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4.Weapons don't know the taste of love.

第五十六話

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「門が開くとは、どういう」

 アレクセイの困惑とは別にコンスタンは「そういうことか」と息をついた。
 意味がわからないと言った表情を作るロン。ユリウスはアレクセイの腕から立ち上がろうとするが、それは叶わない。アレクセイはふらついて崩れた彼を慌てて助け起こした。

「鍵は一人じゃないんだ。鹿が教えてくれた」
「さきほどの?」

 アレクセイの問いにユリウスが小さく頷いた。

「天、地、海が揃ってからは本番だと」
「では、あの囲いは!?」

 ロンがはっとしたように壊れた殻を眺めた。彼は額を手で覆い隠し、「嘘だろ」と苦笑した。
 やがてはなだれ込むように海へ目指す巨体を茫然と眺めている。

「まだ、間に合うはずだ」

 ユリウスはそう言って両手に魔力を込めていく。ロンもこくりと頷いた。コンスタンはライフルを見ることをやめ、胸元の十字架をそっと掲げた。

「あの牡鹿は一体なんだったのだ? 精霊にしては、規模が違う」
「鍵に封印されていたこの世界の理のようなものだとは思う」

 俺にもよくわからないと首を横に振るユリウス。そして、彼はぐったりとアレクセイに寄りかかった。アレクセイは彼を支えながら、目下に広がっている光景に眉を顰めることしかできない。

「ユリウスさん、これを」

 首元につけていた石を返そうとしたが、ユリウスは首を振った。

「俺が持っていてもそれは意味はない」
「どういう……」
「お願いだから、お前が持っていてくれ」

 ユリウスが魔力を発動させた。数多のつるが透明な液体の動きを止めようとするが、それらは合間を縫っては逃げていく。

「どうやって、あれを止めるか……」
「伝説ではどうなっていたんだ?」
「門が開けば、冥界や天界へ行くという。暗に人の死を表しているとは思われるが。魔封じの大砲はある。果たして効くもわからんが、あの巨大だ。どうしたものか。しかし、世界が残っているのであれば、離れれば助かるかもしれぬ」

 コンスタンは首を振った。

「逃げるしかあるまい」
「おいおい、まじで言ってるのかよ」
「ならば、どうするというのだ。あれとどう戦うと?」

 アレクセイはぼんやりと巨体を眺めていた。海の中には入れないのか、海上を進み海の中へ潜ろうとする巨体。

「死の概念がないのか」
「なぜ、海に入ってこないんだ。お前なら簡単に割って入って……」

 様子を眺めていたロンが、突然胸を抑えて蹲った。

「ロンさん!?」
「おいおい……まじかよ」
「どうした」

 次にコンスタンも苦しそうにしゃがみこんだ。突然体調を崩した二人。アレクセイは、「どうしました!?」と声をかけた。すると、胸元にいたユリウスも一瞬呻いたかと思えば、パッと粒子となって消えた。

「ユリウスさん!?」
「アレクセイ、すまねぇ。海に船を落とす……俺ももうダメだ」
「え」

 ロンの姿も粒子となって消え、コンスタンも小さく舌打ちをし、アレクセイに魔石を投げ渡した。彼も同じく粒子となって消える。
 一人残されたアレクセイは茫然とし、辺りを見回した。
 そして、一体どこへと視線をさ迷わせ、巨体の内部を見て、見開く。

「ユリウスさん!」 

 頭部分にはユリウスが、胴体にはロン。そして、左右の腕の中にコンスタンと恐らく神聖宝具であろう銃が埋め込まれ、コンスタンの神聖宝具はふっと霧散するように消えた。絶句するアレクセイはガタンと落ちていく船に気が付いた。

「嘘だろ……うわっ!?」

 アレクセイはユリウスと己を縛っていた紐で自分と船を固定させた。万事休すか――。船は急降下をはじめ、海へ不時着した。











 お兄ちゃん、ねえ。お兄ちゃん。起きて、起きてー―。

 ふと少女の声が聞こえたような気がした。
 海の音が先ほどよりも更に近く感じる。アレクセイは背中に鈍い痛みを感じながら、ゆっくりと目を開けた。
 辺りは静まり返っており、星が拡がっていた。しかし、空は少しずつ赤みを帯びていた。朝は近い。
 慌ててアレクセイは体を起こす。
 周囲を確認すれば、静まり返った海が広がっていた。巨体からこぼれたであろう大きな水球が海の上を数多に漂っている。それらは沿岸に流れ着いていき、様々なものから魔力を吸いあげては、はじけて消えていった。

「くそ……」

 アレクセイがロンの神聖兵器の無事を確認し、辺りを見回す。そして、前方に見えた巨体に気が付く。
 空から見ていた巨体は、地上から見上げればとても大きいものだった。いや、ここにたどり着くまで、様々なものを食らってきたのだろう。気絶する前と比べて、更に大きくなっている。
 現在では恐らく神聖兵器たちの魔力を吸いあげて、成長を加速させていた。
 アレクセイはドラゴングライダーがまだ船に残っている事に気が付き、ほっと安堵する。コンスタンから受け取った魔石を床に叩きつければ、出て来たのは大砲だった。
 魔力を動力とするのだろう。アレクセイでも撃てそうなものだ。そして、コンスタンが完成体になれば我々を気にせずに撃ちこめと暗に言っているようでもあった。あの透明な巨体を破壊できるかはわからないが。
 再度、見上げれば、足に笛とケレスの姿も見え、彼の宝具もまた霧散するように消えていく。

「ロンさん、コンスタンさん! 返事をしてください! ユリウスさん、ユリウスさん!」

 彼らを呼ぶが、返事はない。
 やがて、一度だけ見た事のある黒髪の男性が心臓部分に入っていき、透明な巨体は更に成長し、ぴたりと動きを止めた。どこから彼らを回収したのだとぼんやりと見ていれば、静寂を壊すような笑い声が響いた。

「はははは! 神話の通りだ。鎖さえあれば、こっちのもの! エリック、ざまあみろ! 俺の方が一枚上手だ!」

 アレクセイは船から身を乗り出し、笑い声のする方を見た。
 先ほどの攻撃から助かったのだろう。キースが甲板におり、彼は一つの透明な鎖を掲げて高らかに笑っている。やがて、それを宙に放り投げた。鎖は空中で大きく膨らみ、透明な巨体を縛り上げていく。
 アレクセイは剣を握り締め、目の前の男に向かって叫んだ。

「ユリウスさんたちを解放しろ!」

 キースはピタリと笑うことをやめ、愉しそうにアレクセイを眺めた。

「誰が解放するか。お前も見ているといい。世界の理を、全てが一に戻る姿を」
「何を言って……」
「どうして、神聖兵器たちに聖痕があるか。彼らは鍵だ。世界の理を覆す鍵だ。俺は一番初めからやり直す」

 彼は狂ったように嗤う。

「俺を元に戻せ! あの輝かしき幼き日に! エリックよりも強いのだと、俺を示すために! カルナを取り合ったあの日に戻せ! 何度でも巻き戻してやる! 俺がエリックよりも優れていると!」
「やめろ!」
「さあ、俺を元の時間に戻せ! 創造を始めろ! 俺が一番強いって世界に知らせてやる!」

 しかし、異変は起こらない。透明の巨体は確かに存在し、恐らくは内部にはいるのだろう神聖兵器たち。そして、彼らは誰一人として応えることはなかった。
 そして、アレクセイはとあることに気が付く。六つあると言われている神聖兵器。そのうちの一つが欠けているということに。

「さあ、早く! 私を幼き日に! 母上やカルナ、全ての人が私を見捨てる前に!」

 アレクセイは舌打ちをする。あるかもわからない日々のために、全てを犠牲にするなどと。気が付けば、隣の船に乗り込み、彼をぶん殴っていた。
 アレクセイに殴られ、勢いよくキースは甲板の上に転がる。気持ち良いぐらい転がった。彼は殴られた頬を抑えてアレクセイを睨みつけた。

「ああ、すっきりした……」
「貴様」
「なんとなく、誰に似ていると思っていたんだ」

 怒ったキースが剣を握り締め、アレクセイにむかって攻撃をしかけてきた。それを剣で往なす。正直、剣を数年握って、実戦などほとんど経験したことがないような剣筋だった。

「あんたは自分で捨てて行ったものたちを簡単に見すぎている。巻き戻せばいいって冗談で言っているのか? それで捨てた人たちがあんたについてくると? 馬鹿を言うな!」

 アレクセイが思い出すのは父親のことだ。母を簡単に捨てた男。
 そして、数年前に跡取りであった息子二人が戦争で亡くなって、
 彼の剣を弾き、ユリウスさんと比べて剣が軽すぎると思う。そして、隙が大きい。

「ぐっ」
「甘い!」

 振りかざしてきた剣をそのまま下から上に弾けば、彼の剣が大きく弧を描いて吹き飛んでいった。剣はそのまま海に落ちてなくなる。アレクセイは終わりだと言わんばかりに彼の首へ剣を当てた。

「降参を。彼らを元に戻してください」
「くっそぉおおお!」

 がむしゃらに起き上がった彼をアレクセイはそのまま蹴り飛ばした。鼻血が垂れ、彼はがくりと仰向けで動かなくなる。首に剣を向ける。呆気のない主防犯だった。
 アレクセイは改めて頭上にある巨体を見上げた。神聖兵器たちはまるで丸くなり、何らかの力を発揮するのを待っているようでもあった。

「彼らの解放を望みます。あなたの命と交換です」
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