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ユニシスの孤独

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 あれはまだ今よりももっと私が若造で、人間界に来てまだなにもわかっていなかったころのことだ。

 森を歩いていると、ひとりの娘に出会った。彼女は旅人から逃げているところで、その娘を旅人から助けた。

 その娘の名はシャンディと言った。

 他の人里に居る娘と違い、彼女は薄汚れた服でいつも人目を避けるようにしていた。

 だが、打ち解けるうちにシャンディは他の人間と違い特殊な一族であり、人に追われ両親を亡くした孤独な存在であることがわかった。

 私はそんなシャンディを保護することにした。

 シャンディは私の屋敷で私の世話を焼いた。特に命令したわけでも、一緒に住むことに対して交換条件とした訳でもなかったのに。

 そして、いつも部屋を暖かくして私の帰りを待ってくれていた。それでいて、見返りを求めるわけでもなくでしゃばることもない。

 気がつけば、私はそんなシャンディを愛するようになっていた。そして、シャンディもその気持ちに応えてくれた。

 私はシャンディに自分の夢を語った。人間界に興味を持ち、私の親友となった者が家族を守るため戦いに赴き亡くなったこと。

 それ以来、人間界を統治しこの戦乱の世を終わらせ皆が平和に暮らせるようにしたいと思ったこと。

 竜族である自分ならそれが可能なのではないかと思っていること。

 シャンディはそんな私の絵空事を笑うことなく、いつも真剣に聞いてくれた。

 そんなある日、シャンディが光り輝く石を私に渡した。それがなにかわからずシャンディに尋ねると、それこそが、シャンディの一族のみが作ることのできる運命石なのだと話してくれた。

 そう、シャンディは私のために運命石を作ってくれたのだ。

 その運命石は、私が人間界を統治できるよう祈りを込めて作られたものだった。それを聞いて、これさえあれば自分の願いが叶うような気がした。

「シャンディ、私はこれを持ち人間界を統治したのち、この運命石を返すためにもお前を必ず迎えに来る。待っていてくれるか?」

 そう尋ねると、シャンディは待っていてくれると約束してくれた。

 こうして、私は自分の屋敷を後にした。

 最初は少なかった仲間も、周囲を少しずつ制圧していくにつれ増えていった。もちろん大変な局面もあったが、その都度、奇跡かと思われるような出来事や信じられないほどの幸運に見舞われ、それらを回避することができた。

 これも全てシャンディが作ってくれた運命石のお陰だろう。私は運命石を見る度にシャンディが待っていてくれていると思い力が湧き、どんな困難も乗り越えることができた。

 そして、ついに人間界の頂点に立つことができた。

 私はこのことを一番先にシャンディに報告するため屋敷へ迎えに行った。

 いつものように『お帰りなさい』とシャンディが出迎えてくれると信じて。

 ところがシャンディが待つ屋敷へ着くと、そこには荒れ果てた屋敷が残されていた。いつも綺麗に手入れし、掃除されていた庭も何もかもが自然のなすがままとなり、立ち入れる状態ではなかった。

 もしかして、シャンディは私に愛想を尽かして出ていってしまったのだろうか?

 そう思いながら、恐る恐るなんとか屋敷内に入り中を覗く。

 誰も居る気配がない。それどころか手入れされていない屋敷は朽ち果てるままとなっていた。

 一体どれだけ放置されていたのか。

 そう思いながら、中に入っていくと寝室として使っていた部屋に布団が敷かれたままになっている。

 私の鼓動は一気に脈打つのが速くなった。

 まさか、いや、違う。彼女は出ていったに違いない。

 そう思いながら恐る恐る近づくと、そこには私が贈った髪飾りを着けた遺骸が横たわっていた。

 そんな、違う。シャンディの一族は長寿だったはずだ。こんな、死んでしまうだなんてことがあるわけがない!

 ふと横を見るとぼろぼろになった手紙が落ちていた。震える手でそれを拾い上げて読む。

 そこにはシャンディの文字で、私を待てなかったことに対する謝罪といつか生まれ変わったら必ず会いたいと綴られていた。

 私はそこへ膝を突き、そのまま気が済むまで泣いた。

 そのあとで知った。シャンディの一族は運命石を作るとそれを体内に戻さない限り死んでしまうということを。

 彼女はそれを承知で私のために命をかけて運命石を作ってくれたのだということを。

 私はシャンディの遺骸を手厚く葬ると、この時今後誰も愛さないと決めていた。いや、もう誰も愛せないだろうと思っていた。





 二千年の時が経ち、私は孤独に生きてきた。その間誰かに心を動かされることは一度もなかった。

 そんなある日、世話になった村の屋敷で私のシーディに出会った。

 私は一目見た瞬間に、彼女から目が離せなくなったのだ。今までこんなことは一度もなくとても動揺した。

 シャンディを裏切ってしまうような気持ちになり、シーディを諦めようと思いもしたが無駄だった。自分の魂がシーディを欲していた。

 私は腹心のタロンにシーディを私の寵姫にするよう命令した。

 シーディはシャンディにどことなく似ていた。きっと私がこれほどシーディに惹かれるのはそのせいだろう。そう思っていた。

 そんなある日豪族のつまらない権力争いに巻き込まれ、私はその対応に追われシーディのそばに居ることが少なくなった。

 私もずっとシーディのそばにいたかったが、豪族の勢力は増していき問題ごとをそのままにできる状態ではなかった。

 それらにかかりきりとなった私は、シーディに気を遣うこともなく放置した。そうしてすべてが終わった時、シャンディの時と同じように愛するものを失うこととなった。

 後宮に戻ると、シーディは後宮を去った後だった。ランが言うには、シーディは私が豪族の娘と婚姻するために自分が邪魔になってしまうのではないかと恐れていたそうだ。

 それを知った時、私はすぐにシーディを連れ戻すべく探しに出た。

 しかも、シーディは重い病に罹っていると侍医から報告があった。私はそんな時にシーディをひとりにし、そばにいてやれなかった。

 結局私は二千年前からなにも変わっていなかったということだ。

 必死にシーディを探すと、彼女が私と初めて行った星空が綺麗に見える丘の上で息絶えているのを見つけた。

 私が見つけた時、彼女の体はまだ温かかった。

 もっと早く気づいていれば、もしかしたら運命石で彼女を救うことだってできたかもしれない。

 シーディを抱きしめながら、私は強く後悔した。冷たくなってゆくシーディに話しかけた。

「私はお前を愛しているんだ。だからこそお前を迎えにきたというのに、なぜひとりで、こんな……。どうして私に病気のことを相談してくれなかった。シーディ、いかないでくれ」

 その時だった。持ってきていた運命石が輝きだし、そして、突然シャンディの記憶の断片が私の中に流れ込んだ。

 彼女は私との約束を違えないために、自身に何度も生まれ変われるよう呪術をかけたようだった。

 そして、何度も生まれ変わると遠くから私を見守り、何度も私に気づかれることなく死んでいった。そんな何人ものシャンディの記憶。それは最後にシーディの記憶に連なり、そして途絶えた。

 彼女は、本当に手紙に書いてくれていた通り生まれ変わってでも私を待っていてくれたのだ。

 私はシーディがシャンディの生まれ変わりなのだと見抜けずに、ひとりで死なせてしまったという事実に酷く打ちのめされた。

 あまりにもつらい事実に、私はシーディとの日々や思い出に目を背けた。

 思い出を封印するかのように、シーディの使っていた部屋に風化しない魔法をかけると誰も入れないようにして、それから一度も立ち入らなかった。

 もしも、もっと早くにシーディがシャンディの生まれ変わりだと気づいていればきっと何かが違っていたはずだ。

 シャンディも、生まれ変わればきっと私が気づいて見つけてくれると信じていたに違いないのだから。

 それがわかった今、私は次に彼女が生まれ変わったら絶対に見つけてみせると心に誓ったのだった。




 十六年が経ち、サンタスが運命の乙女が生まれ変わっていると予言した時は、これほど嬉しい予言はないと思った。

 ところが、それはすぐに嘘だったとわかる。サンタスが偽者に代わっていたからだ。

 その場で捕らえても良かったが、本物のサンタスをどうしたのか、そして本物と入れ代わった真の目的はなんなのかを知るために、少し泳がせることにした。

 サンタスのことを調べ始めたころ、今度はクゥリで大きな反乱が起きたと報告を受ける。

 私はその場に行きそれを直接鎮圧することにした。

 本来ならば、サンタスの偽者が後宮に入り込んでいるこの状況で、私が後宮を離れるのは得策ではないかもしれないが、逆に相手の油断を誘い調べさせることにした。

 クゥリに到着すると報告されていたほど反乱は大規模なものではなく、直ぐに鎮圧された。

 これぐらいならば、私が来るほどでもなかった。

 そう思いながら夜遅くに事後処理の報告を受けると、その日は近くにあるコジ村で厄介になることになった。

 村に着いてすぐに休んだので気づかなかったが、翌朝村の周囲を見ると、とても素晴らしい景色が広がっていて驚いたものだった。

 本当はその日にでも帰るつもりだったが、少し滞在を伸ばすことにした。

 コジ村の人の良い村長に精一杯のもてなしを受け、酒が入り美しい景色に誘われ、あぜ道を歩いていた時、どこからか聞いたことのある旋律が聞こえた。

 それはシャンディがよく鼻唄で唄っていた歌だった。私はその美しい歌声に誘われ、沢の方へ向かうとそこにひとりの娘がいた。

 彼女は雰囲気がシャンディに似ていた。私はそんな彼女から目が離せなくなった。

 彼女はシャンディの生まれ変わりではないだろうか。

 そう思い、少し期待しながら近づき声をかける。

 だが、次にその口から発せられた言葉に私はがっかりすることになった。

 彼女はこう言ったのだ。

「あの、どちらの方でしょうか?」

 それは当然だろう、もし生まれ変わっていたとして私を覚えているはずもないのだ。そうやってひとりで傷ついた気になり、彼女に冷たく返してしまう。

 そんな対応をしておいて、どうしても彼女の存在が気になった私は彼女を引き止め名を尋ねた。

 彼女の名もまたシーディだった。

 私は部下に命じて、今回の運命の乙女候補に彼女を入れるように伝えた。

 こうして彼女を後宮に迎えると、どうしても彼女に会いたい気持ちが募った。

 だが、彼女にばかり接触していては敵に目をつけられ彼女に危険が及ぶかも知れない。私はあまり目立っての接触はしないように心がけた。

 それでも、様子を直接見たくなり部屋へ行って彼女と話すことがあった。一緒に過ごすと、シーディと過ごした日々を思い出した。

 しかも彼女は優秀で、カーリムからの報告だと字の読み書きもだが、誰に習っていたのか後宮での作法も習得しているとのことだった。

 カーリムはこの時点で、彼女が自分が生まれ変わりであることを隠しているのかもしれないとまで言っていた。

 しかも花見の宵では見事な舞を披露してみせた。あの舞はシーディがもっとも得意とした舞だった。

 ここで私は少し疑念を持ち始める。

 今、貴族や役人たちは大きな派閥に二分されていた。ケモン・マク大鑑の派閥とグスタフ・スニ大鑑派閥だ。

 選ばれた候補たちのうち、スエイン、タイレル、サイはスニ大鑑派閥である。対してシーディは私が気に入って候補へ入れたのもあり、一見してどこの派閥にも所属していない。

 だが、もしもシーディとの出会いが仕掛けられたものだとしたら?

 あの時の反乱も、本来は行く必要のない程度のものだった。だが、私でないと鎮圧できないように報告され、そしてたまたまコジ村に寄った。

 そこでシャンディにそっくりな娘に会い、しかもその娘は完璧に教養を覚え、なぜかシーディの得意だった舞を舞うこともできた。

 そして彼女に付いている中官はリューリだ。彼はマク大鑑の派閥である。

 サンタスを誘拐し、替え玉を送り込んだ人間はもう誰だか調べは付いていた。だが、私よりも先にこの計画に気づいたマク大鑑の派閥の誰かが彼女を送り込んでいたとしたら?

 疑ってしまえばきりがないが、疑わざるを得ないほど、あまりにも彼女は完璧すぎた。

 こうしてシーディに対する気持ちが大きくなると共に、疑念もどんどん大きくなっていった。

 そうして偽の予言者による茶番もあと少しで終わりを迎えるころ、候補たちから組み紐が届けられた。その中に私の目を引く組み紐がひとつだけあった。私はその組み紐を見つめたまま視線が外せなくなった。

 なぜなら、その組み紐は十六年前に私のシーディが私に揃いで編んでくれたものとほとんどおなじものだったからだ。

 この組み紐のことを知る者は少ない。もしも、シーディが本当にシャンディの生まれ変わりだとしても、それを隠そうと振る舞っているくせにこんなにいかにもな行動を取るだろうか?

 信じたくはないが、彼女はあんなにも無邪気で純真そうな顔で私を騙そうとしたことになる。しかも一番触れてはいけない方法で。

 私のシーディを汚された気がして、一瞬にして頭に血が上りその組み紐をつかむと私は彼女の部屋へ向かった。

 そうして彼女に組み紐のことを直接問いただすが、彼女はまるでなんのことかわからないという顔をした。

 芝居をしているなら相当のものである。

 だが、この疑い様のない状況でもどうしても心の片隅で彼女を信じたい気持ちが勝った。それに誕生日が違うということを自分から素直に話してくれたのもまた事実だ。

 マク大鑑が送り込んだなら、あのように素直に誕生日が違うと話すだろうか?

 それに組み紐も意図したものではなかったら?

 いや、彼女が自分が生まれ変わりだと気づいてほしくてやったことだったとしたら?

 どうしても彼女を擁護する考えばかりが頭に浮かんだ。

 とにかく、自分の気持ちを静めると彼女を今一度徹底的に調べることにした。そうして決着をつけたかった。

 この結果が出るまで、私はとても憂鬱な気持ちになった。彼女が生まれ変わりだろうが、そうでなかろうが私は彼女にはそばにいて欲しいと思っていたからだ。

 裏切られていると知っても、もしかしたら私はそれを承知で彼女をそばに置いてしまうかも知れなかった。

 そんな時にやっとサンタスの監禁されている場所の特定ができた。これで、いつスエインや予言者の偽者を捕らえても問題ない。

 それと同時に彼女の潔白を証明する報告もあった。

 私はこれに心底ほっとした。そして少しでも疑ったことをとても後悔し彼女に謝罪し気持ちを伝えることにした。

 それに、潔白を証明できたならばやはり彼女はシャンディなのではと、考えずにいられなかった。




 偽の予言者の化けの皮を剥がす舞台が整った。私は彼らを糾弾し、関係者すべてを捕らえた。

 これでシャリス一族も終わりだろう。何故なら私が彼らを許すつもりが一切ないからだ。彼らは運命の乙女という私にとって絶対に触れてはいけない逆鱗に触れたのだ。

 それに彼ら一族は遺恨が残らぬように一掃する必要があるし、そうしておけば見せしめにもなる。

 こうして面倒事を片付けると改めて彼女と二人きりになり、疑ったことを謝り気持ちを伝えた。

 だが、彼女は後宮を去ることを選んだ。

 もしも本当に彼女が私のシーディであったなら、私を拒絶するはずがないと思っていた私はこの時愚かにも、彼女はやはり私のシーディではなかったのだと思い込んだ。

 いや、思い込もうとした。

 そうして去っていく彼女を止めようともせず、彼女に背を向けた私は、また孤独な日々を送ることになった。

 そんな時、後宮に戻ってきたサンタスから驚きの事実を聞く。

「私が彼らに捕らえられてしまったのは、私が乙女の出現を予言したその直後です」

 そう報告を受けたのだ。要するに予言は本当だったということだ。

 それを聞いた私はそのまま後宮を飛び出すと、気がついたらコジ村へ向かっていた。やはり、彼女は間違いなく私のシーディなのだと直感したからだ。

 今迎えにいかなければこれから先何十年、いや、数千年彼女との出会いを待つことになるかもしれなかった。

 だが一度は彼女に拒絶されている。もしかしたら、彼女はもうすべてを思い出していて私を拒絶していることも考えられた。

 なるべく無理強いはしたくないが、彼女が私のシーディであったならなんとしてでも連れて帰ろう。そう決意した。

 彼女の家に行くと母親から彼女は沢に向かったと聞いて急いで沢へ向かう。

 沢が近づくと、彼女の鼻唄が聞こえた。そう、シャンディがよく口ずさんでいたあの歌が……。  
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