ私の夫になる男だ」
「え、いつの間に決定したんですかそれ……」
「ちょっと、向こうが気づいたみたいよ」
デリアが龍を見ながら言う。
龍は朔たちの姿を認めると、ゆっくり歩み寄ってきた。
「で、でっか……」
「これ、本当に大丈夫かしら……」
「すごい迫力だな……」
「この地の王になる器を持つのは貴様か、女」
「しゃ、喋った!?」
「嘘だろ、龍が言語を!?」
人の言語を操り、その場の全員を睥睨する様に見渡す。
問答無用で攻撃を仕掛けてこないところを見ると、相当に知能レベルが高いのだと推測される。
「私はこの地を守護する役を負っている。力を示せ。さすれば証を授けよう」
「守護……?龍が?」
「この喋り方疲れるな……」
「え?」
龍が首をゴキゴキとやって、ため息をつく。
「えっと、まずお前ら俺と戦うんだよ。わかる?んで、お前らの力が本物だってわかったらペンダントあげるから」
「は、はぁ」
「何だ、龍がこんな喋り方したらおかしいのか?」
先ほどまでの厳かな雰囲気は何処へやら、龍の口調が砕けたものに変わる。
「いや、そもそも龍が喋ってること自体がもう……」
「こう見えて昔は龍の王なんて呼ばれてたこともあったんだ。それくらいはできて不思議はないだろう?」
「龍の、王だって……?」
「昔の話だから。今はもう、新しく王がいるよ。世代交代ってやつだな。人間にもあるんだろ?」
「こんなフレンドリーに話す龍がいるなんて……」
「俺は割と寛大なんだよ。で、どうするんだ?戦うんだよな?」
「お、おう……」
戦う前から気合を削がれた気がして、どうも気合が入らない。
もちろん気の抜ける様な相手ではない、ということは承知しているはずなのだが……。
「ああ、元っても龍の王って呼ばれたほどの力は健在だからな?舐めてかかると死ぬぞ」
「お前、優しいな」
「まぁな。けど、手は抜かないぞ?」
「ちょ、ちょっとだけ待ってくれ」
朔が龍を制して、全員を集める。
「話が違うんだけど……」
「どういうことよ、これ……伝説とかって大体こんなもんなの?」
「どうやら、尾ひれがついたりして伝わるのは常の様だ。ここまできて戦わないという選択肢もなかろう」
「この流れだとオフィーリア様も戦わないとダメっぽいけど……」
「任せておけ。自分の身くらい自分で守ってみせる。ハジメの為にな!!」
「あ、そこブレないんですね……」
「相談は済んだか?」
「ああ。そっちも殺す気でくるんだろ?こっちも全力で行く」
「いいねいいね。そうこなくっちゃ」
龍が吐息を浴びせるべく、息を吸い込んだ。
朔はデリアに属性付与をかけ、龍の足元まで走った。
朔が地面から氷柱を発生させるのとほぼ同じタイミングで、龍の吐息が吐き出される。
「行け、デリア!!」
デリアは無言で頷いて、氷の属性が乗った風の刃を飛ばす。
一撃目が右手で受け止められ、続けて脇を狙って刃を三回飛ばした。
吐息は朔の作り出した氷柱に直撃して掻き消える。
刃の一つはかわされたが、二つがわき腹に直撃した。
「やるじゃん、小娘」
「属性乗っけてこの程度って……」
「止まるな、走れ!!」
朔が氷柱を駆け上がり、龍の頭上まで飛んだ。
デリアが朔の指示を受けて背後に回りこむ。
「さすがに素直に食らったら痛そうだ」
龍は朔をまず左手で払い落とす。
咄嗟に剣の腹で迎撃を受け、直後に切っ先を壁に向けることで大ダメージを避けた。
「なんつー衝撃だ……」
今の一撃で手が軽くしびれてしまっていた。
――これ、長引いたら全滅必至だろ……どうする……。
龍を見ながら朔が考えているうち、オフィーリアが剣を構えて龍に歩み寄る。
「ミエリックス王家が長女、オフィーリア、参る!」
「そういう人間臭いの、好きだわ」
オフィーリアは両手剣を軽々と振るい、龍の攻撃をかわしながら斬撃を浴びせていく。
「おお、いいね、強いなお前」
「そうか?まだまだこんなもんじゃないぞ」
――何だあの速さ……いや、そんなこと考えてる場合じゃないな。オフィーリア様だって体力の限界はある。今のうちに何とかしないと。
朔が考えている間にデリアの属性付与が切れたらしく、刃の切り込みが浅くなっていく。
「ハジメ、こっち切れたわよ!!」
「マジか……」
痺れる手を必死で握りこめ、剣を握る。
「何なら、全員に付与するまで待ってやろうか?」
オフィーリアの斬撃を受けながら龍が言う。
「は?サービス良すぎないか?」
「実力に差があるんだ、それくらいのハンデをやるのは別に構わんさ」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
――何か調子狂うなぁ……。
朔が遥、オフィーリア、デリアの順番で属性付与をかけていく。
「お前、その魔法どうやって習得した?」
「え?えっと、仲間に属性付与使える人がいたから、その人にさわりだけ教わって、あとは我流だけど……」
「なるほどな、だからか。ちょっとこっちこい」
「え?」
「いいから。攻撃したりしないから安心しろ」
朔がみんなを見る。
みんなも朔を見ている。
恐る恐る朔は龍に近寄っていった。
「あ、動かない様にな。魔力が暴走すると、戦いどころじゃなくなっちゃうから」
言いながら龍が、朔の背中に手をかざす。
「ああ、なるほど……最近魔力に目覚めたばっかりなわけか」
「そ、そんなのまでわかるのか」
「伊達に長生きしてないからな。それっ」
龍が何か力を込め、朔の背中に吸い込ませた。
「これでいいか。ちょっと、もう一回やってみろ。そこの弓持ってる子がもうすぐ属性付与切れるから」
龍の言う通り、遥の属性付与が切れる。
続いてオフィーリアとデリアのも切れてしまった。
何が変わったのか、と思っていた朔だったが、再度遥に魔法をかけようとして、自分の中の変化に気づく。
「これ……は……」
「お前、いいもの持ってるのに全然活かせてないのな。だから、魔力の流れを少しスムーズにしておいた。あと、魔力の底上げとか色々やっていたみたいだから効果はかなりでかいと思う」
遥にかけた属性付与が、先ほどまでと段違いの効果を見せた。
青い、オーラの様なものが遥を包む。
「何だこれ……」
「それが本来の属性付与だな。ダメージも三割以上は上乗せされるはずだ」
「そんなにか!」
「それに、炎からのダメージ軽減率も大分変わってるはずだぞ」
言いながら龍が軽く吐息を遥にぶつける。
あわてて朔が遥を庇おうと動くが、遥はかすり傷一つ負ってはいない様だった。
「お、おい!」
「大丈夫、朔くん……全然熱くない……」
「今のは手加減したけど、思い切りやってもある程度耐えられるんじゃないか、これなら」
「な、何でこんな……親切すぎないか?」
「老婆心とでも言うのかね。見ていて何だかもったいない、と思ってしまった。あと、すごい可能性を感じた。理由はそんなもんかな」
「か、軽いな」
「よし、その力でもう一回戦え。それでペンダントはやるわ。あと、そこの二人も力を与えるから」
「い、いいの?」
「もちろんだ。お前ら、龍を倒すための武器もらってるんだろ?だったら俺も応援してやる」
「同族の敵なんだけど、俺たち」
「構わないさ。もう、ほとんど縁切ってるみたいなもんだし。寧ろもっとやれって感じ」
「も、もっとやれって……」
「その辺の事情は今度また話してやるよ。さぁ、時間がないぞ。娘、お前の城が襲われている」
「マジか、やるしかねぇか……何か戦い難いけど……」
「恩に感じてくれるなら、いつかその勇敢な娘との子でも見せにきてくれ」
「わ、私のことか?」
「そういう仲になるんだからな、お前らは」
「よ、予言とかやめてもらえませんかね……」
調子を狂わされっぱなしだが、朔が全員に属性付与をかける。
「よし、やるか。早いとこ戻らないと!!」
遥が弓で牽制し、デリアが切り込んだ。
朔が背後に回って斬撃を見舞う。
オフィーリアは正面から龍と対峙して、剣を振るう。
「おお、これだよ。この威力。すごいじゃないかお前ら」
「さっきよりは確かに手応えあるな……」
デリアが斬撃を浴びせながら、手応えを感じた瞬間に風の刃を飛ばす。
「おお、そんな使い方も知ってるんだな。いいねぇ」
オフィーリアが、繰り出された吐息を斬撃の剣圧だけでかき消した。
「いいぞいいぞ、これだよ、俺が待ってたのは!!」
龍が呻きながら崩れ落ちる。
「こんなもんでいいだろ。凄かったぞ、お前ら」
何事もなかったかの様に、龍が立ち上がる。
あれだけ攻撃をしたはずなのに、傷がもう塞がりかけていた。
「俺はな、死ねない体になったんだ。龍を生み出す力を差し出すことで」
「は?」
「お前らの与えた傷もほれ、この通りよ」
「あ、あんた一体……」
「おっと、こんなこと話してる場合じゃなかったな。これがペンダントだ」
龍が左手にペンダントを召喚して、オフィーリアに向かって放り投げた。
受け取って、それを首にかける。
「そのペンダント、いつでもいいから返しにきてくれよ?ああ、王になってからな」
「代々受け継がれていると聞いてはいるが……」
「俺が気に入ったやつにしか渡してないんだよ。お前の親父も勇敢だったしな、力ではお前らに敵わないけど、見事なもんだった。だから渡してやったんだ」
「そんな経緯が……」
「よし、そこの娘二人はここに残って力増幅な。小僧と勇敢な娘は先に行け」
龍が軽く念じると、朔とオフィーリアの姿が一瞬にして消えた。
「な、何をしたの?」
残されたデリアと遥が軽くパニックになる。
「ワープだよ。ここまで来るの、ちょっと遠かっただろ?ミエリックスの城の目の前まで飛ばしてやったから。ほれ、二人もさっさと後ろ向け」
親切な龍のお節介を、驚きを隠せぬまま二人は受けることにする。
「おい、レスター!!これやばいんじゃねーのか!?」
「まずいね……僕もどうやら……」
ワープさせられた先で、王城から煙が上がっているのを目撃した。
「こ、これは……」
「あ、ハジメ!?どうやって……」
「話は後だ。状況は?」
「芳しくないね。龍が二匹もいっぺんに襲ってきてるんだ」
レスターが足を引きずりながらやってきた。
左足が、おかしな方向に曲がってしまっている。
「その足……」
「折れたね。このままだと状況はどんどん悪くなってしまう」
「だとすると、レスターはこのまま戦わせるわけにいかないか……」
その時、朔の頭に先日のベッドの中でのデリアの声が蘇る。
「そうか、これだ……」
「どうした?」
「レスター、今日まだ死んでないよな?」
「あ、ああ何とか……まさか」
「そのまさかだ、死んでくれ」
朔が剣を抜くやレスターを両断した。
激しい血飛沫が舞い、盛大に返り血を浴びる。
「は、ハジメ!?」
メラニーを始めとする面々が驚きの表情を浮かべるが、オフィーリアだけは察した様だった。
「なるほど、考えたな。ここからなら神殿もそう遠くはないからな」
「そういうこと。俺もここにきてるし、何とかなんだろ」
「だからって、あんなに躊躇いもなく斬るなんて……」
「じゃあ他に方法あったか?」
「回復魔法なら私が……」
メイヴィスが杖を手に、朔のところへきた。
「それが間に合ってないから、この現状なんだろ?文句ならあとで聞くよ。一匹ずつでも倒して、雑魚を蹴散らさないと現状を打破できねーぞ」
「ハジメさんの言う通りですね。まずは、やつらの属性を……一匹は炎の様です。もう一匹は、土でした」
「だと、一匹は俺待ちだったわけか、遅くなってすまねぇ」
「もう一匹はクラリスが今奮戦中ですが、いつまで持つか……」
「なら、一匹は俺が受け持つから、残りはデリアたちが来るまで全員でバックアップしてやってくれ」
「は?何言ってんだお前、大丈夫かよ」
「大丈夫だよ。いいから任せてくれよ」
「ハジメの力を見たら、おぬしも驚くぞ、小娘」
不安そうな顔をしながら、残りのメンバーが土の龍の元へ走った。
朔は剣を抜いて、オフィーリアを振り返る。
「今度は試練じゃないんで……俺に守らせてもらえますか?」
「ハジメ……」
オフィーリアのトキメキスイッチが入ってしまい、朔はその場で抱きしめられそうになる。
「うおっと!!」
二人を引き裂くかの様に、龍の吐息が二人の間を通り抜ける。
「空気の読めぬ龍よ……!」
本気で悔しそうに歯軋りをするオフィーリア。
「ちょっと、下がってくださいって!」
朔がオフィーリアを抱えて走る。
「おお、抱かれておる……」
「そんな場合じゃないですって!このままじゃ……」
「このままじゃ?」
「…………」
龍から少し離れたところに、オフィーリアを下ろす。
「オフィーリア様、俺を夫にしてくれるんでしょう?なら、今だけでいいので言う通りにしてもらっていいですか?」
真面目な表情で朔が言う。
「わかった、必ず生きて戻ってくれよ!!」
「仰せのままに」
――カッコつけすぎたか?
照れを隠す様に朔は踵を返して龍の元へ走る。
「おら、後が閊えてんだ。さっさと終わらせるぞ!」
言いながら朔が駆ける。
駆けながら意識を集中させる。
「これでも食らっとけ!!!」
気合いと共に朔が剣を振り、龍の足に氷柱が突き刺さる。
突き刺さった氷柱が爆発を起こして、龍の足が跡形もなく吹き飛んだ。
「まだまだぁ!!」
オフィーリアが自分の帰りを待っている。
そう考えると、朔は力が満ちる様な感覚を得た。
そして再度意識を集中する。
今までよりも、魔力の充実するまでの時間が速い。
「出てきてすぐで悪いな、けどお前の出番はここまでだよ!!」
地に落ちた龍が苦悶の呻きを上げ、朔の姿を認めた時、既に朔の剣は龍の首を落としていた。
「これで、もう動けねぇだろ!!」
首の無い龍の腹を真横に裂き、内側から氷が生えてきて爆ぜた。
オフィーリアが言葉もなくその姿を見つめている。
「ハジメ……おぬしは本当に……」
「ハジメ!!」
オフィーリアが駆け寄ろうとしたその時、デリアと遥がワープしてきた。
「おぬしらも……空気の読めぬ……」
「丁度良かった、とりあえずついてきてくれ!オフィーリア様も、はぐれないでくださいね!!」
朔が三人を連れて走る。
「何処行くの!?」
「今メラニーたちが戦ってる!属性は土だって話だから、デリアの力が必要だ!!」
先ほどの変わり者の龍によって力を強められたデリア。
遥もまた、同じ様にして力の底上げがされている。
朔は自分の戦いでその強さを実感できたので、デリアに一任することにした。
「なんていうか、死屍累々って感じ……?」
龍を相手に奮戦していたクラリスだったが、龍の猛攻に耐え切れず倒れていた。
ミエリックス城の兵士たちも、ところどころで倒れている。
敵の勢力の兵隊も同じ数だけ倒れ伏していた。
メイヴィスが魔法で治癒を行い、ソフィアが傀儡を盾にしながら魔法を唱える。
メラニーは重力波で龍の動きを封じようと試みるが、当たりそうなところでかわされてしまっていた。
「デリア、クラリスが回復したら二人で戦ってくれ。俺たちは雑魚を蹴散らしに行くから」
「え、それまで一人で?」
「余裕だろ。頼んだからな!!」
デリアの返事を待たず、朔が駆ける。
朔の声を聞いて、ソフィアとメラニーも朔を追った。
その後に、オフィーリアも続く。
メイヴィスは回復魔法をかけ終わるまで動けない。
メラニーの撹乱も長くは続かないだろう。
デリアは意を決して剣を引き抜く。
「メイヴィス、そのまま回復魔法をかけ続けてね。私があれを処理するから」
「え?一人でやるんですか?少し待ったほうが……」
「大丈夫だから、信じて」
軽くウィンクなどして、デリアは飛ぶ。
風の力を応用して自らの体を宙に舞わせる。
「くらいなさい!!」
デリアが剣を振るうと、小規模の竜巻が発生して龍を切り刻んだ。
たまらず龍が土の吐息を吐き出すが、どれも竜巻に阻まれてデリアには届かない。
力を授けられる際、デリアは一つ開眼していた。
剣に魔力を込めて、天にかざす。
すると、剣が光に包まれた。
風の能力で攻撃速度を速める能力付与魔法だ。
対象が魔法職であれば、詠唱速度を上げたりすることもできる。
「ほら!ほら!!ほらぁ!!!」
次々と竜巻を発生させていくデリア。
実に十四個ほどの竜巻を発生させて、龍を追い詰めていく。
いくつかの竜巻がぶつかり合って、真空状態に電気が走る。
呼吸ができなくなった龍を、悲鳴もあげさせずにデリアは圧倒して見せた。
「こ、これがデリアさん……?別人みたい……」
デリアの猛攻に、メイヴィスが呆気に取られる。
「これで、トドメ!!」
朔の技を見て思いついた技を炸裂させる。
切り裂いた龍の体内から、巨大な竜巻が発生して目の前の龍が一瞬でミンチになった。
「や、やりすぎたかしら……」
「す、すごいですデリアさん!!何ですかあの力!!」
「あ、あはは……ちょっと洞窟で色々あって……」
朔が走っていった方向を見て、自分も行かねばと思いをめぐらせる。
「メイヴィス、クラリスを任せていい?」
「大丈夫だと思います。みんなを、お願いしますね、デリアさん」
「任せて!今の私に敵はいないわ!!」
デリアはすっかりと浮かれて走る。
今までパッとしなかった自分でも、今ではこんなに戦える!
そう思うと、早く剣を振りたくて仕方なかった。
「デリアは、やったみたいだな」
「おい、お前ら何があったんだよ?」
朔たちは残った敵兵を駆逐しながら敵陣を目指した。
龍に比べれば大した戦力ではないため、話しながらでも戦っていられる。
「まぁ、詳しいことは追々な。あとでお前らも同じ様に戦力強化してもらうから」
「私も連れて行ってもらえないだろうか?」
オフィーリアが敵を斬りながら尋ねる。
「え、行きたいんですか?何でまた……」
「お前、朴念仁もそのくらいにしとけよ……オフィーリアは本気でお前に惚れてるぞ」
「そ、そうですか……国の仕事とかに支障が出なければ別に構いませんが……」
――一国の王女まで虜にするとは……ハジメさんは底が知れませんね……。
ソフィアも戦いながら冷静に朔を見た。
「あれじゃねーの、敵の本拠地」
「それっぽいな。オフィーリア様、切り込もうと思いますけど行けます?」
「任せろ、私はまだまだやれるぞ」
メラニーたちを待たせ、朔とオフィーリアで敵の本拠地に乗り込む。
やや大きめの小屋に、親玉が潜んでいる様だ。
「多分あいつなんだろうな……」
オフィーリアには心当たりがある様だった。
朔がオフィーリアの肩に手を乗せ、頷く。
「誰が待っててもいいじゃないですか。行きましょう」
中にいたのは、初老の男性だった。
白髪の混じった黒髪の長身の男性で、オフィーリアはその顔を見て、やはりか、と呟いた。
「我々は、負けたのですか」
「メイナード。何で……私は、お前がこんなことをするなど……」
「女に、この国が治められるなんて私は思っていない……」
「だから、ここまで騒ぎを大きくしたというのか」
「そうだ……さぁ、新国王となる器……それが本物なのであれば、その剣で私を葬ればいい」
「…………」
オフィーリアは苦い顔をしながら剣を振りかざした。
しかしその手を、そっと朔が握って止める。
「止めるな、ハジメ……これは私の……」
「俺に、任せてくださいって。そんな血なまぐさいこと、オフィーリア様がすることありませんよ」
朔はメイナードと呼ばれた男性の……オフィーリアの元臣下に歩み寄った。
そして。
「よっこいせ!!」
頭頂部に思い切り拳骨を食らわせた。
「お前、こんないい姫様にこんな思いさせて、なんとも思わねーのかよ」
「ぐっ……小僧……なんだお前は……」
「聞こえなかったか?なんとも思わなかったのかって聞いてんだ」
「姫は……その人の良さから何でも受け入れようとする……この国はそれでは大きくできない……」
「そんなこと聞いてねぇんだよ!いいか!?オフィーリア様がお前がここにいたってわかった時にどんな顔してたと思う!?あの気丈なオフィーリア様が、泣きそうな顔でお前を見てたんだぞ!?それでもお前は、なんとも思わねぇのかっつってんだよ!!」
朔は叫び、メイナードの頬に一撃を入れる。
メイナードは床を転がり、呻いていた。
「メイナード、投降するのだ。罪を償え。この国で出した死者は少なくない。お前の罪も、決して軽くはない。だが、それが私にできるお前へのせめてもの情けだ」
かくして、一連の騒動は幕を閉じることとなった。
駆けつけたミエリックスの兵士がメイナードを捕縛し、城に連行した。
実は首謀者がもう一人いた、という情報があったのだが、自ら連れてきた龍に踏み殺されていたという目撃証言がある。
城だけでなく街にも、かなりの被害を出した。
ミエリックス側の兵士は百人近くが死亡、住人は数十人が死亡もしくは行方不明になっていた。
王は騒動を見ていられず、病床にも関わらず剣を取ったという。
しかし外に出たところで龍の翼が直撃し、吹き飛ばされて頭を打って昏倒した。
幸い命に別条はなかったが、犠牲になった者たちのことを思い、涙した。
「終わった様だね」
レスターが遅れて戻ってくる。
神殿で傷一つなく復活した彼は、それでもかなり急いで向かっていたらしいが、到着した頃には龍は二頭とも倒された後だった。
「悪かったな、レスター。あのまま骨折なんかしてられたらさすがに旅に支障出しちまうから」
「大丈夫、理解してる。いや、痛かったけどね。いきなり斬られるとは思わなかったけど」
「まぁ、みんな混乱してたわな」
朔とデリア、遥、オフィーリアとで全員に事情を説明し、後日また洞窟に向かうことを提案する。
戦闘になるかはわからないが、確実にスキルアップできるということで、異を唱える者はいなかった。
「君たちには、すっかりと世話になってしまった。この礼は、どうしたものか……」
「そんなの、いいですって、本当……」
朔はすっかりと恐縮してしまう。
メラニーやデリアなどはクスクスと笑ってそれを見ている。
「まぁ、夫になってもらうっていう話なんだけどな。あれ、なしにしてもらっていいか?」
「え、それって……」
朔は面倒ごとから開放される、と少し表情を明るくした。
「夫になってもらうんじゃなくて、私を妻にしてくれ」
「……は?」
「おい、ちょっと待て!どういうことだそれ!!」
メラニーが噛み付き、デリアは目を丸くした。
「いやな、私には妹がいるんだが……なかなか聡明なやつでな。あいつの方が国を治めるには向いていると思うのだ」
「そんな、では証は……」
「妹にくれてやる。それで納得できない様なら、今度は妹の分を取りに行ってもいいと思っている」
「なん……だと……」
「せっかく手伝ってもらって申し訳ない。だが、私には生きる目標ができた」
「目標?」
「ハジメと旅をして、いずれは結婚などして……子どもを……」
「そ、そんなことの為に王の座を譲るんですか!?」
「そんなこととは何だ!私はこう見えて本気なのだぞ!!」
「ひっ、すみません……」
オフィーリアに恫喝され、朔が縮み上がった。
その様子を見た一行が大笑いする。
死者も少なくは無いという理由から城で祝祭などは催されなかったが、小さいながらも朔一行を持て成す宴は開催された。
ごく少人数で、オフィーリアの妹であるアンジェリカもその宴に出席した。
「この度は、姉がお世話になったそうで……」
「あ、いえこちらこそ……」
「姉を、もらってくれるそうですね」
「えっ」
「もう、城の中はその話でもちきりですよ」
「な、何だって?」
オフィーリアはもう、既に外堀を固めていた様だった。
「わたくし、ハジメさんと同い年ですけど……ハジメさんをお義兄さまとお呼びしてよろしいのでしょうか」
「ちょっとそれは気が早い様な……」
「君が、ハジメか」
ミエリックス王が、車椅子に乗って臣下に押されてやってきた。
「こ、これは……」
全員が平伏するが、良い、とそれを制する。
「この様な格好で申し訳ない」
「そんな、勇敢に戦われたと聞いております」
「いやいや、外に出た瞬間にやられてこのザマよ。それよりもハジメ。我が娘オフィーリアのことは、気に入ってもらえたか」
「そ、それに関してはですね、ちょっとあの……友達から……とか……」
朔が言葉を濁すと、ミエリックス王が目をギラリと輝かせる。
「今、何と?オフィーリアを、友達に、と言ったのか?」
「あ、えーとその……お、お互いをもっとよく知ってからの方が……」
「お前は、今自分が何を言っているのか理解しているか?仮にも一国の姫の思いに対して、お友達から始めましょう、と?」
「お、落ち着いてくださいお父さん……あっ」
「お父さんだと!?貴様……お前にお父さんなどと……」
「あわわわ……」
朔が半パニック状態で口ごもった。
「呼んで貰えるとは思わなんだ!嬉しいことよ!!オフィーリアを、末永く頼むぞ息子よ!!」
「は、え、ええ?」
「不満か?オフィーリアはああ見えてかなり器量も良いし、女としての力もあると思うがな。まぁ、一緒に旅をするともなればすぐに篭絡されようがな!がっはっは!!」
言いたいことだけを言って、王は自室へ帰っていった。
「む、息子……?」
「ハジメ、もう腹をくくれ。オフィーリアとなら、ちょっと仕方ねぇって思えるから」
「私も同意見かな。それに、ハジメは私たちもちゃんと、もらってくれるでしょ?」
「ど、どうしてこうなった……?」
「ハジメ、私はこう見えて女関係には寛大なんだ。三人くらいまでなら妾も許そう」
「だってよ。なら一緒にいられるだろ?」
「お前ら、軽すぎんだろ……俺、体持つ自信ねぇんだけど……」
騒動を収めた英雄である朔も、女には敵わない。
オフィーリアという強烈な個性を持つ女を迎え、朔の旅は更に乱れていく。
「正直、出来る様にはなったと思う。けど、動きながらとか魔力そのものの分配を考えながらってことになると微妙ではあるかな」
「効果時間はどの程度でしょう?」
「バラバラだな……長くて二分てとこか。平均すると一分前後だと思う」
戦闘中の時間の流れというのは極端に長く感じるもので、一分というのは戦闘において稼ぐ時間としてはかなり長めではある。
しかし、防戦一方の状況の場合に関しては攻撃に転じるタイミングを見計らう必要が出てくる。
相手の力が未知数である以上、ある程度の効果時間を持たせることが必要だ。
属性付与によって、炎に対する耐性を高めることも出来るということは、防御においてもほぼ必須の魔法ではある。
誰か一人でも戦線離脱する状況になるのは、避けておきたいところだ。
「オフィーリア様は死んじゃったらそれまでだしね……」
そう、復活できる英雄と違って、オフィーリアはいくら強くてもただの人間。
死んでしまったら即作戦失敗になる。
「もうそろそろ時間よ。とりあえず私が行くわ」
「仕方ない、頼んだデリア」
一行は朔とデリア、遥のチームと残りのメンバーとに分かれた。
森の中の洞窟が見える位置で三人は待機する。
「来たな。そんなに人数は多くないみたいだ」
オフィーリアの一団が洞窟前で何やら話し、オフィーリアは洞窟の中へ消える。
見張りも試練の前までだけなのか、一緒にはけて行った。
「見張りまでいなくなってるけど……大丈夫なのかしら」
「まぁ、入りやすくなったし、待たせるのも悪いから行こう」
こうして朔のチームは洞窟へ侵入した。
中に入ると、明かりが近づいてくるのが見える。
オフィーリアが松明を手に近づいてきた。
「来たか……って、三人だけなのか。残りはどうしたのだ?」
「城に向かっています。城が襲撃される恐れがありますので」
「やはりか……私もその辺は懸念していたのだが、どうにも手が回らなくてな。恩に着る」
「礼を言うのは、全部成功してからにしましょう。まだこれからなんですから」
「そうだな。みんな、気を抜かないでくれ」
外から見る限り、奥行きはそこまで無い様に見えたが、地下はどれほどの深さになっているのか想像もつかない。
行き止まりで見つけた明らかに人が作ったものと思われる、雑な造りの階段を降り、更に洞窟を進む。
「オフィーリア様、こちらにも火をもらっていいですか?」
デリアが用意してきた松明を出す。
デリアの松明にも火を灯すと、更に視界が良くなって奥が見えやすくなる。
地下に下りて行くにつれて、普通なら温度が下がっていくものだが、少しずつ熱の様なものを感じる。
「いるな……この熱さ、レスターの情報が正解だったってことか」
「レスターが言う通りってことだと、やっぱり炎の龍なのかしら」
「そうだと思うけど……俺がとりあえず引きつけながら属性付与をかけるから、そしたらデリアは脇とか後ろから切り込んでくれるか?」
「うん、わかった……」
「遥はとにかく離れることかな。近づかれたらやばい。オフィーリア様も、なるべくなら近づかない様にしてもらえると助かります」
「私は守られるばかりの女ではないぞ?」
「そこを何とか……」
「ハジメが私をもらってくれるというなら、傷物になるわけにもいかんし考えるが」
「ず、ずるくないですかそれ……」
「女というのは割とずるいものだぞ。覚えておくといい」
龍がいると思われる階層は、奥行きが深くなっていて天井も先ほどまでの階層よりかなり高くなっていた。
崩落の心配はないのだろうか、と朔は注意深く見てみるが、造りそのものはしっかりとしている様に見える。
「あれか……」
「朔くん、大丈夫なの?」
「なんとも言えない……けど、オフィーリア様だけは絶対死なせるわけにいかないからな。いざとなったら、オフィーリア様だけは逃がしてやってくれ」
「ハジメ……おぬし、私のことをそこまで……」
「いや、あの、そうじゃないです……ちょっと、離れてもらっていいですか……」
「ちょっとハジメ、じゃれてる場合じゃないわよ?」
「朔くん、こんな時まで……」
「俺のせいか!?」
「とにかく、みんなの意思は汲もう。確かに私は死んでしまうわけにいかないからな」
朔から離れて、オフィーリアは剣を抜いた。
朔とデリアも剣を抜き、遥が弓と矢を準備する。
「遥、悪いんだけど三重くらいに壁張って、オフィーリア様を守ってくれるか?」
「それくらいなら何とか……けど、攻撃に加わらなくていいの?」
「戦況次第ってところだな。オフィーリア様に攻撃がこない様なら、加わってもらうのもありかもしれないけど」
「私の判断でいい?」
「俺もいけそうなら指示は出す様にするよ」
龍が見える位置まできて、遥が壁を作る。
その壁に朔が氷の壁で覆って、オフィーリアの安全を確保する。
「ここにいてください。後ろから何か来ないとも限らないので、油断はしないでくださいね」
「わかった。頼もしいな、ハジメ。それでこそ私の夫になる男だ」
「え、いつの間に決定したんですかそれ……」
「ちょっと、向こうが気づいたみたいよ」
デリアが龍を見ながら言う。
龍は朔たちの姿を認めると、ゆっくり歩み寄ってきた。
「で、でっか……」
「これ、本当に大丈夫かしら……」
「すごい迫力だな……」
「この地の王になる器を持つのは貴様か、女」
「しゃ、喋った!?」
「嘘だろ、龍が言語を!?」
人の言語を操り、その場の全員を睥睨する様に見渡す。
問答無用で攻撃を仕掛けてこないところを見ると、相当に知能レベルが高いのだと推測される。
「私はこの地を守護する役を負っている。力を示せ。さすれば証を授けよう」
「守護……?龍が?」
「この喋り方疲れるな……」
「え?」
龍が首をゴキゴキとやって、ため息をつく。
「えっと、まずお前ら俺と戦うんだよ。わかる?んで、お前らの力が本物だってわかったらペンダントあげるから」
「は、はぁ」
「何だ、龍がこんな喋り方したらおかしいのか?」
先ほどまでの厳かな雰囲気は何処へやら、龍の口調が砕けたものに変わる。
「いや、そもそも龍が喋ってること自体がもう……」
「こう見えて昔は龍の王なんて呼ばれてたこともあったんだ。それくらいはできて不思議はないだろう?」
「龍の、王だって……?」
「昔の話だから。今はもう、新しく王がいるよ。世代交代ってやつだな。人間にもあるんだろ?」
「こんなフレンドリーに話す龍がいるなんて……」
「俺は割と寛大なんだよ。で、どうするんだ?戦うんだよな?」
「お、おう……」
戦う前から気合を削がれた気がして、どうも気合が入らない。
もちろん気の抜ける様な相手ではない、ということは承知しているはずなのだが……。
「ああ、元っても龍の王って呼ばれたほどの力は健在だからな?舐めてかかると死ぬぞ」
「お前、優しいな」
「まぁな。けど、手は抜かないぞ?」
「ちょ、ちょっとだけ待ってくれ」
朔が龍を制して、全員を集める。
「話が違うんだけど……」
「どういうことよ、これ……伝説とかって大体こんなもんなの?」
「どうやら、尾ひれがついたりして伝わるのは常の様だ。ここまできて戦わないという選択肢もなかろう」
「この流れだとオフィーリア様も戦わないとダメっぽいけど……」
「任せておけ。自分の身くらい自分で守ってみせる。ハジメの為にな!!」
「あ、そこブレないんですね……」
「相談は済んだか?」
「ああ。そっちも殺す気でくるんだろ?こっちも全力で行く」
「いいねいいね。そうこなくっちゃ」
龍が吐息を浴びせるべく、息を吸い込んだ。
朔はデリアに属性付与をかけ、龍の足元まで走った。
朔が地面から氷柱を発生させるのとほぼ同じタイミングで、龍の吐息が吐き出される。
「行け、デリア!!」
デリアは無言で頷いて、氷の属性が乗った風の刃を飛ばす。
一撃目が右手で受け止められ、続けて脇を狙って刃を三回飛ばした。
吐息は朔の作り出した氷柱に直撃して掻き消える。
刃の一つはかわされたが、二つがわき腹に直撃した。
「やるじゃん、小娘」
「属性乗っけてこの程度って……」
「止まるな、走れ!!」
朔が氷柱を駆け上がり、龍の頭上まで飛んだ。
デリアが朔の指示を受けて背後に回りこむ。
「さすがに素直に食らったら痛そうだ」
龍は朔をまず左手で払い落とす。
咄嗟に剣の腹で迎撃を受け、直後に切っ先を壁に向けることで大ダメージを避けた。
「なんつー衝撃だ……」
今の一撃で手が軽くしびれてしまっていた。
――これ、長引いたら全滅必至だろ……どうする……。
龍を見ながら朔が考えているうち、オフィーリアが剣を構えて龍に歩み寄る。
「ミエリックス王家が長女、オフィーリア、参る!」
「そういう人間臭いの、好きだわ」
オフィーリアは両手剣を軽々と振るい、龍の攻撃をかわしながら斬撃を浴びせていく。
「おお、いいね、強いなお前」
「そうか?まだまだこんなもんじゃないぞ」
――何だあの速さ……いや、そんなこと考えてる場合じゃないな。オフィーリア様だって体力の限界はある。今のうちに何とかしないと。
朔が考えている間にデリアの属性付与が切れたらしく、刃の切り込みが浅くなっていく。
「ハジメ、こっち切れたわよ!!」
「マジか……」
痺れる手を必死で握りこめ、剣を握る。
「何なら、全員に付与するまで待ってやろうか?」
オフィーリアの斬撃を受けながら龍が言う。
「は?サービス良すぎないか?」
「実力に差があるんだ、それくらいのハンデをやるのは別に構わんさ」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
――何か調子狂うなぁ……。
朔が遥、オフィーリア、デリアの順番で属性付与をかけていく。
「お前、その魔法どうやって習得した?」
「え?えっと、仲間に属性付与使える人がいたから、その人にさわりだけ教わって、あとは我流だけど……」
「なるほどな、だからか。ちょっとこっちこい」
「え?」
「いいから。攻撃したりしないから安心しろ」
朔がみんなを見る。
みんなも朔を見ている。
恐る恐る朔は龍に近寄っていった。
「あ、動かない様にな。魔力が暴走すると、戦いどころじゃなくなっちゃうから」
言いながら龍が、朔の背中に手をかざす。
「ああ、なるほど……最近魔力に目覚めたばっかりなわけか」
「そ、そんなのまでわかるのか」
「伊達に長生きしてないからな。それっ」
龍が何か力を込め、朔の背中に吸い込ませた。
「これでいいか。ちょっと、もう一回やってみろ。そこの弓持ってる子がもうすぐ属性付与切れるから」
龍の言う通り、遥の属性付与が切れる。
続いてオフィーリアとデリアのも切れてしまった。
何が変わったのか、と思っていた朔だったが、再度遥に魔法をかけようとして、自分の中の変化に気づく。
「これ……は……」
「お前、いいもの持ってるのに全然活かせてないのな。だから、魔力の流れを少しスムーズにしておいた。あと、魔力の底上げとか色々やっていたみたいだから効果はかなりでかいと思う」
遥にかけた属性付与が、先ほどまでと段違いの効果を見せた。
青い、オーラの様なものが遥を包む。
「何だこれ……」
「それが本来の属性付与だな。ダメージも三割以上は上乗せされるはずだ」
「そんなにか!」
「それに、炎からのダメージ軽減率も大分変わってるはずだぞ」
言いながら龍が軽く吐息を遥にぶつける。
あわてて朔が遥を庇おうと動くが、遥はかすり傷一つ負ってはいない様だった。
「お、おい!」
「大丈夫、朔くん……全然熱くない……」
「今のは手加減したけど、思い切りやってもある程度耐えられるんじゃないか、これなら」
「な、何でこんな……親切すぎないか?」
「老婆心とでも言うのかね。見ていて何だかもったいない、と思ってしまった。あと、すごい可能性を感じた。理由はそんなもんかな」
「か、軽いな」
「よし、その力でもう一回戦え。それでペンダントはやるわ。あと、そこの二人も力を与えるから」
「い、いいの?」
「もちろんだ。お前ら、龍を倒すための武器もらってるんだろ?だったら俺も応援してやる」
「同族の敵なんだけど、俺たち」
「構わないさ。もう、ほとんど縁切ってるみたいなもんだし。寧ろもっとやれって感じ」
「も、もっとやれって……」
「その辺の事情は今度また話してやるよ。さぁ、時間がないぞ。娘、お前の城が襲われている」
「マジか、やるしかねぇか……何か戦い難いけど……」
「恩に感じてくれるなら、いつかその勇敢な娘との子でも見せにきてくれ」
「わ、私のことか?」
「そういう仲になるんだからな、お前らは」
「よ、予言とかやめてもらえませんかね……」
調子を狂わされっぱなしだが、朔が全員に属性付与をかける。
「よし、やるか。早いとこ戻らないと!!」
遥が弓で牽制し、デリアが切り込んだ。
朔が背後に回って斬撃を見舞う。
オフィーリアは正面から龍と対峙して、剣を振るう。
「おお、これだよ。この威力。すごいじゃないかお前ら」
「さっきよりは確かに手応えあるな……」
デリアが斬撃を浴びせながら、手応えを感じた瞬間に風の刃を飛ばす。
「おお、そんな使い方も知ってるんだな。いいねぇ」
オフィーリアが、繰り出された吐息を斬撃の剣圧だけでかき消した。
「いいぞいいぞ、これだよ、俺が待ってたのは!!」
龍が呻きながら崩れ落ちる。
「こんなもんでいいだろ。凄かったぞ、お前ら」
何事もなかったかの様に、龍が立ち上がる。
あれだけ攻撃をしたはずなのに、傷がもう塞がりかけていた。
「俺はな、死ねない体になったんだ。龍を生み出す力を差し出すことで」
「は?」
「お前らの与えた傷もほれ、この通りよ」
「あ、あんた一体……」
「おっと、こんなこと話してる場合じゃなかったな。これがペンダントだ」
龍が左手にペンダントを召喚して、オフィーリアに向かって放り投げた。
受け取って、それを首にかける。
「そのペンダント、いつでもいいから返しにきてくれよ?ああ、王になってからな」
「代々受け継がれていると聞いてはいるが……」
「俺が気に入ったやつにしか渡してないんだよ。お前の親父も勇敢だったしな、力ではお前らに敵わないけど、見事なもんだった。だから渡してやったんだ」
「そんな経緯が……」
「よし、そこの娘二人はここに残って力増幅な。小僧と勇敢な娘は先に行け」
龍が軽く念じると、朔とオフィーリアの姿が一瞬にして消えた。
「な、何をしたの?」
残されたデリアと遥が軽くパニックになる。
「ワープだよ。ここまで来るの、ちょっと遠かっただろ?ミエリックスの城の目の前まで飛ばしてやったから。ほれ、二人もさっさと後ろ向け」
親切な龍のお節介を、驚きを隠せぬまま二人は受けることにする。
「おい、レスター!!これやばいんじゃねーのか!?」
「まずいね……僕もどうやら……」
ワープさせられた先で、王城から煙が上がっているのを目撃した。
「こ、これは……」
「あ、ハジメ!?どうやって……」
「話は後だ。状況は?」
「芳しくないね。龍が二匹もいっぺんに襲ってきてるんだ」
レスターが足を引きずりながらやってきた。
左足が、おかしな方向に曲がってしまっている。
「その足……」
「折れたね。このままだと状況はどんどん悪くなってしまう」
「だとすると、レスターはこのまま戦わせるわけにいかないか……」
その時、朔の頭に先日のベッドの中でのデリアの声が蘇る。
「そうか、これだ……」
「どうした?」
「レスター、今日まだ死んでないよな?」
「あ、ああ何とか……まさか」
「そのまさかだ、死んでくれ」
朔が剣を抜くやレスターを両断した。
激しい血飛沫が舞い、盛大に返り血を浴びる。
「は、ハジメ!?」
メラニーを始めとする面々が驚きの表情を浮かべるが、オフィーリアだけは察した様だった。
「なるほど、考えたな。ここからなら神殿もそう遠くはないからな」
「そういうこと。俺もここにきてるし、何とかなんだろ」
「だからって、あんなに躊躇いもなく斬るなんて……」
「じゃあ他に方法あったか?」
「回復魔法なら私が……」
メイヴィスが杖を手に、朔のところへきた。
「それが間に合ってないから、この現状なんだろ?文句ならあとで聞くよ。一匹ずつでも倒して、雑魚を蹴散らさないと現状を打破できねーぞ」
「ハジメさんの言う通りですね。まずは、やつらの属性を……一匹は炎の様です。もう一匹は、土でした」
「だと、一匹は俺待ちだったわけか、遅くなってすまねぇ」
「もう一匹はクラリスが今奮戦中ですが、いつまで持つか……」
「なら、一匹は俺が受け持つから、残りはデリアたちが来るまで全員でバックアップしてやってくれ」
「は?何言ってんだお前、大丈夫かよ」
「大丈夫だよ。いいから任せてくれよ」
「ハジメの力を見たら、おぬしも驚くぞ、小娘」
不安そうな顔をしながら、残りのメンバーが土の龍の元へ走った。
朔は剣を抜いて、オフィーリアを振り返る。
「今度は試練じゃないんで……俺に守らせてもらえますか?」
「ハジメ……」
オフィーリアのトキメキスイッチが入ってしまい、朔はその場で抱きしめられそうになる。
「うおっと!!」
二人を引き裂くかの様に、龍の吐息が二人の間を通り抜ける。
「空気の読めぬ龍よ……!」
本気で悔しそうに歯軋りをするオフィーリア。
「ちょっと、下がってくださいって!」
朔がオフィーリアを抱えて走る。
「おお、抱かれておる……」
「そんな場合じゃないですって!このままじゃ……」
「このままじゃ?」
「…………」
龍から少し離れたところに、オフィーリアを下ろす。
「オフィーリア様、俺を夫にしてくれるんでしょう?なら、今だけでいいので言う通りにしてもらっていいですか?」
真面目な表情で朔が言う。
「わかった、必ず生きて戻ってくれよ!!」
「仰せのままに」
――カッコつけすぎたか?
照れを隠す様に朔は踵を返して龍の元へ走る。
「おら、後が閊えてんだ。さっさと終わらせるぞ!」
言いながら朔が駆ける。
駆けながら意識を集中させる。
「これでも食らっとけ!!!」
気合いと共に朔が剣を振り、龍の足に氷柱が突き刺さる。
突き刺さった氷柱が爆発を起こして、龍の足が跡形もなく吹き飛んだ。
「まだまだぁ!!」
オフィーリアが自分の帰りを待っている。
そう考えると、朔は力が満ちる様な感覚を得た。
そして再度意識を集中する。
今までよりも、魔力の充実するまでの時間が速い。
「出てきてすぐで悪いな、けどお前の出番はここまでだよ!!」
地に落ちた龍が苦悶の呻きを上げ、朔の姿を認めた時、既に朔の剣は龍の首を落としていた。
「これで、もう動けねぇだろ!!」
首の無い龍の腹を真横に裂き、内側から氷が生えてきて爆ぜた。
オフィーリアが言葉もなくその姿を見つめている。
「ハジメ……おぬしは本当に……」
「ハジメ!!」
オフィーリアが駆け寄ろうとしたその時、デリアと遥がワープしてきた。
「おぬしらも……空気の読めぬ……」
「丁度良かった、とりあえずついてきてくれ!オフィーリア様も、はぐれないでくださいね!!」
朔が三人を連れて走る。
「何処行くの!?」
「今メラニーたちが戦ってる!属性は土だって話だから、デリアの力が必要だ!!」
先ほどの変わり者の龍によって力を強められたデリア。
遥もまた、同じ様にして力の底上げがされている。
朔は自分の戦いでその強さを実感できたので、デリアに一任することにした。
「なんていうか、死屍累々って感じ……?」
龍を相手に奮戦していたクラリスだったが、龍の猛攻に耐え切れず倒れていた。
ミエリックス城の兵士たちも、ところどころで倒れている。
敵の勢力の兵隊も同じ数だけ倒れ伏していた。
メイヴィスが魔法で治癒を行い、ソフィアが傀儡を盾にしながら魔法を唱える。
メラニーは重力波で龍の動きを封じようと試みるが、当たりそうなところでかわされてしまっていた。
「デリア、クラリスが回復したら二人で戦ってくれ。俺たちは雑魚を蹴散らしに行くから」
「え、それまで一人で?」
「余裕だろ。頼んだからな!!」
デリアの返事を待たず、朔が駆ける。
朔の声を聞いて、ソフィアとメラニーも朔を追った。
その後に、オフィーリアも続く。
メイヴィスは回復魔法をかけ終わるまで動けない。
メラニーの撹乱も長くは続かないだろう。
デリアは意を決して剣を引き抜く。
「メイヴィス、そのまま回復魔法をかけ続けてね。私があれを処理するから」
「え?一人でやるんですか?少し待ったほうが……」
「大丈夫だから、信じて」
軽くウィンクなどして、デリアは飛ぶ。
風の力を応用して自らの体を宙に舞わせる。
「くらいなさい!!」
デリアが剣を振るうと、小規模の竜巻が発生して龍を切り刻んだ。
たまらず龍が土の吐息を吐き出すが、どれも竜巻に阻まれてデリアには届かない。
力を授けられる際、デリアは一つ開眼していた。
剣に魔力を込めて、天にかざす。
すると、剣が光に包まれた。
風の能力で攻撃速度を速める能力付与魔法だ。
対象が魔法職であれば、詠唱速度を上げたりすることもできる。
「ほら!ほら!!ほらぁ!!!」
次々と竜巻を発生させていくデリア。
実に十四個ほどの竜巻を発生させて、龍を追い詰めていく。
いくつかの竜巻がぶつかり合って、真空状態に電気が走る。
呼吸ができなくなった龍を、悲鳴もあげさせずにデリアは圧倒して見せた。
「こ、これがデリアさん……?別人みたい……」
デリアの猛攻に、メイヴィスが呆気に取られる。
「これで、トドメ!!」
朔の技を見て思いついた技を炸裂させる。
切り裂いた龍の体内から、巨大な竜巻が発生して目の前の龍が一瞬でミンチになった。
「や、やりすぎたかしら……」
「す、すごいですデリアさん!!何ですかあの力!!」
「あ、あはは……ちょっと洞窟で色々あって……」
朔が走っていった方向を見て、自分も行かねばと思いをめぐらせる。
「メイヴィス、クラリスを任せていい?」
「大丈夫だと思います。みんなを、お願いしますね、デリアさん」
「任せて!今の私に敵はいないわ!!」
デリアはすっかりと浮かれて走る。
今までパッとしなかった自分でも、今ではこんなに戦える!
そう思うと、早く剣を振りたくて仕方なかった。
「デリアは、やったみたいだな」
「おい、お前ら何があったんだよ?」
朔たちは残った敵兵を駆逐しながら敵陣を目指した。
龍に比べれば大した戦力ではないため、話しながらでも戦っていられる。
「まぁ、詳しいことは追々な。あとでお前らも同じ様に戦力強化してもらうから」
「私も連れて行ってもらえないだろうか?」
オフィーリアが敵を斬りながら尋ねる。
「え、行きたいんですか?何でまた……」
「お前、朴念仁もそのくらいにしとけよ……オフィーリアは本気でお前に惚れてるぞ」
「そ、そうですか……国の仕事とかに支障が出なければ別に構いませんが……」
――一国の王女まで虜にするとは……ハジメさんは底が知れませんね……。
ソフィアも戦いながら冷静に朔を見た。
「あれじゃねーの、敵の本拠地」
「それっぽいな。オフィーリア様、切り込もうと思いますけど行けます?」
「任せろ、私はまだまだやれるぞ」
メラニーたちを待たせ、朔とオフィーリアで敵の本拠地に乗り込む。
やや大きめの小屋に、親玉が潜んでいる様だ。
「多分あいつなんだろうな……」
オフィーリアには心当たりがある様だった。
朔がオフィーリアの肩に手を乗せ、頷く。
「誰が待っててもいいじゃないですか。行きましょう」
中にいたのは、初老の男性だった。
白髪の混じった黒髪の長身の男性で、オフィーリアはその顔を見て、やはりか、と呟いた。
「我々は、負けたのですか」
「メイナード。何で……私は、お前がこんなことをするなど……」
「女に、この国が治められるなんて私は思っていない……」
「だから、ここまで騒ぎを大きくしたというのか」
「そうだ……さぁ、新国王となる器……それが本物なのであれば、その剣で私を葬ればいい」
「…………」
オフィーリアは苦い顔をしながら剣を振りかざした。
しかしその手を、そっと朔が握って止める。
「止めるな、ハジメ……これは私の……」
「俺に、任せてくださいって。そんな血なまぐさいこと、オフィーリア様がすることありませんよ」
朔はメイナードと呼ばれた男性の……オフィーリアの元臣下に歩み寄った。
そして。
「よっこいせ!!」
頭頂部に思い切り拳骨を食らわせた。
「お前、こんないい姫様にこんな思いさせて、なんとも思わねーのかよ」
「ぐっ……小僧……なんだお前は……」
「聞こえなかったか?なんとも思わなかったのかって聞いてんだ」
「姫は……その人の良さから何でも受け入れようとする……この国はそれでは大きくできない……」
「そんなこと聞いてねぇんだよ!いいか!?オフィーリア様がお前がここにいたってわかった時にどんな顔してたと思う!?あの気丈なオフィーリア様が、泣きそうな顔でお前を見てたんだぞ!?それでもお前は、なんとも思わねぇのかっつってんだよ!!」
朔は叫び、メイナードの頬に一撃を入れる。
メイナードは床を転がり、呻いていた。
「メイナード、投降するのだ。罪を償え。この国で出した死者は少なくない。お前の罪も、決して軽くはない。だが、それが私にできるお前へのせめてもの情けだ」
かくして、一連の騒動は幕を閉じることとなった。
駆けつけたミエリックスの兵士がメイナードを捕縛し、城に連行した。
実は首謀者がもう一人いた、という情報があったのだが、自ら連れてきた龍に踏み殺されていたという目撃証言がある。
城だけでなく街にも、かなりの被害を出した。
ミエリックス側の兵士は百人近くが死亡、住人は数十人が死亡もしくは行方不明になっていた。
王は騒動を見ていられず、病床にも関わらず剣を取ったという。
しかし外に出たところで龍の翼が直撃し、吹き飛ばされて頭を打って昏倒した。
幸い命に別条はなかったが、犠牲になった者たちのことを思い、涙した。
「終わった様だね」
レスターが遅れて戻ってくる。
神殿で傷一つなく復活した彼は、それでもかなり急いで向かっていたらしいが、到着した頃には龍は二頭とも倒された後だった。
「悪かったな、レスター。あのまま骨折なんかしてられたらさすがに旅に支障出しちまうから」
「大丈夫、理解してる。いや、痛かったけどね。いきなり斬られるとは思わなかったけど」
「まぁ、みんな混乱してたわな」
朔とデリア、遥、オフィーリアとで全員に事情を説明し、後日また洞窟に向かうことを提案する。
戦闘になるかはわからないが、確実にスキルアップできるということで、異を唱える者はいなかった。
「君たちには、すっかりと世話になってしまった。この礼は、どうしたものか……」
「そんなの、いいですって、本当……」
朔はすっかりと恐縮してしまう。
メラニーやデリアなどはクスクスと笑ってそれを見ている。
「まぁ、夫になってもらうっていう話なんだけどな。あれ、なしにしてもらっていいか?」
「え、それって……」
朔は面倒ごとから開放される、と少し表情を明るくした。
「夫になってもらうんじゃなくて、私を妻にしてくれ」
「……は?」
「おい、ちょっと待て!どういうことだそれ!!」
メラニーが噛み付き、デリアは目を丸くした。
「いやな、私には妹がいるんだが……なかなか聡明なやつでな。あいつの方が国を治めるには向いていると思うのだ」
「そんな、では証は……」
「妹にくれてやる。それで納得できない様なら、今度は妹の分を取りに行ってもいいと思っている」
「なん……だと……」
「せっかく手伝ってもらって申し訳ない。だが、私には生きる目標ができた」
「目標?」
「ハジメと旅をして、いずれは結婚などして……子どもを……」
「そ、そんなことの為に王の座を譲るんですか!?」
「そんなこととは何だ!私はこう見えて本気なのだぞ!!」
「ひっ、すみません……」
オフィーリアに恫喝され、朔が縮み上がった。
その様子を見た一行が大笑いする。
死者も少なくは無いという理由から城で祝祭などは催されなかったが、小さいながらも朔一行を持て成す宴は開催された。
ごく少人数で、オフィーリアの妹であるアンジェリカもその宴に出席した。
「この度は、姉がお世話になったそうで……」
「あ、いえこちらこそ……」
「姉を、もらってくれるそうですね」
「えっ」
「もう、城の中はその話でもちきりですよ」
「な、何だって?」
オフィーリアはもう、既に外堀を固めていた様だった。
「わたくし、ハジメさんと同い年ですけど……ハジメさんをお義兄さまとお呼びしてよろしいのでしょうか」
「ちょっとそれは気が早い様な……」
「君が、ハジメか」
ミエリックス王が、車椅子に乗って臣下に押されてやってきた。
「こ、これは……」
全員が平伏するが、良い、とそれを制する。
「この様な格好で申し訳ない」
「そんな、勇敢に戦われたと聞いております」
「いやいや、外に出た瞬間にやられてこのザマよ。それよりもハジメ。我が娘オフィーリアのことは、気に入ってもらえたか」
「そ、それに関してはですね、ちょっとあの……友達から……とか……」
朔が言葉を濁すと、ミエリックス王が目をギラリと輝かせる。
「今、何と?オフィーリアを、友達に、と言ったのか?」
「あ、えーとその……お、お互いをもっとよく知ってからの方が……」
「お前は、今自分が何を言っているのか理解しているか?仮にも一国の姫の思いに対して、お友達から始めましょう、と?」
「お、落ち着いてくださいお父さん……あっ」
「お父さんだと!?貴様……お前にお父さんなどと……」
「あわわわ……」
朔が半パニック状態で口ごもった。
「呼んで貰えるとは思わなんだ!嬉しいことよ!!オフィーリアを、末永く頼むぞ息子よ!!」
「は、え、ええ?」
「不満か?オフィーリアはああ見えてかなり器量も良いし、女としての力もあると思うがな。まぁ、一緒に旅をするともなればすぐに篭絡されようがな!がっはっは!!」
言いたいことだけを言って、王は自室へ帰っていった。
「む、息子……?」
「ハジメ、もう腹をくくれ。オフィーリアとなら、ちょっと仕方ねぇって思えるから」
「私も同意見かな。それに、ハジメは私たちもちゃんと、もらってくれるでしょ?」
「ど、どうしてこうなった……?」
「ハジメ、私はこう見えて女関係には寛大なんだ。三人くらいまでなら妾も許そう」
「だってよ。なら一緒にいられるだろ?」
「お前ら、軽すぎんだろ……俺、体持つ自信ねぇんだけど……」
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