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「薬師錬金術士」 の 「リーナ」
公女リリアンネ第三王女の在り方
しおりを挟む意を決したように、美しい眦を上げて、公女リリアンネ殿下は言葉を紡がれたの。
「わたくしは、そんな現マグノリア王国に忠誠など捧げることは出来ません。 随身の者達にも同じことが言えます。 ならば、どうするか…… この地で、出来るだけ多くの知己を得、わたくし達の力になって貰える人々と ” 友誼 ” を結び、もって正当なるマグノリア王国に立ち戻ることを成したいと…… そう思うのです。 そして、最初に ” 友誼 ” を結ぶべき、” 大切な人 ” は…… そう、貴女。 薬師リーナに他なりません」
「…………畏れ多い事です。 一介の庶民の薬師に、その様な重きお言葉を頂ける等……」
驚いた。 心底、驚いた…… 何を言い出すの? 『 友誼 』を結ぶ意味を、公女リリアンネ様はご存知なのかしら? 安易に、そんな言葉を出されるのは、” 思慮に欠けると思われる ” と、思われてしまうわ。 そっと、ウーノル殿下と、マクシミリアン殿下の表情を盗み見る。
でも、殿下たち平然とされていたわ。 えっ? いったい、どう云う事なの?
「……貴女が不安に思うのも、頷けます。 わたくしの我侭であることも十分に理解しております。 しかし、貴女が何人であろうと、その献身と慈しみは、本物です。 わたくしは、幼き頃より父上、兄様に薫陶を受けました。 本当に信を置くべきは、身分や階位ではなく、為人を持ってして判断せよ…… と。 少なからぬ人物を今まで見てまいりました。 ええ、それは、とても多くの人々を。 高位の貴族達、統一聖堂の聖職者、下位の貴族、裕福な商家の者達。 さらに、各家の夫人、令嬢も…… でも…… わたくしが信を置ける相手は…… 居なかったのです。 もう、信を与えられる者など、居ないかと、そう思っておりました」
「それなのに、で、御座いますか?」
そうよね。 王族や高位の貴族の女性が 「 友誼 」 を結ぶと云う意味は、それ程に重いものなのよ。 リリアンネ殿下の本当の御父様や、亡き御兄様が、その意味をしっかりとお教えされていた事は、想像に難くないわ。 貴族の関係性の中で、友誼と云うものは、口約束ではあるけれど、それはそれは真摯に護らねば成らない、信用の証でも有るんだもの。 生半可な間柄じゃ、結べはしないのよ。 ……それなのに、私と? 貴族でもない、一介の薬師と?
「貴女は…… 何の関係も無い、まして、仮想敵国といえるマグノリア王国の公女に、さらに言えば、ファンダリア王国に混乱をもたらす様な「命令」を、受けている私に、” 未来への可能性 ” を、与えてくれた。 身を縛られる苦悩に生きる希望さえ失いかけていたわたくしに、” 未来への可能性 ” を与えたのは、他ならぬ貴女ですのよ。 そして、何の対価も求めなかった。 成すべきを成したと…… これ程、信を置ける相手が他に居まして? ……リーナ。 ええ、敢えてそう呼びます。 リーナ。 貴女と出逢えたこと、精霊様に感謝しているのです」
なんとも云えなくなったわよ。 何を思ったのか、直立し胸に手を当てている私に近寄る公女リリアンネ様。 私の前に立つと、胸に当てている手を取り、その手に彼女の手を重ねたの。 えっ? コレって…… 友誼を求める時の作法なのよ? 本気なの?
「リーナ。 わたくしは、王族ではなく、人として貴女に告げたい。 わたくしと友誼を結んで欲しい。 強欲で、驕慢な思いであるとは知っている。 貴族の我侭といわれても、否定できない。 でも、わたくしは真摯に貴女に告げる。 どうか、友誼を。 貴女の事をもっと知りたい。 何を好み、何を嫌うかも。 何を成そうとしているのかも。 聞くに、貴女は貴族の者を良くは思っていない。 それでも、尚、わたくしは願うわ。 貴女と友誼を結ぶことを」
い…… いや、それは…… どうかと…… 思うわ。 一介の薬師に、他国の公女が友誼を求める? 本気なの? でも…… この手は…… 重ねられたこの手の意味は…… 王妃教育で習い覚えた事が事実ならば、彼女は本気よね。
リリアンネ殿下って…… こういう人だったの? 階級意識と、強い自負を持った、マグノリア王国の公女様じゃなかったの? ぜ…… 前世の彼女は、もっと、こう……
思いついたのは、現世と前世の違い。 この世界にはすでにエスカリーナは居ない。 そして何より、公女リリアンネ殿下の鎖は引き千切ったわ。 これが…… これが、彼女の為人と、いう事なの?
ひとしきり混乱して…… そして、落ち着く私。 彼女の碧緑の瞳。 その中にはとても強い光が浮かんでいる。 どうあっても放して貰えはしないわよね、私が頷くまで。
『 友誼 』かぁ……
高位の貴族の女性と友誼を結ぶという事の重大さは、嫌というほど理解している。 それを求める者が、とても多いことも知っている。 なにより、この結び付きを 「 是 」 とするならば、生涯をもってその友誼を護らねば成らないことも。
貴族女性にとって、とても、とても重大な決断とも言えるわ。
『信には信を』 かぁ…… 不安も多いし、この先どうなるかも判らないけれど…… 彼女の覚悟が本物である事は理解できた。 ファンダリアの民である私と友誼を結ぶ事によって、マグノリア王国の公女として、選択できる未来が、少々……狭くなるのは…… 理解されているのよね。
ならば……
仕方ないか……
判った。 そこまでの覚悟をされているのなら、私だってその信に応えなくちゃね。 王太子殿下もそれを望まれているのよね。 敵国では無く、未来の同盟国…… その為の布石として……
なにが、『 盾 』よ。 コレじゃぁ、『 楔 』 じゃない。 現マグノリア王国と、公女リリアンネ殿下を分断するための楔。 いよいよ持って、巻き込まれた感じがするわ。 もう、ガチガチに固められた…… そんな感じ。
ふぅ……と、息が漏れるの。 そうね、仕方ないわ。 高位貴族…… それも、他国の王族から求められた、友誼。 否定なんて、出来はしないもの。 ゆれる視線が定まったわ。 問題が起こればその時に考えればいい。
「公女リリアンネ殿下。 殿下のご希望をお受けいたします。 非才で矮小な我が身ですが、殿下の想いに応えられるよう、精進いたしますゆえ、何卒宜しくお願い申し上げます。
私の応えがリリアンネ殿下の耳に届いたと同時に、まるで、大輪のユリが花開くような、そんな笑顔が彼女の顔に浮かび上がったの。 美しくも可憐な彼女の顔に眩しい光が様な、そんな笑みだったわ。
「リーナ有難う! ファンダリア王国での暮らしに少し明かりが見えました。 この友誼、幾久しく護れるように、わたくしも、努力いたしますからねッ!」
重ねた手が、暖かいわ。 そんな私たちを、優しく見守るのは…… ウーノル王太子殿下。 そして、マクシミリアン殿下だった。 コレは、あなた方も望んだことなの? 私を……留め置く為に……なの? 穿ち過ぎなのかな?
政治的な事はわからない。
なにか起こっているのかも、わからない。
でも、彼女は言ったわ……
―――― わたくしは、王族ではなく、人として貴女に告げたい。 わたくしと友誼を結んで欲しい。
ってね。 だから、私も一人のファンダリアの民として、この友誼を結ぶことにしたの。 心の中で、そう付け加えたのよ。 だから、状況が変わったとしても…… 私の方から、この友誼を反故にするつもりは無いわ。
だって、それが、『 信義 』 ってものでしょ?
にこやかに微笑みながら、彼女の顔を見詰めるの。
貴女がそう望むなら、私はその信義に応えられるように、努力しましょう。 貴女の身に危険が迫らぬように。 私の力と能力のすべてを持ってして。
それが、私の 『 信義 』 の在り方なんだものね。
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