蛍降る駅

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
19 / 21
Christmas Special  (クリスマス特別編)

Christmas Tree (サンタへの伝言)

しおりを挟む
 Christmas Tree (サンタへの伝言)





「ママ、明日はクリスマスだよ、パパに逢えるよね?」

「ええ、そうね。良い子にしていたものね」

「うん!!」




 娘は無邪気に笑って、元気良く答えた。夫はここ半年、帰っていない。娘には、遠いところへ御仕事に行っていると言う事に、なっている。でも、本当は、別れる寸前の別居だった。まずまず一流と言われる会社に勤めていた彼は、普通に暮らしてもいた。そして、私と出合い、愛し合い、そして、結婚した。娘が出来てから、彼の様子が少し変わった。


 残業の無いはず日でも、帰るのは、夜遅く、娘はともかく、私の目を見る事も稀になった。




*********************************




 隠し事。




 夫婦の間の………………

 それは、大きく分けて二つ、一つは経済的な事。もう一つは………… そう、浮気。

 別にうちの経済状態が悪い訳ではない。必要十分な御金は、毎月入っている。会社を黙って辞めた様子もない。時々、会社から連絡が入っていた。

 ならば………… 元来、淡白な夫であったが、もう、何ヶ月も、何の交渉も無くなっていた。つまりは…………




 浮気。




 私は、その証拠を探ろうとした。彼のスーツをチェック、携帯の発信、着信記録を抜き打ち的に見たりもした。通信会社に使用明細を請求したり、出張の時は、会社に確かめもした。

 女の影は出てこなかった。




*********************************



 暫らくはそのままにしていたが、やはり、なにかおかしい。

 そして、憂鬱な梅雨空の、あの夜、私は夫を問い詰めた。




「何を隠しているの?女?」

「…………いや。 何も隠してない」




 気の優しい夫は、私の目を見る事無く、そう言った。納得できない。煙の出ない所に、無理に火事を起こすような物だと言われても、彼の隠している物の正体が知りたかった。



 執拗に問いただす私。

 粘り強く否定する彼。

 話しは平行線。

 しかし、粘りは、私の方が勝っていた。

 ついに、彼は彼の秘密を口にした。




「付き合っている男がいる。」

「………………」




 言葉も出なかった。何故? 女なら話しはわかる。 育児にかまけて、夫を省みなかったと、反省も出来よう。 しかし、夫の相手が、男?!



 殺意が湧いた。 相手にでは無く、夫に。



 私の目が剣呑に、瞳孔が小さくなった。 彼以外のものが見えなくなった。 発作的に台所に立ち、包丁を片手に、夫の元に行く。 そう、何もかも発作的だった。 あとで、考えると、そこまでし無くても、幾らでもやりようはあったはずだ。



 息を呑む夫。



 怒りを通り越し、激情に感情が凍り固まった私。

 睨み合いが続き、緊張の糸が張り詰め、いつ切れても、おかしくなかった。

 あと、数瞬、娘の声がしなかったら、私は殺人者になっていた。




「おかあさん? 何してるの?」




 常識と良心が、狂気の束縛から解き放たれた。鬼気が緩んだ。娘にだけはこんな姿を見せたくは無かった。出来るだけ優しく、娘に答えた。




「…………ああ、ちょっとね。 …………どうしたの?こんなに夜遅く…………」

「パパの声が聞こえたから………… 御帰りなさいって言いたかったの!」

「…………おっ、おお。 ただいま。」




 取りあえずの危機を脱した為か、夫は安堵の表情で娘を見つめた。




「パパ~」




 娘が夫にしがみ付いた。普段あまり構ってもらえない寂しさか、娘は甘えていた。話しは、娘を寝かしつけるまで、中断された。

 夫は、娘を寝室に連れて行き、私は心を落ち着かせる為に、コーヒーをニ杯入れ砂糖をたっぷりと入れた。

 夫が帰ってきた。食卓に坐り、私を、私の目を見た。今夜、初めて。




「家を出る。暫らく考えさせてくれ。」

「………………」

「しばらくの間だ。生活費はちゃんと家に入れる」

「………………」




 テーブルに置いたコーヒーに手も付けず、彼は立ち上がり、自分達の寝室に行くと、自分の身の回りの物をバッグに入れ始めた。私は何も言えず、ただ、黙ってそれを見ていた。

 夫は出て行った。何時、帰るとも、どうするとも云わずに...




*********************************




 娘には夫が出張に出た事にした。良い子にしていたら、直ぐに戻ってくると、云って納得させた。私は自分の言葉に自信が持てなかった。

 彼は約束を守り、家に給料の大半を入れてくれた。

 それでは、足りない。今までの暮らしを守るために、私はパートを始めた。娘が学校に行く時間に出来る仕事を選び、たとえ時給が安くとも、娘との時間を削らない様にした。

 そして、五ヶ月が過ぎた。




*********************************




 娘には、クリスマスには、夫が帰ると云いきかしていた。 …………私もそう、望んでいた。 自分で封印した、夫の会社への電話。 彼からは一度も、かかってこない電話。 せめて娘には、逢わせてやりたい。 そういう想いで、会社に電話をした。



「あなた………… クリスマス………… どうするの?」

(…………用事がある)

「…………そう、 …………あの子、あなたの事、待っているわ…………」

(うん、わかっている)

「…………何とかならない? せめて、あの子にだけでも…………」

(わかった。)




 電話を置く。 娘が私の方を見ていた。




「パパ、帰って来るの?」

「…………あなたが良い子にしてたらね」




 何時もと、同じ答えしか出来なかった。娘もうすうす私達夫婦の亀裂を感じていた。寂しげな様子だった。堪らなくなり、娘をしっかり抱いて、耳元で言った。




「何時も、ママの言う事を聞いて、良い子でいるから、きっとパパ帰って来るよ」

「うん」




 娘は頷いた。その目が信じても良いのと、私に尋ねていた。



*********************************




 クリスマスの日。 昼前に夫から電話があった。 会える。ただ、夕方までという約束になった。 私は了承した。

 娘に支度をさせ、約束の場所に向かおうと、マンションを出た。 そこに夫が立っていた。 手に娘へのプレゼンとを持ち、娘の姿を見つけると、軽く手を上げた。




「良い子にしてたか?」

「うん、だって良い子にしてたら、パパに会えるもん」




 娘は、プレゼントの包みより、夫の大きな手が欲しかったのだ。 その気持ちは、痛いほど良くわかる。 夫に抱きつき、甘える娘を、私は嬉しく思った。 夫も娘にだけは誠実になりたかったのかも知れない。

 遅い昼食をとろうと云う事になり、三人揃って近所のレストランに向かった。

 後ろで、大きな黒い車がタイヤを軋ませ、猛スピードで走り去って行くのが見えた。反射的に娘を車道の反対側に遠ざけた。




「あぶない車だな」

「そうね」




 半年振りに、夫と直かに話す言葉だった。



^^^^^^




 娘にとって楽しい一時は、飛ぶように過ぎ去り、私にとって、夫を愛するがゆえに、拷問のような時間は、のろのろと過ぎていった。最後のコーヒーとケーキを食べ終わる頃、娘は寂しそうに言った。




「御仕事大変だね」

「…………ごめんな」

「良い子にしてるから、また直ぐに帰ってきてね」

「…………わかってる」




 夫の言葉を信じたかった。

 夫はマンションの前まで私達を送り、薄暗くなりつつある、街への道を去って行った。

 残された私達は、家に戻り、娘は夫からのプレゼントを開いた。 手ごろなサイズの熊のぬいぐるみだった。

 クリスマスツリーの電飾が、妙に白々しかった。 娘はそのぬいぐるみを自分のベットに乗せると、食卓に戻って、言った。




「ママ、ケーキたべよう」




 娘が私に気を使ってくれている。小さい心で、私の哀しみを感じてくれていたのだ。


 ゴメンネ


 心のなかでそっと呟き、冷蔵庫から、近所で買い求めたケーキを出した。部屋を暗くして、クリスマスソングを歌い、娘と2人だけで、ケーキを食べた。




*********************************




 十時を回り、娘は自分のベットに戻った。

 私は一人、リビングにいた。これからの事を考えていた。

 今日はなにも考えられそうに無かった。夫の優しい笑顔を見てしまったからだ。たとえそれが、自分に向けられた物では無くても。ぼんやりと光るクリスマスツリー。飾りのなかに一枚の紙がつるされていた。娘の文字があった。七夕と間違っているのかしら。

 私は、何の気なしに、その紙を見た。




 ”サンタさんへ 

 プレゼントはいりません。ママとパパといっしょにいたいです。おねがいします”




 涙が溢れ出た。あの子ったら………… 突然、電話の呼び出し音が鳴った。

 びっくりしながら、受話器を取った。夫の声がした。



(…………お前か)

「何?」

(…………話したい事がある…………)




 私は恐怖した。 世界中で愛を語る日に、冷たい現実が襲ってくるのを…………




「…………ええ、決心したの?」




 震える声で、私は言った。




(…………ああ、 …………もし、 ………………もしも、お前が、許してくれるなら……  俺………… 帰っても良いか?)




 ああ、神様。気が付かないうちにしゃくりあげていた。




(ダメか?)

「ううん、ダメじゃない。見せたいものがあるの………… 早く帰ってきて…………」

(…………あぁ)




 電話が切れた。

 娘のサンタ宛の手紙を見て、彼はどんな顔をするのだろう?

 赦しの季節。

 私達には、時間が必要だったのかも知れない。

 明日の朝、娘が起きて、夫の顔を見て彼女はどんな顔をするのだろう?

 でも、一つだけ確かな事がある。彼女は、私同様、サンタの存在を、心のなかで確信するだろう事だけは、想像できた。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

後宮の記録女官は真実を記す

悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】 中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。 「──嫌、でございます」  男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。  彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

処理中です...