やさぐれ令嬢

龍槍 椀 

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脱出編

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 目の前に居並ぶ凄い綺麗な人達。



 豪華な金髪、涼し気な紺碧の瞳、凛々しい軍服姿。 聖王太子 ジュリアス=グスターボ殿下。 目下、私の婚約者であり、次代の王。 物凄い怒気を孕んだ視線で私を見ていた。



 舞台はね、マリューシュ王立学院の舞踏会。 この舞踏会が終わったら、もう、 ” 私 ” が、学院にも来ることが無いから、最後の機会だったもんね。


 うん判る。


 私が、皇太子殿下の妃候補として、後宮に詰め込まれるのは、舞踏会が終わった後だもんね。 此処で婚約破棄しないと、 ” 大人 ” の、事情に呑み込まれるもんね。 うん、とっても判る。 今日しかないもんね。



 両脇には宰相閣下の息子 アンリ=ホルヘ子爵、 近衛総軍司令官の息子 ピーター=フォリオ子爵が控えている。 うん、蜂蜜色の髪とか、凄い銀髪とか、遠くから見てもそれと判るキラキラですねぇ。

 私の後ろには、ウイリアム=テイラー男爵…… こいつは後宮警察長官の脳筋バカ息子…… あ~あ、言っちゃった。

 はい、とっても、見目麗しいこの高貴な方々ですが、まったく社会の常識が通じません。 ええ、本当に。 でだ。 ジュリアス様の後ろに匿われているのが、元凶の人物。 



 うん、元凶って言わせてもらう。 聖女カタリナ=ウエーバー男爵令嬢 



 栗色の綺麗な髪、愛らしい頬っぺた。アーモンド形でちょっと垂れ目で普通はキラキラしてる瞳。今はウルウルだけどね。 鮮やかな黄色いドレスと、多分、殿下から貰ったであろう、見覚えのある首飾り、及び、耳飾り。 うん、それ王家の至宝だったよね。

 この子の頭の中見てみたいなぁ。 とにかく  ” ジュリアス様が大好きです! ” って事一番に押し出してるね。 うん、いいよ、それは。

 でもね、婚約者持ちに粉かけるってどうよ、さらに、聖王太子を確実に手に入れる為に、取り巻きを囲い込んだね。 ” 可哀そうな私 ” 、 ” 健気な私 ” を使って。 そりゃ、五歳から婚約者やってる私より、幼くて可愛いから、聖王太子なんか、すぐメロメロになるよね。 判るわぁ~~

 でも、お前、一回、後宮の御妃様後ろの魔女と、本気で遣り合ってみ、可愛いとか健気とか吹っ飛ぶから。 ドロドロの後宮権力争いやってみ。 確実に精神削れるから。 泣き言なんて、許してもらえんよ?

 あんたの周りの男共、後宮には入れんし、後宮の中は女だけだから、ジュリアス殿下と云えど、もうすぐ十八歳、王様の許し無しに後宮にはいろうもんなら、一発で王位継承権失うよ? あなた、 ” 王子様 ” が好きなんでしょ? 判ってんのかなぁ…… ちょっと、ほんとに、この子の頭の中見てみたい。

 んで、その後ろ、こいつも問題。 我が弟。 エーリッヒ=クリストバーグ子爵 後詰めだね。うん、いつも通りの冷たい目をしてこっち見てる。 こいつも銀髪だけど、濃い茶色の瞳に銀縁の細い眼鏡を掛けて居る。宮廷魔術師の父上の後を継ぐべく、日々精進している筈だったのでは? はぁ……   こいつは、弟と云っても、腹違い。

 お母様が亡くなってから来た、御義母様の長子。 でもって、お母様の存命中に出来てた子供。 精一杯、優しくしてたけど、御義母様どうも、要らん事をエーリッヒに吹き込んでたみたい。 屋敷に来た時から、妙に敵対心丸出しでねぇ…… 扱いに困った。

 でだ、こいつらは、舞踏会が始まって直後、全学生が居る中で踊り始める前に、ホールの中央でこの茶番をおっぱじめやがった。 うん、確かに、此処に居るのはグスターボの中でも屈指の上級貴族様達の子弟だもんね。

 学院が全ての ” あんたたち ” らしい選択だわ。そりゃ、ジュリアス殿下は生徒代表だし、両脇を固める方々や、我が愚弟も代表評議員としてトップを形成しているしな。私は、後宮に呼び出しが多いから、関知してないけどねぇ……

 後ろに隠れて、なんか震えてる、お馬鹿さん「カタリナ」は、そんな彼らの御姫様ポジションなんだよねぇ…… うん、彼女、聖女の儀で、聖女認定されてるしなぁ……  知ってましたよ。 そんな事は。 でもね、聖女様は国に仕える巫女でしょ?

 聖女は国に仕えるってんで、生涯独身を強いられるし、とっても不自由な暮らしが待ってるから、グスターボの ” 大人たち ” からの最後のお詫びに、マリューシュ王立学院に入学させて、楽しくも充実した青春時代を過ごさせてあげようって、そういう配慮からでしたよね―――


 彼女の入学は。


 じゃなくちゃ伯爵家以上の家格が条件のマリューシュ王国学院に入学できんぞ? この馬鹿聖女、完全に勘違いしてるよ。

 なんで、そんな事知ってのかって? そりゃ先代聖女様お婆ちゃんから直接聞いてからね。 伊達に5歳から殿下の ” ご婚約者 ” やってないわよ。 その先代聖女様お婆ちゃんは、私の事可愛がってくれてね、まるで、孫娘みたいに扱ってくれた。

 お母様が亡くなって寂しくなってた時だったから、とっても甘えさせてもらったのよ。だから、聖女様の仕事は良く知っている。 余計に、この馬鹿どもがどうでもよくなる。

 「聖女」カタリナ様、貴女は、王妃にはなれんのよ…… 本来。 ……そんでも、無理して、王子様の御妃様になったら、聖女としての役目出来なくなるよ? 

 聖女様ってのは、一度 聖女認定されたら、その方が死ぬまで次の候補は生まれないんだよ? その間、人は自力で魔物とかに対処しなきゃならないんだよ? 

 そんなことしたら、近隣諸国から何をされるか判らんよ? だって、この国の「聖女様」は周辺諸国も含めて強大で巨大な大結界を張る為の存在だよ?

 そんな「聖女様」をグスターボの御妃様王妃殿下にしたら、大結界である ” 魔法障壁 ” は、消えるよ? 障壁消えたら魔物が溢れだすよ、あちこちで。 グスターボも同じだよ? 魔物に襲われた人達から目の敵にされるよ?

 この国グスターボは、その結界を張る為に周辺諸国に護られてんだよ? 先代の聖女が亡くなってから、カタリナに「聖女のしるし」が出るまで、周辺諸国と、グスターボの辺境地帯がドンダケ苦労してたか知ってるでしょ?

 ダメだ…… そんな事、知らなさそうだ…… まぁいいや。 私だって、意地悪御妃様後ろの魔女のいる後宮なんぞには入りたくないし、まして今後の王室と誼よしみを通じたいわけでも無い。

 国王様、「聖女様と結界」の話を、こいつらにしてたんか? 御妃様、私をいじめる暇が有ったら、ちゃんと息子に大事な話しとけよ・・・学院の中は不干渉って、私には御妃教育とから言ってさんざん干渉してきてたよねぇ?




 そんなわけだから、これから始まるにちょっとだけ付き合って、オサラバしたい。






*************





 聖王太子 ジュリアス=グスターボ殿下がでっけい声を張り上げて、私を糾弾して来る。 まぁでっち上げなんだけどね。利害の一致したエーリッヒ辺りが、一枚噛んで、周囲が同調して、カタリナの心を欲しがったって所か……  くだんねぇ。  婚約破棄してくれたら、それでいいけどねぇ 



「ベルダンディー=ファーリエ=クリストバーグ侯爵令嬢、お前は人としてしてはならぬ行いをした。よって、お前との婚約をこの場で破棄し、カタリナ=ウエーバー男爵令嬢と改めて婚約する事をここに宣する」

「殿下…… 人として、してはならぬ行いとは?」

「しらを切るつもりか? ベルダンディー。 お前は聖女に何をした?」

「心当たりは御座いません」

「ぬぬぬ、あくまで、しらを切るつもりか! お前の悪行の数々は此処に居る者達が全て証言しているぞ」



 周りを見回すと、高位貴族の子弟たちが一斉に視線を泳がせている。 うん、間違いなくこいつらの強要だね。 判るわぁ…… 次期国王の元に集まる証拠、証言なんかは全部こいつらに都合のいいモノに変化するよねぇ……

 予断が入りまくり、フィルター掛かりまくりだもんねぇ…… 自分の犯した、 ” 人として、してはならぬ行い ” ってのは、どうでもいいや。 聞くだけ阿呆くさいし。



「では、わたくしに如何せよと?」

「分かり切った事だ、この場に居る資格がない。出て行ってもらおうか」

「資格………… ですか」

「ああ、お前は貴族籍から離脱させた」

「ほう……」



 馬鹿娘カタリナの後ろから、愚弟のエーリッヒがなんか言い出した。



「姉上…… 貴女と言う人は 恥を知りなさい!! ……殿下、誠に、クリストバーグ侯爵家として恥ずべき者です。 ですが、 ” こいつ ” は、本日夕刻を持って、グスターボの貴族籍からの離脱いたしました。もう、こ奴は、貴族でもありません。存分に処分して頂いて結構です。 クリストバーグ侯爵家も一切関知いたしません」



 ふーん、そうなんだ。 も一枚かんでた訳だね。うん判った。 じゃぁ、本当にいいや、もうこんな国どうでも。



「理解いたしました。 庶民に落とすと云う訳ですね」

「当たり前だ! お前の様な姉は要らない」

「分かりました。では、私もグスターボの貴族籍、クリストバーグ侯爵家から、離脱したと、認識します」



 ジュリアス殿下が薄ら笑いを浮かべながら追撃に入ったよ……  知らないって罪だよねぇ。



「庶民に落ちたら、お前が此処に居る資格が無いと判ったか。 それとな、「聖女」に対する数々の暴挙に関して、後程、後宮警察がお前を捕縛し、牢にぶち込むからな」

「庶民だからですね…… はぁ…… 取り敢えず、この建物から退出しましょう」

「判ったか、この悪女め! 牢屋で後悔するがいい!」



 私は、最後の挨拶とばかりに殿下にカーテシーを決めて振り返った。 脳筋馬鹿のウイリアム=テイラー男爵がついて来た。 後宮警察とやらに引き渡すんだろうなぁ……  きっと建物の外に護送馬車が待ってるよ、これ。

 真っ赤な安物のドレスとか、くっそ高いヒールの靴とか、高価に見える紛い物の首飾りとか…… 色々面倒だなぁ。 全部、が用意してくれたんだよねぇ……

 侍女たちが憤慨してたよ。何処まで貶めれば!ってさ。 ホントは、此処で殿下に泣きついたり、色々と誤解を解く努力をしなきゃならんのだが…… めんどくさい。 本当にめんどくさい。 だから、さっさと後にした。 建物の外まで脳筋馬鹿が付いて来た。



「これで、もうお別れだ。 二度と顔を見る事は無い」

「そうですね。 もう二度とね。 頑張ってください。 後宮警察は貴方にとって良き場所となるよう、お祈りしております」

「フン、偉そうに言うな、庶民が!もう、こんなものいらぬだろう!」



 痛った~~~!! 私の首飾りを引きちぎりやがった! それは、御義母様が贈ってくださったものだよ? 底意地の悪い笑顔でね。 まぁ、もういらないけど。 キッとこの馬鹿を見詰めて言い切ってやった。



「私はこの国の貴族籍から離脱したと確認いたしましたが、まだ、他国の貴族籍は抜けていませんよ? 母の実家との取り決めでね、クリストバーグ侯爵家から、籍が抜けるまでは、 ” その籍 ” は、保留されるとなっておりますの。先ほど、旧籍が復帰したと、認識しましたわ」

「なに?」




 護送馬車の向こう側に、割と大きくて豪華な馬車が止まっているのを見つけたから、この馬鹿に言い切ったてのもあるんだ。 別に、何事も無く舞踏会がおわったら、いいかなぁ…… なんて思ってたけど、馬鹿王子、馬鹿弟の動きから、何となく今晩の出来事の ” 予想 ” は、付いてた。

 だから、侍従長の ” クラインおじさま ” に、話だけは通しといた。 度々宮中に呼び出されてるし、機会は沢山あったよ。 クラインおじさまは、何とかしようと動いてたんだけどね、殿下の暴走が招いた、その結果が此れだよ。



「控えよ!!!」



 馬鹿男爵が、ビクッてなってて、ちょっと面白い。



「何者!」



 後宮警察の官警が抜刀した。馬鹿は私の首筋を後ろから捕まえてた。 逃がさない様にかな…… ちょっと痛いんですけど! 



 声の主は、この国ではあんまり見ない恰好をしていた青年騎士だ。 濃紺のチュニックに月と月桂樹の葉の刺繍が大きく縫い取ってある。 結構豪華な馬車の横手には馬が六頭ほど…… あぁ…… 近衛騎士だねぇ それも御隣国の。 この馬鹿は知ってるかなぁ



「アデレー、近衛第一師団、指揮官のヴァイス伯爵だ。 王孫ベルダンディー=ファーリエ=クリストバーグ殿下、お迎えに上がりました」



名乗って呉れました。 良かった、これで馬鹿にも判る筈



「な、なに?」



 脳筋狼狽えとるなぁ……早く放せ!



「抜刀を持って、我らに対するとは、言語道断! 我らと争うわれるつもりか、さすれば、お相手申そうか?」



 夜目でもヴァイス伯爵の視線が周囲を圧倒してるねぇ…… いい仕事するねぇ…… お子ちゃまには、対処が難しいねぇ…… どうすんのよ、コレ 

 あぁ~あ、後宮警察の官警さん達、慌てて納刀したよ。 そりゃそうだね、大人だもんね、ヴァイス伯爵の言った意味理解できるもんね。 相手は本職の騎士だしね。 ましてやアデレーの近衛って最前線で戦い抜いてる歴戦の猛者たちだもんね。 おい、筋肉馬鹿! 放せ!



「手をお放しになって、頂けないかしら? の首筋に手を掛ける後宮警察の官警なぞ、聞いた事もありませんわ」



 目を細め、冷たく言い放ってみる。 お馬鹿さんの脳みそにやっと事態が届いたのかな、放してくれた。 ヴァイス伯爵が、すぐに近くに来て、騎士の礼を取ってくれた。 馬鹿にも分かりやすいようにね。



「姫様、来るのが遅れて申し訳ございません」

「いいのよ、ヴァイス伯。 行きましょう。 お話は、侍従長のクラインおじさまから?」

「この国の大使を通じ、我が国の大使へ、更に国王陛下、御妃様、皇太子ご夫妻にも、お話が通っております」

「では、もう、この国に居る必要はないのね…… 残念だわ♪」



 会心の笑みを漏らす



「殿下に置かれましては、御意思のままに」

「ええ、もう、私はこの国の貴族籍から離脱したそうよ、だから、自儘に出来るの。 やっと、頸木が無くなったのよ」

「では」

「行きましょう、アデレー へ。 御爺様、伯父様、お嬢様、殿下達とお逢いしたかったもの」

「ははっ!」



 私は、そう言って、彼らの護衛してきた馬車に乗り込んだ。 中には庭師のベーレンと、第二家令のルワンが乗ってた。 そっかぁ…… この人たちはアデレーの人達だっけ。 お母様と一緒に来たんだっけ。 お母様が亡くなっても、その時帰らずに、私を護ってたんだよね。 じゃぁ、お庭衆は? それと侍女達も?

 ルワンが、ちょっと乱れた髪型とか、首筋に付いた傷とかを見て、ハラハラと涙を流してる。 ごめんね、心配をかけたわ。



「お嬢様…… おいたわしい……」

「平気よ。 むしろ清々した。 他のみなは?」

「帰国の途に就いております。 多分、旦那様も、奥様も、半狂乱でしょう。 クリストバーグ侯爵家の主だった者が皆、出奔いたしましたから」

「あぁ…… 侍女がほとんど居なくなってしまうもんね」

「あ奴等の子飼いしか残っていないでしょうな」

「あら、そうなの」

「各人個人の所有物だけ持って、後は全て残してあります。 御給金すら残す猛者すらおります」

「……そう、……そうね、あの方達から何も、貰う必要はないものね…… さぁ、帰りましょうか」

「はい、お嬢様」





*************





 夜の帳が落ち、月光に照らし出された道を一台の王族用の馬車が走り抜ける。  両脇を近衛騎士が騎馬で護衛しかなりの速度で都を後にした。 茫然とその様子を見詰めていた後宮警察の官警達。 自分たちが捕縛しようとした相手が、どんな立場の人間かを理解し慄きに震えた。





 グスターボに激震が走るのは、まだ先の話。







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