その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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薬師リーナ 西へ……

未来へ続く道

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 静かな、キャリッジの中。




 魔法灯の光が、備え付けてあるテーブルを照らし出しているわ。

 テーブルの上には、細かなティカ様らしい流麗な文字が、いたる所に書き込まれた、西方北方域の地図。 その情報量は膨大にして精緻。 記述されている魔方陣に私の魔力を落とし込むと、更に詳細な情報が展開される優れもの。

 そんな地図を前にして、わたしは考え込んでしまったの。 深く深く、思考の海に身をゆだねるの。 思い出しまったのは、この地図を私に委ねたティカ様の御尊顔。 ティカ様の、 ” わたくしのお願い聞いて下さらないかしら? ” から始まる、長いお話。 悲し気な彼女の表情。

 ええ、そんな彼女を思い出してしまったの。



   ^^^^^



 北へ出発する前に、所用で王宮魔導院を訪れたの。 そこでね、ティカ様に呼び止められて、彼女の執務室でお話したのよ。 ティカ様から直接、秘匿事項という事でね。 でね、頂いたこの ” お願い ”  やっぱりと云うか、当然というか、只の ” お願い ” では無いのよ。


 彼女は、『苦渋の決断を以て』、わたしに、手渡したのよ。 苦し気に、本当に苦し気に私に告げられたのよ。 それはね……



 ” リーナ…… ごめんなさい。 現状、ファンダリア王国には、西方に回せるだけの人的資源が枯渇しているの。 貴女にこんなお願いをすることは、きっと闇の精霊様にお叱りを受けるわ。 だって、貴女の誓約にはこんな事、含まれていないのだもの。 でも…… 王国の未来を鑑みるとき、この『御願い』は、王国の…… 世界の未来の破滅を回避する事に繋がると思うの。 ……頼めるのは、貴女しかいないの。 心苦しく思うし…… 本来ならば、わたくしが出向かねばならないのですけれど…… ”

 ” ……理解しておりますわ、ティカ様。 王宮魔導院第三位魔術士のティカ様が王都を離れるわけに行きませんもの。 王都の護りの要。 そして、王宮に於いて、王太子殿下、そして王太子妃殿下を護り切れるのは、ティカ様のみですわよ。 わたくしは、幸いにして王都を出る許可を得ました。 様々な思惑を排除されたのはティカ様ですわよね。 感謝申し上げておりますのよ? だから、ティカ様の願いは、必ず叶えようと思っております。 そして、それが、この国と世界の為に成るのだと、確信申し上げております。 御心安らかに、わたくしは成すべきを成します ”

 ” …………リーナ。 ……それは、貴女の矜持なの?”

 ” ええ、左様に御座います。 だって、わたくしは、この国が、そして、この世界が大好きなんですもの”

 ” ……まるで、青き血王族の考え方よ。 そうね…… リーナは……”

 ” ティカ様、それ以上は……”

 ” ……リーナ…… 重い荷を背負わせてしまう私を、どれだけ非難しても宜しくてよ…… 貴女を ” 駒 ” の様に扱うわたくしに、怒りを顕わにしても…… わたくしは何も言えません。 甘んじてその非難怒りを受けましょう。 でも…… 御願いしたいの……”

 ” ティカ様? わたくし達は ” お友達 ” であり、そして…… ” 姉妹 ” でもあるのですよ? お姉さまの苦悩も、悔恨も、全て知っておりますわ。 理解しているとまでは、申し上げられませんが、それでも、わたくしはお姉さまの心に沿いたいと思っておりますもの。 わたくしが、それほど頼りになりませんか?”

 ” ありがとう…… ほんとうに…… ありがとう…… リーナ。 わたくしの大切な妹……”



   ^^^^^



 ティカ様との ” お話 ” を、思い出しながら、西方北方領域の地図を眺めていたの。 三人掛けのキャリッジの、柔らかな照明に照らし出された、その地図には、ティカ様が知る…… 王宮魔導院が集めに集めた情報が記載されていたわ。

 本来なら、私が持つべきで無い様な情報まで、きっちりと記載されているのよ。 どの教会がデギンズ枢機卿の息が掛かっているとかなんとか…… までね。 『西方禁忌の森』への脅威の排除については…… そうね……


 阻止線を引くしかないかぁ……


 未だ、北部西方領域から、本格的な ” 汚染 ” は、始まっていないわ。 現状、領域境界に阻止線を引けば、『西方禁忌の森』への汚染は防げるかもしれない。

 汚染が、北方西方領域から『異界の魔物』化した普通の魔物の浸食が原因だとすれば、阻止線に於いて、魔物の『異界の魔物』化を【聖浄浄化メンダリクピュリファリオン】と、私が咄嗟に思いついた、異界の魔法を分解する【解呪】 組み合わせて、一つの術式に纏めたアレで、浄化してしまえばいいのよ。

 使えるのは…… そうね、イグバール様が持たせてくださった、空間魔力を浄化するあの魔道具。 

 魔物達が逃げてくるというのならば、きっと、清浄な場所へと向かうわ。 身体に蔓延る『異界の魔力』を浄化してくれるだろう魔道具の元にね。



 そこで、その傍らに、” アレ ” を、設置しておけば…… 

 中型の魔石が有れば、なんとか符呪出来るもの。

 一連の騒動が収まれば……

 私が、北の荒地をどうにか出来れば……

 その暁には不要になるんだモノをね。




 異界の術式を多分に含んだ魔道具に成るし、やはり、そこはどうにかしておかないとね。 【自壊】の術式を組み込むべきね。 うん、そうしよう。




 ――― まだ、最初の目的地にすら到達していないわ。

 ――― まだ、時間は在る。


            だから、私は、最善を尽くすの。




 見詰める地図に記載されている、幾多の西方の教会。基本的には、この小さな教会を拠点にしようと、そう思うの。 だって、魔道具を起動させるために必要な魔力は結構な『量』を必要とするのよ。 私一人が頑張ったところで、どうこう出来る『量』じゃないもの。

 でもね、私には強い味方が居るわ。 そう、最強の…… 精霊様への真摯な祈りを捧げて下さる、この国の民が存在するのよ。 ティカ様が開発成された、『祈り』を集約して、空間魔力を収集するあの魔方陣が、あるのよ。


 それを使えば……

 民が祈りを忘れなければ……

 精霊様への誠実な祈りを捧げられるとすれば……


 この西方北方領域は護られるの。 祈りは力。 そう、個々の小さな祈りが、大いなる精霊様の御加護に通じるのよ。




   ――― 基本方針は、決まったわ。




 だから、少し…… ほんの少し、肩の力が抜けたの。 ティカ様のお願い、果たせそうなんだもの。  ちょうどその時、キャリッジの外から声が掛かったわ。




「リーナ様。 お待たせいたしました。 夕餉の準備が整いました。 ……お休みでしょうか?」

「いいえ、起きております。 なんのお手伝いもせず、ごめんなさいね」

「とんでもございません。 ささ、お早く。 プーイが待ちきれず、食べ始めてしまいます」

「ええ、そうね。 では、行きましょうか、シルフィー。 時間を貰って、色々と考えがまとまりました。 有難う」

「勿体なく。 ささ、こちらに……」




 キャリッジを出て、皆さんが待つ焚火の元に向かう。 日もとっぷりと暮れ、天空には満天の星空。 輝く星々が描き出す、星座を軽く見ながら、思い浮かぶのはいにしえの御伽噺の冒頭部分。 小さなころに、ハンナさんに読んでもらった、そんな御伽噺。 それは、今まさに私に語り掛けて来るの。



 ”……天空に描かれるは、知将、英雄、精霊様方の歴史ものがたり。 星々を繋ぐと物語が紡がれる。 吟遊詩人は偉大な彼らの唄を歌う。 紡がれる唄には、真実と理が示され、新たな英雄の道しるべとなる…… ”


 ってね。 そうね…… 英雄に成る事は無いけれど、成すべきを成すために、指針が欲しければ、『星読み』を、実施した方がいいわね。 えっと…… おばば様に教えて貰った『星読み』…… 後で、持ってきた蔵書を確認しておこうっと!




「リーナ遅いよ! おなか、ペコペコだよ!」

「はぁぁい。 おまちどう様、プーイさん。 皆さんも! さぁ、精霊様に御祈りを捧げてから頂きましょう! 今日の糧を与えて下さった精霊様にねッ!」




 祈祷書を片手に立っておられるナジールさんが、満足気に頷かれるの。 みんなで、精霊様に感謝の御祈りを捧げるのよ。

 ――― いいものよ。

 捧げる祈りは周囲を穏やかにしてくれるし、漲る精霊様の息吹は、心を静めてくれるもの。




「さぁ、頂きましょう!」




 その夜の夕餉はとても豪勢で、
     楽しい宴会に成って行ったわ。 




   




     とっても、満たされたの。


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