その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)

東部領域 北域街道にて(1)

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 泣き崩れていたリリアンネ様も、落ち着きを取り戻された。 碧緑の瞳に力が戻ったわ。



 そう、『 力 』がね。



 もう、大丈夫。 もう、彼女の歩みを止める「モノ」は無い。 そう確信できるくらいの力強い光だったわ。 薄絹姿の彼女はとても美しい。 でも、そのカッコでは、表に出られないものね。 その、何というか…… あまりにも…… 煽情的なんだもの……



「世話に成りました、リーナ。 ……出来れば、今後も、よろしく頼みたいと、そう思います」

「勿体なく。 思召しは大変光栄で御座いますれども、軍に奉じますわたくしですので、難しいかと」

「それでも、思うのです。 思うだけならば、宜しくて?」

「御意に」




 もう公女であることを私の前では隠さないリリアンネ様。 頼りになりそうな人だと、そう認識されたのか、それとも、敵地にて自身の事を案じ、頸木より、重き鎖より解き放った『 解放者 』と、私の事を認識されたのか…… 

 とにもかくにも、眼を付けられた事には間違いは無いわね。 ……おてつだいすることは、やぶさかでは無いけれど、民の安寧を脅かすのならば、敵にだってなるわ。 それだけは、覚えておいて欲しいと思うの。 


 だって、私は、ファンダリアの民。 精霊様とのお約束を第一義に置く、辺境の薬師リーナなんだもの。



^^^^^^


 キチンと身なりを元の侍女姿に戻したリリアンネ様を見送ってから、私もそっと、治癒室を出たの。 ちょっと意外な事に成ったけれども、これでも想定内で事態は進んでいるわ。 ちょっと…… ほんのちょっと…… 自分の知っている事と、現実に齟齬が有っただけ。

 リリアンネ様の毅然とした表情は、私の知っている彼女によく似ては居た。 だけど、なにかが違ったわ。 何かが…… でも、その表情に陰りは無かったの。 だから、大丈夫。 彼女の心は壊れてはいない。 そこで、ふと思うのは、前世での彼女の姿。

 リリアンネ様は、御自身が受けている重圧を耐え忍び、そして決断されたのが、前世でのあのお姿。 凛として、高貴で、儚げに微笑む彼女。 しかし、その壁緑の瞳には確固たる意志の光が宿っていたわ。 狂気じみたその光の意味は…… 今なら判る。

 彼女の本当の一族郎党の命、彼女の大切な人達の命…… ただ一人、耐え忍ぶことが出来るならば、その方々の命は護られる。 祈りにも似た、覚悟…… 

 その覚悟の前に、驕慢で傲慢な私は泣き叫ぶしかできなかった。 周囲の状況は、彼女の行動を ” 良し ” とした。 マグノリア王国は勿論のこと、ファンダリア王国の王家すらも。 最初から…… 前世では彼女が王都ファンダルに到着したその時から……

 私の想いなんかは塵芥ちりあくたとなっていたんだ。 可哀想な ” エスカリーナ ”。 そう…… とても…… 個人の想いなんかで、国の思惑にはとても対する事は出来ないわ。 動き出してしまった、巨大な陰謀を止める事など、” 淡く、通じる事の無いマクシミリアン殿下への『恋心想い』 ” では無理なのよ……



 だけど…… だからこそ、その届かぬ思いは、きっぱりと決別しなくちゃならないわ。

 あんなに国を、民を想う彼女なら…… 



 マクシミリアン殿下のお側にふさわしいもの…… だから、私は私のすべきことをするの。 彼女を…… 彼女と一触ファンダリア王国に随伴された方々を、無事に王都ファンダルに送り届ける。 


 絶対にね。


 夜の晩餐には、呼ばれなかった。 庶民が、王族と晩餐の席を同じくする事は無いわ。 でも、ダイニングルームの様々な設置型の魔方陣は、私の手で完璧に動くように調整をしたの。 たとえ誰かが、何を成そうとも、ダイニングでは誰も傷つけられない様にね。



^^^^^


 戯れに、第十三号棟でシルフィーに教えて貰った、対暗殺者用の用心深い迎撃方法。 白刃も、投げナイフも、毒にだって相応の効果が期待できる、魔法陣の数々。 彼女が『疾風の闇』として、活動していた頃、彼女が困惑した方法を、全てダイニングに施したんだもね。


 和やかな雰囲気で終始した晩餐会は、恙なく終了したわ。


 ちらりと見えた、公女リリアンネ様の御衣装をまとった、あの女が苦虫を噛み潰したような顔をしていた事が…… 私の成し得た事として、受け取る事が出来たの。 安全は…… 確保したって事ね。

 国境のギフリント城塞から、商業都市ヘーバリオンに旅立つのは、明日の昼前。 二日の行程。 見晴らしも良い穀倉地帯。 周囲には、騎士団も、第四四〇〇護衛隊も、そして、臨時ではあるけれど、第四一一大隊の各中隊も護衛に付く。

 馬車は魔法で護られ、周囲からの攻撃には、歩兵、弓兵、槍兵、そして、騎兵が護り抜く。 

 不用意に馬車の中で何かをしようとしても、疑惑の眼はマグノリアの人達に向くものね。 簡単には手出しは出来ないわ。 マクシミリアン殿下に化けた、アンソニー様。 とてもいい感じでその影武者の役割をこなしてらした。

 言質を与えることなく、見事にご自身がマクシミリアン殿下となりおうせていた。 危ない人達の注意を一身に引き受けて貰えていた。 そんな彼も護らねばならない。 彼もまた、生き延びないと成らない、大切な人なんだもの。

 極度に緊張を保って、ギフリント城塞での最後の夜は警戒を解かなかったわ。 与えられているお部屋の中で、各所に仕掛けてある【気配察知】の魔方陣から入る様々な動きを観察しつつ……

 まんじりとも出来ない、そんな夜を過ごしたの。


 ―――― シルフィーの帰りを待ちながらね ――――


 その夜も…… 彼女。


 …………帰ってこなかったの。





 ^^^^^




 翌、昼前。 ギフリント城塞を出た、御一行様は、良く晴れた秋空の下、商業都市ヘーバリオンに向かう北域街道を進んでいったわ。 前後に長い馬車の車列。 周囲と取り囲む、大部隊と云っても良い兵の方々。

 城塞の反対側の門から、既にマグノリアの護衛達は、帰還していったわ。 その『お見送り』もあって、出発が昼前になったのだけれどもね。 どっさりと糧秣を乗せた、あちらの馬車。 ファンダリア王国からの贈り物として、空いた馬車に積み込まれていた。

 常に食糧事情の良くないマグノリア王国としては、喉から手が出るほど欲しい ” 物資 ” を、贈ったらしいの。 手配したのは、ドワイアル大公閣下。 国では無く、民への慰撫を目的とした…… そんな贈り物。 外務官僚として、彼の国に何が必要か…… 良く判ってらっしゃると、そう思うの。

 民草の意識が、「ファンダリア王国は、良い国だ」 と傾くのを見越してね。 勿論、あちらの世論を鑑みて、先に贈り物の内容をあちらで発表されていたわ。 王宮では、あまり使いどころのない、糧秣。 芋、大麦、根菜類…… 民にとっての救いの食糧だったもの。




「あちらの足が遅くなって、取って返し襲撃に参加する可能性は?」

「ラムソンさん。 それは無理。 あの護衛の人達には、あの物資をあちらの王都まで運ぶと云う任務が課せられたの。 空荷で帰る方がその懸念は強いわよ? あちら側の国境沿いに薄く分散されてしまえば、動向を探るのも一苦労。 でも、あの贈り物糧秣をあちらの王都まで運ぶ 『 任務 』 を受諾してしまったら、一纏まりになって動かなければ目立ってしまう。 その上ね……」

「あぁ、そうか。 物資を狙う あちら側の『不逞の輩無法者』も居るからな。 警備は必要だ」

「そう、 だから、彼等の事は考え無くてもいい。 まぁ、多少の人は抜けるかもしれないけれど、直接こちらに襲撃を掛ける人なんかは居ないわ。 襲撃者の指揮官くらいなモノよ」

「先に潰しておかないのか?」

「―――証拠が必要なの。 襲撃者が、マグノリア王国の人だっていう」

「その為に、お前自身が 『 囮 』 と成ると云うのか? 感心はせんな」

「だからこそ、ラムソンさんに護衛に入ってもらっているの。 宜しくね」

「い、いや、まぁ、なんだ。 それは、任せておけ。 獣人達はこの作戦に置いて、念頭に置くのは、お前の安全だ。 他は余技にすぎん」

「それは…… ダメよ。 私達の目的を履き違えないで欲しいな」

「心の持ち様だ。 否定する事は出来んな」

「もう…… でも…… ありがとう」

「直接言ってやれ。 その方が奴らも喜ぶ」




 馬車の車列の後段に位置する、軍用幌付き輜重用の荷馬車の御者台の上で、そんな事を私達はお話していたの。 


 ゆっくりと進む馬車の車列。


 旅は始まった。


 始終緊張が解けない……




 そんな旅路がね。




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