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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (2)
禁忌の魔法の代償
しおりを挟む言祝ぎ、理由を言上し、許しを乞う。
おばば様から、魔法の基本をご教授して頂いた時、この方法もお教え頂けた。 間違った方法や、独りよがりの理由で、禁忌の魔法を使えば、「闇」の精霊 ノクターナル様の逆鱗に触れる。 理由を明確にし、精霊様の御心に沿うならば、逆鱗に触れる事も無く…… 最大効率で、術式は完成する。
そう、ご教授頂いた。
” 兎に角、使わない事だよ…… 禁忌と呼ばれる魔法には、何かと制約が多いのさ。 下手すりゃ、魂ごと持っていかれちまうからね。 リーナや、気を付けるんだ。 魔法は万能じゃない。 理すら、捻じ曲げちまうからね だから、禁止するよ、この「禁忌の魔法」を使う事をね、いいかい ”
おばば様の声が、耳元で再生されるわ。 そうね…… 本当にそう思うもの。 だけど、今回は 『 特別 』 よ。 森の再生と…… この地に住まうであろう、獣人族の人々の安寧が掛かっているんだもの!
「禁忌の魔法を行使するは、エスカリーナ! その責は、我にあり。 よって、罰あらば、我エスカリーナが受ける! 起動魔方陣、準備完了! 禁忌魔法【時間進行】準備…… 励起確認…… 発動!!」
赤黒い私の魔力が、空間に固定されていた、【時間進行】の魔方陣に注ぎ込まれ、魔法は起動したの……
起動した魔法は、膨張を始め、大きく、大きく…… この地を覆い尽くす。 かなりの魔力を持って行かれるけれど、先程、【贈与】して貰っていたから…… まだまだ大丈夫。
魔方陣が…… 原野一杯に広がったのを感知する。
「……時間進行、開始」
右手から、バハムート王の魂が流れ込んで来るの。 粘っこい蜂蜜みたいな、とても強く……慈悲深い魂が……ね。 そして、体内形成されていた、変換魔方陣を通過すると……
左手から迸る様に、対価たる生命力が奔流となって流れ出て行ったの……
赤黒い私の魔力で紡ぎ出され、発動している魔方陣に、生命力が一気に流れ出したわ。 魔方陣の端まで走る金色の生命力。 一杯に広がる、その光景は…… 夜空を覆い尽くし、真昼よりも明るい光に満ちた光景……
草が伸び、枯れ、また伸び…… 目まぐるしく、その様相を変える。 その草の間から、一気に成長を始める樹々……
ニョキ
ニョキ
ニョキ
と、伸び始めるのは、見知った樹々の苗木…… それも一瞬だったの。 あっという間に私の背丈を越え…… そして、ズンズンと成長していく。 幹はミシミシと音を立て太くなり…… 梢は、天を目指して高く高く、伸びあがって行くの……
右手が引っ張られる。 私を包み込む様に、何かが取り巻いて、少しづつ上昇を始めるの……
理由? 最初は判らなかった。 でも直ぐに気が付いた。 スープ皿の中央に居た私達。 周囲の壁のようになっている場所のあちらこちらに、滝が出来ていたの…… その水量たるや……
気が付かない内に、足元に水が迫っていた。 何処にも逃げ場が無い。 でも…… バハムート王の魂が、私を引き上げてくれているの。 水面に足裏が付くかつかないかの位置でね…… 思わず、【水上歩行】の魔法を紡ぎ出していたわ。
雰囲気でね…… なにやら、ニコリとされたみたいな感じがしたの。
水が滔々と流れ込んだ、この盆地の水位はどんどんとせり上がる。 湖底から成長した大きな樹の梢だけが水面上に少しだけ見える…… やがて、それも、水面下に沈み込んだの。 湖水の水面は滝の上端迄せり上がり……
完全に満たされたわ……
湖面が銀板のように漣一つ立てず…… まるで鏡のよう……
あんなに大きかった、金色の珠も…… 小さくなり、大人の人くらいになった…… 珠の形が歪になり…… 徐々に人型となってきている。 これが…… 本来のバハムート王の魂なのね。 盛り上がった筋肉質の巨躯。 穴熊族独特の姿……
湖面の周囲に有る森は…… もう既に立派な森に成長したの……
「バハムート王。 十分では?」
” 懐かしの湖水と森…… まさに、在りし日のブルシャトの森…… 感謝するぞ、人の子…… 魔術師、であり、王女であるエスカリーナ。 あぁ、もう一度、この目で見る事が出来るとは…… 精霊よ、感謝申し上げる! ”
金色に輝く、巨躯を誇る穴熊族の王 バハムート様。 右手を王様から放すの。 これで、もう、王様から魂を奪う事は無いわ……
「「闇」の精霊ノクターナル様…… 感謝申し上げます。 此処に、ブルシャトの森は再生致しました。 術式を昇華致します。 術の行使を認めて頂き、感謝いたします。 感謝の祈りを持ちて、術式を昇華致します」
術式を解き、分解式を発動させるの。
ブルシャトの森全域に広がった、【時間進行】の魔方陣が、ポロポロと崩れ…… 光の粒に成って、昇華していく…… それは、とても幻想的で、美しい光景だったの。
バハムート王の傍らの水面に立つ私。 満足気なバハムート王。
光の粒が昇華していく天空…… 風がそよぐの…… ふわりと、頬を撫でられたような気がした。 不意に、上空から眩い光が出現する。
バハムート王が、その光を見詰め、私に言葉を紡いだの……
” 時に、エスカリーナ。 そなたの左手に居られるのは、我らが聖域の御方か? いや、応えずともよい。 その気配は濃厚で在った。 望めるのならば…… 北の大地に、聖域たる、『聖なる森』の復活を祈らん。 おぉぉ、迎えが来たようだ。 あの気配は…… 我が娘…… 長き間、別々に縛られ…… 顔を見る事すら叶わなかった…… 人の子、エスカリーナ。 感謝する。 ……もう、逝かねばならんようだ ”
「はい、バハムート王。 わたくしの出来る精一杯で、送らせて頂きます…… 魂が帰りし場所、遠き時の接する場所。 願わくば、『闇の精霊』ノクターナル様に、彼等の魂を導いきその場所へ送り届けて下さる事…… ノクターナル様のご加護と、魂の安寧を、伏し願い奉ります」
バハムート王は、満足気に頷かれ、天空に舞い上がられる。 眩く光り輝く二つの輝点…… そっかぁ…… 逢えたんだね。 王女様が迎えに来てくれたんだ…… いいなぁ…… ホントに…… いいなぁ…… 天高く舞い上がる輝点…… どんどんと高く高く昇って行くの…… やがて、その輝点は星々の間に紛れ……
見えなくなったの。
輪廻の輪の中に入られたのかな。 どうぞ、どうぞ、安寧にお過ごしください。 囚われ、削られ、苛まれた長き年月…… その矜持を忘れずにおられた、その崇高な魂は…… 天井におわす神様にも、さぞや愛でられる事に御座いましょうね。
穴熊族の王の魂に幸あれかし。
「リーナ様ぁ~~ リーナ様ぁ~~ 何処におわします~~~!!!」
遠く、湖の縁から、私を呼ぶ声がする。 泣き声に聞こえるような、そんな悲哀に満ちた声…… その声の主は……
――― シルフィー。
そうね…… 私の侍女だもの…… 来てくれるわよね。
私にも…… 迎えてくれる人が居たんだ……
そっか…… 居たんだよね。
意識を向け、そちらに滑る様に、歩き出すの。 【水上歩行】ならでは動きでね。 いくつもの波紋が、鏡の様な湖面に幾重にの輪を作り出していくの。
私の姿を認めたのか、シルフィーが、此方に来ようとして、ラムソンさんに羽交い絞めにされていた。
微かに聞こえる、ラムソンさんの怒声。
” 足元を見ろ! 深い湖だ! 落ちたら、這い上がれんぞ!! ”
成程、そうね…… この湖の水深は、周辺の森の巨木より深いんだものね、底は遥か彼方……
足早に、彼女達の元に向かう。
途中から、走っていたのかもしれない。
大きく手を開いて、私を迎え入れようとしているシルフィー。
シルフィーを後ろから彼女の腰を掴んで、支えているラムソンさん。
泣きそうな顔で…… 喜びに震えている顔……
私は、その広げられた両手の中に飛び込んだの……
「 ただいま!! やっと、帰ってこれたよ!! シルフィー!!! 」
「リーナ様!! リーナ様ぁぁ!!!」
その途端…… こみ上げる吐き気と、頭痛……
此処でか…… 罰則が発動したんだ……
禁忌の魔法を行使した、罰則が……
私を掴んだのよ……
最悪な事に…… 魔力枯渇って形でね…… バハムート王から頂いた、あの大いなる御方の魔力を変換して、何とか保っていた私の魔力…… 王の魂が輪廻の輪に入ったと同時に…… 王由来の魔力が霧散したのよ…… 私の本来の魔力はすでに僅少にまで、減少していたって事。
【水上歩行】で走ったりしたもんだから、完全消耗による、魔力枯渇。 症状は…… 吐き気と、頭痛と、意識の喪失。 生命力の低下。 此処まで枯渇しちゃったら、生体として…… 生き残れるかは…… 五分なのよね。
そんな、恐ろしい症状が、私を包み込んだの。
きっと、このタイミングでの罰則の発動は、「闇」精霊様の、お慈悲。 湖の中央で、この状態になったら、成すすべもなく、湖の底に沈んでいたわ……
暖かな、シルフィーの胸の中で、私は…… 力を使い果たした、私は……
意識を手放したのよ。
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