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3.It’s not the love you make. It’s the love you give.

第四十一話

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 エリックとロンが密談をしたいとのことで、ユリウスはエリックが勧めてきた部屋へやってきていた。
 室内に入って、ユリウスは驚いた。幼い頃の自分の部屋だった。そっと机に触れて、家具を眺める。幼い記憶のままの部屋。まだ残っていたのかと思った。
 しかし、この部屋で過ごした記憶は戦火とともに消し去った。苦い記憶を思い出し、傍らにいるメアリを見た。
 アレクセイがロンの密談に護衛兼監視として参加し、ここにはいない。部屋に入ったメアリは「いい部屋だね」と言って、あたりを眺めていた。
 そして、すぐにユリウスの魔力を測定する。ユリウスはそれに倣う。

「うん、異常はないけれども……痣については少し不安だね。一応、壊魔病の薬も飲んでもらおうかな。今日、王都の街で器具を揃える予定だったけれど、申し訳ないね」
「いえ、大丈夫です」

 包帯が外され、ユリウスの前に鏡が出される。首元の痣はまだ残っていた。

「メアリさん、神聖兵器の覚醒って……」
「ああ。ロンが言っていたやつかい? 私も詳しくは知らないから、ロンが戻ってきたら聞いてみようか」
「はい」
「ああ、ちょっと待っておくれ。これを」
「んえっ」

 変な声を出すんじゃないよと言われ、ユリウスは慌てて口を閉じた。メアリは自分のバックからクリームを取り出すと、ユリウスの頬にそれを塗っていく。

「また皮膚が赤くなって……よし」
「メアリさん、俺は女性じゃないんだが」
「あんたの皮膚は私よりも弱いんだから、しっかりケアしなさい。皮膚炎を馬鹿にしたらいけないよ」

 帽子を外され、ぽんっとパジャマを手渡された。おずおずと受け取り、メアリを見つめる。彼女は優しい笑顔を携えており、「早く着替えてベッドに寝てなさい。疲れたでしょう」とだけ言う。
 彼女はすぐにユリウスのカルテに文字を記入している。その様子に拍子抜けしてしまい、ユリウスはこっそりとパジャマに着替えて固まった。
 着替えて固まっているユリウスに気がついたのか、メアリが笑う。

「お、アレクセイが持ってきたんだが、似合ってるじゃないか」
「やられた」

 白猫のパジャマだった。領地での苦い思い出がよみがえり、ユリウスはそのままベッドに沈む。メアリはユリウスの傍にやってくると、首元にまた包帯を巻いてくれた。

「うんうん、猫はいいね」
「全然良くない」
「そうかい? 可愛らしいフードもついてるし」
「メアリさんっ」

 むすっとしたユリウスに対し、彼女は楽しそうに笑う。その時だった。扉がノックと同時に開いた。
 ロンとアレクセイだった。アレクセイはユリウスの姿を見ると、嬉しそうに破顔させている。

「お!? 元気そうでよかったぞ」
「ユリウスさん、体調はどうですか?」
「最高な気持ちだったが、これに着替えた途端最悪な気持ちだ」
「似合ってますよ」

 アレクセイは楽しそうに笑っていた。すると、彼らの後ろから現れたのはエリックだった。ユリウスの顔を見ると、少しだけほっとした様子を見せたが、顔色は少し悪かった。

「ユリウス、部屋は寒くないか? 具合は?」
「大丈夫ですし、暖かいです。暖炉の火、ありがとうございます」
「雪は溶けたとはいえ、まだ冷え込むから……夕食は暖かいものを持って来させよう」

 ユリウスが思わずアレクセイを見る。話したな、と視線を送る。すると、すっと視線が外れた。この野郎と内心思いながらも、「ありがとうございます」と伝える。
 エリックはユリウスが転がっていたベッドの傍らに座り込む。幼い頃に兄が自分を相手する際、ベッドに腰を下ろしていたことを思い出し、ユリウスは少しだけ懐かしい気持ちになった。

「ロンやアレクセイから話は聞いた。酷い目に合わせてしまったな。病気のことも。兵器のことも。すまなかった」

 ユリウスは返事ができなかった。思わず目を逸らしてしまう。

「一週間、王都で療養しないか? それか私がそちらに行こう」
「それは」
「ダメだろうか?」

 驚いて固まるユリウスにエリックは悲しそうに微笑んでいた。幼い頃、彼が困った時に浮かべた顔を思い出す。

「王としての仕事は……」
「今は忙しい時ではないからね。大臣たちに任せていく」

 子供の頃と変わらない笑顔と視線。柔らかな笑顔を向けて、ユリウスの願い事を叶えてくれるのはエリックだった。とても優しい兄だった。
 まるで、幼い頃に戻ったような感覚に、思わずアレクセイを見た。彼はこくりと頷いていた。

「領地の皆がびっくりしてしまいます……。できれば、内密にお願いしたいです。私の立場も、謹慎という身ですので」
「それもそうだな。ユリウスが好きだったお菓子も用意しよう」
「お菓子?」

 そんなものあっただろうかと、ユリウスは小首を傾げた。彼が背中からそっと出したのはクッキーだった。ぱちくりとしてそれを眺めていれば、彼は悲しそうに微笑んだ。

「ばあやが作ったクッキーなんだ。ばあやが亡くなってからは、私がレシピを預かった。夜食にと作っていたんだ。一緒に食べないか?」
「あの、失礼ですが……味見は私が」
「そうだな。アレクセイ、よろしく頼む」

 アレクセイが味見をする様子をぼんやりと眺める。そういえば、ばあやがいたとユリウスは思う。
 幼いユリウスに対して、とても甘やかしてくれた存在だった。アレクセイが味見を終え、エリックがクッキーを差し出してくる。おずおずとそれを受け取り、口に含む。

「あ……」

 ぞわりとした感覚。毒とかでは決してない。懐かしい気持ちと、幼い頃の恐ろしい気持ちがふと浮かぶ。
 エリックは酷く悲しそうな顔をしていた。

「すまない……俺は傷つけてしまうだけだな」
「違い、ます。色々思い出しました」

 エリックの視線。アレクセイやメアリの心配そうな視線。ロンはエリックをじっと見つめている。

「すみません。今日は休ませてください」
「ああ、すまなかった。俺も部屋に戻ろう。アレクセイ、後は頼んだ」
「はい。ユリウス様の護衛はお任せください」
「ロンもよろしく頼んだ。大事な弟を頼む」
「おう。任せておきな」

 エリックが名残惜し気に部屋を後にした。ユリウスは渡されたクッキーをベッドの隅に置くと、そのままベッドに体を投げ出した。アレクセイが心配そうにすぐ駆けつけてくれた。

「ユリウスさん」
「なんだろうな。なんなんだろうな」

 あの九歳の頃に味わった地獄は何だったのだろう。思わず枕に掴みかかる。
 それを見つめていたメアリがロンの肩を叩き、「エリック王に話したいことがあるんだ。何か異常があったら教えてほしい。すぐに戻るから」と伝える。二人が部屋を出ていく。恐らくは気を使ってくれたのだろう。

「よく、わからない」
「ユリウスさん……」

 アレクセイが困惑した様子だった。一緒に部屋を出た方がいいのか、それともここに居た方がいいのかと迷った様子を見せている。

「なあ、アレクセイ。兄上は嘘をついている様子だったか?」
「いえ……俺は真実を言っているように感じました。先ほど部屋を出る前にロンと合図でそれを確認してます」
「そうか」

 エリック兄上は普通だった、とユリウスは思う。では、俺に戦地へ赴かせたのはと考える。
 可能性としては兵器だと知る父親。もしくは、行方不明となっているキース兄上。大臣のいずれかが考えられる。
 優しいエリック兄上に真面目なキース兄上。そして、先ほどバラ園で見た母親の姿。ぼんやりと過去を思い出して、ユリウスの気持ちはまた沈む。

「アレクセイ……」
「はい」
「今日は疲れたから眠りたい」
「わかりました。メアリさんにも伝えますね」
「待ってくれ。今日は傍にいてほしい」
「では、傍にいますね」

 彼は優しい笑みを携え、ユリウスのベッドに腰を下ろしてくれた。それだけでユリウスの心は安らいだ。
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