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断章 14
閑話 ウーノル王太子殿下 と テイナイト子爵 (2)
しおりを挟む晴れやかに笑うと、そんな猜疑の感情を浮かべるアンソニーに対し、ウーノルは、鷹揚に応える。 機嫌よく、心底、嬉し気に……
「それは、わからない。 が、市井に置いて、聖堂教会の者達に取り込まれる可能性を鑑みるに、牽制にはなる筈。 煩さ方の宰相府も、これには同意した。 国務寮もな。」
「ニトルベイン大公閣下もまた同意されたので…… 御座いますか?」
アンソニーの疑念は膨らむ。 ニトルベイン大公といえば、国務を司り変化を嫌うと聞いている。 王宮では、陰ながら ” 狸 ” とまで、云われている御仁であった。 そのニトルベイン大公が気にする人物は、国政に影響を及ぼす様な重要な人物ばかりなのも、周知の事実。
王城の暗闘の主……
衆目の一致する意見であった。 そんなニトルベイン大公が、彼女を王城に入城させる事、そして、王太子府に伺候する事を容認したとなれば…… 相応の者で有ると、そう認識している事に他ならない。 すでに、薬師リーナの功績は、そこまで評価されているのかと、理解したアンソニーだった。
「それに彼女はティカと仲が良い。 あのニトルベインの御息女とな。 それも有るのであろうな。 …………王宮に招くのは、別の側面もある」
「……公女リリアンネ殿下の護衛…… に御座いますか?」
含みを持たせるウーノル言葉に、反応を示したアンソニー。 周囲には「頭まで筋肉製」とまで言われる鍛練の虫ではあったアンソニーではあったが、テイナイト公爵家の男児にしては、頭の回転は速い。 即座に、ウーノルの意図する事を読み取った。
主たるマクシミリアンからも、公女リリアンネが、薬師リーナに並々ならぬ関心を寄せていたと、そう聞いている。 そんな公女リリアンネは、現在、母国の侍女も失い、ファンダリア王国に置いて、心休まる時が無いと云う状態でもある。
” きっと、その事について報告を受けたウーノル殿下が画策したのであろうな ”
と、アンソニーは憶測した。 ウーノルの耳は長く、良く聞こえる。 最善と思わる行動を、拙速を持って成すのは、獅子王陛下の再来と言わしめる事。 少し、眼を細めたアンソニーは、ウーノルの言葉を待つ。
「あぁ、マクシミリアンからも聞いておるかもしれぬが、リリアンネ殿下は「薬師」リーナに心を開かれたような節があるな。 疾走する馬車の中で、マックスにしきりと「薬師」リーナについて尋ねたと聞くな。 そうであろう、マックス?」
マクシミリアンにそう語り掛けるウーノル。 その眼は笑っては居らず、しっかりと見据えている。 報告は細大漏らさずしているマクシミリアンにしても、その視線の強さは畏れしかない。 公女リリアンネの心の中は誰にもまだ読み解けていない。
なにを持って、「薬師」リーナに興味を持ったのか…… 直接、相対していたマクシミリアンのみが、その感触を得ている。 静かに口を開くマクシミリアン。
「はい、王太子殿下。 左様に御座います。 ……頸木を解いた、『薬師リーナ』という女性について、しきりとお尋ねになりました。 とても興味深く、為人もまた、お尋ねになっておいでに成りました」
一旦、口を閉じ、二人を見詰めるマクシミリアン。 その視線は、真実のみを伝えると云わんばかり。 自身が得た感触から、公女リリアンネは「薬師」リーナに対し、何かしらの好意を抱いていると、そう判断している。 さらに続ける。
「公女の随伴の方々も、その事については、容認されておられます。 「薬師」リーナにならば、姫様の側について貰うのが最良との判断もされた模様に御座います。 あちら側からの干渉も、あの者ならば、油断なく警戒し遮断するか、反対に利用するか…… そして、我が国の、聖堂教会の者達とも平気でモノを云い、公女リリアンネ様の安寧を護る事が可能と、判断されているご様子。 そんな者は、彼等の知る限り、そうは居りません。 わたくしも、薬師リーナ殿が公女リリアンネ様のお側に付かれるのは、宜しいかと存じ上げます」
「と、云う事だ」
「嫌がる事でしょう。 市井において、民草の安寧を見守りたい、この世界にいける者達、全ての安寧を望み慈しむ者には……」
ふと、アンソニーが思い出したのは、あの襲撃の有った広場で交わした言葉。 薬師リーナの言葉―――
” ………… 大森林ジュノーは失われ、森の民ジュバリアンは、その居住地域を著しく失いました…… さらに、人族が狩り、奴隷として使役する…… 耐えられません。 その様な事は! コレは、わたくし達、 『 人族 』の罪です。 贖罪にもなりませんが、わたくしは、彼等を 『 朋 』と、そう呼びたい。 故に、彼等の苦しみは、すなわち、わたくしの苦しみでもあるのです ”
アンソニーは思う。 市井に生き、辺境を愛する「薬師」リーナを、王城に入れる事に意味が有るのかと。 彼女の望みと、誓った誓約を成すには、王城になど入るべきではないと、そう思っても居た。 そんな彼をじっと見つめ、ウーノルが言葉を発する。 重い意味を持つ言葉でもあった。
「アンソニー。 お前の役割は、これから更に大きくなる。 お前はマクシミリアンの側に立つと、そう誓ったな。 ならば、今後の対マグノリア関係におけるマックスの重要性、そして、行く末の選択肢もな。 この言葉の意味は、十分に理解しているか」
逡巡する事なくアンソニーは言葉を紡ぎ、ウーノルの問いに当然と、そして、矜持高く応える。
「はい、王太子殿下。 わたくしは、『王家』ファンダリアーナの家名では無く、マクシミリアン殿下に忠誠を誓いました。 マクシミリアン殿下がどのような立場に成られようと、わたくしは、一心に殿下を御守する、『盾』であり『剣』となりましょう。 すでに誓いは成りました。 騎士の誓いは、我が家名に置いて、なによりも重要で神聖なものに御座います。 違える事は、ありません」
珍しく笑みを浮かべたウーノルは、アンソニーの言葉に満足し方の様に頷く。 ” それでいい…… ” そう、云うかの様な視線をアンソニーに投げた後、彼は言葉を紡ぐ。
「細く長い鎖では、薬師リーナを御すことは出来ないのでな。 非常識な魔力量。 王宮魔導院の魔術師を唸らせる魔法の数々。 魔法の師は、街道の賢女…… 薬師としての能力は云うにおよばず。 その上、符呪師としても、あの、エランダル準男爵家の者に師事していたと報告に有る。 その才を、我らの手の内に入れる事は、ファンダリア王国としては必然。 …………そして、何よりも、成したあまりにも大きな功績が、彼女を縛る事に繋がったのだ」
心苦しいが、仕方ないと云う様な口振りで、言葉を続ける。
「思うに………… 公女リリアンネだけでは無く、王太子府に出入りする女性の護衛も頼みたいのだ」
王城内で、女性を護衛するのは難しい。 護衛官は男性の近衛騎士となる場合も多い。 しかし、女性だけが許されるようなサロンもまた、多く存在する。 現に王太子妃候補筆頭のドワイアル大公息女が王妃教育で向かう先は、国王陛下以外の男性が足を踏み入れられない、後宮で行われる。
後宮にも、後宮女官や、武官も存在するが、ウーノルの息が掛かった者は少ない。
その事も、ウーノルが不安を覚えている原因でもあった。 少なくとも、ウーノルはドワイアル大公令嬢、アンネテーナを手放すつもりは微塵も見えない。 王妃教育を真摯に実直に精励しているアンネテーナを、好ましく思っているのは、誰もが肯定する事実でもあった。
ウーノルの言葉の裏に、アンネテーナの顔を思い浮かぶアンソニー。 素直に尋ねてしまう。
「アンネテーナ様に御座いますか?」
「あぁ、この所、調子が悪い。 御典薬師 エルネスト=ベックマン上級伯爵の見立てでは、単に疲れとしか言わんが、なにかおかしいのだ。 一度、診てもらう」
「御意に…… 王太子妃…… いずれは国母となる御方ですから、重要な事かと」
「あぁ、まさしくな。 それに、アンネテーナも少々頑固でな。 王妃教育を真面目に研鑽しているが、少々度が過ぎると、教育官も申している。 少し、息を抜かせたい」
「思召し、宜しいかと」
ウーノルの心遣いが、薬師リーナの自由を縛る鎖に成る。 その事は少々、困惑もする。 アンソニーは薬師リーナの想い、願いを知っていた故の困惑でもあった。 しかし、ファンダリアの未来の為には…… ” 致し方なし ” と、困惑を押し込める。
「「薬師」リーナが事、お前にも見ておいて貰いたいと思ってな。 伝え置くぞ。 …………アンソニー。 マックスの事は頼む。 我が国だけでは無く、公女リリアンネ殿の生国の未来の為にも、アンソニー、お前の献身に期待する」
「御意に。 お任せあれ」
座礼を持ち、深々と頭を下げるアンソニー。 悠然とその姿を見詰め、王国の未来に想いを馳せるウーノル。 今後の動きを考えつつも、公女とのかかわり方を模索せねばと、考えるマクシミリアン。 アンソニーが頭を上げ、絡み合う三人の視線。 そして―――
三人は、笑みを交わした。
その笑みには、ファンダリアの未来と同じくらいの重さで……
マグノリア王国の未来への光も……
未来を覆い尽くす暗闇に一つの輝点が生まれた……
そんな、瞬間でもあった。
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