仄暗く愛おしい

零瑠~ぜる~

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優しい思い

仄暗く愛おしい

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 深夜の騒ぎは当然、尊もクリスも承知していた。同じ部屋に居るのだから、気付かないほうがおかしい。
更には、階下の一族達にも気付かれてはいたが皆静かに様子を伺っていた。
雹樹と鏡の仲が悪いのは、今に始まったことではない。顔を合わせれば挨拶代わりの小突きあいなど、日常茶飯事だ。多少それが、エスカレートしようとも致命傷さえ追わなければどうでも良いとそれぞれが思っている。
極端に言ってしまえば、瑞樰に怪我をさせなければ二人のストレス発散になっていいとさえ思っている。
だから、夜中に二人の気が爆発的に膨張したのを察知したが静観することにしたのだ。
「二人が、ドンパチするのはいつもの事だから勝手にやってって思ってるけど・・・・・・。」
 翌朝、リビングの惨状を見たクリスが深い溜息と共に苦言を呈した。
普段は、周りに被害が出ないように尊かクリスが結界を張ってくれている。昨夜は、その二人が居なかったために咄嗟に鏡が結界を張ったが間に合わなかった部分があったようだ。壁やソファの一部に、深い切り傷が出来ていた。
「ごめんなさい、昨日の夜は私が傍に居たんだけど。私の感情が、酷く乱れてしまって・・・・・。
そのせいで、雹樹が鏡さんを責めてしまって。」
無残な切り傷を見ながら溜息を吐くクリスと尊に、瑞樰が二人を庇うように説明をする。説明と言っても、瑞樰自身自分のことだがうまく言葉に出来ない部分が多い。
「うん、夜中に瑞樰さんの気が乱れたのは気付いたよ。でも、傍に鏡がいたし・・・・・・。
それに、直ぐに雹樹も駆け付けたから。」
「私の中から、鏡さんのことだけ消されているのは?」
尊の言葉に、瑞樰が遠慮がちに問いかけた。彼女のその言葉に、尊もクリスも一瞬目を見開き顔を引き攣らせた。
分かっていても、瑞樰自身から面と向かって問いかけられると動悸が走る。
「知らないはずなのに、鏡さんを見ているとどうしても涙が出そうになって。初めは、鏡さんの声が鏡乃信の声に似ているからかと思ったんだけど。でも、鏡乃信を思う気持ちとは違う。傍に居ると嬉しいのに寂しい、笑っているのに心のどこかでは泣いている。」
瑞樰の言葉に、尊もクリスも息を飲んだ。生前、同じことを彼女は言っていたのだ。
「記憶が、戻ったの?」
恐る恐る、尊が瑞樰に問いかけた。山主の罰で消された記憶が戻るはずは無いと分かっていても、いま瑞樰が口にしたセリフは余りにも以前の彼女そのものだった。
「消された記憶は、戻らないそうです。でも、触れた手が鏡さんを覚えているんです。この体に、刻まれた記憶がどれほど頭で否定しても鏡さんを愛おしいと言うんです。」
両掌を見つめながら、瑞樰はふわりと微笑んだ。そんな、瑞樰の表情を見て尊もクリスも何とも言えない苦い表情を浮かべた。
『瑞樰さんのためを思うなら、鏡との関係なんて一切裁ち切ったほうが良いはずなのに!!』
『そもそも、神の下した罰さえも凌駕するほどの思いを俺達が如何こう出来る筈がない!!』
「記憶が無くても、鏡さんの傍に居たい。思い出は、これからまた少しずつ増やしていけばいいと思う。」
チベスナのような表情を浮かべている二人に気づかず、瑞樰は自分の素直な気持ちを伝えた。心の中に柔らかく灯った光が優しくこれからを標してくれるように思えた。
「本当に、頑固で愚か者だ。」
 呆れたように雹樹が溜息と共に吐き出す。先程から、彼は瑞樰を腕に抱きしめたまま周囲を威嚇している。
機嫌の悪さを隠そうともせず、自分以外の者が瑞樰に触れるのを妨害している。
「こんな屑の為に、どうして・・・・」
目の前で出来るだけ大人しくしているのだろう仏頂面の鏡に向かって、悪態を吐く。雹樹としては、諸悪の根源としか思えない鏡に瑞樰が関わること自体面白くない。
「確かに、こいつは屑の中の屑だけど・・・。瑞樰さんの事を大事に思う気持ちだけは、嘘偽りないと思うよ。
俺達の誰よりも、常識も倫理も道徳も無い分…自分の願いだけで瑞樰さんのことを思っているから。」
珍しく、クリスが鏡をフォローするようなことを言い始めたが全体的にディスリが強すぎた。
「鏡が、誰かのために行動しただけでも奇跡なのに。瑞樰さんのために、色々と我慢しているっていうのがもう信じられない位なんだから。」
クリス同様、尊もディスリながらも鏡をフォローした。
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