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果てしない道程
果てしない道程への第一歩
しおりを挟むおばば様は、さっきの招聘状を見せてくださったの。 私が王都に行くと、そう決めたのなら、仕方ないって。
招聘状の記述は、おばば様の仰っていた通りなの。 行く先は、王都ファンダル、王城コンクエストムの一郭にある、王宮薬師院。 陛下の御典薬師ってわけじゃなくて、不足しているお薬の調合をする所に配属される。 すべきことは変わらない。
条件は、おばば様が認めている事。 私が了承している事。 ファンダリア王国が危機的状態になっている事。
おばば様は認めてくださっている。 私も覚悟を決めた。 王国は現在、「お薬」の流通がとても不足して、王宮でも事欠く有様。 条件は整っているの。 招聘を受けないと、おばば様が連れていかれる。 それはダメ。 絶対にダメ。
でも、王国がこんな状態になったのは、すべては、北の争いから始まっていたらしいわ。 おばば様が説明してくださったの。 どうやら、王国本領の色々な場所とやり取りされていたみたいなの。
――――――
すべての元凶は、北部辺境領において、聖堂教会が禁足地である緩衝地帯に建てた教会。 そもそもが、間違っているっておばば様が仰っているの。
「あの緩衝地帯である荒野には、何人も侵入してはならない事を協定で結んでいる。 そこに教会を中心とした街を作るなど、もってのほか。 王城の奴ら…… というよりも、聖堂教会の奴らが何を考えていたのかは、ドワイアル大公が教えてくれたよ…… 聖堂教会所属の聖堂騎士団ってね、貴族の三男とか四男とかの継承権下位の者たちがその主だった者なんだよ」
「……身を立てる為に?」
「あぁ、そうさ。 ファンダリア王国は、やっとの事で平和を掴んだのに、いまだ戦乱の世の習慣が残っている者達もいるのさね」
「” 欲しければ、奪い取れ ” でしたかしら?」
「まぁね。 御国の生存権をかけた拡張だったのにね。 自身の栄耀栄華を夢見た馬鹿な貴族の子弟どもを集め腐って、戦力化したのが聖堂教会ってわけさね。 馬鹿どもの欲望をうまく刺激して、勝てれば領地が貰える、冷や飯を食わずに済む…… そんな思惑を刺激したんだよ、聖堂教会の連中はね」
「無体な……」
「緩衝地帯に街なんざ作るから、北の連合王国もピリピリしてね。 ドワイアル大公は交渉にあたって、聖堂教会の言い分も聞いたんだ。 なんていったと思う?」
「……わかりません」
「あいつら、事もあろうに、あの荒れ地を豊かな土地に変えると、言いやがったんだ。 ” 神の恩恵をもって ” ってね。 ありえないよ。 神の恩寵は精霊様を通して、顕現するんだ。 それが、この世界の理なのにね。 あんたもよく知っているよね」
「ええ……」
「建前としては、荒地の再生。 その実は、見せ掛けの領土の拡張。 狙っているのは、聖堂教会直轄地の拡大だからね。 何を意味しているのかは、わかるかい?」
「王権の侵犯でしょうか? 国土の領地の統治者を定めるのは、国王陛下の専権事項。 一部の土地は、聖堂教会の直轄領として、教会の運営と親を持たぬ子供たちの為に役立てよと、先代様がお決めになったと、そう記憶しております」
「そうさね。 その通りだね。 北の荒地を聖堂教会の直轄領とするならば、その支配領域は、王国全土の十分の一にはなる。 そして、その荒地を分割して、聖堂騎士団の連中に治めさせ、自身は甘い汁を吸う。 透けて見えるんだよ、奴らの考えることなど。 現在の聖堂教会の直轄地を合わせると、実に王国全土の一割五分の土地を抑えることの成るんだ」
「……王権が揺らぎますね。 四大大公様の御領地を合わせても、そこまでの大きさには成らないのでは?」
「そうさ…… それも、奴らの狙いだね。 ただね、北の荒地は、作物が育たない。 生き物だって暮らしていけない…… そんな荒地。 そこを領としても、金穀なんざ得られないのにね。 奴らは使うよ…… 体のいい事言って、教会が保護している孤児たちをね。 農奴…… いや、契約奴隷以下の扱いになるのは、目に見えているんだ。 現にそういった報告が、ドワイアル大公の元に届いているらしい。 激怒しとったよ。」
大きな溜息と共に、無残な事実を吐き出されたおばば様。 でも、そんな荒地では、暮らしていくことすら、難しいのに、どうして街なんか維持できるのかしら?
「リーナが不思議に思うのは、どうやって教会を中心にした街が維持できるのかってところだね」
「ええ」
「リーナ、思い出しな。 やつらの行動の根幹にあるものを」
「” 欲しければ、奪い取れ ”……」
「そうさ、それさ。 奪い取る先が、ファンダリア王国内ではなかったのさ…… それが、北の現状なのさ。 ゲルン=マンティカ連合王国のドラゴンバック山脈南側の街や村に、聖堂騎士団の連中が押しかけて、僅かな対価で、膨大な食糧やら家畜を ” 買って ” な。 抗うと、剣を抜く。 もう、何も言えないよ」
「あ、あちらは……」
「ドラゴンバック山脈が邪魔をして、大きな軍は送れない。 せいぜい、一個軍団が警戒に当たっている…… 奴らは、その軍とも遣り合った。 遣り合った挙句、潰走した。 帯同した薬師を捨ててな」
「み、民間人の薬師ですか?」
「奴らの言い分は、聖堂騎士団は聖職者の護りだそうだ。 民間人は自分の才覚で、” 逃げた ” と、報告にあったようだね。 もう、あちらの慈悲を願うしかないよ。 貴重な薬師が大量に失われたんだ。 臨時停戦協定に出たドワイアル大公は、頭を抱えたらしい。 莫大な戦時保証金、捕虜交換、なにより、薬師の帰還を願ったそうなんだがね……」
「……拒否されたのですか? あちら側は」
「南の連合王国からの賠償金が入ったから、戦時補償金の支払いはどうにかなった様なんだがね、残念なことに、薬師の帰還は叶わなかったとさ」
「……薬師の皆さまは ……その ……命は」
「残念なことに、結構な人数が、永久の彼方に消えたよ。 残ったものは、自身の意思をもって、ファンダリア王国への帰還を拒否したとね」
「あぁぁぁ…… そんなぁ……」
「見限られたんだよ。 王国の国軍はこの事態にとても憂慮してね。 あの地に数個師団を投入して、警戒に当たっているのさね。 これ以上聖堂騎士団が無茶しないようにね。 教会のある街に対しては、北方辺境領の侯爵と伯爵たちが、街を維持するための金穀を供出しているそうだ…… 潰しちまえば早いんだが…… 国王陛下の「ご意志」だそうだ…… どこまでも、馬鹿だね」
重く暗い沈黙が、私たちの間に落ちたの。 ふと、目を招聘状に滑らせた。 書いてある文言の一つが気にかかったの。 危急の場合の、私の処遇―――
「おばば様…… この条件は……」
「そうさね…… そうならないように、ドワイアル大公には、よく言い聞かせているんだが。 いるんだがね…… あんたを軍属として、国軍の指揮下に入るよう書いてあるんだ。 聖堂騎士団所属ではなく、国軍所属なんだけどね。 圧倒的に薬師の数が足りないと、嘆いていた。 リーナを王都から出さないようにはしてくれる筈なんがが…… 奴らすぐに反故にしやがるから…… 心配だよ」
「おばば様…… でも、聖堂騎士団所属では無いのでしょ?」
「そこは、守ってくれるだろうけどね。 もしかしたら、あんたも北の荒地に連れていかれるかもしれない。 だからこそ、あんたの承諾を文言に入れたのさ」
「…………」
北の荒地。 おばば様の悔恨と心残り。 シュトカーナの故郷。 精霊王ブラウニーの王国の跡地…… 再生させるべき土地…… 聖堂教会が同のような方法で、あの荒れ地を戻すのかは判らないけれど、汚染された土地を浄化する為の方法は、無い筈。
唯一の方法は、私がおばば様から託された、魔方陣……
リーナ、怯んではダメ。 怖気づいてはダメ。 一縷の望みとは言え、私の手の中には、彼の地を浄化するための指針はあるんだから。 想いを…… 叶える為の指針は……
「おばば様。 やっぱり行きます。 行って、叶うならば、彼の地の浄化と森の再生の為の種を……」
「あんたなら、そう云うと思った。 でもね…… 無理はしてほしくは無いし、リーナが健やかに、やりたい事をしてくれた方が…… 私は嬉しいんだけどね」
「ファンダリアの民の為に成るのが私のしたい事です。 病み疲れた人々に癒しを…… ですよ?」
「……ほんとに、我が弟子ながら。 強情なのは母親譲りなんだろうね。 判った。 もう、なにも言うまい。 あんたの後見人はドワイアル大公だ。 無茶はさせんだろうしね。 王都では、多分薬師院の寮に入ることになる。 まだ十二歳だしね。 もしかしたら、王城に伺候させるために、儀礼を学ばせるかもしれない。 王立ナイトプレックス学院でね。 紹介状と、後見人承諾書をもって、ドワイアル大公を訪ねな。 奴がお膳立てしてくれる筈だよ…… エスカリーナとしてではなく、薬師リーナとしてね」
なんだか、とても困ってしまう。 必死で断ち切った絆が戻ってきてしまう…… そんな気がしたの。
「あんたがどうするかは、あんた次第だよ。 その偽装を解いて、あんたがエスカリーナだと云う事を知らせるのもね。 ただ、ドワイアル大公は、エスカリーナが死んでいると思っている。 なんでも、ボロボロのドレスを見たから、そう確信したと、手紙にはあった。 希望は無いと…… ね。 そこの所は、判っておくれ」
「はい…… 私は薬師リーナです。 エスカリーナは、もう何処にもいませんわ。 光芒の中に消えたのですもの」
「……やれやれ。 やっぱり、あんたは母親譲りの【強情者】だよ。 でも、いいね。 あんたの安全は、ドワイアル大公の手の中にある。 必ず、訪れるんだよ。 いいね」
「はい…… おばば様」
こうして、私が王都に向かう手筈が整ったの。 薬師リーナとして、今はとても貴重な薬師としてね。 おばば様を残していくのは、とても、とても心配だけど…… 身の回りお世話だって…… おばば様には心安らかにいて欲しいもの。 それに、外を出歩くことも制限されているから……
私が王都に行っても、一介の庶民の薬師。
ん! そうだ。 そうよね。庶民に従者なんていらないものね!! というか、付く訳ないものね!! よし、分かった。 お願いしてみる。 連絡係って言えば、王都でも会えるよね!
「ルーケルさん…… お願いがあります」
「何でしょうか?」
凄~く、嫌な顔されているルーケルさん。 私の顔を見て、私が何を言い出すか、わかってらっしゃるのね。
「おばば様を…… 海道の賢女様の安全を頼みます。 お薬の配布もお願いします。 私が遠くに行っても、この領の人々には必要なモノです。 お薬はおばば様が、錬成されます。 だから、お手伝いをお願いしたのです」
「リーナ…… そう言い出すと、思っていたよ。 受けなければいけないのか? おばば様」
「言い出したら聞かないよ、この子は。 ルーケルなら、安心だね。 頼む相手としては間違ってないよ。 ただ、これだけは聞いておくれリーナ。 王都に向かうのは、ルーケルと一緒にだ。 乗合馬車なんざに乗ったら、聖堂教会がどう出るか分かったもんじゃない。 ルーケル…… 悪いが、リーナをドワイアル大公の屋敷に送り届けておくれ。 リーナも、了承しておくれ。 これは、師匠が弟子に出来る、門出の祝いだとおもってさ」
「……わかりました」
こうして……
私の王都行きは……
決まったんだ。 「果てしない道程」への……
最初の一歩だったのよ。
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