その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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出会いと、お別れの日々 (2)

観劇の裏側で

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 夜の街を行く、豪華な大型馬車。



 ちょっと揺れるね。 これだけ大きな馬車だったら、「魔力緩衝装置」でも、十分に振動を殺せないのかな? まぁ、大型馬車だからね。 荷馬車とは違うよね。 ハンナさんは緊張でガチガチだし、ルフーラ殿下はハンナさんを見詰める事に忙しくって、周囲には感心ないしね。

 私は、窓の外に流れる、街の様子を伺っていたの。 もうすっかりと夜の帳に覆われた領都アレステンの街。 街灯は煌々と橙色の光を差し出してくれていたし、町中のお店の中からは、陽気な歌声や、暖かな光が漏れ出していた。


 本当に、一日の終わりの一時って感じなのよ。


 でも、今晩はちょっと様子が違うの。 あちこちに歩哨が立っててね、警戒厳重なの。 そうね、今向かっている、王都の有名「歌劇団」が小屋掛けしている広場に向かう道はとても厳重な警戒が敷かれているのよ。

 だって、よその領の貴族様の奥様とか、お嬢様が大挙してこられているのよ? そりゃ、領兵が護衛に就くわよ。 統制が取れていない、何処の兵か判らい人達が大勢いらっしゃるの。 その合間に合間に、傭兵の方々が、チョロチョロと……

 陰に日向に護衛対象を見守っているって感じかしら。 ホントに有名な「歌劇団」だから、一目その公演を見ようと、結構遠くからもお貴族様達が、この領へ見えているわ。 お陰で、高級宿は満杯でね。 ついでに、中級宿も満杯。

 割喰ったのが、この街を根城にしている冒険者さんとか、傭兵さん達。 少なくとも、この劇団が居る間は、冒険者ギルドも機能しないだろうからって、港町や、別の街に向われたよ。 ” 普段の、常備依頼である「アレステンの街の警備」は、ダクレール家の衛兵さんにお任せしたよ ” って、冒険者ギルドに往診に向った時に、ギルドの受付さんが、そう言ってた。

 つまり、今、領都アレステンの街中は、この領の事を良く知らない兵隊さんと、他の領で雇われた傭兵さん達で、溢れかえっているにもかかわらず、街を良く知る警備に携わっていた冒険者さんとか、この街の傭兵さん達は居ないって事。

 ダクレール男爵家の…… というより、辺境の弱小貴族の警備の限界を超えているって事ね。 王都の有名「歌劇団」がいらしたと云うのは、そういう事なの。 重点的に警備を強くしているけれど、全体に手薄な状態になっているわ。 



 大量の他領の領兵さんは、なんの役にも立たないしね。



 だって、此処はダクレール男爵領。 彼等は指揮命令系統に入って無いもの……



 不安が募るの…… なにか…… そう、何か良くない事が起こるんじゃないかと……




 *******************************




 歌劇団の大天幕。



 そこはムッとする人いきれが充満して、ある種の熱気と昼の暑さの残滓で、かなり不快だったわ。 馬車を降りて、人の波を横目に見つつ、特別席用の入り口に向かうの。 知っている人は、知っているし、そんな人からの熱い視線を私達は受けていたわ。


 護衛の人数だってかなりなもの。


 でも、その大天幕に入れるのは、招待客のみだから、中に入ればずっと静かになるわ。 ロビーで、ウエルカムドリンクを配り歩く給仕の方から、皆さん飲み物を取って、仲良さげに談笑されているの。 私達も、その飲み物を頂いたわ。


 途端に、私の【検知】に引っかかるものが有るの。


 飲み物を手にしたとたんよ……


【簡易鑑定】をそっと、飲み物に掛けるの。 詳細までは判らないけれど、飲み物に何らかの【魔法】が掛かっているのよ。 みれば、皆さんが手にしている物と変わりないし…… 目標を決めたモノではないらしいの。 軽く酩酊状態にする? そんな感じ。 ゆったりと寛いでもらうための…… お気遣い?


 王都では、そんな事もしているのね……

 私は、要らない。 必要ない。

 何となくだけど、嫌な予感がするもの。 


 感覚を鈍らせたくないし、でも、此処で騒ぎを起こすわけにもいかない。 ハンナさんはもうすでに飲んじゃってるし、彼女の安全はルフーラ殿下にお任せするしかないものね。


 私は口を付ける振りだけして、飲まなかったわ。


 開演時間に近付き、私達は指定の貴賓室に。 護衛の方々も各所に散らばられたの。 桟敷席にも、あちらこちらに兵隊さんの姿は見えるんだけど…… 他領の方の護衛かしらね。

 開演のベルが鳴る。 室内の魔法灯が限界までその光度を落とし、暗く客席を闇に落とし込む。 緞帳が上がり、眩しい光を受けた舞台……





 溢れる光の中で、零れ落ちのは幾多の歌声と、楽団のシンフォニー。 絡みつくような歓喜が、客席から湧き上がる。 忘我の観客。 食い入る様な視線を全身に受け、歌姫の歌声が大天幕一杯に広がり木霊する。

 コレか…… この、歌声に感応する様に、あの飲み物の中に ” お薬 ” が、仕込まれていたのか…… それを酒精が、増幅するんだ。 なるほどね。 なぜ、この「歌劇団」が、最上と云われているのか、何となく理解出来たよ。 



 違法って訳じゃないけれどね……



 なんか、ズルしてる感じもするね。 公的には、お酒が飲めない、十七歳以下の人達には、今一な評価だけど、それ以上の方々には絶大な評価を受けているって…… そう云う事か…… 酒精無しでは、其処までも陶酔感を得られないって事なんだ。

 まぁ、それでも、身体の方は暫く歓喜を思わせるような、麻薬成分でフワフワするけどね。

 飲まなくて正解だったよ……




 一幕が終わる。




 光の洪水が収まり、中休憩。

 給仕さんが総出で、飲み物を配っているよ。 次の幕で、更なる陶酔感を味合せるつもりなんだね。 この手…… 更新すると、ちょっと危ないんじゃないかな? 薬師的な感想としては、心臓に欠陥を持つ方にはおススメ出来ないよ。 というより、禁止したいほど。

 幕間が終わり、もう一度、客席が暗転。




 舞台上に光と音の洪水が始まるの……




 観客はもう舞台に釘付け…… ハンナさんもね。 

 カチャリと音がして、そっと誰かが入ってくる気配。 この気配は…… ルフーラ殿下のお付きの人だったよね。 女官だよ…… びっちりと髪を撫でつけた、冷徹な御顔の女官さん。 手に剣ダコがある所見ると、武官さんかな?

 ルフーラ殿下に近付いて、その耳に何かを告げているの。

 大きく見開かれるルフーラ殿下の瞳。




「誠か!」

「はっ」

「つっ! フルーレイ、お嬢様方を頼む。 私が帰って来れれば良いが、そうで無い場合、御邸に送り届けてくれ」

「御意に」




 交わされるお言葉。 なにか、良くない事が起こったんだろう事は、良く判ったよ。 食い入る様に舞台を見詰めているハンナさん。 その様子に、少し残念そうな表情を浮かべられたルフーラ殿下は、彼の顔をしっかりと見つめている私に向って、言葉を紡ぎ出したの。




「すみません。 ちょっと、船の方で問題が起こりました。 行かねばなりません」

「そうですか。 判りました。 観劇が終われば、御邸に戻ります」

「頼みます。 此処に控えるフルーレイが、お送りいたします。 劇が終了した後、これがお迎えに上がりますので、この場でお待ちください」

「承知いたしました」

「くれぐれも、御二人で出ません様に」

「勿論に御座いますわ。 ここで、お待ち申し上げます」




 交す言葉に真剣なモノを感じて、そうお応えしたの。 きっと、最上級の護衛を考えて下さっているのね。 ハンナさんは、今、陶酔感の真っただ中。 聞く耳は持っていないから、私が彼女をしっかりと守るのね。 判った。 理解した。



 何となくだけど……


 お外で、大変な事をが起こっちゃったのね。


 お船……


 ジェイ様……




 大丈夫かな?




 
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