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断章 16
閑話 祈り
しおりを挟む聖堂教会の大聖堂 その上層階にある、「祈りの間」
新年祈願祭の準備が整い、病床にある神官長に成り代わり、その補佐役である、枢機卿達がその時を待っていた。 新年を迎えるに当り、大変重要な祈願祭。 ファンダリア王国に住まう、生きとし生ける者全ての祈りを集約せしめ、持って来るべき年に精霊様達の大いなるご加護を受ける為の儀式。
聖壇には、聖杯が載せられ、精霊様の顕現を願う。
年により、顕現せしむ精霊様は違う。 ”迎人”の精神が尊ければ尊いほど、高位の精霊様が光臨されるとされている。 枢機卿達の間にも緊張が漲っている。
去年までは、神官長であるパウレーロ=チスラス神官長が ”迎人” を、任じていた。 老齢であり、時折咳き込む彼が勧請できたのは風の精霊様。 聖堂一杯に、聖なる風が吹いた事を覚えいてる者も少なからず居る。
が、風の精霊様の階位はそこまで高くない。 以前は最高位である、光の精霊様がご光臨された事もあったが、今は…… よる年波に勝てず、力を失いつつある、神官長。 その認識で、聖堂教会の枢機卿達の認識は一致している。
今年は、神官長様の体調が思わしくなく、代わりに補佐役の枢機卿が”迎人”の栄誉を賜る事で、枢機卿達の意思は一致していた。
誰が神官長様の代わりに、その役目を任ずるのか。 失敗すれば、この先の ” 冷や飯喰い ” は、避けられない。 そこに一人の漢が手を上げた。 漢の名は……
―――― フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿
神官長補佐職にして、ガングータス国王陛下の側近とも言える立場に居る漢。 なにもせずとも、次代の神官長の座は間違いないと、そう云われていた漢。 殊更に、その威厳を損なうかもしれない、” 迎人 ” の任に手を上げる必要は無かった筈なのだが…… と、他の枢機卿はいぶかしむ。
「神官長様の体調が優れず、大切なお役目が果たせないのならば、わたくしがその任を全うするのは、必定なのでは御座いませんか? 各々方」
云われてみればその通りなのだが、神官長補佐の枢機卿はなにも、デギンズ枢機卿一人では無い。 しかし、己の立場を護りたい他の枢機卿からすれば、この物言いは、少々勘に触る。
「神官長補佐の任については、我らも同じ身。 少々、尊大な言に御座いますな、デギンズ枢機卿」
「ならば、貴方が ” 迎人 ” の任を全うされるか?」
にこやかに微笑む、デギンズ枢機卿の笑みに、蔑みの成分が含まれる。 ” その地位を護る為に汲々としている、お前などには、出来ぬ相談だな ” と、言う色が含まれる、言葉と視線。
ここで、” 何を! ” と、云えれば良いが、新年祈願祭と云う、あまりにも重要な祀りに、その言葉も喉の奥に消える。
「わたくしが、全うさせて頂きます。 精霊様を勧請し、もって、お国の為に。 ――― 今年は、創造主様のお言葉が聞けるやも…… 知れませぬからなッ!」
「なっ! クッ…… 何を、根拠に……」
「フフフッ、わたくしは、神のお言葉を頂かれた、尊きお方とも、ご親交、頂いておりましてな、その方からも次代の神官長にと、そう申されております。 その方のお力添えもあり、また、その方から、創造主様…… いや、『 神 』への言上もして頂けると。 ならば、光の精霊ならば顕現も容易い。 そう、容易いのです」
「そ、創造主様への、言上…… 誠ですかな? そのような話…… にわかには信じられませぬ」
「信じる信じないは、そちらの思惑。 ならば、見事、勧請して見せましょうぞッ!」
強く言い切る、デギンズ枢機卿。 彼には、光の精霊を勧請する為の方策があった。 なにも、本当に光の精霊を勧請するわけではない。 彼の云う、尊きお方から、とある魔法具を譲り受けていたからだった。 効果は、強力な光体を紡ぎだし、人型の影を投影するもの。
いわば、子供騙しの玩具の様なものだった。
街で大道芸を生業とする者などが、祭りの時に、天幕に物語を投影するようなもの。 しかし、ふんだんに使われた魔石と、そこに充填されている膨大な魔力によって、神々しいばかりの光を生むことが出来る。 その場にいる枢機卿達にしても、本物の『精霊様』の御光臨など、体験などした事は無い。
つまりは ” まやかし ” で、並み居る枢機卿を騙そうとするものであり、以って、枢機卿達に神官長を継ぐべき者として、認識させる事が、彼の思惑でもあった。
「さぁ、皆さん。 「迎人」に手を上げる方はいらっしゃるか?」
皆一様に黙り込む。 精霊様よりも高位の方との繋がりを持つと、そう云うのならば、精霊様のご光臨も又確実に実行される。 自分達では、その息吹すら感じられるかどうか…… ファンダリアにご加護を頂くための新年祈願祭に置いて、失敗は許されない。
「祈りの間」に、沈黙が広がる。 準備は終わっている。 神聖な空気が流れ出し、新年祈願祭の最後の段階に進んでいる。 後は、「迎人」が誓文を奏上し、精霊様のご光臨を希うばかりとなっていた。 諸々の ” 仕込み ” は、既に終わっていた。
「では、わたくしが、「迎人」となり、精霊様をお迎えいたしましょう!」
ニコリと、涼しげな笑みを浮かべた、デギンズ枢機卿がそう告げる。 なにか、釈然としない思いも抱いてはいた枢機卿達が、一人、又一人と、頷く。
そして…… 「迎人」は、デギンズ枢機卿に決まった。
^^^^^
聖堂教会、大聖堂。 大勢の人々が集い、新年への祈りを捧げていた。 その上層階の「祈りの間」に置いて、大晦日の今日。 新年祈願祭が執り行われる。
例年の事ながら、少しでも精霊様のご加護を賜りたいと、沢山の人が聖堂に詰めかけている。 聖堂騎士が、その人々を押しのけ、中央に揃う。
篝火と、聖堂を照らし出す灯火が煌き、幾百、幾千もの提魔法灯が揺らめく中、厳かな鐘の音が鳴り響く。 古き年を終え、新しき年の始まりの鐘の音だった。 聖堂の二階部分から、聖堂の聖楽器が、美しい調べを紡ぎだす。 聖堂教会、聖歌隊が賛美歌の合唱を始め、聖堂内に神聖な空気が流れ出した。
人々は、口々に信奉する精霊様の名を口に出し、祈りを捧げる。 膝を突き、頭を垂れ、一心に祈る。 聖堂中央の聖堂騎士は、抜刀した剣を逆手に持ち、柄を差し出すように天に向ける。
眩い光が、天井に灯った。
精霊様のご光臨が叶ったと…… 皆が口々にそう呟く。
” 今年は…… 光の精霊様がご光臨に成られた…… ”
” よき年を迎えることが出来るのか…… ”
” 戦いは嫌だ…… 平和が一番いい…… 精霊様…… どうかご加護を……」
眩い光を見た民は、思いも新たに願い乞う。 どうか、精霊様のご加護を…… と。 突然眩い光が、音も無く消える。 漆黒の闇が、光を覆い隠す。 それと同時に、煌く魔法灯火も、明るい篝火もその光を失う。 手に持つ提魔法灯が瞬き消えた。
漆黒の闇。
優しき闇。
聖楽器の音も、聖歌隊の賛美歌の合唱も途絶え、耳が痛くなるような静寂が、聖堂を押し包んだ。
誰一人として…… 物音も立てない。
誰一人として…… 口を開かない。
彼らの耳には、精霊様のお言葉があった。 聖堂教会に集った者達全てに、精霊様よりのお言葉あった。
” ファンダリアの子。 我は、闇の精霊 ノクターナル。 全ての精霊の名代として、今夜、顕現した。 皆の祈り、聞き届けた。 精霊達への祈りの道を開けしは、パウレーロ=チスラス。 彼の者に感謝せよ。 彼の者が、皆の祈りを精霊に届けた。 彼の者は人と精霊を繋ぐ、誠の神官なり ”
闇に抱かれた人々は皆、チスラス神官長の名を呼び、その大いなる御業に口々に感謝を捧げる。
ポツ ポツ ポツと、魔法灯火が煌きだし、篝火が光芒を放つ。
聖堂教会の聖堂に明かりが戻る。 神聖な空気が充満し、そこに精霊様が顕現された事を物語っていた。 祈りはやがて歓声に代わり、新年祈願祭の恩寵の徴を、爆発したかの様な喜びで叫びあった。
ファンダリアの民に…… 精霊ノクターナルの導きによって、全ての精霊様の御加護が齎されたと。
^^^^^
―――― 「祈りの間」では、デギンズ枢機卿が呆けた顔をしていた。
全ての準備を終え、並み居る枢機卿達を従え、誓文を奉じる為に「祈りの間」へ伺候し、聖壇の前に立った。 魔道具の発動準備も終えてあった。 いたるところに仕込んである、その魔道具は、彼の誓文が発動の鍵となっていた。
聖堂の塔に有る鐘が荘厳な音を響かせ鳴る。 古き年を終え、新しき年を迎える、鐘の音だった。 聖壇の前に立った、デギンズ枢機卿は、息を吸い込み、言葉を紡ぐ。 その顔には、自身の野望への道を確かに出来る、その喜びに満ちていた。
「精霊様の御前に伺候したる、フェルベルト=フォン=デギンズが奏上す。 我が神聖を以って、光の精霊の御光臨を賜る事を、望み願い奉らんッ!」
発動の鍵になる、その言葉を口にする。 とても、精霊様に対する奏上とは思えぬ、傲岸不遜な言葉に枢機卿達は、恐れおののく。 万が一でも、この言葉により、精霊様の御不興を買えば、ファンダリア王国への精霊様のご加護は無くなるかもしれないと、皆は心内で震える。
魔道具は、正確に発動する。 膨大な量の魔力を解き放ち、光をその場に放出する。 それは、まるで、光の精霊様の御光臨を思わせるように。 その光芒の中に、一つの影が浮かび上がる。 光で出来た、女性の姿をとった、人影。
「光の精霊様、ご光臨、誠に感謝申し上げる」
不適な笑みを浮かべつつ、その影に語りかける。 まるで何かを聞くようなそんな態度で、その影の前に立っている。 他の枢機卿には何を云っているのかわかりはしない。
演出である。 デギンズ枢機卿は、まるで自分しか話を聞けないかのように、演技していた。 他の枢機卿とは、神聖さに置いて、数段違うと認識させるための、” 芝居 ” でもあった。 殊更、大きな声で、その場にいる枢機卿達に、まるで ” 今 ” 聞いたかのように、下準備してある、” 言葉 ” を紡ぐ。
「皆、良く聴くがいい。 光の精霊様は、この国に、わたくしを通して恩寵を下賜されるといわれた。 わたくしの言葉は、精霊様のお言葉と、そう云われた。 この国の恩寵は聖堂教会が授けるッ!!」
一斉にどよめく、枢機卿達。 自身の聞こえない声で、そのような事を言われたのかと…… そう、納得した。 聖堂教会が精霊様の恩寵を民に与える…… なんと素晴らしい事か! 枢機卿達の顔に慶びと自尊の表情が浮かび上がる。 そして、それを体現せしむのが、デギンズ枢機卿。
次代…… いや、事実上現在の神官長といえる彼に…… 思わず膝を突きそうになったその時、低く重厚な声がした。
「何を抜かすか、この愚か者めッ!」
大股に「祈りの間」に入ってきたのは、現神官長、パウレーロ=チスラス神官長 随伴するのは、ヨハン=エクスワイヤー枢機卿。 さらに、ユーリ=カネスタント=デギンズ助祭の姿もあった。
「神聖な新年祈願祭に、このような茶番を成すとは、どう云うつもりだ? そこをどけ、新年祈願祭を始める。 おぬしにはその資格は無い」
冷たく言い放つチスラス神官長。 靴音も荒々しく、聖壇の前に進む。 その場にいるデギンズ枢機卿を押しのけると、光溢れるその場所に膝を突き、頭を垂れる。 両脇にエクスワイヤー枢機卿。 そして、デギンズ助祭…… ユーリ=カネスタント=デギンズが膝を突き頭を垂れた。
「我、パウレーロ=チスラス。 ファンダリアの民にして、祈りを届ける者。 脇侍にヨハン=エクスワイヤー 並びに、ユーリ=カネスタント=デギンズ を伴い、精霊様方へ 古き年に授かりし「恩寵」へ感謝を捧げ、新しき年に向け、加護と恩寵を頂ける事を付し願い奉らん。 矮小なる我が身を持ち、神聖なる精霊様へ、ファンダリアの者達の祈りを。 魂が遠き時の輪の接する所、時が意味を成さぬ場所なる命の故郷に届けられし、ファンダリアの者達の祈り。 その血族たる残されし者達の祈り。 なによりも、今をファンダリアの地に生きる、生きとし生ける者たちの祈りを……、今 届けん」
真摯な祈りの言葉。 あたりに溢れかえる、眩い光芒よりも、数段に眩い光がチスラス神官長の体から浮き上がり、高い天井に向かって放出される。 脇に居る二人の体からも、それぞれ、光が立ち上がり、チスラスの光に巻きつくように、高い天井にかけ上げる。
荘厳な鐘の音が響き渡った。 重い扉を開くような軋んだ音が、その場の枢機卿達の耳に届く。
” 祈り、願い、聞き届けたり。 奏上、貰い受ける。 全ての精霊に成り代わり、祈願を受けしは、「闇」の精霊、ノクターナルなり。 パウレーロ=チラチス。 汝が集め届けし、” 祈り ” 確かに受け取った ”
光は闇に飲み込まれ、そして、その闇は高い天井から徐々に振り降りて来る。 慌てているのは、枢機卿達。 彼らの耳にも、しかと「闇」の精霊様のお言葉は届いていたからだった。 その中で最も驚愕に満ちた顔をしているのは、デギンズ枢機卿であった。 目を走らせるのは、例の魔道具を仕込んだ場所。 その場所も、闇に覆われていく。
ギギリ…… メキッ バキッ……
音がした。 紛れも無く、破壊音。 一気に「祈りの間」が闇に包まれる。 声も立てられぬ、体も動かせない、そんな闇の中に、「祈りの間」が閉ざされていく。
耳元に優美で神聖な声がする。
” ファンダリアの子。 我は、闇の精霊 ノクターナル。 全ての精霊の名代として、今夜、顕現した。 皆の祈り、聞き届けた。 精霊達への祈りの道を開けしは、パウレーロ=チスラス。 彼の者に感謝せよ。 彼の者が、皆の祈りを精霊に届けた。 彼の者は人と精霊を繋ぐ、誠の神官なり ”
その声を、しかと耳にしたのは、この闇に抱かれた全ての者達。
その声は、デギンズ枢機卿の野望に鉄槌を下す声でもあった。
デギンズの耳元に、新たな声がする。
” 民と神官共を誑かし、精霊を偽装する者よ。 貴様には加護は与えられぬ。 人の子、そなたには神聖など無い。 創造主たる神は、人の声は届かぬ。 また、神の声も人には届かぬ。 神の声を聞くものは居らぬ。 もし聞こえたとすれば、それは神では無く…… 虚空の声。 この世を滅びに導く存在。 その者に祈りは届かぬ。 人の子、貴様は、虚空の手先。 この先、精霊の加護も恩寵もないと思え。 ”
冷たく、怜悧な声。 他の者には、暖かな闇。
しかし デギンズ枢機卿には底なしの冷たい墓穴のような……
―――― そんな闇の出来事であった。
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