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第一章

第十話

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 エルはレイジと共にサマリー孤児院にやってきていた。
 応接室は孤児院の外見とは裏腹にとても豪華仕様だった。大理石のテーブルに真っ赤な絨毯。どうやら、ドラゴンの皮素材を使用されたソファのようだ。
 エルはソファに腰掛けると、ふわりとした感触に目を見開いた。こんな贅沢なものに座ったことがなかった。思わず顔を埋めてみようと思ったが、すぐに振り払って冷静さを取り戻した。
 食料品の引き渡しの手続きを行っている。
 こちらを見て怪しむ様子の男――アルバ・レリアン。エルはにっかりと笑ってみせた。

「エル様がまさか独自で考えて食料品を提供していただけるとは……」
「子供を拝見させてもらった際に少し痩せ細っているのが気になりましてね」
「そ、それは……ははは。若いのに洞察力が良くて、素晴らしいです」

 にっこりと笑顔で返事を返せば、相手はそれだけで萎縮してしまった。
 裏を返せば、金をたくさんあげてるのに何でこんなに痩せているんだと非難に近い言葉だ。
 そして、一枚の羊皮紙を取り出し、ぽんっとテーブルの上に置いた。

「これは陛下が管理している書類でな。ちょっとまずい事に陛下が寄付を減らそうか考えているらしい。何でも、鉱山資金で何かあったみたいでな」
「えっ」

 相手の顔が蒼白になっていく。エルはじっと相手の目を見て、ほくそ笑んだ。

「まあ、俺は噂通りそういった経済は全くわからない。陛下がこの羊皮紙の書類を俺に託した意味も良くわからない」

 レイジの方を見る。彼はいつも通りの無表情だったが、瞳は少しだけ驚いたようにこちらを見ている気がした。
 羊皮紙にもう一度手を伸ばし、ざっと書面を広げて見せた。そこに書いてある項目には資金の流動が書かれている。しっかりと国王印も入っており、エルはわざとらしく、「へぇへぇ、なるほど」と全く分かってなさそうに言った。

「鉱山関係の金額支出を抑えたいみたいでな? 来月の数値から監査に入るそうだ」

 羊皮紙を手渡せば、アルバは慌てたように書類を眺めだし、真っ赤になったり、真っ白になったりと表情が忙しなく動く。
 エルは狐のようにくつりと笑うと、わざとらしく、大理石のテーブルに靴を乗せた。
 ガンッ!
 思ったよりも音が出たことに内心驚きつつも、酷く驚くアルバを眺めながら、「陛下から、今まで子供たちの面倒を見て貰っていたから、今回の件は大目に見るが……次はない、だそうだぞ?」とエルは低く哂った。もちろん、陛下はそんなことは言っていない。はったりをかけたのだ。

「んー、それにしても暇だな」
「へ?」

 エルはちらっとアルバを眺める。顔面蒼白になりながらも、こちらの一手を伺うアルバ。エルはにちゃあと笑う。
 動揺を隠せない男を見下ろしながら、エルは「良いものみ~つけた」と歌うように言った。

「玩具は……お前にしようかな?」
「え?」








「ちょっと! あんた何てことをしてくれたの!?」

 帰宅し、部屋でのんびりとレイジの淹れた紅茶をいただいている時だった。
 ずがずがと部屋に入ってきたのは、第六王女ことメルディだ。急いできたせいか、髪はぐちゃぐちゃで、ドレスも乱れていた。彼女は口を風船のようにパンパンに膨らませ、仁王立ちしてエルの前に立っていた。

「何」
「何ってこっちの台詞です! 私がお世話している孤児院のアルバさんをよくもめちゃくちゃにしたわね!」
「誰だっけ?」
「この間、一緒に行った孤児院のオーナーよ!」
「あー」

 エルのなんともないような言葉にメルディの瞳に涙が浮かんでいく。

「なんだよ。ちょっと遊んでやっただけだろ」
「第五皇子にやられたって、私のところに泣きついてきたんですよ!」
「ただ、立派に整えていた髪と髭を綺麗に剃ってやっただけじゃねぇか。子供たちも一緒に楽しんでたし、いいだろ?」
「良くないわよ!」

 小さな手で胸ぐらをつかまれ、エルはため息をつきながら、そっぽを向いた。

「こらこら、メルディ。やめないか」

 優しい声色にメルディがそちらに駆けて行った。そこに居たのは第二皇子ことハウリアだった。彼は困った顔をしながらも、優しい穏やかな笑みを携えている。

「だって、エル兄さまが!」
「ほら、お部屋に戻ってきなさい。私が話をしておいてあげるから」
「はい。兄さま」

 メルディがとぼとぼと出て行き、扉からエルへ視線を移すと、あっかんべーっと舌を出して逃げて行った。
 あのやろうと内心思っていれば、ぽんっと頭に手が乗ったことに気が付く。

「え……」
「メルディには不正使用のことは伏せたんだ。すまなかったね」
「俺は何も知らねぇって」
「今回、私が同行したのは不正を知り、内部を事情を知るためだったのだけど……」

 手を軽くあしらえば、ハウリアは困ったように微笑んでいた。しかし、その赤い目はすぐに細くなった。優しい兄だと思っていた目は一瞬にして蛇のように、表情は真面目なものへ豹変する。

「君はどこでその情報を掴み、手柄を自分のものにしたのだろうね?」

 じっと探るような視線。エルは動かず何も言わない。

「まあ、過大評価かな。これは……偶然が重なったということにしておくよ」

 彼はそう言うと、ゆっくりとした足取りで去っていく。早く行けと内心思っていれば、彼は扉に手をかけ、ぴたりと動きを止めた。

「子供たちを使った頭の丸刈り逆襲話は楽しませてもらったよ。またね」

 そう言い放った兄の姿はもう優しい兄の表情に戻っていた。立ち去る姿に閉まる扉。遠ざかっていく足音。
 それらが全て消えた瞬間、エルは「ああ、もう」と深いため息をつき、ソファに腰を深く落とした。

「怖すぎる」
「良く耐えましたね」
「お前が言うか?」

 レイジに視線を移せば、彼は平然とそこに待機していた。

「陛下からの許可がもらえたから、まあ、今回は助かった」
「陛下の書状にして、陛下の手柄にしようと思いましたね。普通の皇子たちなら、自分の手柄にしたがります」
「そんなもんあっても、俺には何の得になるかって。普通に余裕ある生活を送れればいいの。今のうちに親父からの評価を上げて、俺は辺境地の領地を貰う。んで、そこで交代して後は楽々生活してもらう。俺は莫大な資金を貰う。これが一番だろ」

 寝て起きて、ご飯が出てくる。そんな環境、どれだけ素晴らしいことか。
 誰とも会わず、のんびりする時間。寝る場所、食べる場所、自分が一切攻撃されない安全地帯。それだけあれば、贅沢の極み。
 ノックと共にレイナが現れ、「おやつです!」と出してきたケーキ。ガトーショコラ。ほくほくとした暖かな空気。フォークを手に取る。初めて食べるケーキにるんっと気持ちが明るくなる。
 しかし、レイジの「あっ」という言葉に現実に戻されることになる。

「そういえば……陛下が来週の夜にお会いしたいとのことです」
「ナンダッテ?」

 それはフォークを突き刺し、チョコレートが流れ出た瞬間だった。
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