その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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第四軍での「薬師錬金術士リーナ」

始動。(6)

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 フルーリー=グランクラブ準男爵令嬢様。


 そして、


 グランクラブ準男爵様。




 どちらにいらっしゃるのかしら。 まずは…… 【探査サーチ】で、王都商業区画を確認するの。 一度でもあった方には、きちんと印をつけているし、グランクラブ準男爵様にもご了承戴いているもの、いいわよね。

 ほら、居られたら。 えっと…… グランクラブ準男爵様は商会におられるようね。 フルーリー様は…… まだ、王立ナイトプレックス学院かしら? 商業区画には居られないわ。

 準男爵様に、ハト便で、お伺い立てなきゃ。 




「あの一通、お手紙をしたためますので、どうぞ、ごゆるりと」

「あ、あぁ…… 承知した。 あちらの出来上がったポーションを見てもいいか?」

「どうぞ、御確認下さい。 ラベルもきちんと張ってありますし、個々のバラツキも抑えております。 ご確認頂ければ幸いです」



 壁際に積み上げられた、ポーション保管箱を見詰めていたイザベル様が、その視線を私の方に向けられ、お尋ねになられたの。 驚きが落ち着き、思慮深い光が瞳に浮かび上がっているの。 なにか、疑問に思われる事が有るのね。 なんでもお答えいたしますわ。 信頼関係を持ちたいもの。 




「……あれだけの量のポーションの品質にバラツキが無いのですか? リーナ、本当ですの?」

「ええ、イザベル様。 冒険者ギルドに販売する場合、品質にバラツキがあると、受け取ってもらえませんわ。 お薬の等級、容量は厳密に同等で無いと、使用されるときに過剰摂取してしまいますわ。 特に冒険者さん達は、危険な場所で緊急時に使われます。 過剰摂取してしまっては、体調が悪くなり、最悪昏倒されますわよ。 出来る限り、街に戻ってからが基本ですが、大物と戦って大きな傷を負われてしまったら、その場での使用も考えられますよね。 だから、完全回復ではなく、その手前迄の回復をしなくてはいけませんもの。 等級容量を鑑み、それを基準にして、摂取され危機を脱出される…… そう、冒険者ギルドでお聞きしました。 よって、等級容量は出来るだけバラつかず、一定である事が望ましいと」

「…………辺境の冒険者が、強い理由が判りました。 リーナ、彼らは常に訓練しているようなモノなのですね」

「ええ、言い換えれば、御自身の回復力を常に気にかけておられるとも言えます。 体力、魔力が尽きれば、魔獣や野獣に簡単に屠られますのも。 常に最低限、脱出できるだけの体力、魔力を考慮に入れて、お仕事をされておられますわ。 そして、収入を考えて、出来るだけ薬品類の購入を控えておられますもの。 高価な薬品類を湯水のごとく使えるのは、ほんの一握りの高位冒険者さま達だけすわ。 あとの方々は、価格の安い、「傷薬」で対応されます。 用心深く、抜け目なく。 冒険者さん達の生活はとても厳しいですから」

「それで、リーナは「傷薬」の重要性を理解されているのですね」

「基本ですから。 では、少し失礼し致します」




 倉庫の片隅にある、執務机に向かうの。 ポーチから特殊な符呪を施した ”いい紙” と、ペンとインクを取り出して、お手紙をしたためる。 あて先は、勿論グランクラブ準男爵様。 すこし、お時間を戴いて、魔法草の取引に関するご相談がしたいと、書いたのよ。 あとは、インクが乾くのを待って、丁寧に鳥に折るの。 そう、ハト便に仕立てるのよ。

 だって、私、貴族じゃ無いもの。 難しい作法がある ” 先触れ ” とか、” お伺い ” とかは…… 必要無いものね。 いらっしゃるかどうか、お時間が頂けるのかどうかだけを知りたいのよ。 そして、このハト便は、ちょっと特殊。 お返事欄があるの。

 グランクラブ準男爵様のお手元に届いて、開封されるでしょ。 そして、お手紙を読んで下さったら、下欄にお返事を書いて下さるのを期待しているの。 場所と時間をご指定頂ける様にね。 そしたら、お手紙は自身でもう一度、鳥の形になって…… 私の手元に帰って来るの。

 イグバール様と色々と試行錯誤をして、作り上げた「符呪」の一つよ。 イグバール様は笑っておられたけれど、こういう場合には特に有効な手段だと思うのよ。 だって、商人の方の時間はとても貴重で高価なんだもの。 


 ” 往復ハト便 ”


 私はそう呼んでいるの。 倉庫の出入り口まで行って、大空に向かって往復ハト便を飛ばす。 青い空に吸い込まる様に、ハト便は飛び去って行ったわ。 後は、お返事を待つだけ。 さて…… どうしようかな。




「リーナ、今、いい?」

「何でしょうか、シャルロット様」

「あの時間で、あれほどの量のポーションを錬成するのには、いかほどの魔法草が必要なのか、教えて欲しい」

「今回用意いたしました魔法草は、特別なモノです。 普通ならば、王都冒険者ギルド製の薬草箱で、五箱程ですね。 「傷薬」なら、大体一千本は、練成できますわ。 わたくしからお勧めするのならば、遠征中の師団には、回復系ポーション五割、各級傷薬を五割。 屯所にて再編、訓練中の師団に関しては、回復系ポーション一割に、各級傷薬を九割で配備しますわ。 最低限の備蓄をいかほどお考えになっているかは、存じ上げません。 が、定期的にある程度…… そうですわね、月に百五十から二百箱程の魔法薬は必要になるかもしれません」

「……む、無理だ。 その様な量の魔法薬は…… この王都周辺から徴収するのは」

「左様に御座いましょうね。 ただでさえ払底している現在、一軍が必要となる量の魔法草はおいそれとは入手出来ませんものね。 庶務主計の観点から見ても、とても、無理で御座いましょう。 ……資金は御座いますでしょうが、如何せん実物が無いのですよね」

「……第四軍、第四師団の資金は…… あるには有る。 しかし、割増の代金を払い、無理に用意した第二師団、第三師団の財布には、もう資金は残っていない ……筈、そう思う」

「割増…… ですか」

「あぁ、商家に購入を打診して、必要量を確保しようとした、第三師団の主計が言っていた。 いざ、支払いをしようとすると、横槍が入り、割増料金を要求されたと。 倍増しだがな。 背に腹は代えられぬと、奴は支払ったが、等級も容量もバラバラな低品質なモノが大量に混ざっていたと、嘆いていた」

「どこの商家なんですか、それは!」

「中堅どころだな。 大商家は聖堂教会に睨まれるのを避けて取引には応じてくれない。 小さい所は、最初から物品を持っていない。 そして、足元を見られる…… そういう訳だ」

「…………最低。 その中堅どころの商家はもう、王都で商売を続けるつもり有りませんね。 出来るだけ高値で売り払って、王都から出ていくつもりなんでしょう。 さもなければ、そのような、商倫理に反するようなことは、出来ないもの。 その中堅商会の商会長様…… もう、王都では商売は出来ませんね」

「……リーナは知っていたのか? その取引に応じた商家はもうない。 第四軍に物資を売った事で、聖堂教会に睨まれ、早々に店を畳んだ」



 ん?



 聖堂教会? 睨む? 違う…… その、中堅の商家が考えた事は、足元を見て吹っ掛け直したんじゃないわ。 ……計画的に…… 最後の取引をしたんだわ。 きっと…… きっと、そう。




「いいえ、存じ上げませんわ。 でも、それ、聖堂教会に睨まれたからでは御座いませんわよ」

「なに?」

「一旦、決められた約定を後から変える事は、商人にとって信用を毀損する事に他なりません。 もし、そのような事をしでかせば、もう、他の商人から何の商材も購入する事は叶いますまい。 売るモノが無ければ、当然、店を畳むのは自明の理。 その店主が計画的に店を畳む事も視野に入れていれば…… 店を潰す覚悟で、第四軍に納品したと。 その保証に、倍の値で売りつけたと云う事でしょうか。 ……最後のご奉公と云った事だったのかも…… いずれにしても…… 王都の闇は深いですね」

「…………そこまで見えているのか、リーナは」

「『辺境での生活』は、知恵を巡らし、事実をよく見ないといけないと、教えを受けました。 おばば様の薫陶にあります。 悪人は善人の仮面を被って近寄ってくると。 辺境での生活では、あまり実感が無かったのですが、王都の生活では肌に感じる程、よく理解できましてよ。 ほんとうに不思議な事」

「…………王都の生活は、辺境の地での生活よりも…… 酷いという訳か」

「思惑の量が違うのでしょう。 よく見、良く聞かねば、判りますまい。 なるほど、仰っておられたように、王都は危機的状況で御座いますのね」


 ほんとに、なんてことなの。 先が…… 暗闇に沈んでいるようにしか思えないわ。 

 でもね、私には一条の光が有るのよ。

 その光に、手を伸ばそうと思うの。

 ふと見上げた、扉の外。

 青い午後の大空。

 白い雲が浮かび、ゆったりと流れている天空から……

 一羽のハトが、私の方に向かって飛んで来るのを見つけたの。




 手元にそのハトが飛び込み、符呪が解かれるの。
 一枚のお手紙にその形を変える。




 そこに書いてある文言に、私の頬は緩んだの。







「光」…… 届いたわ。





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