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その日の出来事

決断の結末

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 ――――― 『聖女生誕』に驚くリッチェル侯爵家の方々。



 満足げに笑みを浮かべて居られる『精霊様』 混乱に目を白黒させている侯爵家の使用人たち。 混乱を利用するのは、貴族の嗜みでもあるわ。 だから、声を上げて、祝福の言葉を紡ぐ。 そして、混乱に乗じて、自身の『望み』を叶えるの。 混乱している人達には、特に有効な手段。 そう、王子妃教育で薫陶を受けたの。 実践の機会ね。 出来るかどうか、判らないけれど、これ程、侯爵夫人が心を揺らしているのならば、可能かもしれない。



「御目出とう御座います、侯爵夫人並びに御継嗣様。 御領は聖女様生誕により、大きく祝福され絶大な御加護を頂けることに御座いましょう。 聖女様もご機嫌麗しく、誠に重畳。 入れ替え子ヴェクセルバルクとして、リッチェル侯爵家にて育ちましたわたくしも、大変うれしく存じ上げます。 そして、此処にリッチェル侯爵家は、家族を取り戻されました。

 わたくし入れ替え子ヴェクセルバルクは、この偉大なるリッチェル侯爵家に存在する訳には御座いません。 存在するリッチェル侯爵家の御令嬢は唯一人。

 入れ替え子ヴェクセルバルクならば、本来居る場所に戻らねば、ことわりに反します。 誠に勝手なお願いでは御座いますが、御令嬢が迎えの馬車にて、教会併設の孤児院に送って頂ければ幸いに御座います。 入れ替えの『修正・・』を、完遂する為の方便・・ですので、何卒ご許可を頂きたく存じます」



 長口上で、侯爵夫人にそう言上する。 二度とお母様なんて呼ばない。 呼んでなんかやるもんか。 聖女様に視線が釘付けになっている侯爵夫人は、私の長口上なんて、耳に入らない。 ” なにか、言っているわ ” って感じかな? でも、それでいい。 判断力があれば、きっと記憶の泡沫が見せた未来と同じ、侯爵閣下に急使を送る。 そして、私の処遇を委ねるのよ。 

 頂けないわ。 今、この場の最高権威保持者は侯爵夫人。 そして、侯爵夫人の命ならば、受け入れざるを得ない人達しか居ない。 だから、侯爵夫人の言質を取らねばならない。 

 もし、侯爵閣下に急使など送られれば、『聖女様』本人を見ていない侯爵閣下は、それまでの経緯を鑑みて一旦は私を侯爵家に留めようとするけど…… 聖女様を見て多分後悔する。 わたしの口を封じる算段を色々と考え始めるのは、間違いないもの。だから、私から……



 ―――― 私が自分で決められる、この機会を逃す訳には行かない。



 一旦、庶民に下りさえすれば、本当に変な考えを持たなければ、私の身は安全になる。 惨死を回避するのが容易になるのよ。 だって、庶民の孤児が何を云おうと、貴族の社交界は聴く耳を持つ者は居なくなる。 まして、自分が封じる領の教会の孤児院に入るのだしね。 侯爵閣下にしてみれば、私を監視下に置ける上に、私を利用しようとするモノを排除するのは簡単だし、私が野心を興せば、もっと簡単に、私に『』を与える事だって出来るもの。


 ―――― ジリジリしながらも、侯爵夫人の返答を待つ。 ただ、ただ、頷いて下さることを期待して、頭を垂れて待つ。


 視線を聖女様に向けたまま、いまだ感動と混乱に陥っている侯爵夫人がやっと、鷹揚に頷いて下さった。 多分、侯爵夫人は、意識なく頷かれたに違いない。 でも、確かに頷かれたわ。 御許可をもぎ取った形にはなったが、それさえあれば、私はもうこの家に用は無くなる。 簡単に家令のセバスに目配せすると、セバスも頷き返してきた。 彼も、夫人が承諾したと認識したみたいね。 宜しい。 小さく笑みを浮かべ、皆を祝福する文言を口にしながら、談話室を後にする。

『入り口』近くに居たため、五歩も歩けばもう廊下に出る事が出来るわ。 背後で扉が閉まる音がする。 傍らにセバスが背筋を伸ばし、私に追いつこうと歩いて来た。 まるで夜の湖の様な深い蒼の瞳を私に向けながら、私に問い掛けてくる。 それは、まさしく私に対しての敬意を持った声音だった。 ちょっと、驚いたのは、秘密。



「お嬢様…… 本当に宜しいのですか?」

「私はもう『お嬢様』では無いわ、セバス。 いえ、セバスティアン様?」

「お戯れを…… しかし……」

「もう、決めた事です。 わたくしがこのリッチェル侯爵家に存在する事は、これからの侯爵家に於いて、害悪にしかなりません。 ヴェクセルバルク取り替え子ならば、その生活環境を正しく交換・・せねば、解消は完了しません。 幸い、わたくしはこれまで王都社交界に出た事はありませんから、本当の娘だと触れ回る事をせずとも、聖女様をリッチェル侯爵家の末娘として披露できるでしょう。 それに、私は孤児院に行きます。 どんな場所かは、マーサから聞き及んでおりますし、『慰問』にも何度も訪れました。 心配はありませんもの」

「……侯爵家の為に、身をお引きになるですか?」

「自分の為でもあります。 身に余る身分は、身を亡ぼすことに成りましょう。 貴族には、少しの傷も許されないのです。 セバスも知っているでしょう」

「御屋形様は……」

「自身に全く似ていない私と、ご自身に似た容姿の ” 聖女様  ”。 比べるまでも無いでしょう。 まして、入れ替え子ヴェクセルバルクなどと…… それは、まさに、侯爵家が精霊様の怒りを買ってしまった証左と成りましょうから、全力で秘匿されるでしょう。 それに、わたくしは……」

「それに?」

「まだ、死にたくありませんもの」

「エルデお嬢様……」

「その名も、馬車に乗るまで。 孤児院では、簡素にエルと名乗ります。 家名の無い庶民のエル。 神様から頂いた、聖なる名を偽るのは心苦しいですが、孤児故に神名を秘匿する必要も有りましょう。 エルわたしは、貴族では無くなったのですから」

「しかし…… 短時間ではありましたが、『あの方』の身上調査を致しました。 その結果は、あの方もまた、末端とは言え貴族家の者に御座いました。 立場を入れ替えられる問う事ならば、お嬢様は『唯の庶民』ではありません」

「えっ? どう云う事?」

「あの方はグランバルト男爵家の遺児です。 直参法衣男爵であったグランバルト卿は、強い責任感と逃れられぬ貴族の縛りから『自裁』を御決断されました。 グランバルト男爵家の名跡は国王陛下に返上、一家は離散となり、男グランバルト法衣男爵の名跡は国王陛下 ” 預かり ” となり、消えました。 それに伴い、グランバルト家の『お嬢様』は孤児院に入られた由」

「そう…… なのね。 ……あの子の名前は?」

「ヒルデガルド嬢とおっしゃられます。 孤児院では、お嬢様と同じ判断により、『ヒルデ』と、呼ばれておられました」

「エルデは神より頂きし神名。 立場が入れ替わったとはいえ、神様がお与えに成った『名』は入れ替える事は出来ますまい。 私がヒルデと名乗るのは出来ませんね。 やはり、エル……と、自身を呼称致しましょう。 セバス、今までありがとう。 貴方達の献身は、精霊様もご照覧されております。 今後も、リッチェル侯爵家への忠誠を示し、侯爵家を護り、己が職務に精進してください。 リッチェル侯爵領の民として、そう望みます」

「御意に…… エルデ様。 貴女は、わたくし達 領都本宅の使用人一同に常に優しく慈しんで下さいました。 その事に感謝を。 また、御不自由を強いました事、強くお詫び申し上げます」

「謝罪は受け取りました。 もう、わたくしの事で皆を煩わせることは無いでしょう。 この領の民として、領に貢献できるように精進していきます。 それでは、セバス…… いえ、セバスティアン様。 お暇申し上げます」



 やがて侯爵家の玄関口に辿り着き、其処に待っていた馬車の前、私は精一杯の淑女の礼カーテシーをセバスティアンに贈る。 今までの献身に対しての感謝を示す為に捧げたの。 セバスも、胸に手を当てて答礼して下さったわ。

 侯爵家が用意した、ヒルデガルド嬢を迎える為の『馬車』に乗り込む。 侯爵家の馬車。 紋有りの馬車。 これで、最後。

 乗り込む前に、そっと御邸を見る。 色々な事が有った場所。 仮初の私が居た場所。 居てはいけない場所。 存在が許されない場所。

 視線を切り、前を向く。

 私は…… 『エル』。

 見知らぬ、元グランバルト法衣男爵の娘。

 グランバルト家の御当主様が、知らない彼の家の『遺児』であり、 『孤児』。







 これでいい。




 私は、エルと成り……






 ヴェクセルバルク妖精の入れ替え子の 『 解消・・ 』 は完遂され……




    




  ―――― 世界の『意思』からの離脱を完了した。









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