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断章 7
閑話 サロンに集う友人達 (2)
しおりを挟むロマンスティカが淹れたお茶を、受け取るウーノル。 彼女の毒見を待つことなく、カップに口を付ける。 片方の眉が上がり、ポットを手にしている、ロマンスティカを見たウーノル。 その視線に、軽く首を傾け、微笑んだまま言葉を紡ぎ出したのはロマンスティカ。
「殿下、美味しく淹れた筈なのですが?」
「いや、旨いな。 …………よし、では、報告を聞く。 其々が、私が依頼した事、彼女に感じた事を、話して欲しい。 まずは…… ドワイアル大公家の、ミレニアム、アンネテーナ。 君達からだ」
「はい、では、私から……」
ミレニアムが、報告と云う形を取り、ウーノル王子からリーナに下賜された 〈直言許可の記章〉 は、無事受け取った事。 聖堂教会が、リーナを〈 堂女 〉にしようと画策を始め、大公家としては、それを避けたい事。 ドワイアル大公家に来訪した、王宮薬師院の人事局長である、ライダル伯爵から、従軍薬師への異動を告げられるであろう事。 配属先が、ウーノル王子が軍権を得る、第四軍で有る事。 それらの事を伝えた。
となりに控えていた、アンネテーナが口を開く。
「薬師リーナは、わたくし達が思うよりも、王宮の動向もつかんでおられてました。 殿下の第四軍指揮権掌握と、自身の第四軍への異動の話を聞き、その元が宰相閣下と、ニトルベイン大公のご意志が介在している事を言い当てられました。 正直申し上げて、驚きました」
ミレニアムが続く。
「驚いたのは、それだけではありません。 薬師リーナは、アンネテーナに訪問伺いを出した我らの、受け入れ順序を聴いて来たのです。 「後見人」たる、ドワイアル大公閣下の子供である我らには、直ぐに返事を送って来たのですが、それ以外の伺いに関しては、手紙の優先順位も判らなかった模様です。 貴族社会で暮していなかった証左と…… 「礼法の時間」で見せた、あの立ち居振る舞いは、学院の教育で身に着けたモノと推察されます。 現に、我らの訪問を受けた後、学院のスコッテス女史に手紙の書き方、封筒の選び方等、教えをうけられていました。 手の者の報告によると、その授業も申し分なく理解された模様」
アンネテーナが、彼等の最終判断をウーノル王子に告げる。
「薬師リーナは、王立ナイトプレックス学院において、礼法を驚異的速さで習得した、辺境の庶民と云えます。 元より、海道の賢女様の薫陶を受けし者。 十分な指導、鞭撻はあったと思われますが、それに加えて、彼女の適応能力は、学習能力は一流と云えます。 学院舞踏会の時、ファーストダンスを踊った兄が保証しましょう。 彼女は練習初日にはぎこちない動きでした。 しかし、当日、見事なダンスを披露されました。 ひとえに彼女の努力の賜物とそう愚考いたします。 そして何より、少ない情報から、彼女を取り巻く王宮、薬師院、そして、聖堂教会の情勢を読み取る力があります」
一旦、口を閉じ、そして、真っ直ぐにウーノル王子を見つめたアンネテーナは彼女達兄妹の最終的な判断を彼に伝えた。
「わたくし達、ドワイアル大公家の兄妹は、一致した意見で、薬師リーナのお側勤めをお勧めいたします」
「ふむ、そうか。 肯定的にとらえたのだな。 考慮しよう。 次は…… フルーリー準男爵令嬢と、デギンズ助祭が訪れたのだな。 デギンズ助祭…… 君の訪問は、グランクラブ準男爵を通した、聖堂教会の神官長のご意志と聞く。 その真意は判らぬがな。 話してもらおうか。 そして、グランクラブ商会の商会長の名代としての役割を果たした、フルーリー。 お前の、薬師リーナに関する意見も聞きたい」
冷徹な視線を受け、ビクリと体を震わす、デギンズ助祭と、フルーリー。 特に、フルーリーは内密に話を進めていた筈なのに、その話のほとんどが、ウーノル王子に筒抜けになっている事に、心底驚いていた。 まず、口を開いたのは、冷たい視線が耐えられなかった、デギンズ助祭だった。
「畏れながら、申し上げます。 直言、お許しください。 聖堂教会、パウレーロ=チスラス神官長猊下より、ヨハン=エクスワイヤー枢機卿に御下命されました。 薬師リーナを聖堂教会〈堂女〉に任じよと。 辺境の教会での多大なる献身に対し、聖堂教会、神官長猊下が示される、祝福として、その任を与えるとのお言葉ででした」
「……」
ミレニアム、アンネテーナ、そして、ウーノル王子の眼が細くなり、デギンズ助祭を見つめる。 その、意志の意味が、奈辺にあるのかと、問いただしていた。 訪問のあと、何とか、記章を受け取って貰えたことを、ヨハン=エクスワイヤー枢機卿に報告した際、ほっとした表情で、デギンズ助祭を労わりながら、言った言葉があった。 その言葉は、まさしく、この場で云うべき言葉と…… そう彼は認識した。
「ラミレス枢機卿に置かれましては、パウレーロ=チスラス神官長猊下より、内々のお言葉があったそうです。 ” 薬師リーナの師は、辺境の賢女ミルラス=エンデバーグ。 かつて、獅子王陛下と共に戦野を駆け巡った同志。 その愛弟子が、辺境にて民を安んじめ、王国に尽くしている。 かつて、賢女ミルラスがそうしたように。 であるならば、賢女が獅子王陛下より与えられた称号を持つべきである。 最下層とはいえ、賢女は紛れもない〈正当なる〉聖堂教会の〈堂女〉であった。 師と同じく自由で在れ。 そして、困る事があれば、辺境の教会を頼れ。 私はそれを望む ” と。 恥ずかしながら、現在の聖堂教会は、神のご意志と、神官長猊下の御心と、かけ離れた行動をしております。 また、その首謀者は、わが家名を持つ者。 しかし、わたくしは、辺境にて洗礼を受け、清冽な古き聖堂教会の教えに従っております。 薬師リーナ様に置かれましても、わたくしの本家、および、本家の奥方様も良くご存知に御座いました。 その縁もあり、なんとか、神官長様の御心を受けて頂きました次第に御座います」
一気に言い切った、デギンズ助祭。 その顔には、この部屋に入ってきた当初の様な、困惑の表情は無く、一心に神の御心を安んじる、助祭の清冽な表情になっていた。 彼もまた、辺境の者であった。 幸薄き土地に根差し、その地の命を安んじる、辺境の神官であった。 真摯な祈り、尽くされる献身には、最大の敬意を払う。
反面、邪な想い、穢れた情念を、とても嫌う。 薬師リーナが辺境で多大な献身を払う頃には、デギンズ助祭は王都の聖堂教会に召還されていた。 よって、彼女の噂は、主に聖堂教会内でしか聞いていなかった。 そして、聖堂教会の召喚に応じない、賢女ミルラス、及び、その愛弟子である薬師リーナの評はすこぶる悪かった。
「礼法の時間」 ウーノル王子のお茶会での襲撃に、関わってしまったデギンズ助祭は、その時の薬師リーナに深く感銘を受けた。 そして、もう一つ、それまで、まったく動きが無かった、神官長猊下が動き出し、辺境の薬師リーナについて、デギンズ助祭の指導神官である、ヨハン=エクスワイヤー枢機卿を通じ彼女に、正当なる聖堂教会の〈堂女〉の任を与えよと、指示された。
その際に明示された、辺境での薬師リーナの献身。
それまでの態度を深く悔い、改め、そして、訪問に臨んだ。
” 聖堂教会の〈堂女〉としてではなく、生きとし生けるものすべてに慈しみを与える、辺境の薬師としての使命を果たされよ ”
心深くに刻み込んだ、神官長猊下の想い。 その思いを、ウーノル王子に伝えようと試みた。
「そうか。 理解した。 正当なる聖堂教会は、薬師リーナの献身に報いる為に、〈堂女〉の記章を渡されたと。 良く判った」
凍てつく様なモノから、納得したモノに変わった視線に、デギンズ助祭はほっと胸を撫で下ろす。 聖堂教会内でも秘匿事項だった。 表には知られぬようにと、あえて、助祭である立場のデギンズ助祭が選ばれた。 その事もまた…… 理解されたと知った。
彼は、心の内で神に感謝を捧げていた。
^^^^^
「フルーリー、人を繋ぐを生業とする大商人は、良き縁を結べたか?」
今度はフルーリーにその視線が向かう。
直接言葉をかけられたフルーリーは、畏れを抱きつつ、ここで負けては、グランクラブ商会の意地が折れるとばかりに、眼に力を籠め、しっかりとウーノル王子を見つめながら、言葉を紡ぎ出した。
「畏れながら、殿下に奏上いたします」
畏れに声が震えぬように、細心の注意を払いつつ、彼女は続ける。
「直答お許しくださいませ。 殿下、ご存知では御座いましょうが、今一度、我が父の懸念をお伝えいたします。 近年、聖堂教会の強権にて、民生を願う、薬師、符呪師の多くを、聖堂教会所属とされました。 戦闘には不向きな性格をした者達でした。 多くが北の前線に、聖堂騎士団付きとして、投入され、そして、帰っては来ませんでした。 その中に我が商会専属だった者達も多く存在します。 今、殿下が仰った通り、我が商会は人の縁にて動くもの。 そして、多くが失われました。 その様な中、辺境の薬師リーナは、我がグランクラブ商会に光に続く道を与えてくれました。 グランクラブ商会だけでなく、グランクラブ準男爵家に対しても……」
そこまで言うと、すでに王家批判にもつながる、非常に危ない橋ではあったが、フルーリーはそれでも良いと確信していた。 学院に入学直後から病に伏し、明日をもしれぬ命だった。 消えそうだった命を拾ったならば、それを、人の為に役立てる事になんの躊躇いもなかった。 不敬を成し、無礼討ちされても、真実を、伝えておきたかった。
街の商家の意地でもあった。
もう、すでに、限界は見えている。 縁を繋ごうにも、その繋ぎ先が居ない。 そんな中、フルーリーが見出したのが、薬師リーナ。 彼女に助けられた。 父も絶望の淵から、生還できた。 そして、なにより、彼女に縁を繋ぐ先を明示してくれた。 ファンダリア王国、王都において、今一番払底している、偉大な符呪師を紹介してもらえた。
薬師リーナを護らぬ選択は無い。
彼女は、薬師として、民を慈しみ安んじる事を願う。 ならば、それを叶えるまで。 掣肘するモノが、王命で在ろうと、抗う心は決まっている。 追手が掛かるならば、国外にでも逃がそう。 グランクラブ家には、外国にも多く友人が居る。
彼女への大恩は、そんな事をしても返しきれるようなモノでもない。 どこまでも、どこまでも。
よって、フルーリーは宣言した。
「我がグランクラブ準男爵家は、何を以てしても、辺境の薬師リーナを護り抜く所存であります」
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