14 / 28
領都教会での一年間
八か月 と 三週間目
しおりを挟む常々自分の境遇に疑問を感じてはいたのよ。
頑張って聖修道女になるのも一つの道。 薬師院の大聖女様からとても目を掛けて戴けていると云うのもあるもの。 大聖女様はそんな私に優しくも厳しく指導して下さっているわ。
でも、同時に仰られるのは……
「別に聖修道女に成るのが唯一の道では有りませんよエル。 貴女はまだ未成年。 これから素敵な恋をするかもしれないのです。 人の心など、どういう風になるものか判りはしません。 素敵な殿方を見つけ、どうしてもその方の傍に居たいと云うならば、還俗し生涯を誓い合うのもまた一つの道。 神の御心に叶う行動なのですよ、よいですか」
「はい…… でも……」
「神は神の子たるこの世界の人々すべてに幸福を感じて生きて欲しがっておいでです。 それは、精霊様もまた同じ。 それを手助けするのが妖精族という訳です。 神の家に入り、神に愛を捧げ一生涯を尽くすのも、その者がそれに価値を見出し、それしか要らぬと心を決めている時のみ。 人の倖せの形など、誰にも定義できるものでは無いのです」
「……はい」
「よいですかエル。 貴女は貴女の倖せを求めてもよいのです。 廃聖女の私が云うのもなんですが、教会だけが全てでは有りません。 貴女の献身や努力は間近で見ている私には、よく理解できていますよ。 でもね、何事も遣り過ぎは良くないのです。 ……少々、貴女を引っ張りまわし過ぎました。 暫く薬師院には来なくてよいですよ」
「……そ、それはッ!」
「貴女が要らないとか、指導したくないとかでは無いのです。 頑張りすぎて貴女が壊れるのではと、思ってしまうのです。 この年になると、色々な人を見てきました。 頑張りすぎて壊れる人も。 優しさと慈愛は、聖修道女にとっては何よりも必要な事ですが、それが故に自身に対してとても厳しくなりもします。 それが嵩じると、その人の人格まで破壊してしまうのですよ。 それが私は怖い。 貴女が貴女でなくなってしまう。 だから、一旦お休み。 良いですか」
「…………はい」
と、云う事で薬師院への出入りは暫くお休みと成りました。 頑張って色んな事を学んでいたんだけどなぁ…… 突然の事に何をしていいのか判らないんだけど、それでも第三位修道女には色んなお勤めがあるから、まずはそちらに専念する事にしたのよ。 要は領都教会の下働きね。
特別な修道女とはいっても、私自身何も変わらないから、そこは童女となにも変わらない。 同期の仲間たちと、厨房に立ち掃除して洗濯もしたわ。 皆も私が頑張っていた事は知っているしね。 街に御使いに出る事もあったのよ。
だって、お手伝いの一環として、いろんなお勤めが有るからね。
第三位修道女にはちょっとした特典もついているの。 なんとお小遣いが戴けるのよ。 『身の回りのモノを贖う為』と云う大義名分があってたのよ。 私の場合は甘い焼き菓子を買うの。 必需品と云ってもいい。 だって、大好きな仲間たちと食べるのは、至高の時間なんだもの。 いろんなお話を聞かせてくれるしね。
勿論、そのお話は何も教会内のお話に留まらないの。 街での噂話やら、どこそこの貴族の家のお話とかね。 貴族の家のお話とは言え、あくまで噂話だから、まぁ信憑性は低いんだけど、其処はね。 何が偽で何が真か…… なんとなくだけど掴めるモノだもの。 貴族的思考を知っている私にとっては…… だけどね。
だから、殊更によくお話を聞くのよ。 小さな違和感を大事に、誰が何の為に噂を流しているのかを考えながらね。
そんな事をしているのも、ちょくちょくやって来る御領主継嗣のせいなのよ。
なにか判らないけれども、エオルド様が孤児院の面談室に私をちょくちょく呼び出されるのよ。 最初は御領周辺の御連枝の奥様方への手紙をしたため、エオルド様にお送りしてからしばらくして。
――――― それは、上手く行ったみたいね。
あの方の足りない所を、上級伯夫人や伯爵夫人が固めて下さったみたい。 エオルド様経由でその夫人様方から、お手紙も頂いたし、その中にはご自身の不明を謝罪する文言も有ったりね。 これで、暫く御領は安泰に成るわよ。
女性を敵に回したら、どんなことでもうまく進まないモノね。 特に王都から離れた御領ではね。 だってねぇ…… 日々の暮らしに直結した諸々の出来事は、王都からの指示ではどうにも遅くなりすぎて、対処するタイミングを失ってしまうもの。
きっと、エオルド様はその事に気が付かれた。
街の噂話も、エオルド様に好意的なモノが多くなってきたのが何よりの証左ね。
―――――
三級とはいえ修道女の装束で焼き菓子を買うのは、ちょっと気が引けるけど、幸いにしてパン屋さんで、こっそり売ってくれるのよね。 あそこの店員さん元童女で元同僚。 おつかいにパン屋さんに何度もしている内に、パン屋さんの若旦那に見初められて…… ってね。
その時には精一杯お祝いしてのも、いい思い出よ。
「エルは、やっぱり聖修道女様を目指すの?」
「うん…… そうね。 そうすると思う。 素敵な殿方って云われても、まだピンとくる人居ないから」
「そうよね。そうだと思った。 だって、貴女って……」
世間話のついでに、そんな事を彼女と話していると、見せの中から「おーい、何処にいる?」なんて声が掛かって、彼女ったら慌ててお店の中に駆け込んでいったわ。 まぁ、アツアツです事ッ! でも、私が何だって云うのかしら? ちょっと気になるわ。
そんな風な毎日を送る。
エオルド様の愚痴はちょっと厄介だけど、まぁ、私が違和感を覚えるところとか、エオルド様の御言葉に不穏なモノを感じれば、その都度お話はしているから、そうは酷い事には成らないと思うんだけどな。
風は寒さを孕む季節。
修道女装束に厚手のコートが追加された。
もうすぐ年の瀬。
今年は、本当に色んな事が有ったわ。
自分の環境が激変したもの。
だけど……
『記憶の泡沫』が語る悲惨な末路からは、距離が取れたと思うの。
それが、一番よね。
私が愛し、愛される”殿方”を見つけるのは……
まだ、もうちょっと先でもいいか……
25
お気に入りに追加
236
あなたにおすすめの小説
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
落ちこぼれ公爵令息の真実
三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。
設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。
投稿している他の作品との関連はありません。
カクヨムにも公開しています。
【完結】数十分後に婚約破棄&冤罪を食らうっぽいので、野次馬と手を組んでみた
月白ヤトヒコ
ファンタジー
「レシウス伯爵令嬢ディアンヌ! 今ここで、貴様との婚約を破棄するっ!?」
高らかに宣言する声が、辺りに響き渡った。
この婚約破棄は数十分前に知ったこと。
きっと、『衆人環視の前で婚約破棄する俺、かっこいい!』とでも思っているんでしょうね。キモっ!
「婚約破棄、了承致しました。つきましては、理由をお伺いしても?」
だからわたくしは、すぐそこで知り合った野次馬と手を組むことにした。
「ふっ、知れたこと! 貴様は、わたしの愛するこの可憐な」
「よっ、まさかの自分からの不貞の告白!」
「憎いねこの色男!」
ドヤ顔して、なんぞ花畑なことを言い掛けた言葉が、飛んで来た核心的な野次に遮られる。
「婚約者を蔑ろにして育てた不誠実な真実の愛!」
「女泣かせたぁこのことだね!」
「そして、婚約者がいる男に擦り寄るか弱い女!」
「か弱いだぁ? 図太ぇ神経した厚顔女の間違いじゃぁねぇのかい!」
さあ、存分に野次ってもらうから覚悟して頂きますわ。
設定はふわっと。
『腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?』と、ちょっと繋りあり。『腐ったお姉様~』を読んでなくても大丈夫です。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる