その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)

マグノリアの闇

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 マクシミリアン殿下の顔からいつもの浮かべていらっしゃる柔和な笑みが消える。 厳しく引き締まった、 ” 男性 ” の御顔。 テーブルに広げてあった、騎士団の方々がご説明頂いた護衛作戦の草案は、片隅に片付けられ、大きな東部北域の地図だけが残ったの。


 その傍らに、黒曜石で出来た、ちょっと大きめのお盆が載せられたわ…… 


 誰かお煙草をお楽しみに成るのかしら? ちょっと、苦手なんだけれどもなぁ…… 吸わないで欲しいなんて、言えないしなぁ…… 

 口火を切られたのは、予想外な事に、マクシミリアン殿下。




「時間もあまり無いと思う。 薬師リーナ、君には直言の許可を与えている。 忌憚のない意見を言って欲しい。 この護衛作戦を完遂するにあたり、必要と思われる情報を開示しよう。 まずは、第一に護らねばならない、公女リリアンネ第三王女様に付いてだ」




 そう云うと、” 紙 ” に書かれた、公女リリアンネ様の詳しい経歴や、今回の遊学に関する表向きの理由が書かれたものを、殿下の足下に置いてある紙挟みから取り出されたの。 枚数は四枚。 多いよね……




「よく読んで、頭に入れたら、此処に……」




 そう仰りながら、黒曜石のお盆に目を向けられたの。 と云う事は…… このお盆には【燃焼バーン】が符呪されているのね。 ……それほど、危ない情報が載っていると、理解したわ。




「そこに書かれている情報は、ウーノル殿下の「耳」と「目」である、『王家の見えざる手』と、宰相府が密かに繋ぎを取り続けておられる、『月夜の瞳』、更に、ガイスト=ランドルフ=ドワイアル大閣下所管の『眺訊ちょうじんの長き手』が、集めた情報なんだ。 外には出せない」




 うへぇ…… なんだろう、その錚々たる諜報組織の数々…… 前世の記憶を紐解けば―――

『王家の見えざる手』って言えば、ウーノル殿下のお側勤めの侍従長カービン=ビッテンフェルト宮廷伯が、実質取りまとめている、ファンダリア国内最強の諜報の組織ね。

『月夜の瞳』っていったら、あのド変態シーモア子爵が、国内外に張り巡らした、諜報集団…… たしか、彼の主催する劇団が活動拠点だったわよね。 

眺訊ちょうじんの長き手』といえば、ドワイアル大公閣下が外交案件で必要になる海外情報を一手に引き受けている、そんな組織…… 

 ん? なんか、国内情報を取る組織が多いわよね…… それに、『月夜の瞳』自体は、たしか、宰相府管轄だったはず…… いえ、そう云えば、シーモア子爵が王宮の公職を離れられて、学院の先生をされているから、組織自体は宰相府の直轄な筈…… 

 えっ? つまり、宰相府、王太子府、外務寮が総力を挙げて、この紙に書いてある情報を掴んだって云うの? そんな貴重な情報を私が読んじゃっていいの? 私の困惑に逸早いちはやく気が付いたマクシミリアン殿下が、何事も無いように仰るの。




「護衛任務の主幹たる、薬師リーナが知るべき情報だとそう思うからね。 さぁ、読んで欲しい」




 難く厳しい表情はそのままに、読むことを促されたの。 四枚に纏められた、公女リリアンネ様の情報。 心して読むことにするわ。


 ――― 驚いた。 まとめて書いて有る事なんだけれど、心底驚いた。


 公女リリアンネ第三王女は――――

 マグノリア王国 エーデルハイム=カーリン=マグノリア現国王陛下の実子じゃ無かった。 現マグノリア王妃の妹君を後宮に側妃として入宮させた時に、既にお生まれになっていたの。 では、御父上はと云うと…… 先の国王陛下ガルブレーキ国王陛下の元で、治世を共に国を率いられていた エスポワール=ハイデ=シュバルツァー侯爵閣下……

 何てこと! 無理矢理、離婚させて後宮に迎え入れたって事なの?! 現マグノリア王妃様も、その妹君も、それはそれはお美しいと、このファンダリア王国でも、鳴り響くほどの美貌の持ち主…… その美姫の第一子である、リリアンネ様もまた、とてもお美しく……



 そうね…… そうだったわ。 あの方とても、お美しいものね…… 高貴な薔薇の様な御方だったわ。



 華を後宮に入宮させて…… リリアンネ様も養女として、王籍を与えられたんだ。 あっちの国の法はどうなっているのよ! そんな事、普通じゃ認められないわ!!  でも、それを簡単に認めちゃってるのよ、あちらの国……

 それも…… マグノリア王国統一聖堂がね……

 今回の遊学に当たっての、公女リリアンネ様の目的とする所も、綴られている。 三枚目にね。 それは、眼も覆いたくなるような、彼の国の上層部からの ” 命令 ”。



 〇 ウーノル王太子、もしくは、マクシミリアン王子を篭絡し、虜にせよ。
 〇 ファンダリア王国の内情を収集し、マグノリア王国に渡せ
 〇 周囲に存在する貴種もまた篭絡し、もって情報の多元化を成せ。
 〇 手段は問わない。 色香を使え、” 女 ” を、使って、篭絡せよ。 
 〇 情報の受け渡しは、侍女侍従を繋ぎに使う、その者の言は、王の言と思え。
 〇 もし、反逆するならば、シュバルツァー侯爵、及びその一党の命は無い。
 〇 万事、ファンダリアを得たのちは、後宮に戻る事を許す。


――― 何人なんぴとの、仔を孕もうと、そちの帰る場所は、神聖なるマグノリア王国の後宮である。 ゆめゆめ忘れる事は、許さぬ。―――




 だと?! いったい、この情報、何処の組織が手に入れたのだろう? あんまりの ” 指令 ” に、手が震えるの。 本当のお父さんと、その一族の命が掛かっているんだもの…… やるわよね…… あの人なら。 聖堂教会を通じで『我が国ファンダリア王国』の国王陛下の篭絡と一緒に、次代の皇太子、そして、王子に迄その手を伸ばすつもりね……



 この国を手に入れる…… その一点に集約しているわ。



 震える手で、四枚目を読むの。 そこには、今回、随伴で来る方々の情報も載っていたわ。 目を疑ったの。

 全部で三人。 

 マグノリア王国前国王の側に付き、その補佐をされていた方々のお家の、次期当主様方。 マグノリア王国―――


 前宰相閣下 シュバルツァー侯爵家から

  バルトナー=オスト=シュバルツァー子爵

 前財務大臣 ライヒトゥーム侯爵家から

  フリューゲル=フォルンテ=ライヒトゥーム子爵

 前国務大臣 ハイマート公爵家から

  レーヴェ=ミッテ=ハイマート子爵


 の、お三方だったわ。 そして、そこにちゃんと書いてあるの。 彼等には、 【 服従紋 】を打ち込んであるとね。 【 奴隷紋 】 程じゃないけれど、彼等に精神的自由は無いわ。 その上で、公女リリアンネ様の手伝いをさせるってね。 彼等への司令は、 『 邪魔者は排除せよ 』 ってね。 

 公女リリアンネ様と同じく、万が一を考えて一族の命を人質に迄しているの。 命令を実行しないならば、一族の命はないと思えって…… 御遊学の面々は、この謀略に、” ガチガチ ” に、固めているって事よね。


 さらに、公女リリアンネ様に告げているのよ……


 ” 彼等は、『監視者』で在り、『目的を同じくする者』である ” とね……


 コレじゃぁ、リリアンネ様は、御自身の動きが全く取れない。 奴らの掌の上でしか、行動できないわ…… 頸木と、鎖を何重にも、何重にもかけられているのよ……



 遣り口が汚いわ!



 フルフルと震える手で、その四枚の報告書を、黒曜石のお盆の上に置く。 ポワッと炎が上がり、報告書は灰になっていく……




「此方に御遊学に来られる、公女リリアンネ第三王女には、随身の他に侍女一名、侍従四名が付く。 合計で、九名が来られる予定なんだ。 資料を見てもらえば判る通り、あちらの国はそういう国らしい」

「ええ…… よく理解しました。 あちらの国が、本気でファンダリア王国を狙っていると。 しかし、解せません。 ここまでの命令と準備をして置きながら、なぜ、襲撃が予想されるのでしょう? すんなりと、王都ファンダルに向かえば良い物でしょうに」

「あちらも一枚岩では無いと云う事なんだよ。 こちらを……」




 そう仰って、また数枚の紙を渡されたわ。 書いてあるのは、海外情報収集 諜報組織『眺訊ちょうじんの長き手』からの報告。

 あちらの、シュバルツァー侯爵家の方からの情報ね。 前国王ガルブレーキ陛下の御崩御から、前執政職にあった方々の粛清を目指してらっしゃるらしいわ。 どうやっても、マグノリア王国から排除したいらしいの。 穏健派の頭目みたいな感じだし、今でも影響力は残っているみたいなのよ、その方々は。

 現執政府としては、眼の上のタンコブの様なモノ。 だから、この謀略が成功しようが失敗しようが、どちらに転んでも、一族諸共、謀殺しようとしているらしいの…… その事を理解されているのか、その方々の意思は、次代の当主を助けて欲しいと云うモノだったの。 

 もし…… 出来る事ならば…… と、結文に記載されている言葉に、私は息が詰まる。



 ” 公女リリアンネ第三王女を含め、我らが子等を、ファンダリア王国に亡命せしめ、時が満ち反攻の機運高まる時に、旗印にしたい 我らの命は、その為ならば惜しくはない ”



 と、そう結ばれているの。 そして、『眺訊ちょうじんの長き手』の報告は続いているの。 その気配はマグノリアの現執政府にも、気取られている…… と。

 一部の強硬派が、この遊学を機に、公女リリアンネ様以外の彼等を謀殺し、持ってマグノリア軍を進駐させる手段と成そうとしている――― と、そう書かれてもあったわ。 



^^^^^


 報告書を黒曜石の盆に乗せる……

 赤い炎の照り返しで、皆の表情が揺れるの。 言葉を紡ぎ出したのは…… 私。




「なんとしても、護り切らねばなりません。 しかし、侍女、侍従は別ですね。 その方達が、公女リリアンネ様を含む御一行の枷となります。 排除対象です」

「しかし、あちらも警戒している上、向こうへの繋ぎが無くなれば、それはそれで、あちらに口実を与える事に成るな」

「殿下、聖堂教会にその役割を振れば宜しいのでは? あちらの統一聖堂とは何かと昵懇の間柄とお聞きしました」

「侍女達が………… 死亡すれば、それであちら側から、軍を送る理由にはならんか?」

「あちらの者が、手を下したと判れば、そうも行きますまい。 護衛部隊とは言え、ファンダリアの軍に手出ししてきたのですから、こちら側にも理はあります。 なんとしても、公女リリアンネ様、及び随身の御三人様を御護り致しまして、正当性を訴えるのが宜しいかと。 さらに、謀殺に動いたのがマグノリアのもであることを喧伝し、盛大に排除対象の侍女、侍従様方の『 献身 』を、賛美すれば、あちらも手出しは出来ますまい」

「……なかなかと、大胆な案では有るね。 すでに、方策の目星は付いていると云う事なのだね」

「……四ヶ月。 遊んでいた訳ではございませんわ」




 マクシミリアン殿下の瞳がキラリと光るの。 両手を顎の下に組み、思慮深そうに私を見詰めるの。 真摯な黒い瞳が、とてもとても深い色をたたえていらっしゃるわ。 そして紡がれる、彼の言葉―――




「なるほど…… 聴かせてもらうよ。 君の腹案を」



 

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