417 / 714
光への細い道
小さな小さな 想いの ” 灯火 ”
しおりを挟む王宮学習室。
なにもかも……
そう、何もかも変わっていたわ。
仰天の出来事よ。 まず、王宮学習室に詰められている、女官、侍従の方々。 紛う事無き、王宮女官と侍従の方々なの。 記憶の奥底の前世の風景で、その方々の顔を何となくだけど、認識できるのよ。 ええ、そう、王宮学習室の中でも無く、後宮でも無く、まさしく王宮で勤務しておられた方々なのよ。
厳正な資格審査を通り抜けられた、正規の王宮侍女さん達と侍従さん達。 この前、この場所に来たときに居た、あの冷たい目をした女官さん達とか、侍従さん達は一人も居なかったの。 更に、女官長様もいらっしゃらない。 教育官の方が数名居られる。 この方々も、記憶の中にある方々。 女史が罷免される前に、女史と一緒に王妃教育を担当されて居られた方々。
正規の教育官の資格を保持されている方々。 王国と周辺国の歴史を担当されていた方。 財務、内務、関連の法を教えてくださった方。 王国だけでなく、周辺の大国、そして小国のマナーをお教えくださった方。 国内の全ての貴族様方の御領に関して、詳細な情報をお教えくださった方……
皆様の御顔…… 憶えておりましてよ? スコッテス女史と共に更迭される前、かなりガッツリと、お教えいただきましたものね…… 残念な事ですが…… この方達には、前世の記憶など有りはしないのですから…… 私の事など…… どうでも宜しいのでしょうけれどもね……
「薬師リーナ様。 スコッテス伯爵様より、お話は伺っております。 お初にお目にかかります。 王宮学習室に於いて、アンネテーナ様のご教育を任じられております、ミュラー=ヒルーカ=ハウンゼン 爵位は伯爵位を授かっている者に御座います。 どうぞ、お見知りおきを。 此方に控えしは、エストラーダ伯爵、ナッタリオート伯爵、ニドリンダル伯爵。 共にご教育の任に当たらせて頂く者たちに御座います」
「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。 薬師リーナに御座います。 卑賤なる我が身では御座いますが、王太子殿下よりアンネテーナ様の主務医務官にと任命されてました。 微力では御座いますが、粉骨砕身の思いで、お勤めさせて頂きますので、何卒、よろしくお願い申し上げます」
「いやいや、何を仰るか。 聞きましたぞ、王太子殿下のご決断を促した、貴女の言を。 流石はスコッテス女史の秘蔵の生徒と云う事で御座いましょう。 とても、楽しみになってまいりました」
「はっ? えっ? 楽しみ…… とは?」
「おや、お聞きに成っておられるぬか? 今後、この王宮学習室に来られた際には、アンネテーナ様と御一緒に、我らが授業を受けて貰う事に成って居るのですが?」
「ハッ? ハァ? き、聞いておりませぬ。 そのような大事、何時決まったのですか!」
トンデモナイ事を申し出られて、混乱に拍車が掛かったのよ。 なんで、アンネテーナ様と御一緒に授業を? どうして? その授業って…… 王妃教育でしょ? 庶民の私…… 一介の薬師が、そんな授業を受けてどうするのよッ!!
混乱し、固まって居る私に、声が掛かるの。 優しげに…… そして、ちょっと、申し訳なさげに……
「薬師リーナ。 貴女には、ウーノル王太子殿下と、ドワイアル大公令嬢、アンネテーナ様がご成婚に成られるまで、彼女の側に着いて貰う事に成りました。 ……第二成人となる、十八歳。 王立ナイトプレックス学院の卒業年次までですが。 その間、アンネテーナ様に於かれましては、王太子殿下のご婚約者としてのご公務も御座います。 公の場にも、度々、出席なさいます。 その時に同席し、彼女の補佐をして頂くようにとの思し召しに御座いますれば、彼女と同等の知識を持たねばなりません。 スコッテス女伯爵様からの強いご推薦も御座います。 リーナ、ごめんなさいね。 止められなかった」
凛として、涼やかな視線を私に投げかけていたのは、魔術師のローブを纏った、ロマンスティカ様。 見事に纏め上げられ編み込まれたアッシュブラウンの髪がキラキラ…… 私を見詰める翡翠色の目が、とても申し訳なさそうに見詰めておられたの。
「…………で、でも……」
思わず零れ落ちる言葉。 目を瞑り、首を横に振られるティカ様…… あぁぁぁ コレ、決定事項なんだ…… なんて事なの! とうとう…… とうとう…… 取り込まれてしまったわッ!! こ、これは逃げられない…… また、あの悪夢の様な王妃教育を受けるというの?
「わたくしも同席いたします。 アンネテーナ様も心待ちにされておられます。 三人で…… 困難に立ち向かいましょう」
「ロマンスティカ嬢、困難とは人聞きの悪い。 王妃となられるお方のご教育です。 しっかりとお勤め申し上げるだけに御座います」
「ハウンゼン卿。 貴方様のお噂はお聞きしておりますわ。 相当に厳しい方とか。 駄目ですわよ、アンネテーナ様を教鞭で打つのは。 ウーノル殿下に首を落とされますわよ? 宜しくて?」
「ハハハッ! 何を仰る!! そのような事など……」
「無いとは言わせませんわ。 ニトルベインの耳には入っておりますもの」
「これは、したり。 きちんと学んでいただければ、問題は何も御座いませぬ」
「そう。 そう願うわ。 確かな指導力は、お有りに成りますものね。 わたくしも楽しみにしております」
「ニトルベインのお嬢様には、なにもお教えする事は無いようですがな」
「また、御戯れを。 さぁ、リーナ。 アンネテーナ様がお待ちかねよ。 行きましょうか。 行って、貴方が成すべきを成しましょう」
「はい…… ロマンスティカ様…… それでは、皆様…… ごきげんよう」
「あぁ、後程な!」
こ、怖いわ。 とっても…… 怖いわ!! なによ、ココ。 魔窟? 魔王の城? 迷宮の深層の方が気が楽よ!! そっと、ロマンスティカ様を伺うと、彼女も歩みを進めながら、此方を見ていたの。 そして、そっと言葉を紡ぎだされるのよ。
「リーナ…… 本当にごめんなさい。 ウーノルを止められなかったの。 あの子…… リーナの事は知らない筈なんだけれど、とてもご執心なのよ。 アンネテーナの側にって、特にって…… ほんとにもう、どうなっているのかしら? それでね、アンネテーナの滞在する部屋は変わったの。 前の部屋…… アレは無いわ。 まるで、囚人のようだったもの。 それに…… アレ…… 貴女が封じたの?」
何を言っているのかは直ぐにわかった。 あの呪いの呪具。 封印はしたけれど、おいてある場所は、変えなかったもの。 触るのも嫌だったし、周りに影響が無いなら、そのままにしておいた方が安定して封印できるはずだったしね。
「ええ…… まぁ…… あのまま放置すれば、アンネテーナ様や、あの部屋に詰める女官の方にも不具合が出る恐れがありましたので。 それに、移動させて、万が一活性化して、封印を破られれば、さらなる害悪を撒き散らしそうでしたので」
「正解ね。 あれは、あの部屋由来の呪具。 あの部屋から出せば、相当な強度で暴れ始めるわ。 封印だけでも、大変だったでしょ?」
「……異界の魔力と術式も駆使しました。 あの封印を破るのは、この世界の理だけでは、難しく有ります」
「でしょうね。 いくつかの呪物の封印は見せてもらったわ。 王宮魔導院の魔術師達は解析出来なかった。 私もいくつか、意味不明な部分があったわ。 後で…… 教えて下さらない?」
「勿論、喜んで。 組み込んだ術式の一部は、あの ” 大召還魔法 ” にも使われている捕縛術式ですから、じっくりとご説明申し上げますわ」
「貴女ねぇ…… そんなだいそれた物を? なんだって、そんなモノを組み込むのよ」
「そうでもしないと、あの呪物を押さえ込めませんわ。 かなり…… 古くからあのお部屋にあったようですし、そうとう、怨念を貯めているようでしたので」
「……間違いは無いわ。 無いんだけれど…… その辺りの事は、いずれ、追々とお話しましょう。 アンネテーナの滞在する部屋は、変更になってね。 そこの ” 掃除 ” は、わたくしが行いました。 今はとても、清浄な空間になっている筈です。 リーナ、確認を」
「はい、ティカ様」
「それと、その部屋にもう一人、侍従補として人が来ているの、いい?」
「どなたに御座いましょう?」
「エドワルド=バウム=ノリステン子爵よ。 そうね…… お爺様が、お考えになっている、私のご婚約者。」
「ハッ? えっ? い、今、なんと?」
「あぁ、そんなに驚かないで。 わたくしにも、そろそろってお話が来ているのよ。 リーナはご存知だから、言うけれど…… ほら、立場上、王家には嫁げないし、釣り合うお家の方もそうは居られないし…… お爺様が思案の末に、導き出された ” お相手 ” なのよ」
「えっ? えっと…… なんと云えば良いか…… ニトルベイン大公閣下の御意思に御座いますか?」
「まぁ、そういえるわね。 でもね、お爺様は仰るのよ。 『最後の決断』は、私が決めていいって。 だから、直ぐにどうこうって言うお話じゃないの。 ただ、お顔をあわせる機会を多くして、互いに相手を見るようにって」
「…………それで、良いのですか?」
「さぁ? 判らないわ。 でも、選択の余地は残しておくの。 何もかも拒絶するのは、道を閉ざすだけ。 より良い未来を掴みたいもの。 必要なら、そうするわ。 必要ないなら…… ね」
「……わたくしは…… ティカ様の様に割り切る事は出来ないかもしれません」
「そうね、それは、貴女が ” 薬師錬金術師リーナ ” だからね。 もし、あなたが、本来の貴女であったなら…… 貴族としての義務も背負う立場ならば…… きっと、わたくしの心の内も判ったかも知れませんね」
…………貴族の義務。 女性貴族としての在り方。 お家の為の駒。 貴族間の均衡の為の婚姻。 そうだね。 そんな事もあったね。 でも、私はもう、貴族でもなんでもない、ティカ様の仰るとおり ” 薬師錬金術師リーナ ” だもの。
私は……
私は……
―――― 自分のお慕いする人に嫁したいわ。
その…… マクシミリアン殿下とかは、有りえないけれど。 あの想いは、前世の記憶。 今は…… 違う。 違うもの。
” お慕い ” する人……
そんな殿方が、出来るのかどうかも判らないけど……
誰かに強要されるような事は、もう絶対に無いわ。 ええ、絶対に。
それだけは、絶対よ!!
口元を引き締め、前を見て歩を進める。 そんな私を、ティカ様は微笑して、見詰めていたわ。
なぜだか、ふと、そんな私の 脳裏に浮かび上がったのが、” ミノタウロスの様に大きく凶暴な獣の顔 ”
その一対の瞳には、とても、とても、悲しげな光が浮かぶ……
” 彼 ” の姿……
だった。
11
お気に入りに追加
6,834
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。