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『世界の意思』からの干渉
エルデ、長い旅路を完遂する。 去来する様々な感情は、新たな『誓い』を心に刻む。
しおりを挟む王都ガングレーバスは、城塞都市であり、キンバレー王国の心臓なの。
高い城壁が王都の周辺をぐるりと取り巻いていて、遠目から見ても強固な城塞都市を構成している……という感じがするわ。 歴代の国王陛下の努力が、現実世界に結実していると云う事ね。 外敵から王国への侵攻を防ぎ、王国の大切な人を堅固に保護する。 そして、王家の秘儀により、王城の祈祷所で『創造神様』への祈りを捧げる場所として……
一般の人々の市街地は、城壁の外側に円周上に発展していて、城壁内には王城ガングレーと、貴族の邸宅が整然と並ぶ貴族街、それと、一級市民という裕福な人たちが住んでいるのよ。 キンバレー王国の『政治』と『経済』の中心と云われる所以ね。
―――――
中心部の小高い丘に成っているところが、王城ガングレー。 幾本もの尖塔が立ち、中央部に壮麗な大伽藍を持つ白亜の巨城なの。 王城内部は、幾多の王国の政務に必要な部署が所狭しと並んでいるし、国王陛下の居室や別宮、そして後宮なども、含まれているのよ。
幾つもの中庭や、薔薇園の様な場所、薬草園や温室なども設置されているのも、有名なお話。 さらに、外国の要人を歓待する為の迎賓宮も、城内に内包されていて、そこで行われる舞踏会は、外国の方々が一度は参加してみたいと思召すほど絢爛豪華なモノだと、知られているのよ。
それに、王族一家と、その婚姻予定者しか入れない場所…… そんな秘密の場所も存在している。 この事は、王族の中の一員として認められる『王族の妃』としての『教育』で教えられるわ。 たとえ、重臣でもその『神聖なる場所』の所在場所は知らない。
――― 王家の人間だけが知る、秘密の場所ってわけよ。
因って、その場所を知る者が、王族籍から離れる事は許されていない。 王室典範がそれを『是』と、しないのよ。 だから、妃教育は、ある意味 ” 命懸け ” な部分が有るの。 万が一、王族から『妃教育』終了後、王族の妃としての適性を疑われる、又は、婚約自体を白紙と成す事が宣下されてしまうと、自動的に『毒杯』を…… 頂く事になってしまう。
表向きには、『病を得て身罷った』と、成るのだけれどね。
二度と王城の中に入る事は無いと思うけど…… それらの事も、『記憶の泡沫』により、私は知っている。 かつての記憶の中で、二度…… 王家一族の男性の『妃』に選ばれた事が有ってね…… その末路は、より悲惨なモノだったのよ。 私は…… 毒杯など頂けなかった。
―――― 国家反逆罪により、逆賊として始末されたんだもの。
その時使用された処刑の場も私は覚えているわ。 ええ、王城ガングレーの聖正門の前。 『蒼の広場』って呼ばれる場所。 多くの市民が石礫を投げられた『私』は、ボロボロになった後、火刑に処せられた。
二度ね……
一方で、王都城壁外には様々な高級店や食事処も存在するわ。 第一級の御店なんかの有る場所も、多分記憶通りの筈。 そこで、私が愛した『人達』が、『聖女様』と甘やかに ” 男女の交流 ” を、持たれる所を何度も何度も目撃したんですものね。
何が何処にあって、誰が何処に棲んでいるかまで、記憶の中には存在するのよ。 今はまだ、その時では無いけれど、それも時間の問題。 まるで、そう「定められた」かのように、産まれ直す度に正確に刻まれる『運命』の様に、それらの事象は発現するの。
大きく溜息が出るわ。 それほどまでに、私は世界に疎まれているのかと。 それほど、私を『贄』としなくては成らなかったのかと。 大多数の人々の『倖せ』の為に、打ち捨てられるのが、『私』だったのかと。 繰り返す世界の中で、徐々に感情を失っていき、それでも足掻き通し、『愛』を求めたのは…… 何故だったのか。
それでも…… 信じたかったのかも知れないわ。 微かに感じる『情』が『愛』に変わるのではないかと、そんな希望に縋って居たのかもしれない。 『記憶の泡沫』が統合される前…… 二十七回の過去を全て思い出し、結合した『世界の意思』を垣間見る前は…… ね。
『怒り』や『諦め』、『後悔』、『嫌悪』なんて、今は感じない。 感情が磨滅してしまったのかもしれないわ。 でも…… ね。 私は 『未来』を諦めたくない。 私が私として掴める『倖せ』が何処かにあるはずなんだと、そう信じている。
だから、私は……
―――― 進まなくては成らない。
……二十七回の輪廻の結果、まだ、王都城壁内に入って居ないにも関わらず『記憶の泡沫』を刺激する情景が彼方此方に有るのよ。 でも、私は止まらない。 私の歩みを止める事はしない。
怯みそうになる足を、叱咤激励しながら、私は王都城壁の城門に向かうの。
旅路の終点は、『ルローロ城門』。 城門の外側の大きな広場が、ベルクライス南方街道の起点となっているの。 ルローロ城門広場の周辺には大店の店舗が並び、華やかな街並みを形成しているの。 南方からは穀物や青物が届くから、食料品の商いが盛んな場所ね。 商店の店子が大きな声で呼び込みをしている。 食事処の人達が、そんなお店で食材の買い出しをしている。
繫栄している都市で見られる、そんな活発な光景に、チラチラと視線を向けながら、テクテクと歩み、ツイツイと聖杖を突いて行くのよ。 かなり薄汚れてしまったけれど、旅装の修道女ならば、こんなものね。 所持金も少ない私には、あまり心躍る風景では無いわ。 一杯の果実水も、一片のお菓子も、王都では対価が必要なんだもの。 贅沢は敵よ……
目指すは王都教会の大聖堂…… に隣接して立つ王都薬師院。
『ルローロ城門』で、王都の城壁内に入る為の、『最後の審査』が、行われるの。 そうよ、ここから先は、貴族か、裕福な市民か、聖職に着いているモノしか入れないんだものね。 身分詐称とか有って、不審者を城壁内に入れるのは、衛視様方の失点に成るから、当然審査は厳しくなるの。 特に新参者に関してはね。
でも、今はそんな心配は不要。 だって、私には教皇様からの『召喚状』が有るのですもの。 私を証する書類は、リッチェル領アルタマイト教会の枢機卿オズワルド大司教様が認めて下さったんですもの。 これに疑義を挟む事は出来ないのよ。
――――― 旅装の第三位修道女。
その姿は、王都大聖堂へ向かう聖職者の装束だし、手には聖杖を携えていて、それにはいくつかの徽章も付けられているわ。 ええ、第三位修道女であり、第五級薬師である私を証するモノとしては、十分過ぎるモノでもあったわ。 それらのモノを見せ、笑顔を浮かべるだけで、小汚い第三位修道女は……
―――― 難なく『ルローロ城門』の、検問所を抜ける事が出来たの。
足の向く先、旅程の最後の地は、王都大聖堂。 実際にはそこに隣接して建つ『王都薬師院』なんだけれどもね。 歩きやすい王都の街路を歩む。 粛々と、淡々と。 真っ直ぐ前を向き、ただ、ただ、『王都薬師院』を目指してね。 周囲の華やかな様子には気にも留めない。 心浮き立つことも無い。
だって…… その全てが私に対して牙を剥いて来たことを『記憶』しているのだもの。
王都聖堂教会、大聖堂も、私の記憶の中にしっかりと残っているわ。 ええ、『記憶の泡沫』の中にね。 それは、『聖女を害した』と、宗教裁判に引きずり出され、『魔女』として、『磔刑』の後『火刑』に処せられた事もあるんだもの。 そして、その裁判を取り仕切っていたのが、十八人の枢機卿の方々と……。
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聖堂教会、最高権威『教皇様』なのよね。 どうしても、そんな方々に『心』が、反発してしまうのは、許して欲しいと思うの。 威圧と恐怖を与える表情を浮かべられた、王都大聖堂の重鎮の方々を前にした私は、ただただ、恐怖に打ち震えるしか無かったんだもの。 罪を犯した自覚はあったわ。 でも、それも、『理由』が有るの。 だけど、一言の反論も許されなかった。
だって、相手が、『教皇様』が特別に任命し、世界の安寧を託す 『 聖女様 』だったんだもの。 全ての『愛』は、『聖女様』に向けられていたのよ。 その事に気が付かなかった、その時の私が…… 悪いのかもしれないわ。 ただ、愛して欲しいって思っていただけなのにね。
―――― § ―――――
王都ガングレー 城壁内の道を粛々と歩む。
幾多の高位貴族の方々の馬車が、広い街路を立て続けに走っていくのを目の端に捕らえて、溜息が出るの。 リッチェル侯爵家に於いて施された『教育』の賜物か、それとも、『記憶の泡沫』が私に教えたのか…… 馬車に描かれる『貴族家の紋章』で、どこの誰が乗っているのかすら、判ってしまうの。
リッチェル侯爵家に置ける教育が、そうさせるのよ。
その中に一台…… 見知った『紋章』を付けた馬車が通り過ぎて行ったの。 馬車の車窓から見える人影は、『うら若き女性』。 その傍には『専属侍女』。 馬車の御者台には御者と『専属執事』と思われる人の姿。 その全ての人々の顔を、私は見知っていたわ。
私は視線を下げ、頭を垂れ…… 『街路の端』に寄って、決して馬車の進行を妨げないように立ち止まる。 周囲の人々も同じように馬車の周辺を広く開ける。 優先されるべき、尊き人が乗車している事を、慣例からか、本能からか、皆知っている様ね。
ええ、その馬車の紋章は、とても馴染み深いモノ。
――― リッチェル侯爵家の『紋章』だったのですもの。
心の中はまるでシンと静まり返る夜の湖の様に平坦だったの。 もっと、騒めくかと思っていたけれど、そんな事は無かった。 『記憶の泡沫』により、王都ガングレーバスの街並みに心揺さぶられていたのだけど、一番心を揺さぶられると思っていた、リッチェル侯爵家の関係者を見ても……
もう、何も思わなくなっていたわ。
うん…… 大丈夫。 あの方々……
かつて、家人だと『思っていた方々』は……
――――― 赤の他人になった証左ね。
私は…… 第三位修道女エルだもの。
――――― § ―――――
陽光が燦燦と降り注ぐ、王都ガングレーバスの昼下がり。 季節は初秋。 街路樹が黄色く色付き、ハラハラとその葉を落としている。 掃除人の方が、その落ち葉を掃いている。 その真摯な仕事ぶりに、軽く頭を下げつつも、道行きを急ぐ。 黄色く染まった町中を迷うことなく歩み続け、ついに、『 目的の場所 』に到着したの。
―――― 荘厳な聖堂教会様式の、一棟の建物。
其処は、王都聖堂教会、大聖堂に隣接し建つ、『王都薬師院』。
この旅の最終目的地。
やっと到着したわ。 アルタマイト教会を出発したのが春先だったから、実に半年もの旅路だったの。 早馬だったら片道五日の距離をね。 長かったわ。
随分と時間が掛ってしまった。 ちょっとだけ申し訳なく思うのもある。 でも、大聖女様の御依頼を滞り無く遂行する為には時間が必要だったんだもの。 仕方ないわよね。
さてと……
行きますか。 私の新しい『お勤め』場所に。
出来れば……
薬師院から出ないような『お勤め』なら、良いなって思ってしまったのは、内緒。
―――――
王都薬師院の入り口に、修道士様が居られた。 首帯のお色は、『茶色』。 戦闘修道士様ね。 更に云えば、修道士の装束の袖から覗く太い腕がその証でもあるわ。 そろそろと近寄り、口上申し上げるの。
「戦闘修道士様。 第三位修道女エル、只今、リッチェル侯爵領、領都アルタマイト教会より、王都聖堂教会 大聖堂よりの『召喚』により舞いしました。 お取次ぎをお願い申し上げます」
「む。 左様ですか。 見知らぬ修道女と、お見受けしておりました。 しばし此方でお待ちを。 当薬師院別當であらせられる、リックデシオン司祭様にお取次ぎ致しましょう」
「宜しく、お願い申し上げます。 アルタマイト教会の薬師院別當であらせられます、廃大聖女オクスタンス様よりの書状も御座いますれば、その旨もお伝え頂ければ幸いに御座います」
「ほう! それは、それは!! 早速にでも! では、此方の小部屋に」
「はい」
云われるが儘、入り口に設えてある小部屋へと足を踏み入れるの。 中は至って質素な造りだったわ。 でも、疲れている私には、有難い事に幾つかの長椅子が置かれていたの。 此処で待てと云うならば、座ってもいいわよね。 細く長いガラスが嵌められている窓から、柔らかな光が小部屋の中を明るく照らし出していたの。 街の診療所なら、待合室の様な造りになっていたわ。
長椅子の一つに腰を下ろし、聖杖を肩に掛ける。 小さな聖壇が置かれているのに気が付いた。 手に聖印を結び、暫く祈りを捧げるの。 心を静め、真摯に敬虔に、神様と精霊様に『旅が無事完遂出来た事に対する』 感謝の祈りを捧げるの。 座ったままのは、ちょっと許して欲しい。 だって……
―――― ほんと、色々と疲れていたの。
『記憶の泡沫』が呼び覚ます、二十七回の過去と、その情景が私の心を削って居たのね。 ちょっと、手が震えているのよ。 関わった人には何の感情も抱かなかった私に蘇るは幾つもの『最後の時』の記憶。 絶望に包まれた私の記憶。 愛を求めた故に、私の命は『贄』となった事を。
そんなモノが二十七も有るのよ。
そして、其処此処に、その記憶を呼び覚ます情景が有るのよ。
しっかりしなくちゃ。
運命とやらに、立ち向かわなくちゃ。
だって……
もう二度と、あんな事に成らない様に、一生懸命頑張って来たんですもの。
――――― もう、怯んでなんていられないわ。
真っ直ぐ前を向いて、『運命』なんか、蹴とばしてやるわ。
自身に言い聞かすの。 良いわね、第三位修道女エル。
神様と精霊様に仕える ” エルデ ”
――――― 『運命』なんかに、負けないんだからッ!
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