その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

ティカ様の願い

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「来てくれて嬉しいわ、リーナ。 貴女には悪いとは思いましたが、貴女とわたくしにしか出来ない事なので、お願いしたの」




 にこやかな彼女の笑顔。 とても明るい魔法灯火が、ティカ様の地下訓練施設を照らし出していたの。 真っ白な石で組み上げられた強固な要塞の司令部のようなそんな感じなのよね。 ティカ様の地下鍛錬室って…… 




 ^^^^^




 十三号棟から地下通路を伝って、地下訓練施設に入るにはね、ちょっと珍しい扉を潜り抜けなくちゃならないの。 魔法の堅い守りが施された、入り口があるのよ。 そりゃ、地下洞穴に直結しているし、そこは、魔物がうじゃうじゃ居た場所なんだしね。 

 当たり前の ” 備え ” よね。 対物理、対魔法障壁、その他にも色々とね。 そんな重防御魔方陣の開放には、相当の難易度が求められるわ。 ” 鍵 ” を持っていてもね。 だけど、薄く笑いながら、ティカ様は言うのよ。


 ” 扉に手を当てるだけで、解放されるから、よろしくて?  ”


 云われた通りだったわ。 軽く扉に触れるだけで、重防御魔方陣は開放されるのよ。 これって……どういうことかしらって、そう思って、ティカ様に尋ねたの。 

 ” 王都貧民街のあの脱出口と同じ。 貴女の中に在る、王家の血がその鍵になるのよ。 この扉は貴女の御座所である ” 第十三号棟 ” の間の扉。 だから、貴女だけが使えればいいの。 まぁ、貴女と同道される、護衛隊の皆さんも入ることが出来るのですけれどもね。 フフフ ”

 だって……



 ^^^^^



 扉の中に入って、一息つくの。 だってほら、安全が確保されているといっても、元洞穴の地下道。 それなりに緊張するわよね…… 明るく清潔な、地下鍛錬場に入っただけで、緊張感がほどけるのがわかるわ。 そんな私の様子に、シルフィーも、ラムソンさんも ” 困った人 ” って感じの視線を向けているの。



 ” リーナ様の安全は、わたくしたちが保証いたします。 どうか、心安らかに ”



 なんて事をいつも言ってくれているんだものね。 でも、何か事があれば私だって戦力になれるのよ? だから、油断なんてしてられないもの……

 目の前に立つティカ様は、お嬢様の装いをしていなかった。 というよりも、この地下鍛錬場に居るときには、とてもお嬢様には見えないのよね。 いつも……

 ぴたりと肌に張り付くような、暗殺者の装束。 暗殺者の装束の表面には、数種類の防御魔方陣が刻み込まれている、そんな装い。 お外に出るときには、その装束の上に、魔術師のローブをまとわれるの。 そうね、王宮魔導院の紋章付きの物ね。

 アレと、王宮魔導院 特務局 第四位魔術士の ” 記章 ” があれば、彼女は王宮にも入り放題。 誰も彼女の行動に掣肘は加えられないわ。 強権が在るのよ。 でも、普段はそんなことはされない。 特段の緊急事態が起こらない限りはね。

 ティカ様ってね、とてもスタイルが美しいの。 その方が、肌に張り付くような、暗殺者装束を纏われているの。 もうね、目の遣り所に困るくらいなのよ。 ええ、本当にね。 豊かなお胸、くびれた腰、張りのある腰…… 長い脚で歩く様なんて…… アッシュブラウンの髪を一纏めにして胸の前に垂らしているその毛先が楽し気に揺れているの……

 もうね…… ほんとにね…… 目を奪われてしまうくらいよ。 振り返り、わたしに微笑まれるの。




「リーナ。 本当にごめんなさい。 貴女の貴重な時間を下さって。 でも、やっと…… やっと、問題の部分の法理が解析できたの。 解呪の方法は、リーナが見つけていてくれた。 現行の術式の重要な部分に干渉せず、異界の魔法術式を分離できる方策が、問題だったわよね。 見つけたの…… その部分を解消できる方法をね」

「ティカ様? 『 ミルラス防壁 』の復帰策と云うことでしょうか?」

「ええ、その通り。 異界の術式のうち、魂の捕縛術、魔力変換術式、反射カウンター術式。 その他、魔力経路の異界の魔力の汚染…… 深く絡みついたそれらの部分を引きはがすと、どうしても防壁の術式に穴が開く…… だったわよね」

「ええ、そうでしたね。 異界の魔力に犯され変質してしまった部分に関しては、置き換えもむつかしいですものね。 つなぎ合わされた、複合術式であれば…… その部分を置き換えてしまえば、それで解決ですが、おばば様の術式は、それ一つで、大きな術式を編まれておられます。 一つの回路が複数の術式を支えているのも、当たり前に使われておられますもの」

「そう、おばば様にしても、かなり昔に編まれた防御魔方陣だったから、細かい部分は相当に曖昧になっておられたの。 ダクレール男爵領の『百花繚乱』に於いて、おばば様の『 ミルラス防壁 』は、相当に細かく学んだわ。 その結論として、原初の『ミルラス防壁』は、失われてしまった。 もちろん断片は、記憶したわ。 ええ、記憶したの。 でも、完全じゃない。 わたくしが知る、『 ミルラス防壁 』は、エリザベート妃殿下が改変された後の物…… 判るわよね」

「つまりは…… 原初の術式はもう……」

「ええ、だから、『 ミラスル防壁 』は、エリザベート妃殿下が異界の術式を組み込まれた直後の物しか確実な物がないのよ。 そこから、異界の術式を排除して、元に戻すしかね」

原初オリジンではなく、改変モディファイですか……」

「再構成する部分については、おばば様の記憶にあった部分で賄えるわ。 あちらでも、その部分を重点的に習ってきたのだもの。 それはね。 ただ…… かなりの手数が必要なの。 それに、現行の防壁の聖浄浄化も…… だから、その…… お手伝いをお願いしたいの。 準備は終えているわ。 いま、浮かび上がらせるから……」




 そういうと、ティカ様は、胸の前で複雑な印門を組み、呪文の詠唱をはじめられたの。 即座に反応するのは、床……

 ティカ様の魔力で描きだされた、ミルラス防壁の術式。 原寸大の制御術式が、地下鍛錬場の床から浮かび上がって来たのよ。 驚くシルフィーとラムソンさん。 恐る恐る私の顔を見る。 私は頷き、シルフィーたちを壁の傍のテーブルに誘うの。 あそこなら、術式に干渉はしないもの。

 テーブルには、お茶の用意がされていたの。 持ってきた晩御飯もそこに置くわ。 いいでしょ? 私も、薬師錬金術師のローブを脱ぎ、山刀、魔法の杖をその上に置くの。 真剣に床に紡ぎだされた 『 ミルラス防壁 』制御魔方陣を見つめるの……

 寸分の狂いもない、あの王城地下の状態が複製されていたの。 私の記憶なんて、そんなに精度が高いものじゃないけれど、それは、なんとなくわかるの。 ティカ様が中央部部に近い処で待ってらしたわ。 私は歩みを進め、彼女の傍に向かう。




「リーナ。 同じ王家の隠された王女として、お願いします。 ファンダリア王国の守りの要。 何としても、復活させねばなりません。 そして、この先もこの国を守る、最後の防壁としての機能を守るために。 王都を…… この国の中枢たる王城と国民の盾となるこの堅固な防壁を…… 復活させたなければなりません」

「ティカ様。 その想いは同じにございますわ。 おばば様がこいねがわれた、王都の安寧。 その為の防壁。 復活させましょう。 異界の術式は、この世界の物ではございません。 この世界の加護を受けられるような、そんな「ミルラス防壁」に。 お母さまも、思いは同じにございましょう。 だから、改変を重ねられた。 聖堂教会の謀を察知し、その影響を受けぬ様にする為に異界の術式を組み込まれた。 だから、それが、王国…… いいえ、この世界に仇なす物であれば、その部分の排除も御心でありましょう」

「リーナにそう言ってもらえると、嬉しいわ。 先代王妃殿下の御心。 このファンダリア王国の安寧と平和を願われた、大いなる王妃殿下。 わたくしは…… すこし羨ましいわ、貴女のこと。 そんな偉大な方のご息女なんですからね」

「わたくしは、ティカ様が眩しく感じられます。 穢れぬ誇りをもって、両足でしっかりと立ち、ファンダリアの安寧と平和を願われるその姿に。 わたくしは、辺境の薬師です。 幸薄き場所にて、精霊様のご加護を願うそんな存在ですもの。 王都のような場所は…… 気が引けます。 わたくしの存在自体が、有るべきではない場所。 そう、感じてしまうのです」

「同じ「闇」を見つめる立場ではありますが、見つめる先が違うのでしょうね。 ……故に、ウーノル、そして、王家を支える、影といえるのかもしれません。 見つめる先は違えども、目的は同じ。 『 民の安寧 』 ですもの。 違いまして?」

「精霊様の御心のままに」

「では、リーナ。 始める前にこちらを。 作業の手順は、わたくしが考察し検証しました。 コレを……」








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