男装少女の武勲譚

窓見景色

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【13】

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 茨州は混乱の真っ只中だった。
 突然、北方民族が攻めてきたのである。

 平野にて、すでに戦は始まっていた。

 敵はいつのまにか国境にある砦をすり抜け、茨州に侵入していたのである。砦が破られた形跡もないので、本当に突然のことだった。

「増援はまだか」

 佑鎮が言った。

「すでに勇州へ早馬を出しております」
「よりによってあいつを頼らなければならんとは」

 膠着状態で互いに出方を伺っていた。しかし、軍は少しずつ後ろに押されている。戦況は芳しくなかった。

「佑鎮様!」

 伝令が駆け込んでくる。

「勇州から兵士が来たのですが……」
「どうした」
「お、鬼が混じっています」

 伝令はさらに衝撃の事実を告げる。

「勇州の増援は、北方に加勢しています」
「なんだと!」

 罠にはめられたことを知る佑鎮。

「お伝えします」
「今度はなんだ!」
「敵陣に単騎で駆けていく者が――」





 律は戦場を馬で駆け抜け叫ぶ。

「鬼たちよ、人質は解放した!」

 四方八方から刀身や矢が飛んでくる。身をかがめ、時に刀で打ち払いなんとかよける。
 矢がいくつかで体をかすめて痛みに顔をしかめるが、それでも律は伝えるために叫ぶ。

「もう黒蟒に従う必要はない! 彼らは鴟梟と共に安全な場所にいる!!」
「女たちが無事という証拠は!?」

 話を聞きつけ、戦っていた鬼たちがこちらによってくる。

 律は、鴟梟から受け取った首飾りを見せる。

「これは長の……」
「鴟梟から預かったものだ。どうか信じてほしい」
「……」
「そして未来のため今だけその力を貸してくれないか」

 鬼たちは顔を見合わせると頷いた。律は声を張り上げる。

「敵は黒蟒率いる勇州と北方の連合軍だ!」「おおっ!」

 茨州に加勢する鬼たち。そこへ佑鎮がやってくる。

「これは、どういうことだ」
「彼らは黒蟒に操られていたんだ」

 いまは味方だと律が話す。佑鎮は律に疑いの目を向けた。

「ということは、やはりお前は鬼だったのか」

 律は友に呼びかける。

「佑鎮」
「……」
「わたしを。彼らを信じてくれ」

 佑鎮は逡巡したのち、
 
「お前を信じよう」

 と言った。

「……ありがとう」

 黒蟒軍は突然鬼たちに反旗を翻され、動揺が広がる。それは兵から兵に伝播していき、またたく間に総崩れとなった。

 そこへさらに鬼と茨州軍が追撃をしかけ、戦いの決着はついた。

 律たちの勝利である。

 その後。黒蟒は捕まり、牢へ入れられた。今回の共謀とかつて勇州にしたことの調書を取るためだ。
 それが終わったあとどうなるかは捕らえている楊領主次第だろう。

 そして、今日。勇州の新たな領主が就任する。律は佑鎮を見る。

「おめでとう」
「……ああ」

 佑鎮が深く礼をして返す。

「お前は山に帰るのか」
「いいや。あそこには戻らない」
「なぜだ?」
「こっちにも色々あるんだよ」

 律は兵役から解放されたのでそう思うのも当然だろう。

 新たな長に、という声もあったが、混血であることを理由に断った。鴟梟という律よりも適任な者がいたのだ。
 これは戦のあとに知ったが、鬼の里は勇州の領地内であった。

「ところで佑鎮。兵士を募集していたりしないか?」

 佑鎮が訝しげにこちらを見る。律は続けて話す。

「お前は鬼が山に棲むことを許してくれただろう? だが人間と鬼の溝はまだ深い」

 だから橋渡し役になりたいと律が語る。

「どう思う?」
「……まあ、ちょうど信頼できる部下が欲しかったところだ」
「ははっ、よかった」

 二人は互いに手を差し出し握手を交わすのだった。



 後日。鴟梟が訪ねてきて「うちの娘をよろしくお願いします」と言って、佑鎮の叫び声が響いたのはまた別の話。
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