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親睦

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朔やデリア、遥が力に目覚めたのと同じ頃。
二人の少女が各自一頭ずつの龍を相手に奮戦していた。
一人は杖を与えられ、もう一人は魔導書グリモワールを与えられた女性。

魔導書を持つ女性は戦い慣れた様子で、傀儡ゴーレムを召喚して盾代わりにしたり、龍が傀儡に気を取られている間に別の魔法をぶつけたりと善戦している。
一方杖を持つ女性は素人丸出しで、杖で直接殴ったりして寸でのところで龍の攻撃をかわしたりしていた。

――何で私が杖なんですか!?もっと直接的にダメージを与えられる様な武器ならよかったのに……。

肩に爪が掠り、痛みに呻きながらそんなことを考える。

「メイヴィスさん、杖や魔導書での魔法には詠唱が不可欠なんです。詠唱破棄という方法もありますが……今のメイヴィスさんには厳しいかもしれません」
「ソフィアさんがさっきから早く魔法を出せるのは、それができるからなんですか?」
「そうです。ただ、時間を短縮する代わりに膨大な魔力を消費しますので、経験と慣れが必須になります」

――詠唱って言ったって……私、そんなの知らないんですけど……。

「ってことはですよ?ここは、どうするんですか?」
「……撤退ですね」
「で、ですよね!」

二人で一目散に逃げ出す。
方向などは知ったことではない。
とにかく龍の目の届かないところまで。

「あれ……追ってきませんね……」
「いえ、見てください……あれは……」

二頭の龍が、翼をはためかせて飛び上がる。

「う、うっそ!?」
「これは、まずいですわね……」

二頭の龍が軽々とメイヴィスたちの頭上を飛び超え、目の前に飛来した。

「こ、これって、絶体絶命ってやつじゃないですか?」
「そうですわね……メイヴィスさん、あと一つだけ、逃げられる方法がありますが……私に任せてくださいますか?」
「ソフィアさん、頼もしいです……お任せします」
「では、彼らが何か攻撃を仕掛けてきても、何もしないでください」
「え、どういうことですか?」
「詳しいことは後でお話します。さぁ、きますよ」

言うなりなんと、ソフィアは魔道書を地面に放り投げた。
驚いたメイヴィスがソフィアを見ると、頷いている。
ソフィアに倣って、メイヴィスも杖を放り投げる。

「ゴルルルル……」

二頭の龍が二人を再度獲物として見定め、その手を振りかざす。

――え、これって本当に死んじゃうんじゃ……ソフィアさん、何か奥の手でも……?

「ごふっ……」

苦しげな声が聞こえ、ソフィアが地面に倒れる。
地面にはおびただしい量の血が流れ出している。
腹を抉られた様だ。

「えっ……」

顔面蒼白のメイヴィスも、そのまま胸から腹までを抉られ、昏倒した。

――痛い……死ぬ……。

二人は龍のその巨大な足に頭を踏み潰されて、絶命したのだった。


「……はっ!?」
「目が覚めた様ですわね」

見たこともない場所で、メイヴィスは目を覚ます。
神殿の様な、立派な造りの台座の上に寝かされていた様だ。

「こ、これって……私たち、確かに……」
「ご存知なかったのですね。私たち神の力を与えられた英雄は、一日のうちで二度まで死ぬことができます。三度目以降はこの様に復活できない、といわれていますが」
「それも、あの神が言ってたんですか?」
「そうです。記憶まで消してはくれませんから、恐怖としてああいった体験は刻まれますが……ともあれこれでさっきの龍の目の届かないところまで逃げることができました」
「傷一つなく完全に復活してますね……」
「それが優位点ではありますが、回数制限がありますから。死なないに越したことはないのですよ」
「一日に二回と言ってましたけど……」
「午前零時に回数はリセットされる様ですね。仮に一回も死なない日があっても、回数を繰り越したりはできない様です」
「まぁ、普通は一回死んだらもうおしまいですし……今回は致し方ないですね」

そもそも魔法職が満足に戦うためには、仲間のサポートがほぼ必須となる。
壁になる人間や、敵を撹乱できる人間がいて初めて、魔法はその威力を発揮できる。
また、詠唱を完全に暗記して、詠唱の意味や背景を理解し、それができて初めて詠唱破棄という方法を取ることができる。

メイヴィスはまだその初期の段階にも至っていないのにいきなり龍に襲われた。
この時点で勝ち目は限りなくゼロに近かったのだ。

「まず、詠唱についてなんですが……私とメイヴィスさんとで属性が違うので、詳しくはわからないのですよ、申し訳ないのですが」
「ええ……」
「ただ、詠唱とは決まった文言ではなく、術者……この場合メイヴィスさんですが、術者の思い描くイメージが重要であるというのが通説です」
「イメージ……たとえば、攻撃に使いたいのであればどういう攻撃を仕掛けるのか、みたいな?」
「そうですね。私は召喚を得意としていますが、守ってくれる存在というものをイメージして、それを呼び出せる様詠唱を決めたりしました」
「難しいですね……」
「攻撃に使うだけでなく、仲間に属性を付与したり、能力を底上げしたり、回復させたりと言った用途に使うこともできますので、その都度違うイメージが必要にはなるんですけどね」
「そうか……仮に剣で攻撃することを決めたとして、回復も剣を突き刺す、なんてちょっと受ける側は恐怖ですよね」
「まぁ、結果としてそれで回復できるのであれば、あとは相互の慣れの問題かもしれません」

メイヴィスは元々難しいことを考えるのが得意ではない。
学校での成績も並程度で、上位に食い込んだ経験はほぼ皆無だ。
本だってほとんどファッション誌か漫画しか読まないし、歴史書だとか伝記どころかラノベですら読んだことはなかった。

「詠唱か……」
「まずは戦い方を決めることですね。魔法職は回復から攻撃まで、幅広くメンバーを支える必要がありますので、極力前に出なくても戦える手段を取るのが得策ではあるかもしれません」
「となると、飛び道具的なもの……回復もある程度距離があってもできる方がいいですよね?」
「まぁ、その方がいちいち仲間のところへ行く手間は省けますが……狙ったところを回復できる方が、効率は良いのではないでしょうか」
「あ、そうか……うん、やってみます」
「まずは魔法そのものに、慣れてもらうのがいいでしょうね。ここは……彼らのいるところからやや距離があるみたいです。道すがら、弱い怪物を相手に訓練して行きましょう」
「すみません、こんな厄介なお守りみたいなことをさせてしまって……」
「どうかお気になさらず。もうじき夜になってしまいますので、少し急ぎましょう」

こうして最後の英雄が誕生した。
朔らと合流するのは、この二日半ほど後になる。


「なぁ、何でこんなところ通らないといけないんだ?」

深い森の中を、朔たち一行は歩いていた。
ゴブリンを倒してから数時間後のことで、時刻は夕方に近くなっている。

「ここはもうアシュフィールド領ではないからさ。正規の手続きを踏めればいいんだが、生憎そんな時間的余裕はないんだ」
「ああ、無理やり入ろうとすると戦闘になることもある、とか言ってたか、そういえば」
「そういうことさ。僕たちの相手はあくまで龍や怪物であって、人間ではないからね。もっとも、人間でも野盗なんかが襲ってくるならその限りではないけどね」
「まぁ、そんなのが来る様なら、生まれたことを後悔させてやるけどな」

へへっと笑って物騒なことを言うメラニーを、朔は複雑な面持ちで見つめていた。
昨夜のことが、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
戦闘に明け暮れている方が、そういうことが頭から離れてくれるから朔としては、野盗でも何でも襲ってきてくれ、と思っていた。

デリアは、周囲を警戒しながら進んでいる。
レスターが先頭に立って危険がないかという部分については目を光らせているので、余計かとは思ったが何かしていないと落ち着かない自分がいた。
メラニーは、鬼でも蛇でもこい、と言った様子だ。

「……いるね。結構数が多い」
「今度のは何だ?」
「あれは……狼の群れ……かしら」
「ってことはもうこっちには気づいてんな。仕掛けるか?」
「さすがに視界も足場も悪いけど、仕方ない」

レスターが剣を抜いて、何やら詠唱を始める。

「みんな、僕の前に横一列に並んでくれ」

言われるままに、三人は横一列に並ぶ。
朔は女子二人に挟まれる形になって、更に複雑な顔をした。

「ハジメ、これから戦闘だけど大丈夫かい?何なら今回は僕らが……」
「大丈夫だよ。それより付与魔法エンチャントやるなら早くしてくれ」
「ハジメがそう言うなら、いくよ?」

レスターが以前朔にかけた速度上昇の付与魔法を三人にかける。

「筋力も少しだけど上がってるはずだ。打ち漏らしたのはこっちで処理するから、安心して戦ってくれ」

三人は武器を抜いて別々の方向から狼の群れに突っ込む。
デリアは風の刃を繰り出し数匹を一気に薙ぎ払い、メラニーは槍の先端から重力波を放出する。
メラニーの重力波を受けて動きが取れなくなった狼数匹を、朔が両手剣で次々と切り伏せた。

だが狼たちも、やられっぱなしではない。
風の刃も重力波もくらわずに済んだ四匹が、それぞれのところへ駆け寄り、うなりを上げた。
レスターは狼の足元に電撃を飛ばし、怯んだところを剣で両断。

メラニーは走り回って狼を引きつけて、朔はそれがこちらに来るのを待つ。
デリアは再び風の刃を飛ばして、狼が避けたところを剣で両断した。
朔は思いついた技を試すべく、意識を集中させる。

「ハジメ、行ったぞ!」

メラニーが引っ掻き回していた一匹が、朔の近くで狙いを変えた。
二匹が一斉に朔へと襲い来る。

「待ってたぜ!!」

朔は例によって両手剣を地に突き刺す。
朔の周囲、半径二メートルほどの円形に、乱雑に氷柱が生える。
ここまでは、以前まで使っていた魔法と同じだった。
しかし、今回は狼を氷が刺し貫いたと思った瞬間、刺さった氷が狼の体ごと内側から弾け飛んだ。

「うおっ!?いつの間にそんな技!」
「お、恐ろしい技ね……」
「急成長だな、ハジメ……」

名前もない技だが、体を貫かれたまま爆破されたらひとたまりもない。
肉片を飛び散らして横たわる狼の亡骸が、その威力を物語っていた。
朔は地面に剣を突き刺すスタイルがかっこいい、と感じてもいる。
隙はある程度あるが、着々とそのスタイルを物にしつつある様だった。

「見えてきたよ」

レスターが指差した方向を見ると、多くの明かりが見える。

「街か。割と大きいな」
「商業地帯だからね。傷薬なんかも手に入るはずだし、あって損はないだろ?」
「そうね……実力をつけ始めてる今が、油断しがちで危険な時期とも言えるかもしれないし」

入り口には衛兵らしき人間が二人、立っている。
正面から入るとこれまた揉め事になりそうな気がしたので、脇の壁を乗り越えて侵入することにした。

「何か悪いことしてる様な気分になるな」
「まぁ、この領地の人間からしたら不法侵入よね」

メラニーが先に入り、人がいないことを確認してから街の中に入る。

「ひとまず、侵入成功だね。あとは宿か」
「あっちにあるのは……酒場か。二手に分かれて探すか?」
「こっちだよ」

レスターが先立って進み始める。
おそらくは来たことがあるのだろう。
この街にはまだ朔の世界からの冒険者が溢れていないらしく、宿は案外すぐに見つかった。

「今度は男女別で部屋取ろうぜ」

朔が複雑そうな顔で言う。
昨夜みたいなのはもうごめんだと、顔が言っていた。

「何だよ、あたしと一緒じゃ不満か?」
「不満だよ。当たり前だろ」
「は?何でだよ」
「お前、自分でしたこともう忘れたのかよ。ボケでも始まってんのか?」
「ああ?んーなちっさいことグダグダと……男らしくねーな」
「男だから気にするんだっつの」
「ちょっとあたしに欲情したくらいで、気にすることねーだろ」
「え?」
「……えーと……」
「おい……」
「あっ」

朔は青い顔をして、デリアは何かを察した。
レスターも何か気づいた様だ。

「お前、少し黙れよもう……」
「いや、わりぃ……ついうっかり……」
「あの、欲情って……お風呂じゃないわよね?」

デリアは他人の色恋に興味津々の様だ。

「なんでもないから。本当、何も」
「そ、そう。ただちょっと」
「黙れって言ってんだろ!?」
「何よ、教えてくれてもいいじゃない」
「良くないから言ってんだっての……」

結果。

「どうしてこうなった……」
「いーじゃんかよ。そんな邪険にするなって」
「するよ!アホか!!」
「アホで結構」
「で、何があったの?ねぇ」

メラニーが、あたしとが嫌だって言うならあのこと全部話す、と朔を脅した。
男女二人で相部屋は良くない、ということでデリアが監視役を買って出た。
レスターはニヤニヤとしながらその様子を見つめる。

「僕は一人でも構わないけどね」

ベッドは二つしかないので、デリアとメラニーが一緒のベッドで寝ることになる。
今度はデリアの貞操の危機になるんじゃないのか、と朔は思ったりしたがデリアは特に気にしていない様だった。

夕飯は食堂らしきものがあり、そこで採る。
食事くらいはみんなで、ということで食堂に集まって、みんなで食べた。

「ハジメ、大変そうだけど頑張って」
「お前、楽しんでないか?」
「いや?ただハジメが早くみんなと打ち解けてくれたらいいな、とは思ってるけどね」
「色々ぶっ飛ばしすぎじゃないのか……」
「まだウダウダ言ってんのかよ。何なら一緒に寝るか?」
「ふざけんな。ベッドに入ってきたら蹴り飛ばすからな」
「そこは安心して。私がちゃんと見てるから」


と言っていたデリアが、一番最初に寝息を立てていた。

「さ、親睦を深めようか」
「お、おいそれ以上近寄んな……」

朔に覆いかぶさる形のメラニーを、朔は必死で押し返していた。

「どうした?蹴り飛ばすんじゃないのか?」
「お前どうせ避けるんだろ……いいからあっち行けよ……」

見張ってくれるんじゃなかったのか、とデリアを恨んでみるが、今更彼女を起こすわけにもいかない。

「あたしはな、お前の悩み、不満、その他色々を解消してやろうと思って……」
「間に合ってるよ、ノーサンキューだよ、お腹いっぱいだよ!」
「おっと、騒ぐとデリアが起きてきちまうぜ?」

――この野郎……少し、怖い目にでも遭わないとわからないんじゃないだろうか。

ふと思い立ち、朔は覆いかぶさるメラニーの肩を掴んで力任せに押し倒し、そのまま位置を入れ替わった。

「あんま、男を舐めるなよ」

真剣な目をして言ったあと、そのままメラニーの首めがけて唇をつける……真似をしようとした。
なーんちゃって、これに懲りたらもうこんなことするなよ?とかなったら大成功、くらいに思っていた。
ところが……。

「あ、わ、わわ……ま、待て」

ぐいっとメラニーは朔を押し返し、そのままベッドを出てしまう。
そのままじっと朔を見つめて、踵を返してデリアが眠る、自分のベッドに戻っていった。

――な、何だ今の……珍しいこともあるもんだな……。

残された朔は当然、呆気に取られてメラニーのいなくなった空間を見つめる。
時折もう一つのベッドから、あんな……とかハジメのくせに、みたいな言葉が聞こえた。
とりあえず撃退には成功したわけだし、第二の襲撃はないだろうと踏んで朔もそのまま眠ることにした。

「ハジメ……その……昨夜はごめんなさい」

デリアが、真っ先に眠ってしまったことを朔に詫びる。

「ん?ああ、気にするなよ。特に何もなかったし。なぁ、メラニー?」
「…………」

メラニーはやたらと朔から距離を取って、何かを警戒している様に見える。

「ねぇ、まさか本当に蹴っ飛ばしたんじゃ……」
「んなことするかよ……。いや、本当に……」

――まさか、昨夜のことが堪えてるのか?とはいえ、この反応は……これはこれでちょっとショックというか。

メラニーがデリアに、手招きをしているのが見える。

「何よ、どうしたの?」
「…………」

何やら耳打ちするメラニーと、それを聞いて驚くデリア。
二人が朔を見た。

「え、でも、それって……」

デリアが耳打ちをし返す。

「そんな……あ、あれが……」

朔には何が何やら、と言った様子だ。

「なぁ、何二人でこそこそと……」
「何でもないわよ。ハジメにはわからなくていいかもね」
「はぁ?」
「…………」

何やら顔を赤くして、メラニーが部屋を出てしまった。

「あ、おい」
「ハジメ、とりあえずいい?」
「何なんだよ?」
「メラニーはね、戸惑ってるの。ハジメが昨夜、反撃したんだって?」
「え、そんなことまで話したのかよ、あいつ……。まぁ、ちょっと懲りてくれたら、程度の小芝居だったんだけど」
「効果覿面だったみたいね……。男の顔してた、って言ってたわ」
「はぁ?男の顔って……生まれつきこの顔なんだが」
「そういう意味じゃないわよ……。とにかく、そっとしといてあげた方がいいわ。今藪をつついたら蛇が出るかもしれないから」
「おっかないこと言うなよ……」

朝食を採っている間もメラニーの様子は変わらず、朔に絡むことはなかった。
そのくせ朔をチラチラと見ることが多くなった。

「……どしたの?」
「俺が聞きたいんだが……」
「実は昨夜ね……」
「おい、頼むから拡散しないでくれ」
「レスターはリーダーなんだから、こういう状況を把握するのも仕事の一つだと思うんだけど」
「プライベートなことまでか?」
「いや、ハジメが話したくないってことなら、無理に聞くことはしないよ。何か困ったりしたら、言ってくれればいいさ」
「……なぁ、男の顔って、どんな顔だ?」

メラニーがスープを噴出し、慌ててデリアがテーブルを拭く。
拭きながら、朔を睨んでいた。

「ハジメって本当に子どもなのね……。いい?メラニーは……」
「あ、大体わかった。それ以上言っちゃうとデリアも子どもってことになっちゃうよ?」
「…………」
「これは各自で解決するべきことかなって思う。ハジメがさっき言ったこともね、自分で気づくべきかもしれない」
「そんなこと言われてもな……」
「メラニーは、どうしたい?力が必要なら貸すけど」
「……大丈夫。支度してくる」

メラニーは戸惑い気味の顔をしながらも、部屋に一人戻っていった。
食事は半分近くも残っている。

「重症ね……」
「まぁ、初めてのことなんだろうからね。戸惑いも大きいんじゃないかなって思う。そっとしとこう」
「…………」

――俺が男の顔……普段女みたいな顔してるってのか?それこそ笑えない冗談だ。

朔は一人、見当はずれなことを考えていたのだった。

メラニーの変化は、戦闘にも大いに影響を及ぼした。
ぼーっとしていることが多く、朔とのコンビネーションも大々的に崩れる。

「おい、お前もう下がってろ、危ねぇから」
「だ、大丈夫だから……」

言いながらも全然大丈夫でなく、デリアやレスターが手を貸すことが増える。
何とか走り回って敵を撹乱するが、その最中に朔と背中がぶつかって、更に調子が崩れた。

「は、あ、えと」
「!!あぶねぇ!」

いつもなら簡単に処理しているはずのゴブリンの攻撃までも、メラニーに直撃しそうになった。
朔が咄嗟にメラニーを抱きかかえて転がって、難を逃れた。

「あ、あ……」
「おい、頼むからしっかりするか下がるかしてくれ」
「ハジメ、そんな言い方……」
「いや、さすがに命のやりとりの最中だからね、ハジメが正しい。メラニー、下がった方がいい」
「…………」

渋々、メラニーは戦線を離脱した。
いつもと違いすぎるメラニーの様子に朔も調子を崩されていたが、何とか建て直して戦闘を切り抜けた。

「ここから先は、しばらく町も村もなかったはずだ。宿が取れないから、途中でコテージを使うことになると思う」
「コテージ?」
「みんなのバッグにも入ってると思うよ。カプセルみたいな形のアイテムなんだけど」
「あ、これ?今使ったら……まずいわよね」
「それはやめた方がいい。一度使うと、再使用まで五十時間くらいかかるんだ」
「長いわね……」

昼ごろまでとりあえず進めるだけ進み、食事がてら休憩をする。
今回は朔が見張りをしながら食事を採り、異常がないことが確認されたので再度出発した。

「なぁ、レスター。こんな時に申し訳ないんだけどさ」
「どうした?」
「あとで、俺とメラニーを二人にしてくれないか?」
「ハジメがそんなことを言い出すなんて、珍しいね」
「調子狂うんだよ。今はまだいいとして、これから先が思いやられる」
「まぁ、それは僕も同じ思いだけどね。わかった、じゃあコテージ使ってから、機会を作る様にするから」
「悪いな」
「いいんだよ。これも朔の成長だと僕は思うからね」

そして更に進んだ時。

「やっと、見つけました」
「ソフィア様、無事でしたか」

メイヴィスとソフィアが朔たちのパーティに合流した。
各自自己紹介をし、クラリスのパーティについて話し合う。

「もしかしたら、クラリスのパーティは道に迷ったり、何かに巻き込まれてるのかもしれないな」
「何かって?」
「領地間の通り抜けだとか、そういう人為的なことかな。前者ならまだ……いや、それもかなり厳しいか」
「トラブルか……迷子になったのも、トラブルよね」
「クラリスはああ見えて、まだ子どもですから……少々心配ですね」

ここで、レスターが一つの提案をする。

「今いるメンバーが六人……なら、二つにパーティを分けて一つはここで待機、もう一つはクラリスを探しに行こう。異論がある人は?」
「どうやって分けるんですか?」
「そうだね、クラリスの顔を知ってるメンバーを半分ずつにしたいから……僕とソフィア様、それにメイヴィス、デリアも良ければきてほしいんだけど」
「私も?」
「ああ、前衛が僕一人じゃちょっと心許ないからね。頼まれてくれるとありがたい」

言いながらレスターは朔に目配せをした。

――渡りに船ってやつか。さすがだな、レスター。

「じゃあ、俺とメラニーが留守番ってことだな?」
「そうなる。メラニーはクラリスの顔を知っているし、クラリスはコテージを見れば僕たちの物だとわかるだろう。半日ほど探して見つからなければ、一旦戻ってくるから、それまでよろしく頼むよ」

今度はメラニーに目配せをする。
はっとしてメラニーが無言で頷き、レスターはコテージを取り出す。
簡易的なものかと思われたコテージは、カプセルごと取り出して地面に置くとかなりの大きさになった。
現在地は奥深い森の中なので町や村が遠いこの場所で展開するには都合が良い。

「これ……宿くらいの大きさないか?」
「あると思うよ。あと、パーティーの人数によって大きさが変わるらしいんだけど、今は六人だからこの大きさなんだ」
「じゃあ、レスターたちが出発したら縮むのか?」
「うん。だから、僕らが見えなくなるまでは中に入らない方がいいかもしれない。どんな弊害があるかわからないからね」
「了解した。大丈夫だよな、メラニー」
「あ、う、うん」

今朝や昼に何かおかしなものでも食べたんじゃないか、と朔は思ってしまった。
そのくらい、今のメラニーは別人レベルで人が違う。

レスターたちが出発して、十分ほど経過した。

「そろそろいいか。入ろうぜ」
「あ、あたしは……まだいい」
「グダグダ言うな、来いって」

乗り気でないメラニーを無理やり引っ張って、コテージに入る。
リビングの様な空間に、風呂とトイレ、台所と二人分の部屋。
一部屋ごとにベッドがある。
設備としては十分だった。

「さて、メラニー。座ろうぜ」
「いや、その……」
「……らしくなさすぎてちょっと怖いよ、お前……」
「わ、悪かったな……」
「責めてるわけじゃ……あるんだけどさ……そういうことが言いたいんじゃないんだって」
「…………」
「なぁ、俺に何か言いたいことでもあるんじゃないのか?」

朔はたまりかねてメラニーをリビングの椅子に無理やり座らせた。

「今はまだおおごとになってないからいいとしても、これから先もこんな調子じゃ困るんだよ」
「わ、わかってる……わかってるけど……」
「けど、何だよ?」

躊躇いがちに、メラニーが朔を見る。
その目には怯えと、何か艶の様なものが混じっている。

「お、怒らないで聞いてくれるか?」
「内容による」
「なら、話さない……」

ふいっと朔から目を逸らし、メラニーは口を噤む。

「そういう前置きするやつは、大体怒られる様なことしてるだろうが……」
「…………」
「……ああ、もうわかった。わかったよ。怒らない。これでいいか?」
「じゃあ話す……」

素直なら素直でこれほど不気味なこともない、と朔は考える。
普段のメラニーなら、ここで噛み付いてきてもおかしくはない。
というか、噛み付いてくる。

「昨夜のことだけど……」
「ああ、お前がいきなり襲い掛かってきたあれね」
「茶化すなよ……」
「悪かったよ。んで?」
「昨夜、あの時にハジメが……すごい真面目な顔して……怒ってるのかと思って……」
「うん、それで?」
「それで……嫌われたくないって思って……」
「はぁ?」

予想もしない返答に、思わず間の抜けた声が出る。

「嫌われたくない、って何で?」
「何でって……あたしもわからない……けど、こんな風に思ったの、初めてで……」
「お前がわからないのに俺にわかるかよ……」

二人して頭を抱える。
ここにデリアがいたら、朔は再び軽蔑の眼差しを向けられていただろう。

「なぁ、嫌いになったりしないか?」
「いや、あの話が飛躍しすぎてて、俺ついていけてないんだけど……」
「過程なんかどうでもいいんだよ!!あたしのこと、嫌ったりしないか!?」

あまりの剣幕に、思わず一歩引いてしまう。
一歩引いた朔との距離を、メラニーはすかさず詰める。

「あ、あの、近い……」
「答えてくれよ!あたし、ハジメに嫌われたくないんだ!!」
「……なぁ、今朝デリアに耳打ちしてたのって、それか?」
「!!そ、そうだけど……」
「それで、デリアは何て?何か言ってたんだろ?」
「そ、それは……」
「それは?」

メラニーは顔を赤くして俯く。

「言えない……」
「はー……それじゃ話にならないだろ……」
「だ、だって……」
「はぁ……まぁ、お前俺のこと大好きだもんな、わかってる。もうそれでいいよ」
「!?」
「どうした?」
「……やっぱ、そうなのか……?」
「はい?」

朔は自ら特大の地雷を踏み抜いたことに気づかず、不思議そうな顔をしている。
メラニーは朔の発言によって、自分の気持ちを自覚してしまった様だった。

「やっぱって……は?おいおい、冗談で言ったんだからな?」
「冗談……?」
「たとえの話だっての」
「ハジメ……お前、あたしのこと嫌いか?」
「えっ……いや、嫌いじゃない……です……」
「じゃあ、好きか?」
「いや、待て。いきなり何だよ、デリアが言ったことと関係あるのか?」
「デリアは、それは恋ってやつじゃない?って言ってた」

――あのアマアアアァァァァァァ!!!

「いいか、聞いてくれ」
「ハジメ?」
「恋なんてのはな、一時の気の迷いみたいなもんだ。精神病の一種だ。誰か偉い人がそんなこと言ってた」
「…………」
「お前のその気持ちが本物かどうかなんて、どうやって証明するんだ?」
「あたしは……」
「仮にそれが本物だとして、俺にどうしてほしいんだ?」
「…………」
「な?答えなんて出ないだろ?」
「出ないことなんてない……」
「メラニー……?」
「あたしは!全部ほしい!!お前のことも!!みんなで作り上げる未来も!!」
「お、おい?」
「あたしは、ハジメに嫌われたくない!!だから、昨夜だって今日だって、お前にちょっかいかけるの控えてたんだ!!」
「あ、ああ、わかった。わかったから少し落ち着かないか?」
「わかってない!!あたしには覚悟だってある!!ハジメがそう望むんだったら、女らしい態度とか心がけたっていいって思ってる!!」
「は、鼻息荒いぞお前……」
「今はそんな話をしてるんじゃないんだっての!!」
「は、はい」

テーブルをばん!と叩かれて朔が思わず怯む。
いつの間にか状況が逆転していた。

「あ、あのな、メラニー」
「…………」
「お前が本気でそう言ってるんだったら、嬉しい。うん、嬉しいよ」
「本当か!?」
「く、食いつき良すぎるだろ……」
「なぁ、ハジメ……なら、いいよな……?」

朔を椅子に追い詰めた状態で、メラニーが迫る。
朔は必死でメラニーの肩を掴んで押し返そうとするが、地力が違いすぎて勝負にならない。

「ま、待て……お前は色々とすっ飛ばしすぎ……だ……」
「なん……でだよ……!!」
「嬉しいとは言った……言ったが……お前を受け入れるなんて……俺は言ってない……!」

力対力の勝負をしながらの押し問答。
しかし、朔の発言を受けてメラニーが力を抜いた。

「受け入れて……くれないのか……?」
「だから落ち着けって言ってるんだよ……俺は嫌いじゃないとは確かに言ったけどさ……」
「…………」

ふてくされた様な表情になるメラニー。

「あー……ほら、俺も確かに迂闊なこと言った。それは悪かった。だけど、今はそんな風にお前のこと考えたりする余裕ない」
「ああいうの、誘導尋問って言うんだろ……知ってる……」
「そ、そうだな……」
「あたしじゃダメだったら……デリアとかならいいのかよ」
「ダメだなんて言ってないだろ!?てか、ぶっちゃけお前のことで頭一杯だよ、俺だって!だけど、そんな調子じゃ目的はいつまでも果たせないだろ」
「な、何で……」
「何で!?お前、俺に何したのか忘れたのか!?あんなことされりゃそりゃ、気になるだろ!」
「そ、それは……」
「お前、無自覚でああいうことするから俺だって……」
「そ、そういうので……嫌われたくないって……」
「なのにまたしようとしたじゃないか、さっき」
「…………」
「大体お前、俺とそういう関係になったら、歯止め利かなそうだし」
「……我慢なんて、できるわけない」
「だろ!?だから少なくとも今は無理」
「…………バカ」
「あん?」
「ハジメのバカ!!!」

力一杯のビンタを食らわせて、メラニーは部屋にこもってしまった。
ご丁寧に鍵までかけて。
残された朔は頬に大きな紅葉を描いて、放心している。

――え、これ俺が悪いの?

更に前途多難な朔だった。
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旧題:異世界から呼ばれた勇者はパーティから追放される とあるところに勇者6人のパーティがいました 剛剣の勇者 静寂の勇者 城砦の勇者 火炎の勇者 御門の勇者 解体の勇者 最後の解体の勇者は訳の分からない神様に呼ばれてこの世界へと来た者であり取り立てて特徴らしき特徴などありません。ただひたすら倒したモンスターを解体するだけしかしません。料理などをするのも彼だけです。 ある日パーティ全員からパーティへの永久追放を受けてしまい勇者の称号も失い一人ギルドに戻り最初からの出直しをします 本人はまったく気づいていませんでしたが他の勇者などちょっとばかり煽てられている頭馬鹿なだけの非常に残念な類なだけでした そして彼を追い出したことがいかに愚かであるのかを後になって気が付くことになります そしてユウキと呼ばれるこの人物はまったく自覚がありませんが様々な方面の超重要人物が自らが頭を下げてまでも、いくら大金を支払っても、いくらでも高待遇を約束してまでも傍におきたいと断言するほどの人物なのです。 そうして彼は自分の力で前を歩きだす。 祝!書籍化! 感無量です。今後とも応援よろしくお願いします。

異世界のんびり冒険者ギルド生活

みやび
ファンタジー
竜のお姫様に転生した少女と、冒険者ギルドの受付の人と、冒険者ギルドのおっさんの話 短編連作です。 基本的に毎日更新

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【第三部スタート】魔王様はダラダラしたい

おもちさん
ファンタジー
■あらすじ……  幼い浮浪者の兄妹を救った事をきっかけに、魔王アルフレッドは世界の動乱に巻き込まれてしまう。 子煩悩の塊であるアルフレッドは、自分の娘の為に世直しを誓う。 そこには彼が愛し続けたダラダラした日々とはかけ離れた暮らしが待っていた。 ほんわかコメディをベースに、子育て、ハーレム、戦闘、国づくり、戦争等々、様々な要素を取り込んだ欲張り仕立てです。 笑いあり、ザマァあり、ハラハラあり、感動(後半にちょっとだけ)あり!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
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2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
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訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

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