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「薬師錬金術士」 の 「リーナ」
受け入れ準備
しおりを挟む第十五号棟の整備に掛けたのは、わずかに八刻。
つまりは、朝から夕飯前迄で終わちゃったのよ……
だって、第十五号棟の中には『ガラクタ』しか入ってなかったんだもの。 倉庫だから、そうなんだけど、壊れた椅子とかテーブルとか、他には王宮薬師院で使っていたと思われる、調剤器具の壊れたのとか…… 面白い所では、小型の錬金釜が一揃いあったっけ。
薬草箱も沢山あったけれど、どれも、これも、壊れたり腐ったりしてたのよ。 中身は、やっぱり使い物に成らない、ゴミの様な薬草が入ってたり、あとは、ネズミさんの死体とか、ハトさんの残骸とか…… もうね。 何とも言えない位…… なんでも押し込んである倉庫だったのよ。
だったらね、やる事は一つ。
お得意の錬金魔方陣を展開して、このガラクタを素材にして、使えるモノに錬成するだけなのよね。 最初は、薬草箱。 倉庫の中のモノは自由に使って構わないって、そう云われていたもの。
まずは、この寒い倉庫を快適にする為の用意。 「床」よね。 だって、倉庫の床って、錬石敷き詰めてあるんだもの。 冬場の今、とても底冷えしてして寒いのよ。 こんな所に第四〇〇〇護衛隊の皆さんをお呼びする訳にはいかないわ。
『床材』にする為に、古ぼけて壊れた薬草箱群の三分の一を分解、そして、錬成したの。
厚手の床材は、ちゃんと【断熱】の魔方陣を内側に打ち込んであるから、敷き詰めるだけで、底冷えは無くなるのよね。 寒いと、やってられないし、そもそも、獣人族の中には、寒いと活動を停止して ” 冬眠 ” に入る種族さえいるんだものね。
壁もある程度までは、その床材を張り付けるつもり。 私の腰くらいまでね。 材料の用意が整って、敷き詰めようと思ってたら、ラムソンさんが手伝ってくれたの。 とても、嬉しいわ。 後はブラウニーとホワテルと私。
四人で頑張ったのよね。
直したら使えそうな、調剤器具と小型の錬金釜は第十三号棟に持って行って、そのほかのガラクタは、倉庫の半分に押し込めて、剥き出しになって広くなった錬石の床に、床材を張っていったの。 まぁ、早いわよ? だって、固定には【固着】術式を使っているもの。 適当に並べて、一気に魔力を流し、融和させ固着する。
あっという間に、床面半分が床材で覆われるのよ。
壁も、同じようにしてね。 私の腰ぐらいまで、張り上げるの。 いい感じよ? 寄せてあったガラクタを、張り上げた床の上に移動させて、今度は残りの半分ね。
床と壁を張り上げる時間よりも、ガラクタを異動させる時間の方が掛かってしまうくらいね。 水場は、第十三号棟と同じような小さなお部屋に有ったわ。 こちらも暫く使っていなかったのかとても汚れいるの。 気持ち悪いったら、無いわね。 【清浄】と【浄化】を使って、徹底的にお掃除したの。
まずは、飲み水として使える事が前提よね。
二十五人の獣人族の皆が、清潔に楽に生きて行けるようにするのは、私の役目。 だからね、色々と考えたのよ。
『衣食住』って言葉が有るでしょ?
彼等は、第四軍の参加している、義勇兵だから、その性質上、軍からはお給金は出ないの。 でもね、ファンダリア王国軍で有る事には、変わりは無いわ。 だから、『 軍 』は、軍服と装備を支給してくれている。
でもさぁ、個人的な私服とかもある訳だから、彼等の衣類は結構多く成る筈よね…… えっと…… 一人、衣装箪笥を一つづつ持ってもらうおうかな?
住むところは…… この第十五号棟に成る訳だけど、床の上に雑魚寝って訳にはいかないわよね…… 衛生的にも宜しくないモノ…… ベッドは、必需品よ。 衛生面で云えば、お風呂も…… 簡易お風呂の設置も検討ね…… おトイレも、どこかに設置しないと……
半分壊れたテーブルに、大きな紙を引いて設置場所の検討をしていたの。
ゴーン
お昼の鐘が鳴ったわ。 クレアさんがスフェラさんとお昼を持って来てくれたの。 有難いわ。 バケットサンドとスープ。 美味しく頂いたのよ。
「ねぇ、クレアさん。 ちょっと、コレを見て欲しいの」
「はい。 見取り図ですね」
「何か、問題は有るかしら?」
じっと、その紙を見つめて居るクレアさん。 背後からシルフィーも、覗き込んでいるのよ。 仮に配置してみたのだから、何らかの不具合もあると思うのよ。 だから、みんなの意見も聞きたかったのよ。 じっと、その配置図を見ているクレアさん。
ふと、思いついたように私に問いかけてきたのよ。
「あの、第四〇〇〇護衛隊の皆さん、お食事はどうされるのでしょうか? 食堂ですか?」
「えっ…… あっ! そうだった!!」
虚を突かれた気がしたの。 そうよ、王都ファンダルでは、獣人族は奴隷階級の人達しか居ないんだったッ! シルフィーにしても、ラムソンさんにしても、首の後ろに形骸化しているとはいえ、” 奴隷紋 ” をつけたままだったのよ。 そうしないと、はぐれ奴隷として、誰かに連れて行かれる可能性もあったから!!
第四〇〇〇護衛隊のみんなはそんなものとっくに剥がしてある。 だって、” 義勇兵 ” なのよ、奴隷じゃないし、自由意志でファンダリア軍に奉職しているんだもの、” 奴隷紋 ” なんて、つけて良いわけ無いもの。
でも、ココは王都ファンダル。 まだまだ、獣人族に対しての偏見は強い。 そんな彼らが庶民の職員が使う食堂とはいえ、正式に認可されている官吏の食堂で、食事を取る事なんか…… 多分、認めてもらえないわ。
―――― あぁぁぁぁ、迂闊だった。
「そ、そうね。 食事の準備をする場所も、必要ね…… でも、どこに…… 結構、一杯になっているし」
唸る私。 シルフィーが、なんだそんな事か、みたいな顔で言葉を紡ぐの。 まるで、最初からこの事を想定していたかのように、さりげなく、なんでもないように。
「倉庫中央に炉をお切りなされませ。 あいつらは、森人ですから、野営は得意中の得意です。 そうですね、ココとか、ココに、1メルテ程の炉があれば、それで事足ります。 後は…… そうですね、鍋釜、鉄製の肉串があれば、それでよう御座いましょう」
シレッ と、そう言うのよ。 でも、倉庫の中で焚き火は…… どうなのよ? 不審げな私の視線を受けてシルフィーは続けるの。
「森の中はそれこそ、色々と制約が御座います。 屋内で、それもこんな広い場所ですから、何も問題は御座いません。 焚き火といっても、炉ですから、暖房にも使えましょう。 後は、炉から各人の寝床までの距離をとるくらいでしょうか?」
「え、えっと、それでいいの?」
「獣人族は食事に関して、人族ほど重要視しておりませんわ。 暖かい食べ物があり、清潔な寝床があれば、それで、十分幸せを感じます。 なまじっか、豪華な食事では、彼らの感覚が狂うかも知れません。 エスコー=トリント練兵場においても、奴らの食事はほぼ自給自足。 なんら問題は御座いません。 ただ……」
「ただ?」
「食材を供してやらねばなりません。 王都では狩は難しゅう御座いますから、 市場にて購入し供するのが宜しいかろうと、愚考いたします」
「それは、勿論よ! 新鮮なお肉とお魚と野菜。 確保するわ。 王都だもの、対価さえ払えば、食材には困らないものねッ。 難しかったら、フルーリー様にお願いしてみるのも手よね」
「左様に御座いましょうね。 では、そのように」
獣人族さん達のご飯事情を考慮に入れて、配置のやり直し。 ほんと、聴いて良かったわ。 さもないと、ほんと後から困った事になるところだったもの。
ガラクタの中には、錬石もあるから、それを素材にして炉を作るの。 ” 一部 ” 床を剥がして、錬石を並べ、熱床を作り…… まぁ、使える炉にしたわ。 薪は使うけど、お料理にも、やろうと思えば、装備の補修なんかにも使えるはずね。
でも、” 炉 ” とはね。 流石は、シルフィー。 考えていることに卒が無いわ。 これには、クレアさんもびっくりね。 とは言うものの、安全距離を離さなきゃならないから、ベッドの配置には苦労させられたわ。
そこで、ラムソンさんがぼそりと言うの。
「なにも、べたべたと、床に置く必要は無い。 ベッドの上に棚を作ればいいだけだ。 個人の所有物はそこに置けば、ベッドが奴らの ” 家 ” になる。 ベッド下も利用できれば、十分だろうな」
「えっと…… ねぇ、シルフィー。 聞きたいのだけれど、獣人族さん達って種族間になにか問題があるってことはあるの?」
「えぇ…… まぁ、あるといえばありますね」
「たとえば?」
「兎人族は、耳とか目とかが特に優れています。 つまり、がさつな奴ら…… 音を出しても平気な者達と一緒に眠るのは、かなり難しい。 反対に、穴熊族の連中は、どんな音がしたところで、一旦眠ってしまえば、蹴飛ばしても起きません。 狐人族は、静寂を好みますし、森狼族は何かと騒がしいです。 森猫族は…… わたくしと、ラムソンを見れば大体予想はつくと思います。 まぁ、そうは言っても、今は義勇兵としてやっておりますので、そこまでは気にはしませんが……」
「あの人達のお家でしょ? 判った。 なら、こうする」
紙に書き出したのは、彼らのベッド配置図。 炉を中心として、一番奥に体の大きな穴熊族。 右側に兎人族と狐人族。 左側に森狼族と森猫族を配したの。 各それぞれのベッドは、五台を一纏めにして、その周囲を壁で囲む。 簡単な二階部分を作って、そこに大き目の箱を配置。 床面から梯子で上がる感じね。
各種族のベッドのある小部屋の間には、例の簡易お風呂を配置。 おトイレは、左右、三つづつ合計六個で、排水は、直接下水管に繋げたの。 これで、きれいに使えるわ。 第十三号棟とはかなり変わった感じになったけど、眠れる場所を用意するのも、私の役目だからね。
後は、色々と魔法灯火を用意して…… よしっと!!
錬金術の素材にした為に、放り込んであった『ガラクタ』は殆んど無くなって、まぁ、宿舎として使えるようにしたわ。 あとね、ちょっと大変だったけど、倉庫の奥のほうに、隣の第十三号棟に繋がる連絡道を新設したの。 これも、一応部隊として必要な処置だから、後で報告しておくけれどね。
残りは、” 私 ” 以外、誰にも出来ないこと。
そう、この第十五号棟をきちんと護れる魔方陣を設置することよね。 紡ぎだすのは、第十三号棟と同じもの。 そうやすやすと、突破できない術式を展開して、第十五号棟に打ち込んで行ったの。 特に、煙突周りね。 防火も念入りにしたわ。
夕飯前には、全部が整った。
第十五号棟には、私以下、第四〇〇〇特務隊の面々は入れるけれど、他の人は入れない。 そう、私の許可が無い限りはね。 そこが、第十三号棟とは違うところ。
さて、準備は整ったわ。
明日にでも、王城外苑の 「四紅錬石」 に出向いて、受け入れ準備の完了を伝えないとね。 早く、会いたいわ、あの人達に。
綺麗になった、第十五号棟の扉をそっと閉じるの。
魔法灯火も落としたし、炉に火は入っていない。
がっちりと、防御も固めた。
これで、護衛隊の皆さんが、安心して暮らしていける場所を作り上げることが出来たと思う。
後は…… 待つだけね。
皆が、笑顔になってくれることを期待しているわ。
私達が出ると、後ろで扉がパタリと音を立てて…………
―――― 閉まったのよ。
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