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2.Born to sin.

第二十七話

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 船の残骸の横を通過し、誰もが絶句していた。いや、ユリウスだけは違った。
 彼はすぐに沈みゆく船首の上に立つと、船首と船尾を風の魔法で浮上させる。真っ二つになった船からは水が溢れ、その中から人が浮かび上がってくる。
 誰もが驚く中、ユリウスはすぐにメアリを振り返った。

「メアリさん、怪我人を! そんなには保てない! 部屋に入り込んでいる人がいれば、俺には救助できない!」
「ああ! 手分けするよ! 残り十分だ!」

 慌ただしく救助活動がはじまるが、かなり望みは薄い。
 船の従業員が険しい表情で真っ赤に染る海面に手を合わせる様子を見ながら、アレクセイは海面に生存者がいないか探す。
 傍らにはユリウスがいるが、彼は沈む船を留めることに精一杯だ。彼がギリギリと歯を食いしばる様子を眺め、アレクセイは口をつむぐ。

「こりゃ、ひでぇな。おい、大丈夫か!」

 手を伸ばして助けを求める生存者の一人をロンが引き上げ、すぐにメアリが怪我の処置をしている。
 ロンは船首側の海面を見て、難しい顔をして見せた。

「メアリ、十分後に離れた場所で仲間に向け、信号弾を打ち上げるぞ」
「ああ。そっちの海面は何人見つかった?」
「ほぼ息絶えちまってる」
「そうかい」

 アレクセイは船の残骸に捕まり、ぴくりとも動かない男性の腕を掴み、引き上げようとした。しかし、アレクセイの表情はすぐに引き攣る。
 腕を掴めば、関節からぼろっと外れたからだ。凍り付いた影響なのか、もろくなっていたらしい。放心しているアレクセイにユリウスが言う。

「ぼうっとすんな。深呼吸しろ」
「は、はい!」

 小さく息を吐いて、再び生存者を探していく。一人、また一人。見つかるのは亡くなった人ばかりだ。アレクセイは唇を噛み締めた。瓦礫を退かしても、虚しくなるだけ。
 横目で近場にいるユリウスを何気なく視線を移す。彼は息を小刻みに小さく吐いていた。辛そうな表情に冷や汗も見え、アレクセイは唇を噛み締めた。

「ユリウスさん」

 思わず声をかけたが、アレクセイの声は遠くから聞こえた大きな声にかき消された。

「生存者が部屋にいたぞー!」
「こっちだ! 扉を突き破るぞ! せぇの!」

 ドンッと音が響き渡る。

「せぇの!」
「開いたぞ! 急げー!」

 従業員たちが奥へわらわらと集まり、怪我人を運んでいく。
 アレクセイがそちらに気を取られていれば、すぐ傍らでガンッと膝をつく音が響いた。
 アレクセイは我に返り、倒れかけたユリウスへすぐに駆け寄る。ふらついて立ち上がろうとする彼を支えれば、ユリウスの辛そうな視線がアレクセイを見つめた。

「アレクセイ……」
「すみません、肩を支えます」
「あ、ああ」

 ぽたりと落ちた冷や汗。アレクセイはすぐにメアリへ向けて叫んだ。

「メアリさん、ロンさん! ユリウスさんがそろそろ限界です!」
「アレクセイ、俺はまだいける!」

 慌てたように叫ぶユリウス。しかし、アレクセイは聞かなかった。

「すみませんが、中断を!」
「わかった! 下がるぞ! メアリ、指示を! ユリウス、もう少しだけ待ってくれ!」とロン。

 ユリウスがアレクセイの腕を強く掴んだ。

「アレクセイ……!」
「いけませんッ!」

 そこへぞろぞろと怪我人を支えて船首に入っていった人たちが慌ただしく出てくる。
 しかし、ほとんどのは絶命している者がほとんどだった。アレクセイはその様子に絶句していた。

「中の生存者はこの子と片腕のない人だけだった」
「それは……」

 氷結する棺桶にいれられた少女を眺めながら、アレクセイが言葉を濁す。メアリはすぐにユリウスの様子を見て、「早く撤退するぞ!」と大声をあげた。

「番号! ヒト、フタ、サン! 続けて! 点呼!」

 ぞろぞろと出てくる人々をロンが点呼していた。彼は点呼を終え、アレクセイやユリウスへ向け、両腕を大きく広げ、丸のサインを送る。
 それを確認したアレクセイが魔力を維持していたユリウスの背中を撫でた。

「ユリウスさん、魔力を止めてください! 中のチェックも終わりました。もう生存者はいません!」
「ああ」

 安心したようにやっとユリウスが魔力を込めることをやめる。すると浮上していた船首や船尾はゆっくりと海へ沈んでいった。全員が慌ただしくデッキへ上がっていき、患者は部屋に運ばれていく。
 荒い息を吐き、ユリウスはふらつく。

「早く! 急げー! まだ生きてるぞ! 凍結している。ゆっくり運べ! タンカーを!」
「総員、持ち場につけー!」

 従業員が走り回り、メアリもまた医療器具や回復薬を片手に運ばれていく患者の後を追って部屋へ入っていった。アレクセイは力が抜けて動けないユリウスを抱えると、同じようにデッキへ上がる。
 辺りは喧騒で溢れていた。船の号令、メアリのポーションを求める声。船が大きく舵を取り、旋回をはじめた。大きく揺れる船。
 アレクセイは邪魔にならないようにとデッキの隅っこに腰を下ろし、声を一切出さないユリウスを見た。

「ユリウスさん、平気ですか?」

 彼は息を荒げており、苦しそうにアレクセイに全身を預けていた。
 魔力切れだ、とアレクセイは思った。そっと肩に手を置き、そのまま治癒魔法を行おうとすれば、ぐっと手を払われた。

「……怪我人に残しておけ。俺はいいから、メアリさんのところに」
「ユリウスさん、俺がその状態の貴方を置いて行けるわけないでしょう」
「頼むから、早く」

 言葉に詰まるアレクセイにユリウスは息を整えながら、アレクセイへ全身を預けて来た。彼の手が震えている事に気が付き、アレクセイは驚く。視線に気が付いたのか、ユリウスはそれを隠した。

「お前の善意が嫌ってわけじゃねぇから、安心してくれ。魔力は温存してろ」
「ユリウスさん」
「あ……?」

 彼を捕まえて、そっと自分の足の間に座らせた。驚く彼の視線を塞いで、「大丈夫ですよ」と声をかける。ユリウスがびくりと震えた。

「昔より、音に敏感になりましたか?」
「なんで」
「大丈夫ですよ。俺が傍にいますから」

 ぐっと言葉に詰まったように何も言わなくなったユリウス。アレクセイは後ろから、彼を腕の中に閉じ込めた。そして、周囲の様子を伺う。轟沈した船から距離を取り、段々と離れていく船。
 暫くして、彼の震えが止まった事に気がつくアレクセイ。彼はユリウスを軽々と抱き上げ、メアリの元へ走った。
 メアリの居る部屋はけが人でごった返していた。落ち着いたユリウスを近くに座らせ、アレクセイは傍にいた怪我人に治癒魔法を施していく。

「メアリさん、治癒術施していきます!」
「助かるよ! ユリウス、あんたのおかげでこれだけの人が助けれたよ! ありがとよ!」

 メアリの言葉に驚くユリウス。彼はこくりと頷くが、元気は無い。アレクセイはぐったりとしているユリウスに気が付き、一人目の患者の傷を塞ぐと、彼に大き目な毛布をかけた。

「ゆっくり休んでください。ほら、暖まって。魔力が枯渇してるでしょう? 無理に動いたら、治ったばかりの体に障ります」
「あ……」

 そっと伸びたユリウスの手にアレクセイは気が付く。アレクセイはその手を握り締めて、その細い手にキスを送った。

「大丈夫。俺はここにいますから。何かあったらすぐに呼んでください。すぐ駆けつけますから」
「俺は次何をしたらいい……?」
「そこにいて、俺の背中を見ていてください。かっこいいところ、見ててくださいよ」

 アレクセイはそういって治療に専念をはじめる。ユリウスはというと、茫然とその背中を眺めている。
 時折、メアリの落ち着いた怒号が響く。患者の呻く声に優しく語り掛けているアレクセイ。時折、アレクセイが背後に視線を移せば、ユリウスは口を結び、毛布をただ抱きしめている。

 ようやく、患者の容体が落ちつきを取り戻してきた頃、アレクセイは小さく息をついて、ユリウスの元へ行く。彼は毛布をすっぽりとかぶっており、その様子にアレクセイは少し驚いた。

「ユリウスさん?」

 名を呼ぶが、彼は動かなかった。
 アレクセイが慌てて毛布から顔を出させれば、彼の震えた手に気が付く。目をぎゅっとつぶっており、アレクセイが何度か名を呼べば、恐る恐ると目が開く。ひゅっと息が吐かれ、アレクセイははっとする。

「からだがおかしくて……」
「落ち着いてください。魔力の枯渇です。大丈夫ですよ」

 アレクセイはユリウスの震える手を取り、優しく暖める。しかし、震えは収まらない。アレクセイはぐっと唇を噛み締め、「メアリさん!」と声を発した。
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