その日の空は蒼かった

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北の荒地への道程

そして…… 北の荒地へ (7)

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 大歓声が響き渡るそんなホール。


 その中で、ガングータス国王陛下の足下に立ち、両手を広げ、得意満面で口上を述べるのは、そう、デギンズ枢機卿。 完全に彼の思惑だと、理解できたわ。

 彼の周囲から徐々に静かに成って行き、やがてホールは静寂に包まれるの。 荘厳さを思わせる雰囲気を醸しつつ、彼は述べるの。




「我らが偉大な国王陛下、ガングータス陛下より、” 北伐の宣下 ” が、下った。 聖堂教会も、その神聖なる勅命に服し、最大限のご協力をお約束いたしましょう! 至高なる、創造神様の御威光の元に、蛮族を平定しあまねく世界に、創造神様の偉大で崇高なる光を与えん事を!」




 統一聖堂の教義に…… 毒されている……




 そうとしか言いようがないわ。 聖堂教会が祭るのは、精霊様であって、創造神様では無いわ。 創造神様はもっと高位の御方。 私達、この世界に生きとし生けるものが、その御手に触れる事も、お声を聴く事すら叶わぬ存在。 

 精霊様方を通してのみ、至高たる尊き創造神様に繋がる事が出来るはずなのよ。 創造神様はそこかしこに居られ、私たちを見守ってくださっている。 でも、私達には決して検知できるような方ではありえない。 いわば、世界そのもの。 この世界を御創りに成ったお方ですもの……

 精霊様方は、私達、この世界に生きとし生ける者達と、創造神様を繋ぐ役割を持っておられるの。 そんな、精霊様方の御声を頂けるのは、ほんの少数の者達。 何らかの ” 役目 ” を、授けられた者達……

 この事は、闇の精霊 ノクターナル様にも、告げられていたの。 だから、精霊様の御言葉を聞ける者の事を……




 ―――― 精霊様の愛し子 ――――




 と、呼ぶのよ。


 デギンズ枢機卿様が、その様な尊称をお受けになったって事は聞いたことが無いわ。  そんな彼が、至高なる創造神様の聖名を唱えるのは…… まったくもって不敬にあたるわ。 なのに、誰もそれを咎めはしない。

 俗世の ” 枢機卿 ” としての彼の権威が、彼の言葉を正当なものとして、認めさせている…… としか、思えないわ。 不遜な言葉と、態度。 得意満面なデギンズ枢機卿の姿は…… どこか…… 前世の私と通じるものが在るの。 とても、とても、不快に成って来たの。

 ふと、頬を撫でられる…… そんな気配がしたわ。 そう、優しく、穏やかなそんな慈愛に満ちた感覚が撫でられた頬を伝って私に入って来たの。

 慶賀の祝福を湛えながら、ある集団に精霊様の息吹が集中しているの。 この暴挙を祝福しているの? それが…… 精霊様の…… 御意思なの?




 その集団の中心に居たのは……




 大舞踏会に参加している、今年デビュタントを迎えた者達へ、祝福を授けられた御方。 胸に両方の手を添えられ、深く首を垂れていたわ。 周囲に五人の同じ式服を着用された、高位神官の方々。

 式服…… と、云っていいのかも判らないけれど、デギンズ枢機卿が着用されている様な、華美で豪華なローブとは違って、シンプルなデザインのローブ。 すっぽりと頭から被られたフードで、表情は伺えないけれど、周囲を取り囲む精霊様の息吹が、その方々が只物ではないと、私に教えてくれたの。

 デギンズ枢機卿の ” 言祝ぎ ” に熱狂し始めた舞踏会参加者の方々。 ふと、王太子殿下の御座所に目を向けると、そこには、苦々し気な表情を浮かべてらっしゃる、ウーノル王太子殿下がおいでになったの。

 この熱狂は、さしもの王太子殿下でも、予測がつかなかったのかな? それとも、この状況を作り出した、デギンズ枢機卿に対して、相当のお怒りに成っているのかな? なんにしても、ただでは済まないような気がしてきた。

 ホールのあちこちから聞こえる、賛辞と称賛の声。 強き言葉は、いつの世でも、好感を持って受け入れられるの。 特に、伝説となっている、 ” 獅子王陛下 ” の ” 遣り残した ” と、される北伐を実行するなんて、宣下だったら尚の事……



 でも……



 きっと、後悔するわ。 ええ、間違いなく。 北の大地への侵攻は、金穀と人命を湯水のごとく飲み込む。 そして、その贖いはファンダリア王国全土から集められた物と人達。 敵は、なにも、ゲルン=マンティカ連合王国だけではないもの。

 主敵となるのは、過酷な北の大地そのものなのよ。 やせ細った大地…… 異界から渡ってきた魔物達…… そして…… 崩壊しつつも今も尚、その機能を発揮し続けている、「 大召喚魔方陣 」。

 何をどう考えても、ゲルン=マンティカ連合王国との戦端は開くことは、避けなければならない状況よ? 出来る事ならば、彼の連合王国と手を結び、諸問題の根源たる、「 大召喚魔方陣 」の完全昇華を目指さねばならない筈なのよ。



 ―――― それを、無視しての開戦の宣下……



 暗澹たる気分のまま、熱狂するホールの人たちを見遣るの。 自らの死刑執行命令書に、署名した愚かな人たちにしか見えなかったんだもの。 深い深い溜息を、押し殺し、ガングータス国王陛下とデギンズ枢機卿を見詰めていたの。 壁際で、座り込みそうになる程の衝撃を受けている私の傍に、ジェイ様がそっと近寄り、支えて下さったの。

 そして小声で、私だけに聞こえるように、言葉を紡がれたの。




「……薬師リーナ殿。 これは、トンデモナイ 「宣下」に御座いましたな」

「ええ、ジェイ様。 この国は…… わたくし達の祖国は…… 愚かな選択をしてしまった…… 国王陛下の宣下の元、多くの人と莫大な金穀が北の荒野に飲み込まれていくのが、見えてしまいます…… 何故…… 誰も御止めする方は居なかったのかと…… 暗澹たる思いが胸を突き刺します」

「まったくもって、その通りに御座いますな。 ……おや? 神官長猊下が国王陛下の元に進まれましたぞ? 神官長猊下も、” 言祝ぎ ” を、与えられるのか…… いやはや、さてもさても……」




 ジェイ様が、仰る通り神官長猊下が、側近と思われる、五名の高位神官様方と一緒に、国王陛下の足下に向かわれるのが見て取れたの。 相対するのは、国王陛下とデギンズ枢機卿。 独特の緊張感が、玉座の周りに生まれたの。

 お腹に響くような、慈愛深い神官長猊下の声が、ホールの響き渡ったのよ。




「畏れ多くも国王陛下に於かれましては、重大なご決断をされたものに御座いますな」

「おお、神官長パパ パウレーロ!!! 聖堂教会の献身的な行い、予も嬉しく思うぞ!」

「御言葉有難く存じますな。 時に、陛下。」

「なんであろうか、神官長パパ パウレーロ?」

「獅子王陛下が御意思を継ぐと、そう申されましたな」

「あぁ! そうだッ!! 北伐は、偉大なる祖父の遣り残した事。 王孫である予がその、意思を受け継ぐのだ!」

「そして、その意思を受け継ぐこと鮮明に表すために、この ” 威風の間 ” を、お使いになったと?」

「獅子王陛下が、北伐のおり、この ” 威風の間 ” で、宣下を発せられた故事に習った。 獅子王陛下が意思を受け継ぐ予の、覚悟の現れと思うて下され!」

「そうでありましたか!! なるほど、獅子王陛下と同じと!! 流石は、我らがファンダリア王国の国王陛下である御方でありますな!!」




 大きなお声で、そう仰るの。 ホールの皆が、頷く。 





 ―――― あぁ、精霊様! パウレーロ神官長まで……






 この国は…… ファンダリア王国は…… 本当に…… どうなってしまうのでしょう! この場に居るのは、私を除いては、皆、貴族階級の方々ばかり。 苦しむのはいつも庶民なのよッ!! 市井のちっぽけな幸せは、こうやって、功名心に踏みにじられ、愛する者達が、飢え、傷つき、死んでいくのよッ!! 

 こ、こうなったら…… なんとしても、最悪を回避しなくてはッ!! わたしが北の荒野に向かい…… 異界の魔人様とのお約束を果たさねばッ! すべての元凶たる、あの「大召喚魔方陣」の浄化と昇華を成し遂げねばッ!!

 こんな、無意味な争いなんてッ!! ウーノル王太子殿下は、絶対に望まれては居ないわ。 ええ、それだけは断言できる。 だって、いつも氷の様に冷静な殿下が、今も、真っ赤に成って怒りも顕わにされているのだものッ!!




「時に、陛下。 陛下直卒は如何されるのか? 先代様、先々代様の尽力の賜物で、現状の王国には正規の兵の数は迎撃戦のみに特化しうるように、削減されておられる。 現に第一軍、第二軍は、北部の戦域に張り付き、補充もままならぬし、第四軍は東の国境を超える不届き者達の対処に、大半の兵を動員していると聞く。 第三軍に至っては、常備兵力が他の軍の半分…… わずかに、二個師団。 それも半充足とか? 陛下直卒に堪えうる軍勢となると、王都防衛用の近衛騎士団と、各軍に貸し出されている筈の、護衛騎士団位しか残ってはおりますまい。 それを、帯同させるとなると、いささか王都の防衛に不安が残りますな」




 えっ? し、神官長猊下? な、なんで、そんな軍事的な事を? ほら、国王陛下も前触れもない言葉に、虚を突かれて、呆然とされておられたの。 そうよね、きっと私も同じような表情を浮かべていたと思うのよ。




神官長パパパウレーロ。 予の直卒とは、どういう意味なのか? よくわからぬが……」

「御決意、あそばされた。 そう、そのお口からお聞き申し上げた。 彼の獅子王陛下の故事に習い、この  ” 威風の間 ” にて、北伐を宣下されたと、そうお聞き申し上げた。 つまりは、ガングータス国王陛下に於かれては、” 国王親征 ” を、宣下されたと、そう申し上げておるのです」

「な、なんと? 何と申した! 予が…… 予が?」

「国王陛下自ら兵を率い、北の蛮族に相対されると。 そう宣下されたと。 そう申し上げております。 誠にあっぱれなご覚悟。 このパウレーロ、陛下のご覚悟に居たく感銘を受けております。 いくさ嫌いの精霊様方も、陛下のご覚悟を知り、それほどまでに望むならばら、致しかなあるまいと、仰せに御座いました」





 顔色を無くす国王陛下。 まさか、自身が最前線に行くと、思ってもいなかったらしいわ。 というか…… 神官長様…… 




 本気なのですか?





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