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3.It’s not the love you make. It’s the love you give.

第四十五話

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 ユリウスは王城の図書室に居た。中でも禁書を保管し、重要書類と名高い書籍が揃っているエリアだ。王族か王に許された者だけが許された場所。
 ユリウスはと言うと、古代兵器や神聖兵器の書籍を集め、広いテーブルの上に積み重ねていた。
 アレクセイは門前で待機しており、ここにはユリウスだけが居る。魔法障壁が張られた室内は、液体はもちろん食べ物、物の持ち込みは禁止されている。本をめくりながら、ユリウスは小さく息をついた。
 神聖兵器についての記載は知っている内容の通りだった。

「成果なしか」

 そっと首元に指を触れる。皮の黒いチョーカーが少し息苦しいが、見えない方が良い。

「痣……神聖」

 では、聖痕ではどうだろうかとユリウスは別の書類を手に取った。ぱらぱらとめくっていき、ふと手を止める。
 聖痕について記載された禁書。そこにあったのは様々な聖痕だった。首元にできるものと探し、ぴたりと目を留めた。
 あった、と思う。
 小さく息をつき、そっと自分のチョーカーと包帯を外す。鏡をポケットから取り出し、状態が悪くなっていないかだけを確認した。白い肌にくっきりと残る白い傷跡のような痣。
 書籍に残っている聖痕そのものだ。説明を眺めながら、ユリウスは小さく嗤う。

「はあ」

 小さなため息を聞く者はここにはいない。魔力制御のペンダントを外し、ユリウスは目の前のテーブルに魔力を込めた。初めは一つの楕円のような種だった。
 テーブルの上にまるで生命が息吹くように、小さな水晶の芽が現れだす。初めはつるのように芽が伸びていき、パキパキと音をたて、まるで氷が割れるような音を響かせて、出来上がったのは水晶の植物だった。
 幾何学的な図形のような花を広げていき、球体を作り上げていく。

「種は花、花は朽ちて種へ。人生そのものか」

 パチンと指を鳴らすと同時に水晶は砕け散った。辺りには何も残らない。
 書籍をなぞり、天の目と描かれた聖痕を眺める。古い書籍のせいか、紙自体は古いが読めないことはない。生命の創造と書かれた項目。扉を開く鍵とも書かれており、それ以上の事は記載されてはいない。
 他の聖痕よりも記載事項はほぼ書かれていない。それだけ情報がないもの。
 ユリウスは聖痕の禁書を棚に戻し、再び小さく息をつく。

「まいったな」

 聖痕の禁書に隠蔽魔術を施し、ユリウスは外に出た。








 その日の夜、ユリウスは運ばれてきた料理の類に逃げ出したくなった。
 エリックが同席するということで、いつもより広い部屋に通され、装飾品が目立つ客間。そして、テーブルにはアルター国王城のシェフが力を入れて作ったと思われる料理。
 滞在期間の料理もなかなかのものだったが、更に上を行くメニューだった。誰もが出されたメニューを美味しく頂いている。
 ユリウスが椅子に浅く腰かけていたことに気がついたのだろう。エリックは両肘を腕につけ、手を顎前で組んで言う。

「ユリウスのために準備したのだけれど、どうだろうか」
「どうって」

 正直、エリックのにこにことした笑顔から逃げたい。裏がありそうだった。
 昔見た優しい笑顔だと思ったものが、昨日の無断外出でここまで恐ろしく変貌するとは聞いていなかった。

「アルター国名物のビーフかい? 初めてこんな上品な味のものを食べたよ」とメアリ。
「ええ。神の牡牛と古来より呼ばれる品種です。こちらをエデュッサム香草とエマー小麦で煮込んだものです」
「へぇ、エデュッサムか。アルター国はやっぱり雨季が絡んでたんだな」
「はい。今では気候も変わってますが、古来はとても乾燥した土地だったのです」

 メアリやロン、エリックたちの話を聞きながら、ユリウスはどうしようかと考えていた。傍らのアレクセイに視線を移せば、彼は目の前の肉料理にくぎ付けでになっている。エリックの視線を感じ、ユリウスは目を少しだけ逸らした。
 仕方なしにビーフを口にした。昔は味のなかったそれ。とても奥深い不思議な味がした。

「ユリウス」
「はい」
「最初に預かっていた件なんだが、どうやら、父が絡んでいたらしい。当時、父の側近だった者の話だ。このままでは戦に負けると思った父は君を戦場に送るよう周りへ命じた。遺言だったようだ。俺は反対するからと話を聞くことすら除外された。もしかしたら、失踪したキースも絡んでいたかもしれないが」
「キース兄上は……エリック兄上と仲違いしたわけではないのですか?」
「そうだな。喧嘩別れ、と言うのか。国を思う方針が違ったのだ」

 エリックは困ったように微笑んだ。

「アルター国の繁栄は王によって考えが異なる。私は国益を尊重し、アルター国に豊富となる資源を元に財を増やし、民を潤そうと考えた」
「だから、アルター国はグスタン国から賠償金だけを受け取ったのですね」
「そうだ。そして、キースは戦争が有利に傾いたことで、グスタン国から領地などの没収を考えた。私はグスタン国の内部を知っていたから、反対したのだが」

 彼は難しい表情をした後、寂しそうに笑って見せた。

「気がつけば、彼は私に剣を向けてきた。王座を渡せと。何をどう思ったのかは、今では分からない」

 ユリウスは黙り込む。このまま兄を信用していいのか、それとも、ある程度は信用して、警戒するべきなのか。

「わかりました。とりあえず、俺は明日あたりにでも領地に帰ります」
「そうか。では、私も後を追いかけよう」
「あの」
「うん?」

 ユリウスはバラ園にいた母親の姿を思い出し、エリックに尋ねることにした。

「母上は」
「あ、ああ……お前はもう子供ではないからな」

 不思議そうな顔をするユリウス。彼はやはり寂しそうに微笑む。

「食後に共についてきてくれ。できれば、ユリウスと二人で行きたい」

 その言葉はアレクセイに向けられたものだった。アレクセイは「わかりました」とエリックに告げる。
 エリックは優しい笑顔を携え、「ありがとう」と言う。
 食後の席もそろそろ終わりを向けていた頃。ユリウスは言わなければいけないことを思い出し、デザートを口にしていたエリックに話しかけた。

「あの、兄上」
「うん?」
「婚約の話をしたいです」
「は?」

 エリックが笑顔のまま固まる。

「法律は調べました。あの……結婚したい人がいるんです」
「ユリウス、冗談も程々にしたまえ。いや、もしかして、王都で可愛い子でも見つけたのか? 君を狙っていた貴族の女性は多かったな。私が知っている者だろうな?」
「はい」

 ユリウスがこくこくと頷いた。

「そうか。私が信頼出来る者か?」
「はい。大丈夫です」
「なら、私からは特に言うことはないが、お金に困ることもないね? 嘘を付かれることも?」
「ええ。貴族です。なにより、神殿から聖者の称号を得てます」
「それはいい。嘘をつく人ではないね。聖者なら、ユリウスを大事にしてくれるな」

 彼はにっこりと笑う。ただ、表情は引きつっていた。

「名前は?」
「アレクセイです」
「え」
「アレクセイと結婚したいです」

 エリックの顔が笑顔のまま、ひたすらビーフを食べていたアレクセイの方を見る。
 話を聞いてなかったのか、きょとんとするアレクセイ。彼は咀嚼しながら、不思議そうな顔のまま首を傾げていた。

「アレクセイと結婚したいです。ダメでしょうか、兄上」
「それは……そこにいる聖騎士のアレクセイということかな?」

 エリックはギギギと音を立てそうな、挙動不審な動きをした後、ユリウスに向き直った。

「俺とアレクセイ・オリバーとの婚約を認めてください。お願いします。兄上」

 ユリウスは立ち上がり、お辞儀してみせた。

「あはは、あはははは」

 エリックは笑って固まったまま、盛大に椅子ごと背中から倒れてしまった。

「兄上? エリックにいさま!?」

 ユリウスの絶叫が室内で広がった。
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