その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
310 / 714
公女リリアンネ様 と 穢れた森 (2)

穴熊族の救出

しおりを挟む






 森の中を『咆哮』を頼りに、


 走る。


   走る。 


     走る。




【身体強化】魔法は二重掛け。 その上、身体の前面に【防御結界】を張ってね。 足元は【浮揚】の魔法。 ちょっとした石とか、木の根なんかは無視できるもの。 それで、全速力で走るの。


 もう、全速よ。


 あのラムソンさんを引き離し、シルフィーもやっと追い付けるくらいの速度。 でね、【気配察知】を展開して、兎人族のエンゼオさんを探し出すの。 ほら、緑の輝点が六つあるから、そのうちの一つなのよ。 だから、そっちに向かって、全速。

 なんでこんなに急いでいるかと云うと、それは、「穢れし森」の気配が【気配察知】で真っ黒になってるんだもの。 普通の魔力じゃない。 だから、【気配察知】には、何も映らない。 虚無の様に真っ黒。 

 そこに輝点が到達する前になんとか…… なんとか、捕まえなくちゃ。 じゃないと、何が起こるか判らないもの!


 走って跳んで、そして、また走る。 


 木の根も、石も、枝も、何もかも無視。 【防御結界】がいい仕事してくれる。 パシパシ、バンバン 音がしているけれども、それも無視。 かなり走って、やっとの事で、兎人族のエンゼオさんの後姿が見えたの。




「エンゼオさん! プーイさん達は!」

「ええぇぇぇ!? なんで、リーナ様がここに居るんですかッ!」

「そんな事は後回し! 状況を知らせて!」

「あっ! はいッ! 穴熊族の連中、半覚醒状態で、現状とんでもなく暴れています。 聴く耳持ちません。 森狼族の四人が必死で止めようとしたけど…… 横殴り一閃で沈めちゃったんです! この先半リーグくらいに、います。 ほら、あそこ!!」




 細めの立ち木が、なぎ倒されているの。 バリバリバリって、大きな音を立てて、倒れて行く樹の気配。 そして、プーイさん達が通った跡には、道みたいになってるのよ。 追跡…… 楽かな?




「エンゼオさんに命じます。 あの馬車が止まっている開けた広場に戻って下さい。 プーイさん達は私が何とかします!」

「えぇぇぇ、それは…… 無理ですよ。 あんなに猛っている穴熊族、どうするんですか! 体力切れ待ちましょうよ!!」

「安全に彼女達を確保するならその方法が一番なんだけどねッ! それじゃぁ、間に合わない。 もうすぐ、「穢れし森」の領域に入ってしまうものッ! そうなったら、助けられないかもしれない!」




 走りながら、そう言葉を交わすの。 息が上がって、ハァハァ云いながらね。 樹々は私達の前を塞ぐように有るし、ほんとに面倒よ。 疾走するなら、プーイさん達の破壊の跡を辿ればいいんだけど、それがねぇ……


 無茶苦茶に迷走しているのよッ!! 


 樹々をなぎ倒すもんだから、根っこが起き上がって、森の地面がボコボコになってるの。 【浮揚】使えなかったら、難儀していた筈。




「いいから、戻って! 何とかするからッ!!」

「いいんですか? 本当に? 嫌だなぁ…… リーナ様残して帰るなんて、仲間になんて云えばいいんすか!」

「あっちにも、そう言っているの! お願い、これ以上の被害は出したくないの!! 貴方は大事な衛生兵なんだよ? みんなの健康の鍵なのよ? だから、貴方には怪我なんかして欲しく無いものッ!!」

「えっと…… それって…… 頼りにされているって事で?」

「勿論じゃない!! 第四四〇〇護衛隊の人は、みんな頼りにしているんだもの!! 誰が欠けたって、いけないんだもの!! みんな……、みんな……、私の 『 朋友 』なのよッ!!」

「………………わかりました。 でも、リーナ様ッ! 必ず、必ず帰ってきてくださいネッ!!」

「そのつもりよ! プーイさん達、結構な怪我をしている筈だから! その手当の準備を宜しくねッ!」

「アイアイ! そ、それじゃぁ、戻ります!」

「気を付けて! 怪我しない様に帰るのよッ!」




 くるりと振り返り、元来た方向へエンゼオさんが、駆けだしたの。 よし、これで、あとはプーイさん達だけ。 魔法を編み錬成開始。 用意するのは【強睡眠ヒノプス】 結構高度な魔法術式だから、編むのに時間がかかるのよ。 特に走りながらだから。 それに……『五個』…… 編まなくちゃならないし…… 左手で錬成、右手に保管。


 やっと、『咆哮』を上げながら、大暴れしているプーイさん達に届いたの。


 辺りはもう滅茶苦茶よ。 まだ若い樹はホント根こそぎ引き倒されているし、大きな樹も途中から割れちゃってて、危ないのなんの…… 防御魔方陣がバリバリ云うのよ……

 やっと、五個の【強睡眠ヒノプス】が編み上がって、保管を右手から左手に移し替えて、一つ、一つを投擲して、眠りにつかせるの。 かなり強い魔法だから…… きっと、眠ってくれる。 でも…… アレだけ大暴れしているんじゃ、狙いが付けられないわ…… 

強睡眠ヒノプス】の他にも色々と魔法を展開しているし、私の体内魔力もかなり減少している…… これ以上の魔法の編み込みは難しいわ…… どうする? 

 シルフィー達には無理させられないし…… 



    此処は、限界まで近寄らないと!



 最初は…… そうね、ポンさん。 丁度、今、大木を抱えたばかりだから、ちょっとだけ動きが止まっている。 



 今ね! トイヤッ!



 …………命中!! 崩れ落ちたぁ! 効いてるねッ! 【強睡眠ヒノプス】は、やはり正解だった。 次ッ!!  ペンタンさん、ピールさん!! 岩を殴ってるッ! 足を止めているッ!! いける!! 走って跳んで、そして、投擲! 



 トイヤッ!! エイヤッ!



 よし! 命中!! ふにゃりと倒れ込むペンタンさん。 岩に持たれかかって動かなくなるピールさん。 その間をすり抜けて、更に前に居るのは、後二人! 

 もう……、 あと、ほんの少しで、「穢れし森」の領域に入る!! 




「足止めします!!!」




 シルフィーの声が、聞こえるのと同時に、風切り音がしたの。 何かが飛んでいく。 視線の端に、先端に三つの鉄球を付けた鎖ボーラがくるくる回りながら飛んでいくのが見えたの。 シルフィー、あなた、そんなモノ何処で調達したのよ! 

 あやまたず、それが、バーレさんの足に絡む。 流石の反射神経が良い彼女でも、半覚醒状態ではよけきる事が出来ず、見事に足元を捕らえたの。 もんどりうって、ひっくり返る彼女。 跳んで走って、近距離から、打ち込む。 

強睡眠ヒノプス】は、とても良く効いてくれた。 暴れる事無く、そのまま意識を失い、眠りに付いたッ! よし!!




「ありがと! 後は、プーイさんだけ!! 止めるるわよ!!」




 起き上がった倒木の木の根を飛び越え走る! 森の限界まで、あと少し!




「プーイさんを止めたら、皆で帰ろうッ! みんなでねッ!! 待っている人が居るんだもの!!」




 そう、叫ぶ私。 森の端で暴れて、それでも、「穢れし森」の領域に入ろうとするプーイさん。 もう、本当に時間が無いわッ! 跳んで、飛んで…… 跳び越えて…… 手の届く距離まで近づいて……

 振回されている手を掻い潜り、そして、やっと…… やっと…… 届いたの!!



 エイッ!!



 打ち込まれた、【強睡眠ヒノプス】。 崩れる様に倒れ込むプーイさん。 これで、終わり!!

 ちょっと、ホッとしたの。 ええ、ちょっとだけね。 




     そのちょっとが、油断だったの。





 崩れ込むプーイさんが意識を手放す直前、倒れ込む身体を反転させて、大きく手を振るう。

 私は…… まだ…… 十四歳。

 身体だってそんなに大きくないもの。

 体重だって…… あんまり大きな声では言えないけれど、それほど重くない。

 痩せっぽっちなのよ。

 大きく早く振り回される手が、跳んでいる私に当たるとね……

 吹き飛ばされてしまうのよ。

 思いっきり走って、跳んで、プーイさんの近くまで、無理な態勢で近寄ったから……

 立て直しが効かなかったわ……





 そして…… 森は途切れたの。

 汚染された、かつての森が有った荒野に……




 投げ出されて、強く背中を打ち……

 息が詰まり




 辺りが、暗転した……

しおりを挟む
感想 1,880

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。