621 / 714
薬師と聖職者 精霊の至る場所
暴威の聖堂騎士 迎撃の薬師 彷徨の神官戦士
しおりを挟む―――― 私の馬車は疾走する。
ガラガラと回る車輪。
軋む台車。
飛び交う、魔法の火球、雷撃、水流。
焦げ臭い匂い。 電撃が焼いた空気の何とも言えない、嫌な香り。
私の張った簡易防壁が幾度も、その攻撃を弾く。 襲撃は突然だったわ。 追い駆けてくるのは、煌びやかな甲冑を付けた重装騎士の方々。 問答無用に、抜刀して迫ってくるの。 魔法の詠唱がまるで漣の様に聞こえるわ。 追撃して、何としても、私を落とすつもり満々ね。
シルフィーは…… 苦虫を噛んだように表情が歪んでいたの。 完全に想定外だったと云わんばかりね。 そんな緊迫した中、左腕の中から、ホワテルが語りかけてくる。
” どうも、狙われているのは、リーナはんやさかい、後ろの馬車は退避させまひょ。 グリーニーとエイローが、御者に付くさかい、安心しとり。 ”
” えっと…… あちらが、本命なのでは、無くって? ”
” アレをどうにかしようとしたって、無理でんがな。 早々に見切りを付けよるよ ”
” うん? どう云う事? ”
” アレを引いているのはなんやったか、覚えとらんのか? ペガサスやよ? そんで、御者は妖精騎士。 その組み合わせで退避ちゅうたら、お空に決まっとうやろ? わいは、こないだ解放した、「妖精の森」経由で、ケーナを呼び出すよって、少しだけ待っててやッ! ”
” う、うん。 判った…… ラムソンさんに走ってもらう ”
” 気張りや。 なんやったら、シュトカーナ様が結界張るし、ブラウニーやらレディッシュが、その辺りからゴーレム呼び出しよるからな。 けど、先に進む方を優先するんやろ? 立ち止まっとう時間は惜しいんやろ?”
” うん…… そうね。 そうよね。 判った。 逃げつつ、待ってる。 相手は…… 聖堂騎士団だもの。 排除するにしても、命は奪いたくないもの ”
” リーナはん、行きなされ。 疾く、行きなされ ”
ホワテルの云う通り、後に続いていた二台の荷馬車が、浮かび上がるの。 屈強なペガサスさん達が、馬車ごとお空に駆け上がるの。 ちょっと、あっけにとられてしまうわ。 あんなの…… 見たことない…… 特殊なガラスの向こう側の、おかしな情景に混乱したのは、なにも私だけじゃないわ。
私たちの後を追っていた聖堂騎士達も、その情景に度肝を抜かれて、ちょっと行き足が遅くなる。 ラムソンさんはそんなスキは逃がさない。 さらなる疾走の為に、馬さんたちに鞭を入れ、その場から撤退を敢行するわ。 御者台のラムソンさんが、キャリッジの中の私たちに言葉を紡ぐの。
「リーナ。 アレは、” 待ち伏せ ” と、思っていい。 どこでこちらの『情報』が漏れたのか判らんが、あいつら、真っ直ぐに俺たちを狙ってきた。 シルフィー、アレは聖堂騎士だろ? 聖堂教会はこっち側じゃなかったのか?」
「ラムソン。 その認識は間違っている。 あいつらはあちら側。 聖堂の戦力でこちら側なのは、数少ない本物の神官戦士だけだ。 それも爺ぃ共だから、こんな場所には来ない。 聖堂騎士団は、野盗と変わらん」
「そうか…… まぁ、どちらにしても、現状は変わらんがな。 多勢に無勢という訳だ。 ピールは、後ろの馬車だっただろ? 退避させて良かったのか、リーナ」
「森の中でもない、こんな開けた場所で、ピールさんを投入しても、一時の足止めにしかなりません。 相手は一個小隊ほど居られます。 回り込まれるだけです。 そんな場所にピールさんを残すことはできません。 ホワテルも判っているから、空に逃がしたのですよ」
「…………まぁ、そうなるな。 後で、ピールに怒られるな、これは」
「仕方ありません。 大切な仲間を、死地に置き去りにするような真似は、しませんから!」
「リーナなら、そう言う。 知っていた。 ……前方に丘。 あそこ迄、行って一旦、重防御で守りを固め、俺とシルフィーで迎撃する。 いいか?」
「今は、それしか…… 方法はありませんね。 援護は私がします」
「あぁ、援護だけだぞ。 決して、前線に出るな。 重防御にて、この馬車と共に待っていて欲しい」
「……仕方ないでしょうね。 判りました」
シルフィーは、キャリッジの中で、侍女服を脱ぎ棄て、『疾風の風』の姿に変わったの。 ぴたりと体に沿う、その装備の背に私は手を当てる。 掌に魔法陣を書き出して、定着させたの。
驚くシルフィー。 その顔を見て、柔らかく笑みを浮かべて応えたの。
「シルフィーは無茶をします。 ならば、【隠形】の魔法術式を貴女の装備に ” 符呪 ” しました。 貴女の基本的能力と相まって、貴女の姿を追う事はかなり困難になります。 ……ラムソンさんは、ああですから、彼に攻撃は集中するでしょう。 彼が金床。 貴女が槌。 熱くなっている聖堂騎士を叩いてください」
「 ” 槌と金床 ” ……か。 承知した。 リーナの術式は硬い。 安心だな」
「シルフィー。 過信はもっての外です。 戦闘では何が起こるかわかりません。 それに、相手は聖堂騎士。 ファンダリアの民でもあります。 穏便には行かないでしょうが、出来るだけ命は奪いたくはありません」
「 判っている。 殺すことは、敵対していても、相手はファンダリアの民。 徒にその命を奪うことを、リーナは良しとしない。 知っている。 ……もうすぐ、ラムソンの云う丘だ。 止まったら出る。 リーナは馬車の中で、強固な【重防御】を展開してほしい。 後ろを気にせず、” 槌 ” と、成ろう」
「……出来るだけ、そのように。 馬車が止まります」
「行くぞ」
するりと扉を抜け、シルフィーが馬車の外に出るの。 ラムソンさんは馬を止め、御者台から飛び降り、両手剣を掲げつつ、馬車の後ろに駆け出して行ったの。 私は即座に【重防御】を紡ぎだして、馬車の周りに重複展開するわ。 彼らにとってもその方がやり易いから……
あぁぁ、もう!! 私だって! 私だって、冒険者登録はしているのよ? 重装騎士と対峙するくらい、なんでもないわ。 ただ…… まぁ…… 騎兵だから、その突進力は侮れないけれども……ね。
――― 開けた場所。 丘の上。 周りは放棄された農地。
騎兵がその能力を十全に果たすには、もってこいの地形ね。 丘の上っていうのが、唯一の優位かな? これで、相手に歩兵がいたら…… そう思うと、ちょっと、ゾッとするわ。 拠点としては、脆弱に過ぎるんだもの。 馬車の後方で、斬撃の戦場音楽が奏でられているわ。
ラムソンさんの両手剣がうなりを上げて、迎撃している。 相手も…… まぁ…… そうね。 騎士なんだもの。 相応に訓練されているわよね。 それに騎馬に騎乗している、騎士なんだもの。 その攻撃力は、馬鹿には出来ないわ。
押されているのは…… 判るわ。 だって、相手は完全武装の聖堂騎士、一個小隊。 十六騎の騎兵を相手に、致命傷にならない様に戦闘力を奪うのは至難の業だもの。 無茶なお願いだとは、判っている。 でも、それでも…… お願いしたいの。
私たちの迎撃で、相手の『意思』を挫けたら…… 交戦を諦め、【撤退】を選択してほしいと…… ファンダリアの民同士での命の遣り取りなんて、遣りたくなかったんだもの。 そう思っていたの。
遠距離の【周辺警戒】に何かが引っ掛かったの。 これは…… 歩兵? でも……
今防御戦闘を行っている反対側の街道からの進軍? 多くは無いわ。 二個小隊位の人数。 でも、明らかなのは、騎士でも兵でもない、纏う雰囲気。 【周辺警戒】の術式に反応するのは、精霊術式を纏う一団だったの。 そう、魔法兵でも、魔法騎兵でも、そして、聖堂騎士でも無いわ。
この術式を纏うモノの名は…… 戦闘神官なのよ。
でも、聖堂教会の戦闘神官様方なんて、ここ十年では誰も任じては居られないわ。 若い戦闘神官は、唯一、居留地の森に向かわれた…… ” ユーリ ” 様だけな筈なのよ。 そのほかは、もう既に老齢の方々ばかり。
――― だから、私は、混乱したの。
ファンダリアの民であり得ない、戦闘神官の一団に。
駆け寄る者達。 戦意はとても高く、そして何よりも、彼らに精霊様の息吹が漲っているわ。 【周辺警戒】に反応している ” 色 ” は赤。 戦意も殺意もとても高い集団と云える。 狙いは……
私?
私なの?
これ以上の ” 防御 ” は、今のところ張れない。 ただ、ただ、推移を見つめるしか方法は無い。 助けを求めるには、あまりにも、遠い場所。 敵性集団のど真ん中って…… 事なのよ。
これは…… いよいよ、私も参戦しなくてはならないかも。
何にも増して、必要なのは、自身の覚悟。
唸るような音が私の口から迸るの。 目が半眼に成る。
【身体強化】の術式が紡ぎだされる。
ブギットさんに頂いた山刀の柄を握りしめ、扉の施錠を解き放ち、外に転がるように出るの。 両足で大地を踏みしめ、大空に向かって祈りを捧げる。
” 我、エスカリーナ。 精霊様の御意志を体現する者。 その歩みを止めんとする者を排除せん ”
Sed libera nos a Malo
Gloria Pet, Si Santo, sicut erat inPrincipio
Et nunc et semper et in saecula saeculorum.
memento mori.
体中に漲る ” 精霊様の息吹 ”
手に足に体に巻き付くような、そんな ” 力 ”
精霊様の御意志を阻む者には、鉄槌を。
―――― 我、薬師錬金術師リーナ。 いざ 参らんッ!!
11
お気に入りに追加
6,834
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。