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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (2)
穢れし森の中で、鎖に囚われて……
しおりを挟む” リーナ! リーナ!! 何処だ! 何処に居る?! ”
ワンワンと耳鳴りがしている。 でも、その中に私を呼ぶ声。 微かに聞こえるソレが、私の意識を覚醒させる。
帰らなくちゃ……
ゆるゆると視界が戻る。 ちょっとした岩の裂け目に落ちていたの。 あぁ、だから、シルフィーから見えないのか。 体をあちこち動かしてみる。 うん、大丈夫。 骨折は無いわ。 打身とか捻挫とかが酷いけど。
痛む身体を引き起こして、岩の間から抜け出すの。 かなり飛ばされちゃったわ。 身体……軽いものね。 見た感じは荒野の周りをぐるりと取り囲む森にしか見えないのよ、此処。 差し渡し二〇リーグもあるから、反対側は見えないけれど、さっき放り出された森の端は見える。
でも…… ここ…… 凄く気持ち悪い。
魔力回復回路が回っているのは判るけれど、全くと言っていい程、魔力の回復が感じられない。 なんでだろ? 空間魔力量はかなりのモノなんだけれど……
よろよろと、立ち上がる。 その姿を認めたのか、シルフィーがこちらを向いて、素早く駆け込もうとしているのが見えた。 あぁ、ラムソンさんも一緒ね。
ちょっと、しんどかったから、良かった。 プーイさん達を抱えて帰らなくちゃね。 先行して、だれか呼んできてもらうのも、有りかも…… 深く眠りにつかしちゃったから…… きっと重いわよ。
手を振り、自分の位置を知らせるの。 判りやすいようにね。
幸い、【体力強化】の二重掛けは外れて無かった。 体に密着する種類の魔法だから…… 剥がれ落ちなかったって事なんだろうね。 【浮揚】は剥がれ落ちていた。 【防御結界】は…… まぁ、コレが有ったから、打身とか捻挫で済んだって事よね。 はぁ…… かなり痛んではいたけれど、大丈夫みたい。
展開し直した【気配察知】は何も見えない。 ピリピリと耳の後ろが痛い。 これは、ダメだ。 見えない。 完全に攪乱させているわ。 近寄ってくるシルフィーの輝点すら見えないんだもの。 諦めて、昇華させる。 あぁ…… シルフィー達がとても心強く見える。
帰れるんだよ…… もう少しで…… ちょっと、足元覚束ないけどね。 かなり強く叩きつけられたんだもの、仕方ないよ。
もう一度、大きく手を振るの。 満面の笑みが零れ落ちるのが判る。 午後遅い秋の空は何処までも、何処までも、蒼く澄み渡って、柔らかな陽光が私達を包む。 こんな場所で無かったら、本当にいいピクニック日和なの。
「……リーナ!! リーナ! リーーナーーー!!! 後ろだ!!!!」
えっ、なっ、なに?!
ジャラ、
ジャラ、
ジャラ、
ジャラ
振り向くと、そこに黒い鎖が、音を立てて這い寄ってきていた。 あ、足を動かさなきゃ。 痛ッ! 足首捻ってたんだ。 でも、離れなきゃ。 アレは…… アレは…… そう……
―――― 『 魂 』を縛る鎖!!
シルフィーが、すっ飛んでくる。 その後をラムソンが、跳び、駆け寄って来る。 私も、なんとか…… 何とかそちらの方に向かおうと、足を動かすの。
背後から迫る気配が、やっと感じられた。 私が【浮揚】の魔方陣を紡ぎ出すと同時に、よりはっきりと私を狙い、迫ってくる。 ジャラジャラと鳴りながら、何かを探す様に動いていた黒い鎖が、一斉に鎌首をもたげる様に先端を持ち上げ、私の方に向く……
海蛇に睨まれたみたいよ! ホントにもう!!
私と黒い鎖の前に、シルフィーが身体を滑り込ませ、両手にククリナイフを持ち、防御姿勢。 一気に跳んでくる黒い鎖の横殴りの一閃を、その身に受け弾き飛ばされる。 その間も、私は森の端へ向かって走る。
でも、もう、さっきまでの速度は出ない。
今度はラムソンさん。 大型の両手剣の渾身の一撃をその鎖の鎌首に打ち付け、撃退し、時間を稼ごうとしてくれた。
黒い鎖は、大きく横に振ると、一瞬ラムソンさんに意識を向け、そして、何でもない様に、まるで、羽虫を払うように横に払う。 ラムソンさんも、大型の両手剣で防御するけど、そのまま払いのけられていた。
シルフィー同様、またしても、一撃で遠くに払われた……
でも、もうちょっと…… もうちょっとで、森の端に到達する。 でも速度は…… 速度は出ない。 一生懸命に走るんだけどねッ! ダメだ、追い付かれた。 とっさに【重防御】の魔法を練り出すの。 ガシンガシンと大きな音で、黒い鎖が当たる……
ん? ――― なにか、おかしい。
――― なんで、私一人にしか、鎖の意識が向いていないの? ―――
打ち払われた、シルフィーの所にも、ラムソンさんの所にも、黒い鎖は向かっていない。 えっ? なんで? 王都の『ミルラス防壁』のあの処刑場では、『魂の捕縛』は見境なしに 『 魂 』 を、縛ってくるって云うのに?
なんで?
よく考えれば、この黒い鎖…… 魔法の術式が具現化しているモノだよね。 うん、覚えがある。 と云う事は…… 何か、縛る 『 魂 』 に関して、指向性の様なモノがあるかも…… 狙いは、私一人な事も、それで説明が付く。 そして…… 物理的には強いこの鎖だけど、魔法防御でちゃんと防御できる。
シルフィーとラムソンさんは、魔法で障壁を立てる事は出来るけれど、そんなに得意じゃない。 それに、狙われても居ない…… 残念ならが、狙われているであろう、私は…… 私の足では、この場から離脱する事は出来ない。
それに、眠っている穴熊族のプーイさん達がこの鎖の…… いいえ、この気持ちの悪い魔力にあてられているとすると…… 出来るだけ早く、その影響下から遠ざけなければならない。 そう、眠りから覚める前に……
――――― つまり、最善の方法は ―――――
「シルフィー! ラムソン! 第四四〇特務隊指揮官として命じます! プーイ以下、穴熊族五名、出来るだけ早く、この「穢れし森」近傍より遠ざけて下さい! 最低でも馬車の居る広場迄は!! コレは命令です!!」
「嫌です! この場にリーナ様を置いて行く事など、出来ません!!」
「私は、薬師錬金術士!! 符呪師でもあります! この鎖の解体を試行します!! この鎖は術式にて編まれたモノ! ならば、私の領域です!! あなた達では無理です。 万が一……、万が一の事態に備え、穴熊族の退避を!! 指揮官として、貴方たちの輩として、命じ、お願いします!! …………後で落ち合いましょう!! ええ、必ず! 必ず帰ります!!!」
「リーナ!! 無茶だ! 行くな!! 今、助けに行く!」
「ラムソンさん、ありがとう…… でも、ちょっと…… 遅かったみたい……」
球形に私を包み込む様に立てた【重防御】魔方陣。
バリバリ削られるけれど…… それでも耐久している。 黒い鎖はその球形の【重防御】を蛇の様に取り巻いて、引っ張るのよ。 あっという間に、ラムソンさんと、シルフィーから、距離が離れる。 グイグイと引っ張って行かれる。
きっと……
目的地は……
この鎖の発生源……
そこに行く前に、何としても……
魔術式を破壊して、この鎖の頸木から脱出しないと……
私の魂は、取り込まれる……
時間との勝負になったの。
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