ウーカルの足音

龍槍 椀 

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第一幕 ウーカルの日常

④ ぶんぶん煩い美味しいおやつ

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 あの毒沼の妖魔ヒュドラーの『女の子』…… 

 レルネーさん、大丈夫かなぁ…… 

 一人は寂しくないかなぁ……



 危険な場所だからって、エリーゼ姉さんとかに、蛇搦渓谷には行っちゃダメって云われてさ…… まぁ、ちょっとづつ、隠れて毒やら毒消しを喰ったり飲んだりして、自分の耐毒性を上げてはいるんだよ。

 でも、流石にあの毒沼は危険らしい。

 まぁ…… 仕方ないか……

 でもさ、ちょっとは…… ほんのちょっとは、どうしてるか、知りたいじゃん。 だから、蛇搦渓谷からじゃなくって、大きく迂回して別の方面からあの毒沼への道を探っていたんだよ。

 丘陵地やら、深い森やら、毒草原やらあってね、なかなか見つかんなかった。 まぁね、そうなるよね。 でもさ、あたし方向感覚だけはイイ感じだから、だいたいの方向は掴めているんだよ。

  ―――― で、本日は狩の日。

 食糧庫の中のお肉が心許なくなって来てるんだ。 大きい獲物とか、小さい獲物とか、だいぶ狩らないと皆からの抗議が大変な事に成るからね。 『魔法鞄』があるから、こまめにボボール爺さんの所に戻る必要が無くなったから、ちょっと野営の準備もしてるんだ。

 何日かお家を空けるねって、ウーさんとボボール爺さんに言ったんだ。



「狩りか。 まぁ、気を付けろよ」

「アイアイ」

「ウーよ。 ウーカル一人で行かせてもいいモノか? こ奴、トンデモナイ獲物を狩って来るやもしれんぞ? 何処で何かに遭遇して、友誼を結ぶやもしれん」

「あぁ~~~ それな。 ウーカル。 狩だけだぞ。 いいか、変なモノに近寄るなよ」

「アイアイ。 でも、レルネーさんは、いい人だよ? 言葉も通じたし、贈り物の交換もしたし…… 妖魔だけど、人型になってたし…… 流石に本性を曝け出して現れてたら、あたしだって敵対してたかもしれんし……」

「そう云う所だぞ、ウーカル。 妖魔は人種の常識では計り知れぬモノよ。 それを、お前は…… 友誼を結び、贈り物まで交換するとはな。 あの『ヒュドラーの血』は、極めて稀な錬金素材。 東大陸の錬金術士共らが、その存在を知らば、大軍を差し向けてココに略奪に来るような、そんな逸品ぞ? そのうえ、ソレ・・は、混ざり物の無い超一級品なのだ。 ウーよ、隠せよ?」

「ボボール。 判っている。 既に次元倉庫に隠した。 【探知】や【察知】なんていう索敵魔法でも存在を知られるような事は無い。 ウーカルよ、ほんと、なんてモン手に入れたんだ……」

「だってぇぇ~~」




 あたしだって、そんな貴重なモノだとは思ってなかったんだもん。 狩の獲物から時々有用な血を採取する事あったから、そんなモノかって思ったんだもん。

     もう~~

 エリーゼ姉さんも、あの小瓶を一目見て、顔色を真っ白にしてたから、その時『やっちまったか』って思ったくらいだもん。 知らんかったんだもん。 あたしのせいじゃ無いぞ? ……そう云えば、エリーゼ姉さんは?



「エリーゼは、外に居る。 ボボールから流れて落ちる排水を一所に纏める為の『池』を作って、周囲にお前が獲って来た、食獣葛リフィシアナを植栽している。 まぁ、これで毒気の害は抑えられるな。 裏庭の薬草の生育が元に戻るな」

「そうなんだ…… あたし、役に立った?」

「あぁ、たった、たった。 妖魔となんぞ友誼を結ばなければ、もっと良かったけどな」

「えぇぇぇ~~ レルネーさんは、いい人なんだよ? 身体の特性上、他の人達と交われないだけで」

「「………………」」

「じゃぁ、狩りに行ってきま~~す。 ご飯の準備はエリーゼ姉さんにお願いしま~~す!」



 渋い顔した二人をそのままに、バルコニーから飛び出したんだ。 ボロの軽装鎧を身に付けて、手に馴染んだ手槍を持って、腰に『魔法鞄』を引っ提げてッと!!

 行ってきま~~す!




 ―――――― ☆ ――――――




 蛇搦渓谷には近づかないって約束したけど、その向こう側の沼地に向かう事は約束してないもんね。 だから、道を探しながら狩をするんだ。 マッドボアとか、スコルビオンラビットとか、大きい奴から小さい奴まで、目に付いたら狩って丸ごと『魔法鞄』に放り込むんだ。

 この魔法鞄ね、相当『優れモノ』でね、ウーさんに【鑑定】して貰ったら、容量がボボール爺さんの倉庫と同じ位な上に、符呪で『時間遅延スロー』が符されて居たんだよ。 

 つまりはね、この中にモノを入れたら、そのモノに流れる時間がゆっくりになるって事。 温かいモノは温かいまま。 冷たいモノは冷たいまま。 ただ、生きているモノは入れられないって。 時間遅延は三百二十万分の一。 鞄の中でい~ちって数えると、外じゃ一年経っているって。

 殆ど時間止まってるじゃん って云ったら、ウーさん腕を組んでなにやら考えていたよ。 まぁ、こんな符呪をした魔術師が誰なのか、そんな事だろうとは思うけど、そんな事あたしが知った事じゃ無いし、使えるモノは使うだけだからね。

 あの毒沼を取り囲む山やら丘のに向かっているんだけど、ちょっと道行が妖しい感じ。 まぁ、そりゃそうね。 他の場所とは隔絶している様な場所だし、まるであの子を閉じ込める為に造られた地勢の様にも感じたんだよ。


 ――――― 誰が?


 色々とこの世界には不可思議な事が有るんだ。 多分精霊様とか神様あたりかな? 輝天神にしても、暗冥神にしても、この世界に生まれ出た生き物を慈しむ事に変わりは無いしね。 他の種族に差し障りが有るからって、簡単には滅せられないもの。 だから、そんなモノが棲む場所を用意する…… なんて事もあるだろうしね。

 だけど…… たった一人で幽閉されたみたいになっちゃったレルネーさんの孤独と寂しさなんかは、どうやったって癒す事は出来ないんだよ。 そうだよ…… 同じラミアー種の蛇人達とも交流が取れないって言ってたもの。


 ―― 仲間から疎外されているのかもしれない。

 ――― 疎まれているのかもしれない。

 ―――― 妖魔だから? 


 それなら、あたしだって兎人族から疎まれているよ? だって、あたし『忌み子』なんだもん。 だけど、大きく違うのは、あたしには居てもいい場所が有るんだ。 ボケ兎なあたしでも、『役に立った』って言ってくれる人がいるんだもん。

 だから、余計に…… レルネーさんに対して特別な感情を抱いてしまうんだと思う。 隔絶されたアノ沼地への道を、なんとか探そうとしているのは、きっとそれが原因。

 茨で覆われた丘を越え、毒草の野原を避け、捻子くれた樹々の間を通り…… 道なき道を突き進み。 あたしの方向感覚が告げる、あの毒沼への道を切り開いていったのよ。 まぁ、途中で色んな事が有ったけどね。 ほら、ここら辺は未踏の深い森。 黒の森ガイアの森のなかでも、特に原始の森に近い場所。

 だから、見るモノ、あるモノ、全部が新鮮でねぇ…… 

 大きな蝶々が飛んでたり、その蝶の幼体である、あたしの背丈ほどある、でっかい芋虫がデカい葉っぱをんで居たり…… ちょっと、その芋虫は、『美味しそう』だから、何十も捕まえて、あたしの魔法の鞄マジックバックにぶち込んどいたんだ。

 日もだいぶ傾いた頃、ちょっとした広場原っぱに出たんだ。 黒の森ガイアの森の中の様な巨木が連なっている場所じゃ無く、灌木が周囲に疎らに映えている場所で、狙ったかのように地面にへばりつく種の草が広がっている場所。

 視線の通りもいいんだ。

 よし、今日は此処で野営しよう。 そろそろお日様も下がって来たし、今日は此処までだね。 見晴らしが良い岩の上にピョンと登る。 ほら、地べたでの野営は、森の中じゃ色々と危ないから。

 で、目の前に広がった景色に心奪われたんだ。

 開けた場所の向こう側。 岩の上に立つと、ちょっと向こう側が断崖になってるのが判った。 その向こう側……

 有ったよ…… 毒沼……




 ――――― よっしゃぁぁ!!!! 来れたよ!レヌレーさん!! ――――――





 明日、朝一番に崖を降りる道を見つけよう! そんで、大声で呼ぶんだッ! レルネーさんを。 会いに来たよッ ってね!!

 小さく興した火。 パンの実と、薬草と、興した火で炙った保存肉。 晩御飯にはちょっと足りないけど、野営なら仕方ないよね。 革袋から水を飲んで、魔獣除けの香を興した火にくべたら、後は眠るだけ。

『魔法鞄』の中に入れて来た、どっかで拾った分厚いマントを取り出してそれに包まり、岩の上で丸くなる。 ふぅ…… 星空が綺麗だねぇ。 固い岩肌を背に、いつしかあたしは眠りに付いた。 


 明日…… あえるレルネーさんに想いを馳せながらね。




 ―――――――― ☆ ――――――――――




 カチカチカチ

         カチカチカチ



    ブーン

       ブーン
   ブーン




 耳障りな警戒音と羽音で目が覚めたんだ。 まだ夜は明けていない。 クッソ眠い。 けど、このまま眠っていたら碌な事は無いんだ。 この羽音と、警戒音。 聴いた事が有るんだ。 


 でっかい蜂の羽音。


 蟲人の間で、もっとも警戒されている種。 蟲人をひっ攫って、巣の中に連れ込んで、毒針で麻痺させて、ゆっくり美味しく食べちゃう奴等。 ボボール爺さんの所にも時々やってきやがるんだ。

 まぁ、ビラーノが糸で絡め取って、あたしたちが美味しく頂くんだけどね。 

 でも、まぁ、こんな荒野の果てみたいな場所。 奴等のナワバリなんだろうね。 ムクリと起き出して、興した火の中に別の草を放り込むんだ。 蜂除けの薬草を放り込んで、モクモクと煙を興す。

 コレで引いてくれたらいいんだけどね。



 …………ダメだね。 一匹が引かない。 まぁ、相手は警戒音バリバリに出しているしね。 敵意しかないよ。 


 それにさ、この個体、普通の奴よりもデカい。 いや、待てよ? 此奴他の奴と種が違うぞ? う~~ん、何だったけっか?



 ティン♪



 このあたし程もある大きさの蜂…… 大王蜂だ。 うん、間違いない。 気が付かなかったよ。 黄色に黒の縞、デカい頭にデカい複眼。 カチカチ鳴らしている強そうな顎。 更に言えば、尻尾みたいなお腹にギラリって光っている毒針。

 あぁ…… そうだよ。 この大きさ、この攻撃性。 間違いない奴。

 …………手槍でぶち殺したら、仲間を呼ぶ断末魔をあげよるから、そうは出来ないよね。 それに、もう一つ。 思い出した事があるんよ。 此奴の巣を見つけたら、それはそれは、貴重な甘味が手に入る。 

 蜂蜜…… 肉食なのに、とっても美味しい蜂蜜をため込んでやがるんだ。 アレは貴重な甘味な上に、家の人達にもとても好評なアタリのお土産になる。 それにしてもデカい個体だから、巣の方も期待できるんよ。

 さて、どうしたモノか…… 蜂の巣を狩る時には、燻して叩きのめすだけなんだが、巣の位置が判らんし、コイツをぶち殺す事もちょっと躊躇いがあるんよ。 だって、こんなデカい蜂に集団でタカられたら、いくら何でも手が足りない。 デカい魔法を使えるならいいんだけど、あたしには無理。 その上、森の協約も有るしね。



 ん~~~~



 ふと視線を断崖の下に向けたんだ。 此奴、断崖側には行かねぇな。 と云う事は、毒に対してあんま耐性が無いってこと? まぁ、確かめてみればいいか。 『魔法鞄』から、麻痺毒のポーションを取り出して、中身を口の中に含む。


 そんで…… ブゥゥゥゥ って、吐き出してやったんだ。


 そいつ、大慌て。 警戒していた対象が、いきなり毒を吐き出したんだんもんね。 それに多分コイツ、あたしが兎人って判ってたみたいなんよ。 兎人は毒攻撃なんぞしない。 だから、油断してたんだ。 

 頭から毒霧を被って、ヨタヨタになりよったよ。 まぁ、そうなるよね。 結構強い毒だもん。 あたしは自前の毒耐性で、なんも影響は無いけどね。 さて、良く目を凝らして……

 攻撃意思を無くした奴は、フラフラと飛んで逃げようとしている。 その後をそっと追う。 足音は立てない。 身を低くして、見失わない様に、素早く静かに。 灌木の中に向かって飛ぶ大王蜂の兵隊蜂。 麻痺毒が利いて来たのか、飛ぶのもやっとみたいな感じ。 余裕も無くなったのか、どこかに向かって一直線にフラフラ飛んでおるんよ。


 ―――― ニヤリと笑みが零れ落ちる。


 きっと巣だね。 そこで、何かしら回復しようとするんだね。 ほら、相手は蟲だから、大事な巣が見つからない様にどこかに飛んで行くなんてしないもんね。 夜目を効かせ、ソイツを追う。

 見つけたよ。 上手く擬態出来ているけど、紛う事無き大王蜂の巣だよ。 柔らかそうな地面に大半を埋めた巣。 最上部だけが地面に出ているんだ。 奴がやっと通れるくらいの穴があって、その中にスゥって入っていきやがった。

 よっしゃ。 見っけた。 こんな感じのハチの巣って、大抵出入り口は一個だけ。 デカい獲物を抱えて帰ったら、出入り口を壊して中に引きずり込んで、直ぐに補修するんだよ。 見た事あるもん。 なら、事は簡単。 まだ、こっちには気が付いていないから、きっと巣の中には山盛りの大王蜂が居る。

 逃げ場がないから、出てくる前にどうにかしようか。

 えっと、何がいいかな。 燻しても出て来そうだし、即効性の毒がいいか。 あぁ、蜂蜜に影響ないようなモノがいいね。 麻痺毒…… あれ、噴霧する? ちょっと量が足りない。 えっと、えっと…… ウーさんなら即座に対処するのにな…… 

 あたし、頭悪いから、直ぐに出てこないんだ……



 う~ん う~ん う~ん 


 なんか、有るんだけど、ほら、もうちょっとで……









    《 根絶やしにするのか? それとも、蜂蜜だけ奪うのか? 》







 突然の耳元に、あたしだけが聞こえる声が囁きかけたんだ。 えっ? と思って、その声のした方に目を向けると、レルネーさんが佇んでいたんだ。 なんで? と驚きながらも目で問うと、彼女小さく微笑んでから、さっきみたいに耳元で囁く様な声が答えを紡いできた。



「その、なんだ。 私に会いに来てくれたんだろ? 私に向けるウーカルの思念がねぐらに飛んできた。 よくこんな場所まで来たね、ウーカル」

「だって…… お友達になりたかったんだもん」

「友達…… ね。 それは、なんとも素敵な響きだ。 でも、良いのかい?」

「レルネーさんが良かったら……」

「なら、レルネーって呼んでほしいな。 あぁ、私自身、とても困惑しているんだが、ウーカルの言葉に嘘が無いのは判る。 判ってしまうんだ」

「ウッ…… そ、そうなの? でも、答えは? あたしが本気なのは判るんでしょ?」

「素敵な提案だね。 私としては是非とも…… お願いしたい」

「うん、じゃぁ そう云う事で!!」



 視線を交わし、小さく頷くあたし達。 ウフフって感じで互いに笑いあった後、レルネーが真面目な顔をして、私に問うのよ。



「で、どうしたい?」

「えっと…… まぁ、別にぶち殺して巣をぶっ壊す必要も無いしね。 蜂蜜をちょこっともらえたら嬉しいかな」

「そう…… だったら、コレを」



 レルネーが私に差し出したのは、私が彼女に渡した贈り物の毒薬のポーション瓶。 はて? どういう事?



「中身は美味しく頂いた。 身体から出る汁をその中に入れてある」

「汁?」

「人族の云う、汗に近いか。 まぁ、言わずもがな『毒』だ」

「へぇ、そうなんだ。 どんな感じの奴?」

「仮死毒。 即効性。 勿論液体。 まぁ、ウーカル達のいう所の汗だから揮発性はかなりモノ。 更に言えばとても重い」

「成程。 中身をあの穴にぶちまけたら、即効性の毒が霧となって下へ下へ? そんでもって即効性の仮死毒だから、対処不可能…… って感じかな」

「まぁ、そうだ。 後はあの穴に入って、必要な分の蜂蜜を分捕るって事」

「そうだね。 ねぇ、レルネー。 貴女も蜂蜜要る?」

「有れば嬉しいかな」

「じゃぁ、その分も取って来るね」




 受け取ったポーション瓶の口を開けて、ポイッと穴の中に放り込む。 地面にピタリと伏せて、耳を押し付けると、色んな音が聞こえてくるんだ。 なにやら、阿鼻叫喚の大騒ぎ。 巣の上部からバタバタと大王蜂が倒れて見た目死んじゃったんだもんね。 重なり合う兵隊蜂の身体が積み重なり、外への道を塞いじゃったらしい。

 藻掻いて、藻掻いて、動きを止めて行く巣の内部の大王蜂の羽音が凄い事に。




「ありゃりゃ。 凄いねどうも」

「まぁ、苦しむ前に、即仮死するからね。 一刻もしない内に、全滅する。 その状態が五日間くらい続くかな」

「そうなんだ。 凄いね」

「凄いのはウーカルだよ。 私と普通に話していて昏倒すらしないんだもの」

「えへへ、そうかな?」

「その耐毒性、真面目に凄いと思うよ」

「レルネーとお話できるんなら、あたしは嬉しいよ」

「…………な、なんだか、こそば痒いな。 初めてだよ、そんな『言葉』を私が聞いたのは」

「まぁ、友達じゃん。 いいじゃん。 それで」

「……フフフ。 有難う、朋よ」



 暫くして、地面から何も音が聞こえなくなった。 もうそろそろいいかな。 手槍を持って穴に向かって行って、穴の周りをツンツクさして大きくする。 あたしが入れるくらいの大きさにしてから、よいしょって穴に入るんだ。

 レルネーは地上で待ってるって。 彼女が一緒だと、この巣が毒気で使えなくなるらしい。 まぁ、ヒュドラーだもんね。 そこに居るだけで、毒気が漏れ出して来るんだもんね。

 真っ暗だと思っていた巣の中は、そんなに真っ暗でも無かった。 だって、壁にヒカリゴケが移植されていて、仄かに光を発していたんだもの。 まぁ、そう云えばそうだね。 少なくとも、周囲が見える光くらいには、明かりが必要って事。

 仄かな明かりを頼りにして、結構奥深くに降りる。 あの毒が溜まっているけど、あたしの耐毒性がそれを上回っているから、心配はなさそう。 もし危険なら、レルネーがそう言ってくれただろうしね。 彼女とお話出来るくらいの耐毒性なら、問題ないのかな?

 でね、『子育ての間』みたいなところに着いた。 大王女王蜂もひっくり返ってピクリともしてない。 完全に仮死状態。 ふ~ん。 間近で見たけど、兵隊蜂とは違うんだね。 第一羽根が小さいよ。 それに、普通の蜂の何倍もデカい。 そう、デカいんだよ。 あたしの何倍もね。

 でもまぁ、仮死状態だから脅威もなんも無い。 目当ては、育児室。 蜂蜜はこの中にあるんだ。 蜂っていう蟲の共通の生態みたいなもんだよ。 その中でも、次代の王族の児が入っている場所に満たされている蜂蜜は、特に良い奴なんだよ。

『魔法鞄』の中に入れてある水筒の中身をぶちまけて、その中に特別な蜂蜜を掬って入れるんだ。 べとべとに成っちゃうけど、まぁ、後で洗えばいいよね。 というより舐めとる? まぁ、そんな感じ。

 水筒、五本分にたっぷりと特別な蜂蜜を汲み取ったら、ココにはもう用は無い。 だからとっとと、オサラバするんだ。 こんな場所で、奴らの仮死状態が解けちゃったらそれこそ一大事だもん。

 なんら苦労する事も無く、もと来た道を引き返す。 目印になるモノだって一杯あるし、迷う事も無くね。 大きく広げた穴に到着。 地上に出たんだ。



「お帰り」

「ただいま。 はい、コレ。 レルネーの分だよ」



 そう伝えて、水筒を一本差し出したんだ。 レルネーったら、目を真ん丸に開いて、嬉しそうに頷いて受け取ってくれたよ。



「ウーカル、有難う。 大王蜂蜜ロイヤルゼリーなんて、どのくらい食べてないだろう……」

「まぁ、ね。 甘くて美味しいよね。 あっ、それと、コレ」



『魔法鞄』から、レルネーと逢えたらお土産にしようと思っていた『毒のポーション』を取り出し差し出すの。 コレも相当に強烈な奴。 ウーさんが焼却処理しとけって、あたしに投げた奴。 腐敗ふはいとか糜爛びらんとか引き起こす奴。 解毒薬が作れんって事で、廃棄と成った奴。

 そのヤバイ奴を手に取るレルネー。 そっと蓋を持ち上げ、微かに漂う香を嗅ぐと、途端に物凄い笑顔が浮かぶ。



「良いのかい、ウーカル。 コレも素晴らしいものだよ」

「大丈夫?」

「勿論。 いやはや、ウーカルが住んでいる処って、こんな素敵なモノが沢山あるのかい?」

「まぁ、そうね。 偶然…… 出来ちゃう感じかな」

「そりゃ凄いね。 羨ましいよ」

「えぇぇ~~ そうかな。 また、珍しいモノが有れば、持ってくるよ」



 二人して、野営地にしていた岩まで戻る。 眼下に一望出来る毒沼の風景を見ながら、岩に座りその景色を見る。 何処までも凄い風景だけど…… シンと静まり返る毒沼の佇まいが、なぜかレルネーに重なるんだ。



「ここは、いい場所さ。 でも、こうやって朋と語り合えるのも、とても素敵だね」

「なら、よかった。 ねぇ、レルネー。 また来て良い?」

「歓迎するよ。 でも、下の毒沼には来ない方が良いね。 あそこは普通の生き物にとっては辛い場所だから」

「なら、どうしたらいい?」

「今回みたいに、この岩に座って、私の名を呼べばいい。 レルネー と」

「そうしたら来てくれるの?」

「約束しよう」

「ありがとう!!」



 その日は一日中お話してた。 レルネーの事も随分判った。 あたしの事も一杯喋った。 夜ごはんの時、レヌレーには、私から矢毒の壺を差し出したら、それを食べて飲んでくれた。 とっても美味しそうに。

 星が一杯の空を眺めながら、二人して岩の上に寝転がって語り合った。 『友達』としてね。 うん、友達。 

 お友達。 かぁ~

 なんか、物凄く ”良い響き”だね。 身体の中から、なんかポカポカしてくるよ。 そんで、その晩は一緒に眠った。 ホントに、良い一日だったよ。



     ―――――― ☆ ――――――



 次の朝、まだお日様が出るか出ないかくらいの時間。 二人して起き出して、おはようの挨拶を交わす。 なんだか、ずっと一緒に居た様な気がするね。 魂の奥底で繋がっている…… みたいな。 まぁ、そんな事は無いんだけどね。

 今回は、レルネーの方からバイバイするんだ。 だって、ココは毒沼じゃないんだもの。 一緒に寝っ転がっていた岩なんだけど、彼女が寝ていた場所だけ凹んでいるんだ。 身体から滲み出る『毒』が岩を侵食するんだと。 凄いね、全く……



「そんなモノの横に無防備で寝ているウーカルの方が、ある意味強者と云えるね。 全く、貴女は規格外なんだから。 ……それじゃぁね。 楽しかった」

「アイアイ。 あたしも楽しかったよ。 見送るね」

「……うん。 でね、最後に私、ウーカルに見て貰いたいモノがある」

「へっ? 何を?」

「人化を解く。 私、本来の姿を見せておきたいの。 お友達って言ってくれた貴女。 でも、本来の姿を見れば、気が変わるかもしれない。 妖魔の本性よ。 一緒にお話出来た一日は、私の宝物。 これから先もって思うのだけど、本性を知って貰わないと、なんだか嘘をついているみたいで、胸につかえるモノがるの」

「アイアイ。 本性って? ラミア―種って事は蛇人族?」

「ちょっと違う。 だから、崖の端で人化を解くわ」



 そう云うとレヌレーは、岩から降りて崖の方に向かうんだ。 寂しそうな表情を浮かべながらね。 なんだ、なんだ??

 崖の近く立つと、ボワッって毒気が噴出したの、レヌレーの身体からね。 でモワモワと白い煙が周囲に広がり、それを朝の風が毒沼の方に吹き飛ばしたんだ。 其処に現れたのは、途轍もなくデカい蛇。 大蛇の姿。 首が三つあるのにはちょっと驚いたけど、頭と顔が付いているの一本だけ。 あたしは見上げる様にその顔を見る。 黄金色の一対の目が私を見下ろしていたんだ。

 ヌラヌラと妖しく濡れる鱗に覆われたぶっとい身体は、群青色に近い紫。 へぇ…… レヌレーってこんなんなんだ。 さすが妖魔。 ヒュドラーって、首三本有るんだ…… 近似種のラミア―種って云う蛇人族の人は、下半身が蛇、上半身が人って感じだったっけ。



「この世界の生き物とは言えない様なこの身体を見ても、ウーカルは驚かないんだね」

「だって…… レヌレーはレヌレーでしょ? それに、妖魔だって最初に云ってたじゃん。 なら、容姿が特別なのも頷けるもの。 でしょ?」

「……ほんとに貴女は、物怖じしない、お馬鹿さんね」

「うん。 よく、みんなにボケ兎って云われているよ♪」



 ニカッって笑う。 その通り。 せっかくお友達になれたんだし、容姿が違ってもレヌレーはレヌレーだしね。 寂しそうな感じが無くなって、口から長くて先が二つに分かれている舌がニュルンって感じで出たり入ったり。


 ―――― 照れてんのかな?



「ウーカルがウーカルで良かった。 気を付けて帰るんだよ。 それじゃね」

「アイアイ。 また来るねッ!!」



 大きく手を振って、さようならのご挨拶。 レヌレーも一つ頭を下げた後、断崖の方に大きく跳ねて毒沼の方に消えて行ったんだ…… 

 さて、あたしも帰るか。 ウーさん達もお肉を待っているだろうしね。 エリーゼ姉さんが食事の支度をすると、お肉は出てこないもんね。 今日中に帰れるかな? まぁ、大丈夫っしょ。 もう、道も覚えたしね。

 さぁ、帰ろう。 皆の家に。

     私の家に……

          居候だけどね。






   ――――― ☆ ――――― ☆ ――――――






 お肉もそうだけど、皆に大王蜂の大王蜂蜜ロイヤルゼリーが、めっちゃ喜ばれたよ。 勿論、どうやって取って来たのかは……

  ―――― レヌレーとあたしの秘密にしたよ。










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