その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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薬師リーナ 西へ……

幽界の月明りの下で (1)

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 見知った「闇」の中、視界を「異界の魔力」も見えるように変換するの。 そう、いつも通りね。 途端に浮かび上がるのは、とてもシックで素敵な書斎。 魔人様が唖然とした表情で私を見詰めていたの。

 ……そうなるわよね。 寛いでいたら、いきなり目の前に出現するんだものね。

 いつもの様に深く淑女の礼を取るの。




「御久しく……」

「いや、そうでもないぞ、エスカリーナ。 このような頻度で、幽界に来るとは…… 相当に肉体と魂の繋がりが弱くなっているともいえるのだぞ。 危機感を持て。 こんな頻繁にこちらに来るような事は、まかり間違ってもエスカリーナにとって良い事ではない」

「存じております。 ですが、理由も御座いましてよ」

「ほう…… なんだね、それは」




 魔人様が興味深そうに私を見るの。 ――― 仮説を立てているのよ、私自身の事について。 以前、この幽界に来た時に、魔人様が仰っていた事。 その事を突き詰めて考えて居たの。 私の身体には、色々な種族の欠片が入っているわ。 獣人族、樹人族、妖精族の息吹…… そして、今度は『聖』なる魔力もまた、多分取り込んだわ……

 きっと、身体の成り立ちの奥底で変容している筈なのよ。 それがどのように変容するかは判らない。 でも、私達の世界の理の中の物だから…… そう酷い事には成らないと憶測しているわ。 淡々とその仮説を魔人様に御話するのよ。




「…………そうか。 『聖』なる魔力と云うのは、判らないが、ある程度は予測できる。 そちらの世界でも、『邪』の魔力は在るのであろう? 二元論、相対構造は、世界の常であるからな」

「まさしく。 魔獣が魔獣である所以に御座います」

「そして、それすらも、そちらの世界の理の一部となるか…… 成る程、興味深い」

「あくまで仮説に御座います。 今後、わたくし自身がどのように変化していくのは、自身の身を以て、体感していくしか方法は御座いません」

「成程な。 そなたの魂の強さは、驚嘆に値する。 我と対等の関係にあるのも、頷けるというものだ。 時に、そなたに刻みし我らの法理は役立っているか?」

「はい、とても。 魔人様はご存じ無いと思われますが、王都に敷設されし防御魔方陣から、異界の魔力成分を分離する事も出来ました。 また、異界の魔力に汚染されてしまったモノから、異界の魔力を分離昇華する事も可能となりました。 ひとえに、魔人様から頂いた異界の魔法の法理を理解できたからに相違ありません」

「それは重畳。 この世界を覗き見している時に我が感じた事について、少し話をしようか」

「お願いできますでしょうか?」




 魔人様が語られるのは、魔法の発動方法。 手順が多すぎると感じられていたらしいの。 術式を編み、己の魔力で目的に ” 魔方陣 ” を、紡ぎ出し…… 起動魔方陣で魔力を注入して、発動詠唱をする。 まるで古代の儀式の様に感じられるそうなの。 魔法はもっと、曖昧なままで使う方が、効果は大きく、そして、負担も少ないとそう仰るのよ。




「魔人様の世界は魔法に関してとても進んでいらっしゃるのですね」

「あぁ、そうなるな。 この世界はまだ若いと、そう感じざるを得ない。 しかしな、エスカリーナ。 おぬしは魂に我らが世界の魔法の法理を刻み込んだ。 ならば、我と同じ様に魔法を行使する事が、お主の世界でも可能だと、思うぞ?」

「と、仰いますと?」

「魔法…… いや、” 魔術 ” とは己の魔力を用い、周辺の空間魔力に干渉する力。 法理を知れば、その構築は出来ようが、魔法とはもっと、可能性を秘めているモノなのだよ。 まだ、理解する事は出来ぬであろうが、それは、ひとえに想像力と感応に由来する事。 我が世界では、” 想いの力 ” とも云う。 言葉で縛り、術式の言語で縛ると、再生するのは簡単だ。 しかし、魔法そのものに制限を掛けてしまう、いわば 「枷」 となる。 エスカリーナ…… おぬしも既に知っているのだよ」

「??」

「この幽界に辿り着き、我と話をする前に、視界を開いた。 その時詠唱や、術式を紡ぎ出したか?」

「はッ! そ、そういえば……」

「それが、『想いの力』ぞ。 魔術の神髄ともいえる。 この幽界で出来た事だ、きっとそなたの世界に於いても可能かと思うぞ。 世界の成り立ちは我が世界とそうは大きく変わりはしないこの世界だ。 きっと、幾世代も過ぎ、魔法を研究するうちに、その高みに到達するであろうしな」

「……そうで御座いましょうか?」

「カイトの世界とは違う。 この世界も、我が世界も、魔力と云うものが存在し、そして、それを利用するする術を持った ” 人 ” が居る」

「と、いいますと? あの方の世界は違うのでしょうか?」

「カイトの居た世界には、魔法は存在していないそうだ。 辛うじて、精霊を息吹を感じられる者が居るそうだが、極稀にしか出現しないらしい。 その代わり、人の手による  ” 科学 ” とやらが、とても進んでいると。 地上に太陽を作り出すまでに。 そして、その力を ” 制御 ” 出来る程に。 だが、それと共に失われてしまった物も多いそうだ。 人と人の距離が遠くなったと、そう言って居ったな」

「なんとも…… 凄まじい事であり、寂しい事ですわね。 人と人の距離が遠いなど……」

「あぁ、そうだな。 カイトが元の世界に戻りたがらない訳だ。 あやつ自身、もう疲れ切っていたのやもしれぬな」

「癒しを求められているのでしょうか?」

「…………あやつの持つ『悲しみ』や『寂寥感』を、癒せる存在が居たからな」

「?」

「いや…… 口が過ぎた。 エスカリーナの血肉を以て傀儡を培養した。 魂の器だ。 今、カイトはその中に居る。 馴染ませる為にな。 ……我が解放されし時、おぬしの世界に解き放たれる様にしておる。 ……会っていくか?」

「是非ッ!」




 何故か、胸の奥がキュンとしたの。 私の血肉を以て魂の器に入られた ” 異界の魔物 ” …… いいえ、不完全な『渡り人』。 どんな様子なのか、確認してみたくもあり…… カイト様が、この世界に ” 生まれ変われる ” 可能性が前進した事も、嬉しく感じたの。




   ^^^^




 ゆったりとしたソファから立ち上がられた魔人様は、私を伴い廊下に出られるの。 いつもの回廊ね。 突き当りの扉を押し開けられ、そこで声を掛けられるの。




「カイトッ! 待ち人が来たる。 エルカリーナが、また無茶をしたらしい」



 満天の星空が天空に掛かる様子が良く見えるバルコニー。 ガラス扉は大きく開かれ、明るい月明りがそのバルコニーに降り注いでいたの。 白亜の床。 細かな装飾が付いた手すり。 バルコニーの向こう側は千尋の谷。 張り出す様になっていたわ。

 月明りの中に人影が浮かぶ。

 ゆっくりと振り返る、その人影は私よりも少し大きいくらいなの。

 目の色は変わらい。

 でも、とても……


   ――― とても、美しい男の人が、月明りに照らし出されていたの。





「エスカリーナ…… 来てくれたんだね。 待っていたよ」





 極上の微笑みが私を捕らえ……




 胸の鼓動が……






       ―――― 早くなったの。








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