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断章 7
閑話 孤独な光、包み込む闇
しおりを挟む立太子の儀は、ファンダリア王国にとっても重要な儀式である。
国を挙げての祝事でもあった。 次代を担う王太子が誕生するその儀式は、ファンダリア国内だけではなく、周辺国の耳目も集める。 数多くの国々が、外交官や外務関連の者達をファンダリア王国に送り込み、祝辞を述べる。
その為に、王城コンクエストムには、何時になく騒がしい。
勿論正式な、国賓の人数も多いが、非公式に訪れる者達も膨大な数になる。 その中には、単なる視察と称している、他国の王族も居る。 諜報関係者などは、掃いて捨てる程。 街の安宿まで、「立太子の儀」当日を中心に、数週間、予約で埋まっているのが現状でもあった。
毎日の訪問伺い、謁見要求。 少しでも、ウーノルに近づこうと、あの手この手で、要求が舞い込む。
自身の執務室に舞い込む、その要望の多さに、彼はうんざりとした表情を浮かべている。 会うのは良い。 ただし、いらぬ要求や言質を取ろうとする者達に関しては別だった。
「カービン。 要望書に関しては、眼を通した。 三つに分けてある。 この部屋に招き入れ、話をする者。 謁見の間にて、話をする者。 公の場にて、挨拶を受ける者。 この三つだ」
「御意に。 国賓の方々に置かれましては?」
「国王陛下に全てを委ねる。 私は横に立つだけでいい。 外交筋だと、私には手に余る。 ドワイアル大公が対応する事になるだろう」
「マグノリア王国よりの使者で御座いますが、少々事情が御座います……」
「マクシミリアンに対応させればいい。 御前会議でも決定している。 ……あちらが何を言ってきても、私の妃はすでに決定している」
「マグノリア国王、エーデルハイム陛下は、そうはお考えに成りますまい…… 少々、厄介な事に成るのでは?」
「『簒奪者』の言葉を聞くとでも?」
「国王陛下は…… 聖堂教会の者は、そうは考えておられないご様子」
「笑止。 もっとも国政を乱す者達の言など、取るに足りぬな。 マグノリア王国公女、リリアンネ=フォス=マグノリアーナ第三王女に関しては、マクシミリアンに一任する。 ……たしか、学院に留学すると、押し込まれたのであろう?」
「左様に御座います。 ウーノル殿下に近づく為の方便かと」
「姑息な手段だな。 あちらの国内情勢は調べてある。 先代ガルブレーキ前国王は、穏健派であり、融和派であった。 それを『 愚王 』と呼称するのは、それを不服とする輩の、王位簒奪。 あちらの大義名分など、マグノリア王国外では、通用はせぬよ。 国内の穏健派、融和派は弾圧され逼塞を余儀なくされている。 民の生活も不安定だ。 なにより、食料が足りない。 経済活動も低調ときている。 手を組むには、些か処ではないな。 それに……」
「統一聖堂に御座いますか」
「あぁ、あの馬鹿どもの遣り口は、まったく気に入らない。 ” 神の御心に叶うのは人族、全ての種族の頂点に立ち、すべてを治めるに足るは、神の声を聴く事が出来る統一聖堂…… ” だったか? 全く度し難い。 自国民を一等種族と位置付け、他国を下に見る。 種族が違えばもう、人とは思わぬ所業の数々。 そんな者を崇め奉る、マグノリア王家の良識を疑うな」
「あちらの国情に御座いましょう…… 引きずられる聖堂教会にも、問題は御座いますが……」
「なおさら気に入らない。 我が国は、何時から彼の国の属国となったのか。 東の国境を閉じるだけで、あの国は干上がる事は誰でも判ろうに」
「それをさせぬ為の「統一聖堂の教義」で、ありましょうな」
「重監視の上、マクシミリアンに対応させる。 ” 元 ” とは言え、あちらの王子なのだし、状況は分かっている筈。 どう対応するかは、マクシミリアン次第だ」
「御意に」
「今日は、もういい。 下がっても良い。 夕刻に友人達が来るが、その案内を頼む。 執務室ではなく、サロンに通せ。 王太子となると、気軽に呼ぶことも叶うまい。 色々と聞いておきたい事があるのでな」
「御意に。 では、下がらせていただきます」
「ん。 アレンティア辺境侯爵よりの報告書は、上がっているか?」
「お手元に」
「重畳。 さぁ、茶の時間だ、束の間ではあるが、休憩とする」
「御意に」
執務室を出て行くカービン=ビッテンフェルト宮廷伯の後姿を見送りながら、溜息を一つ。 王宮侍女が淹れた茶がそっと執務机に置かれ、茶菓子が添えられる。 近習として、侍従のルークが側に控えている。 アレンティア辺境侯爵よりの報告書を手に、暖かい茶を口に含む。
南部辺境域での改革は、本領の何倍もの速さで進んでいる事が、報告書から読み取れた。 唸るような声を口から漏らし、その報告書を食い入るように読み続けている。 考えるべきことは、山ほどある。 たかが「立太子の儀」など、今はどうでもいい。 許されるならば、諸々の拝謁をすべて投げ捨ててしまいたくなる。
「殿下…… 少々お休みになられては?」
侍従より、声が掛かる。 先程、休憩を取ると、そう口にはしたが、自分自身の休憩は度外視していた。 ふと、書類から目をあげ、ルークの顔を見た。 あまり、顔色が良くない。 「立太子の儀」により、職務に相当の負担が出ていると推測した。 そういえば、カービン侍従長も疲れた顔をしていたと、彼の顔を思い出した。
懸命に自分を助けようとする、侍従たち。 もはや我儘の範疇を超えている、情報の収集を命じてもいる。 そこに、儀式への対応。 無理もない。 執務机の上に置かれた茶菓子が目に入る。
「コレを、侍従長に持っていけ。 夕刻までではあるが、休めと。 顔色が悪い。 今、お前たちが倒れるようなことが有れば、私は手足をもがれた虫にしかならない。 立太子の儀が終わるまでは、多忙を極めると思う。 私は、もう少しこの報告書が読みたい。 一人にしてくれ。 ルーク、君もカービンと一緒に休んで欲しい」
手を付けづにいた、菓子に視線を投げ、彼は侍従にそういう。 柔らかとは言えない笑みを浮かべながら。 この後、友人を招くと云ったが、それもまた、未来に対する布石の一つ。 そして、とても気になる一人の薬師についての報告会でもあった。
自身を二度にわたって守り抜いたその薬師。 とても、気になる存在。 凛としたまなざし。 美しい容姿。 さりげない気配りと、決して前に出ようとしない行動。 そして、なにより、自身を護るために、行った、あの戦闘。 護衛に守られつつ、広間を退出する際に聴いた剣戟の音。 ボロボロになりながら、退路を守り抜くその姿。
” まるで、姉上のようでは無いか。 大切なモノを護るために自身の命すら「危険」にさらす。 王侯貴族の地位を、芥の様に投げ捨て、市井に消えた姉上のようでは無いか…… 気になる…… とても…… 気になる ”
アレンティア辺境侯爵の報告書の中にある、保健衛生の項目に眼が吸い寄せられた。 刻まれている「名前」に。 添付されている、身上書、ドワイアル大公に対する推薦状。 辺境の薬師が成した事に対する、南部辺境域諸侯の感謝。
なにより……
その薬師は、エスカリーナ姉上との関りを持つ者。
” 辺境の薬師錬金術士 リーナ ”
その名を、記憶に刻み込む、第一王子ウーノル=ランドルフ=ファンダリアーナ であった。
^^^^^^
ルークは困惑しながらも、主人の命じるがままに、執務机の上の茶菓子を受け取る。 鷹揚に頷き、また視線を報告書に落としたウーノルを気遣いつつも、ルークは執務室を退出した。
「殿下のお側、頼みました」
「承知いたしました。 扉の前に待機します」
「お休みになられても、そのままで。 侍従、近習、侍女を呼ぶ必要はございません。 静かに、見守って差し上げて下さい」
「御意に」
部屋を出るルークは、近衛騎士にそう伝える。 居眠りするなら、して欲しい。 一人に成りたいと、そう言う殿下の極限られた個人の時間。 なによりそれを邪魔したくはなかった。
まるで、王者のようではないか。
孤独な、「ファンダリアの光」
自身に厳しく、考え、行動するウーノル第一王子の宸襟の内は計り知れない。 以前…… 王国執政の事情により滞る王太子教育の休憩の時間に、第一王子の執務室の大きな窓の側に立ち、殿下が王都の街並みを見下ろされながら、口にした言葉。
表情を苦くされ、呟くように、王都を望む窓に向って、言われた言葉。
” 姉上であれば、どうするのか ”
殿下の口にした、” 姉上 ” とは、八歳の「お披露目」の会場において、今も尚高位貴族の口に上る、社交的勝利を成し得た、女児の名。
ドワイアル大公の奥方である、社交外交の上手の淑女、ポエット大公夫人が、口惜し気に口にした、女児の名。
その名を思い出し、嘆息する。
「「闇」属性の魔力を保持した、あの幼子は…… 紛れもなく、殿下の『 姉上 』に有らせられたのでしょうね。 孤独な「光」を包み込む、優しき「闇」……でしょうか。 貴女は、居なくなるべきでは無かった。 貴女の存在が、この国の光にとって、無くては成らないものだったのかもしれない。 エスカリーナ=デ=ドワイアル大公令嬢様…… 何処におられるのでしょうか…… 願わくば…… 願わくば、殿下のお側に……」
呟くようにルークの口から洩れる、言葉を聞く者は……
居なかった。
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