上 下
3 / 18

3

しおりを挟む
 着いたその日は、特に予定もなく言葉通りゆっくりさせてもらった。待遇は至れり尽くせりで、シーディの部屋から見える外の景色も美しく、それを眺めながらシーディはリンと一緒にお茶を飲んだりして過ごした。

 リンは最初『私がシーディ様のお茶のお相手をするなんて』と、距離を取ろうとしたが、できれば同じ年代のリンとは友達になりたかった。だから話し相手も仕事のうちだと説得した。

 以前寵姫として来たときも、そうやって牡丹付きだったランに無理を言って困らせたことを思い出す。

 彼女は元気だろうか? 

 そんなことを思い出しながら過ごした。

 翌日も午前中は用事がなかったので、リンとおしゃべりをして過ごしゆっくり身支度を整えた。

 午後になりリューリが迎えに来て案内し、ある部屋の前で立ち止まる。

「こちらです。お入りください」

 そう言われ足を踏み入れると中はまるで学舎のような畳部屋で、十個以上の机が並んでいた。そこにシーディと同じ年齢ぐらいの少女たちが三人ほど先に来て座って待っている。

 彼女たちはシーディが来たことに気づくと、一斉に振り向いてシーディを見つめた。

 全員が明らかにシーディが着ている漢服よりも派手で、高級そうな装飾品を身に着けている。

 シーディは一瞬でここに集められた彼女たちが、平民ではなく貴族か豪族の娘だろうと気づいた。

 彼女たちは、シーディを上から下まで品定めをするように見つめるとクスクス笑いながら、他の娘たちと目配せしていた。

 嫌な雰囲気。

 シーディはそう思いながら前世で、後宮のこういった女同士のやり取りを何度となく見てきたことを思い出す。

 その時の経験でこんなことで気を揉む方が馬鹿馬鹿しいことはよくわかっていた。なので、相手を刺激しないようにしおらしく案内された場所に座った。

 それにしても、一体なんのために集められたのだろう?

 そう思いながら待っていると、ひとりのおっとりした感じの青年がやって来て前方にある一段高くなった場所に立った。

 そして全員の顔を見渡すと微笑む。

「はじめまして、私はカーリム。今後君たちにはこちらで様々なことを学んでもらうことになったんだけど、私はその教育係をすることになっている」

 そこで一番派手な格好をしている女性が軽く手をあげた。それを見てカーリムがなにかを思い出しているような顔をして言った。

「確か君は……、スエイン・ロ・シャリスだったね。なにかな?」

 スエインは微笑むと答える。

「はい。私は貴族の娘として、生まれてから今日までありとあらゆる教育を受けて参りました。もちろんだからこそ教養はとても大切なものだということも十分承知しております。ですから教養のないような……」

 そこまで言うとスエインはちらりとシーディを一瞥し、視線をカーリムに戻して続ける。

「そういった教育を受けられない可愛そうな方にこそ教育が必要だと思うのです。ですから、そのような方にカーリム様のご指導を集中された方が良いのではないでしょうか?」

 シーディ以外がクスクスと笑う中、カーリムは優しく微笑む。

「君は確か十五歳だったね、スエイン」

 思いもよらない質問に、スエインは驚いてカーリムを見つめる。

「はい、そうです」

「そうか、君はまだ十五年しか生きていないということだね? では、たった十五年で覚えた教育で十分だと君は思うの?」

「えっ? いえ、そういうわけでは……」

「うん、良かった。なら私の話が聞けるね?」

「はい」

「よろしい」

 カーリムは満足そうに大きく頷き、その場にいる全員を見渡した。

「さて、本題に入ろう。君たちにこうして集まってもらった理由を話さないといけないね」

 そう言って一呼吸する。

「君たちは、預言者サンタス様をご存知かな?」

 シーディはその予言者を知っていた。彼の予言は、九分九厘当たると言っても過言ではない。

 だが、予言したいことを予言できるわけではなく、突然お告げがあるらしい。だから、お告げがあったことしか予言できないそうだ。それでも凄いことは確かだった。

 そこでやっと、シーディは気づいた。サンタスがなにかを予言したから私たちはここに集められたのだろうと。

 シーディは思わずカーリムの顔を見つめた。カーリムはシーディを見つめ返すと頷く。

「何人か気づいたみたいだね。そう、君たちがここに集められたのはサンタス様がある予言をしたから。サンタス様は、運命の乙女が転生していると予言した。そしてその乙女たちが十六歳になる時、運命石を乙女に返すことで乙女は完全に目覚める。とね」

 それを聞いてみんな動揺した様子をみせた。当然だろう、急に集められ『貴女たちの誰かが運命の乙女です』と突然言われても信じられるはずがない。

 そこでカーリムは動揺する候補たちを落ち着かせるように言った。

「信じられないかもしれないが、サンタス様の予言は幾度となく当たってきた。だから、今回も当たる確率は十分にある。君たちも覚悟をしておいてほしい」

 そこでもう一度スエインが口を挟む。

「では、私たちはサンタス様が予言した乙女と特徴が一致しているから集められたということなのですか?」

「そういうことだよ。君たち候補の中の誰が乙女なのかは今のところ誰にもわからない。だから、これからここにいる四人には運命の乙女だった時に必要な教育を受けてもらうことになったわけ」

 ここでようやく納得する。リューリに訊いても歯切れが悪かったり、あの待遇には納得した。

 それにもしも、自分が乙女ではなくてもきっと優しいユニシスのことなので、悪いようにはしないはずである。シーディはそう思うとほっとした。

 乙女を知る方法はどうするのかまではくわしい話はなかったが、シーディの十六歳の誕生日はあと三ヶ月後なので、それまでにしっかり学んで手に職をつければ両親を楽させることもできる。

 もしも自分が運命の乙女だとしたら、その時はその時だ。そう自分に言い聞かせて、頭を切り替えた。

 こうしてシーディたちは出自が違うものの同じ境遇にある者として机を並べて学ぶこととなったので、順番に自己紹介をすることとなった。

「私はスエインと申します。父はスゥイで三品さんぴんと選定されております。短い間だとは思いますけれど、どうぞよろしくお願いいたします」

 三品とは階級だと上から三番目にあたる。そもそも一番上である一品いっぴんはほとんど選定されないので、三品というだけでかなり地位の高い人物だということがわかった。

 そのためかスエインはどことなく品があった。

「私はタイレル。父はトゥイで商人を営んでいます。カイ商会というのですけれど。あまり大きな組織ではないから、みなさんご存知ないですよね? とにかく、みなさん仲良くしてくださいね」

 彼女はいかにもお金持ちといった出で立ちだった。それにカイ商会と言ったら世界でも二位か三位を争う商会で、知らない人間はいないだろう。

「私はサイ。父はタントゥの二品にひんです。よろしくお願いいたします」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました

みゅー
恋愛
シーディーは竜帝の寵姫となったが、病気でその人生を終えた。 気づくと、同じ世界に生まれ変わっており、今度は幸せに暮らそうと竜帝に関わらないようにしたが、何故か生まれ変わったことが竜帝にばれ…… すごく短くて、切ない話が書きたくて書きました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります

みゅー
恋愛
 私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……  それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。 ハッピーエンドです。

処理中です...