88 / 714
断章 4
雨の王城
しおりを挟むファンダリア王国 王都ファンダル
王城コンクエストム 最深部
王族が住まう場所。 その一室。
ウーノル=ファル=ファンダリアーナ第一王子の居室で、物憂げに窓の外を眺めている少年が居た。 御年十一歳。 もうすぐ第一成人の十二歳になる、ファンダリア王国の正王太子に成るべき人物だった。 しとしとと降る雨が、窓ガラスを濡らし、流れ落ちている。 望む王都ファンダルの姿は、雨に煙っている。
ノックの音
「誰か」
「カービンに御座います。エルブンナイト=フォウ=フルブランド大公閣下をお連れいたしました」
「入れ」
その室内に、二人の男が入室した。 一人は彼の侍従であり、第一王子の周りをすべて取り仕切るべく配されている、カービン=ビッテンフェルト宮廷伯。 もう一人は、ファンダリア王国の軍事をつかさどるべき立場にいる、エルブンナイト=フォウ=フルブランド大公の二人であった。
深々と臣下の礼を捧げたフルブランド大公が口火を切る。
「殿下。 ドワイアル大公の尽力で、どうにか北の暴発は止めることができました。 が、まだ予断を許しませぬ。 陛下の暴走も…… このままでは、北との戦になりましょうな」
「まだ…… 時間が必要だ。 国王陛下の周りを聖堂教会の者が取り巻いている。 今、動けば必ず奴らの網に掛かる」
窓の向こうの雨に煙る王都ファンダルの街を見詰めながら、ウーノルは応える。 しかし、その口調には嫌悪と思案が滲んでいた。 無謀な行いを繰り返す聖堂騎士団の騎士たち。 自分の栄達を夢見ている、冷や飯食い。 国軍の厳しい訓練を厭い、易きに流れ聖堂騎士団に入った者達。
建前上は、聖職者を護るための騎士団な筈ではあったが、その実、まっとうな戦闘集団とは言えない者達。
その者たちが引き起こした、北の暴虐を大人たちが必死で繕っている現状を、彼は苦々しく見ている。 そんな奴らの暴虐を、言葉巧みに擁護し奏上する、聖堂教会の聖職者にも反吐が出る思いでもあった。
先王が腐心して取ってきた貴族間の均衡をも無視し、聖職者からの ” 神の信認 ” という言葉に、惑っているとしか思えぬ、国王陛下の数々の言葉と行い…… 国家と国権とこの国の歴史を学べば学ぶほど、国王陛下の言動は常軌を逸していると思わざるを得ない。
彼にはそうとしか思えなかった。
「幸いにして、北部の騒動は、ドワイアル大公の尽力をもって収束を見た。 が、今だ彼の地から聖堂教会が引く様子は見えぬ。 条約も協定も何もかも無視し、「神の恩寵」を盾としてな。 国王陛下もそれに同調しておいでだ。 …………先々代の苦悩、先代の努力を水泡に帰しているとは。 なんとも、危うい」
「御意に」
静かに首を垂れるフルブランド大公。 僅か十一歳…… 第一成人前の子供の云う事とは思えないほどの力をその言葉に感じていた。
「時に、フルブランド卿。 東方居留地の森で不穏な動きがあるようだね」
突然の問いに、フルブランド大公は絶句した。
「亜人の者たちが、あの残された森の中で、不穏な動きをしているらしい。 直接の原因は、マグノリアの馬鹿共が手を出したらしいのだが、裏で手を引いているのが、どうやら聖堂教会の枢機卿達らしい。 我が国でのゲルン=マンティカ連合王国領への侵攻と合わせるがように動いた…… あちらも苦戦…… というか、撃退されたらしいね」
「お耳が早い…… 左様に御座います殿下。 しかし、あちらは痛み分け。 マグノリアは政変後、軍事に偏った政権が立ちましたが、いまだ国内の混乱は落ち着かず、その為外敵を求めた…… そのように見受けられますな」
「愚かなことだ。 まだ、先王の方がマシではないか」
「……それは、なんとも」
「聖堂教会を通じ、愚か者同士が手を組もうと、画策している節もある。 我が国にとって、マグノリア王国は相いれがたく思う。 下手に同盟など組もうものなら、食われるぞ?」
「貴族の多くもそのように認識しております。 ただ、聖堂教会の息がかかっている貴族共は……」
沈黙が、部屋の中に漂う。 状況はとても混沌としている。 多くの貴族が息を殺して推移を見詰めているのが現状だった。 このまま、国王が聖堂教会の言いなりになってしまえば、ゲルン=マンティカ連合王国との戦は避けられない。 それは、何をもってしても避けなければならない事だった。
幸いにして、南の海洋国家 ベネディクト=ペンスラ連合王国との衝突は無くなった。 よき貿易相手として、手を組める相手となった。 これもドワイアル大公の外交力のおかげといえる。 ウーノルは、ドワイアル大公の献身に深く感謝を捧げている。
重く低い声がウーノルから漏れた。
「第一師団は掌握したか?」
「騎士団、兵すべてにおいて、御国に忠誠を誓っております」
「近衛は」
「ほぼ、こちらに。 ただし、マクシミリアン殿下の側周りは別にございます」
「やはりな。 奴らが、アレを使うのは目に見えている。 切り離せ」
「御意に」
「苦労を掛ける。 国軍の掌握、北方、東方への監視の目を緩めぬように。 特に、聖堂騎士団の動向にはな。 もうすぐ十二歳になる。 第一成人をもって、立太子を宣下される。 そうなれば、私にも幾許かの軍権を譲渡される。 それまでは堪えてくれ」
「御意に。 各軍団にそのように申します」
「頼むぞ。 ファンダリアの国の為…… この国が滅ぼされるような事無きように、私も努力する」
「御意に」
「下がれ。 時間だ」
二人の男たちが部屋から出て、また、人気のなくなった部屋に一人。 雷が窓の外で光る。 遠くから轟く雷鳴が窓ガラスを鳴らす。 窓の外を望みながら、彼は想う。
” 姉上は、自ら舞台から降りられた…… そして、ダクレールへ向かわれ、海洋国家 ベネディクト=ペンスラ連合王国の陰謀を暴かれたのですね。 少なくとも南北両面に敵を作らないように…… 貴族の権能も、身分の無いのに、どうやってそのような事が出来たのです。 姉上。 貴女は…… 何を知り、何を成したのです。 そして、どこへ行かれたのです…… 私に、姉上のように、悲劇を回避する力が有るのでしょうか…… いや、やらねば成らないのでしょう…… ”
激しく窓を叩きつけている雨。 豪雨と雷鳴が響き渡る、王都の街を見下ろしながら、口に出した言葉。
「姉上…… 何処に行かれましたか…… わたくしは、姉上が生きていると、信じておりますよ」
14
お気に入りに追加
6,834
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。