その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 19

  閑話 1 見つめる先の愛しい……

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   ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン大公令嬢は、つい最近まで、処刑場であった広場を見下ろす、バルコニーに佇んでいた。 表情は歪に歪み、冷たい汗すらその額に浮かんでいた。 見つめる先には、聖壇。 そして、その聖壇の前に、真摯に精霊様に祈りを捧げる一人の人物の影。

 薬師装束に身を包んだ、漆黒の髪に紅い房が二つ垂れている、人物だった。

 ロマンスティカの位置からはその相貌は確認できない。 どの様な表情で祈りを捧げているのかも、定かでは無かった。 しかし、彼女の脳裏には、『薬師装束の者』の表情を、正確に描き出さていた。

 眩しい程の笑顔を浮かべ、その紅く縁取りのある、黒檀の様な瞳が、真っ直ぐに見つめてくる、その表情を。


   ――― 今日、彼女は王都を去る。


 行く先は、汚染され人も住めなくなりつつある、北部辺境域…… そう、公式には発表されてはいるが、きっと、違うと、ロマンスティカは確信を以て理解している。 彼女の向かう先は、北部辺境域を越えたその先。 かつて、ファンダリア王国と、ゲルン=マンティカ連合が激しく戦った、『北の荒野』

 汚染の根源たる、壊れた「大召喚魔方陣」がある場所。 且つて、清浄の森であった、「大森林ジュノー」が存在した場所。 彼女が精霊様に愛され、愛された故に与えられた重い 『 使命 』 が、彼女をそこに向かわせる。


   ――― 王都に留めたかった。


 何としても、彼女には幸せになって欲しかった。 命すらどうなるか判らない様な場所に彼女を送り出したくはなかった。 それが、たとえ、この世界に崩壊を意味するモノであっても。


   ^^^^^


 ロマンスティカは想う。 何度も何度も繰り返した人生の中で、これ程の想いを、その薬師装束の彼女に覚えた事は無かった。 幾度、産れ直しても、彼女の事は、『贄』としか、見てこなかった。 そして、どんなに試行錯誤するも、逝きつく先は黒く重い、『呪いの言葉』


   ―――― こんな世界ならば、壊れてしまえばいい。 何も、何もかも、無くなってしまえばいい。


 黒く汚濁に染まった国土と、魔物化する人々。 『光の魔法』を行使出来る魔術士として、幾度も幾度も、そんな を、浄化の炎で ” 焼いて ” 。 その中には、親しい者達も数多く存在した。 一緒に戦おうと、誓った者達も居た。



   ――― そんな、幾度も繰り返す世界の中で、エスカリーナ王女は、希望でもあり、世界の崩壊を押し止める、” 贄 ” でもあった。 出自は、前王妃エリザベート妃殿下の忘れ形見。



 エリザベート妃殿下は、『不義密通』の疑惑を掛けられた、悲劇の王妃。 彼女が成した、『ミルラス防壁』の強化や、その根源的力を、異界の魔術に求めた功績は、伏せられたまま、『嫌疑』だけが、取沙汰さてた。 そして…… エリザベート妃殿下は自ら命を絶った。

 魔術士ティカとしては、その理由に想いが至る。 「ミルラス防壁」を強化する為に、期せずして、『異界の魔物』との契約を結んでしまった事。 身体を ” 異界の魔力 ” に侵食され、徐々に意識迄もが、持って行かれる恐怖。 彼女を ”  ” として、死すべきであると、結論付けた動機でもあった。

 そして、エリザベート妃殿下が、ギリギリまで自死を遅らせ、” 生きた ” のは、一重に…… そう一重に『愛娘、エスカリーナ』を出産する為でもあった。 死に際し、持てる力の全てを、『 血の継承 』の魔術式にて、エスカリーナに与え、死せる後も彼女を護ろうとした、エリザベート妃殿下の ” 愛 ” は、期せずして、エスカリーナを ” 贄 ” としてしまった。

 黒い異界の汚染が全土に広がる中、王都を護る為には、『ミルラス防壁』活性化させなくては成らなかった。  最悪な事に、現王妃…… と云うよりも自身の母親である、フローラル妃殿下には、魔術的能力は、高いモノでは無い。 危機的状況となっても、只々慌てているだけ。 「ミルラス防壁」の活性化の為には純粋な魔力と…… エリザベート妃殿下の血脈が…… いた。

 幾度も繰り返した世界の中で、ある時は自ら、ある時は説得の元、エスカリーナは『贄』として、「ミルラス防壁」へと取り込まれた。 そして…… 前世……

 今まで繰り返した、世界の中でも極めつけに酷い状況で、エスカリーナは『贄』となった。 そう、成ってしまった。 主導したのは、ニトルベイン大公家と、王宮魔導院 特務局。 少女を追い詰め、『悪逆非道の大逆罪人』として、『断罪』の名の下に、『贄』とした。



   ――― 他に方法が無かった……



 幾度も生まれ直し、少しでも早い段階での、「ミルラス防壁」を活性化させる為の方策でもあった。 主に彼女の断罪を画策したのは…… ティカ自身であった。

 しかし、そうまでしても…… 世界の汚染は留まる事を知らず、最終的には、世界を呪いつつ、「禁忌の大魔法」を使用するに至った……



   ^^^^^


 冷たい光が彼女の翡翠の瞳に浮かぶ。 それは、自身への侮蔑と後悔。



「彼女が『鍵』に成るのは、理解していた筈なのに。 あんなに…… 健気で献身的な彼女を、『贄』としてしか見てこなかった…… 幾度となく繰り返したこの世界…… 根源的な原因にはついぞ手が出せなかった…… 今…… それが覆っている…… 一度は、王都から逃げ出した彼女が、想像を絶する『力』を手に入れて戻り、そして、汚染の根源に対処する方法まで、『編み出す』ことに成功した…… これは、精霊様のお導きなの? それとも、彼女の存在そのものが、刻を進める為に必要な『鍵』だったと云う事なの? ……何もかも壊れてしまえと、願った私なのだけれど、それを、お認めに成らなかった精霊様のこの世界に対する、深い愛情の証なの? ……私の眼を覚まさせる為に、遣わされたのが、の ” エスカリーナ ” だったの? 今までの世界では有り得なかった、異界の魔法の法理を読み解き、手が出せなかった、『ミルラス防壁』の改変までも成った。 真摯で真剣な、『祈り』を以て、防壁は活性化するなんてね…… これで、『異界の魔力』による、防壁の汚染も無く、強固に、そして、しなやかになった……」



 改めて、薬師装束の者が祈りを捧げている、「聖壇」を視る。 精霊月と云う事もあり、周囲には精霊の気配が特に強い。 「聖壇」が、うっすらと発光してすらいる。 祈りの力が増し、「ミルラス防壁」が大きく活性化しているのも見て取れる。



「彼女が事は、幾度も繰り返した私の所業を軽く凌駕する。 ……あんなにも素直で、健気で、献身的な人を私は知らない。 だから…… だからこそ、彼女は厳重に保護されるべき人なのに…… それを私は…… また…… 幾多の反対を押しのけ、彼女の王都から出す為に奔走した。 ごめんなさい…… だって…… 貴女の力を目の当たりにして、私は希望せずにはいられなかった。 汚染の根源たる、破損した「大召喚魔方陣」を分解昇華出来るのではないかと…… ごめんなさい…… 重き荷を貴女一人に背負わせてしまう、私を許して…… …………いいえ、許されるべきでは無いわね。 この罪…… 幾度も幾度も、貴女を『贄』とした、わたくしの『罪』は、決して許される物では無いわ。 でも…… 今は、祈らせてほしい…… 旅路が…… 少しでも…… 良くなりますようにと……」



 手を胸の前に組み、聖壇の前で祈りを捧げ続ける薬師装束の女性へ…… 真摯な祈りを捧げるロマンスティカ。 瞑った瞼の間から、零れ落ちる一筋の涙。 震える声で、彼女の旅路が恙ないようにと、『言祝ぎ』を、口にする。 それは、彼女なりの『贖罪』でもあった。

 祈り続けるロマンスティカは、誰かに頭を撫でらた気配を感じた。 その手からは、大いなる慈しみと、愛情が伝わる。 ハッとして、首を上げ周囲を見るロマンスティカ。 そこに形は無いが、確かに気配はあった。


   ――― 崇高にして至高たる 精霊様の気配が。


 その気配が促す様に彼女の視線を、聖壇に向かわせる。

 薬師装束の者は聖壇の前には居らず……


 聖壇のある広場から、その広場の門に向かい歩いていた。


   ――― 凛として、何者にも侵しがたい、気高き矜持と共に歩む後ろ姿が翡翠の瞳に映り込む





「エスカリーナ。 わたくしの姉妹。 いってらっしゃい。 貴女が成すべきを成す為に。 そして…… 願わくば…… また…… 会いましょう。 今度は何の思惑も、権謀も、術策も無く…… 心近しい、姉妹として…… 貴女の淹れたお茶を…… 頂きたいわ」





 嗚咽とも取れそうな、震える声が…… 彼女以外居ないバルコニーに、密やかに、密やかに…… 



      ………… 流れて行った。





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