その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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果てしない道程

第一成人の日 十二歳の誕生日

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 おばば様とお約束して一週間。





 その日は、とても暑い日だったの。

 私の誕生日。

 焔月晦日。




 十二歳になった私は、これで、第一成人を迎えたことになるわ。 もう、子供とは言えない年。 職人さんとか、商人さんのお家では、半人前とはいえ十二歳で独り立ちを迎えるの。 農家の人なら、ある程度の畑を任され、冒険者になろうとする人は、ギルドに行って、冒険者登録ができる歳なの。



 庶民階層の人々にとっては、いわば、大人の世界に入る日なんだ。



 多くのお家では、盛大にお祝いするの。 そして、職に見合ったモノを家族から譲り受けるのよ。 ある者は金槌を、ある者は剣を、ある者は出納帳を。 それぞれの職にあったものを、あたたかな家族の手から……ね。 それが、第一成人の贈り物。

 十八歳の第二成人の時には、その道を生業に出来るかどうかを、見極められるの。 師匠が、店主が、父親が、母親が…… そうやって、代々の稼業を受け継いでいくの。 それが、ファンダリア王国の庶民の暮らし。 家業以外の職に就くのならば、この十二歳の第一成人の時にそう言わないといけない。



 そう云うものなの。



 冒険者になりたかったら、その時までに、そう主張して小型の魔物の一匹でも自力で倒すとか、鍛冶屋さんの店主について下働きをして、師匠になってもらうとか……ね。

 私の場合は、おばば様に師事しているうえに、イグバール様の弟子でもあるの。 つまり、この十二歳の誕生日を迎えて、私は薬師と符呪師と云う職に就けることができる、未来を掴んだの。 魔法を使っての職業だから、まとめて魔術師ともいえるけれど。

 一般的に、魔術師と云えば、王宮魔術師や、国軍魔術師団のように高度な攻撃魔法や防御魔法を習得した方々を差し示すものだから、私が魔術師というのは、ちょっと違うかもしれない。 でも、おばば様は、そう仰ってくれたの。




「リーナや。 十二歳の誕生日おめでとう。 あんたには、いろいろと教え込んだが、よくやったよ。 王宮に居た頃も何人かに教鞭をとったことがあるんだがね、みんな途中でやめてったよ。 だから、私の弟子と云えるのはあんただけさ。 あんたは錬金術師になりたかったようだけど、あんたの能力はそんなもんじゃないね。 だから、今日から ” 薬師リーナ ” か、……まぁ ” 魔術師リーナ ” って、自分を呼べばいいよ」




 ささやかなお祝いの席で、おばば様はそう仰って下さった。 その場には、ルーケルさん、ブギットさん、イグバール様、そして、エカリーナさんもいたの。 みんなで「百花繚乱」に、来てくださったのよ。 皆、第一成人の贈り物を手にしておられたわ。




「リーナ、おめでとう。 あんたは、十二歳になった。 私からの贈り物は、「薬師」の称号だよ。 一人前の薬師として、人々を助けておくれ。 あんたなら、もう十分にできるだろ? いつもやっている事だからね。 ただし、これからは、作った薬にあんたの名を刻むんだよ。 私の名じゃなくてね。 責任を持った仕事をするんだね」

「はい、おばば様。 肝に銘じ、人々のお役に立てるように、精進します」

「ん。 イグバール、あんた何を持ってきたんだい?」




 イグバール様が、二コリを微笑まれたの。 なんだろう? 




「リーナは薬草を取りに、森に出かけるのだろ? まぁ、魔物も薬の素材になるって、言ってたから、魔物狩りもするんだよね」

「ええ」

「ブギットの旦那と相談したんだ。 符呪師としてもいい腕を持っているし、リーナは魔術師といっても過言じゃないね。 魔術師だったら持つべきものがあるんだ」

「はぁ…… なんでしょう?」

「魔法の杖さ。 もちろん、リーナが特別な魔法の杖を持っているのは知っている。 だけど、アレ、人前じゃ使えないだろ?」

「出せませんね…… シュトカーナともお話したんですけれど、あまり人に見せるのは良くないと……」

「だろ! だから、これを」




 肘から先くらいの、短い魔法の杖を差し出されたの。 鈍色の魔法の杖だったわ。 えっと、これと同じ色のモノ…… 持っていたはず…… あぁ、いつも使っている、山刀だった! と、言うことは、これって……




「素材はオリハルコン。 杖の符呪は、「無」「地」「水」「風」「火」「木」の六属性をチョピリだけど、練りこんだ。 まぁ、補助的な役割をすると思ってほしいね。 宝珠を仕込んでないから、そんなに大きな術式は書き込めないけれど、まぁ、基本的な魔法は書き込むことができるはずだよ。 リーナならできるだろ? イチイチ魔方陣描き出すより、この杖に覚えさせておいて、発動させる方が早いしね。 ブギットの旦那も賛成してくれたよ。 森で採取してる時に、いきなり魔物に襲われて、防御が間に合わないなって、シャレにならんもんな」

「ありがとうございます!!! 【灯火ライト】なんか仕込んで置いたら、暗くなってからの採取もはかどりますもんね!」

「おいおい、暗くなってから森に行くのはどうかと思うぞ?」

「だって、ドルゲンハイトみたいな、夜しか咲かない花もあるんですもの……」

「……どこまでも規格外だね、リーナは。 ドルゲンハイトの採取なんて、冒険者ギルドに頼んだら、B級の難易度とか付けられちゃうんだぜ? わかってのかな、この子……」




 困惑した顔で、腕を組まれてしまった…… えぇぇ~ でも、アレ、必要なのよ。 特殊なお薬作るときに…… 月夜の森なら、生えてるんだもの。 ブギットさんが、ニヤリと笑ってた。 相変わらず怖い笑顔だわ。 エリカーナさん、もう慣れたかしら?




「リーナは、そこら辺の冒険者よりも、強いからな。 なぁ、ルーケルよ」

「まぁ、なんだ。 護衛が、護衛してないって、そう思うことはあるな。 小型の魔物なら、あっという間に狩ってしまわれるからな。 その上、解体も手際よくてな…… 形無しだよ……   リーナ様、私からは、これを」




 そういって、渡されたモノ。 一本のナイフ。 刃が波打ってるの。 刀身は普通のナイフ程なんだけれど、なんかいろんな文様が、刻み込まれているんだよね。 なんだろう?




「これは、おやじが使っていたナイフなんだ。 クリスナイフって云う。 刀身に刻まれた文様は、魔除けの文様なんだ。 大きな魔物程、この文様からに反応して忌避するって奴だ。 まぁ、気休めみたいなものだがね」




 おばば様が、ほほぅ って顔で見てたの。 そんな貴重なモノ…… ルーケルさんのお父さんって…… 確か…… ルーケルさんが小さい時に…… 形見みたいなものじゃない? いいのかしら?




「リーナが無茶ばかりするからな。 少しは、護衛の気にもなってほしいものだがね。 まぁ、気休めにしろ、それを持っていてくれたら、俺も少しは安心できるしな」

「……ありがとうございます!! ルーケル様の大切なモノなのに…… 嬉しい!」

「まぁ、なんだ。 気を付けてくれ」




 苦笑いを顔に載せ、頭を掻いているのよ、ルーケルさん。 でも、ほんとに嬉しいわ。 だった、こんなに、気にしてくださってるんですものね!




「あ、あの、リーナ様…… わたしは…… 皆様ほど…… その…… これを」




 エカリーナさんから手渡されたのは、バレッタ。 細かい木彫が施されたモノ。 ホンワカ温かいのは、きっと、エカリーナさんがずっと握っていたからね。 なんだか、とても暖かい……




「嬉しい!! 髪をまとめるの、下手だから使います! えっと、こうかしら?」




 後ろでまとめていた髪…… どうやって付けたらいいか、ちょっとわからないの。 エカリーナさんが、そっと手助けしてくれた。 頭の後ろでまとめた髪にくっついた。 ほ~ん、そうつけるのか…… うん、落ちてこない! いいね、これ!!




「どうでしょうか? これで……」

「とてもいいです。 髪が落ちてこないし、纏まりました! とっても嬉しい!! ありがとうございます、エカリーナさん!」




 はにかんだ笑顔を浮かべて、私を見てくるんだ。 両手を取って、感謝を捧げるの。 




 なんか……


 なんか……


 嬉しい……


 十二歳の誕生日


 ささやかな宴席なんだけれど、私にとっては、王宮晩餐会以上の宴だったわ。







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