上 下
23 / 24

23

しおりを挟む
 そんなリディをシメオンは憐憫の眼差しで見つめ語りかける。

「ブランデ侯爵令嬢、私はただアメリと幸せに暮らしたいだけだ。君こそこんな嘘偽りや人をさげすおとしいれるような下卑た行為をして何がしたかったんだ?」

 すると、鋭い眼差しでシメオンを睨み付けてリディは言った。

わたくしはただ幸せになりたかっただけですわ!」

 その言葉にアメリは怒りを覚えた。

「他人の不幸の上にある幸せなんて、そんなもの幻想に過ぎません。そんな考え方をしているうちは、貴女に本当の幸せが訪れることなんて絶対にない!!」

 そう叫んで涙をこぼすアメリを、シメオンは強く抱きしめた。それを見てリディは叫んだ。

「なによ、この女! 可愛い子ぶって自分の方が正しいみたいな顔して!! わざわざこんなに大勢の前で私をおとしいれて、断罪のつもり?!」

 シメオンがそれに答える。

「断罪? そもそも君が自分勝手に振る舞い、我々に関わってこなければこんなことにはならなかったはずだ。そして、今日も君が騒がなければ穏便にすませることができたものを。墓穴を掘ったな」

 それを聞いたリディは、突然奇声を発するとアメリを睨み付け、殴りかかろうとした。が、その場にいた使用人たちに取り押さえられる。

 それを見て吐き捨てるようにシメオンは言った。

「侯爵令嬢ともあろうものが、こんなことをするとはね。早く連れて行ってくれ」

 シメオンがそう言うと、使用人たちによってリディは部屋の外へ連れていかれた。

 その時、エステルが手を叩き大きな音をたて自身に注目を集めると微笑んだ。

「本日はみなさんに不快な思いをさせてしまってごめんなさいね。このまま楽しくディナーをいただく気持ちにはなれないかもしれませんし、今日はお開きにさせてもらいますわ。でも、せっかく来ていただいたのだし、ディナーを楽しみたい方はどうぞ楽しんでくださいな。それと、お詫びと言ってはなんですけれど、お土産を用意させてもらいますわね」

 それを聞いても、席を立つ招待客はいなかった。シメオンとアメリが席に着くと、結局そのまま晩餐会が開催されることとなった。

 先ほどのことについて労う言葉はあれど、咎める者は一人もいなかった。それに、アメリとシメオンの婚姻について祝福の言葉が多く聞かれた。

 色々あったものの、その後は問題なく晩餐会は終わった。

 どっと疲れもしたが、アメリはシメオンが本当にリディのことをなんとも思っていなかったのだと、今回のことで確信してほっとした。
  
 アメリは二人の部屋に戻ると、シメオンに抱きかかえられながら不思議に思ったことを質問した。

「ブランデ侯爵令嬢が城下から追放されたとは、どういうことなんですの?」

 シメオンは苦笑して答える。

「ブランデ侯爵令嬢は城下でも相当やらかしたらしい。その噂は聞いていたから、今回のことも国王に報告したんだ。すると王太子殿下から手紙がきてね、やり取りしているうちにあの書状が届いたというわけさ」

「そうなんですの。一体なにをしたのかしら……」

「さぁね。私も詳しいことは知らない。ただ王太子殿下は『リディの顔は二度と見たくない』と手紙に書いていたぐらいだから、相当なことをしたのだろう」

「王太子殿下がそんなことを仰るなんて」

「そうなんだ。私も驚いた」

 ゲームの内容とずいぶん話が違うとアメリは驚いた。そして不意にもう一つ聞いておかなければならないことを思い出した。

「シメオン様、それともう一つお聞きしたいことがあります。シメオン様はバッカーイの森でわたくしが治療魔法を使ったのをいつからご存知だったのですか?」


「あの時私は見たんだ。矢に射られ混濁する意識の中で君が私に治療魔法かけてくれていたのを。それに、ブランデ侯爵令嬢がタイミング良くどこからともなく現れ君を突飛ばし怪我をさせたことも」

 そう言うと、その時に怪我した額にキスした。

「あの時、ブランデ侯爵令嬢を突き放して君を抱きしめたかったが、まだ体力が回復しきっていなかったのか体が動かなくて、君を守れなかったことが今でも悔やまれる」

「毒を受けたのですもの仕方ありませんわ。それに今日、わたくしを守ってくださったではありませんか」

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」

 そう言って微笑むシメオンの胸にアメリは顔を埋めた。



 こうしてリディと決着をつけたアメリは、結婚式までに覚えなければならないマナーを身に付け、魔法学をしっかり学んだ。

 もともとバロー家で教養を学ばせてもらっていたアメリにとって、それらはさほど難しいことではなかったが、忙しいことには変わりなかった。

 その忙しい合間を縫って、シメオンと共にアメリはボドワン家にも挨拶をしにいった。アメリはとても緊張していたが、祖父であるリカルドは優しくアメリを迎え入れた。

「お前は、亡くなった私の妻にそっくりだ。お前に会えたことは、まるで奇跡のようだよ。さぁ、おいで今までつらい思いをしてきたのではないか?」

 そう言ってアメリの頭を優しく撫でるリカルドに、アメリは感動して涙を流した。そして、改めて家族の暖かさを感じた。

「お祖父様、ありがとうございます。わたくしもお祖父様に会えたこと、とても嬉しく思います。それにわたくしはバロー家でとても大切にしてもらっていますし、お祖父様にもこうして会えてとても幸せです」

 すると、それを聞いてリカルドはテランスに向き直る。

「テランス、お前は素晴らしい娘をもったな。私は誇らしい」

 そう言って、アメリとテランスの手を取り重ねると微笑んだ。

 リカルドはアメリが今までどうバロー家で過ごしたのか、母親のステラはどんな人物だったのかを聞きたがった。

 アメリはステラとの思い出や、バロー家での思い出を事細かに話して聞かせると最後に、シメオンとの婚姻報告をした。

 リカルドはとても喜び、アメリとシメオンを祝福してくれた。

 たった数日の滞在だったが、一気にお互いの距離が縮んだ気がした。




 こうして着々と結婚式までの半年という短いあいだになんとかすべての準備を終えると、無事に結婚式当日を迎えることができた。

 アメリはファニーがデザインしてくれたドレスを眺める。

「このドレス、わたくしとても気に入ってますの。これを着てシメオン様のとなりに立てるなんて、本当に夢のようですわ」

 そう言って喜ぶアメリをシメオンは眩しそうに見つめ抱きしめた。

「良かった、君が私を望んでくれて。さぁ、今日はお互いに忙しくなる。早く支度をしなければね」

 ファニーのデザインしたドレスは本当に素晴らしいものだった。

 幾重にも美しいレースが上から下までふんだんに使われており、腰の切り返しのところに薔薇モチーフの装飾が後ろに向かって流れるように飾られている。

 そのドレスに身を包まれ最後に美しいケープを身に付けるとアメリは幸せを噛みしめた。

 アメリがそのドレスを着てシメオンの前に姿を現すと、シメオンは言葉もなくじっとアメリを見つめた。

「どう、でしょうか?」

「とても、とても美しいよ……。君とこうしていられるなんて、本当に夢のようだ。ここ数日ふわふわした気持ちになって、とても落ち着かなかった。アメリ、本当に私を選んでくれてありがとう」

「お礼を言いたいのはわたくしの方ですわ。シメオンこそ今までわたくしを支えてくださってありがとう」

 シメオンはアメリの手を取り手の甲にキスをすると微笑んだ。

「私は君がそう言う人だから惹かれた。子供のころから、いや、きっと初めて会ったときから君を愛してる」

 そう言うとアメリに口づけ、二人揃ってゆっくり式場に足を踏み入れた。

 こうして盛大に式が執り行われ、二人は領民、両家、近隣の貴族たちにも祝福された。





 式のあと、アメリはシメオンに目隠しをされある場所に連れていかれた。

「もう、なんですの? まだ目隠しを取ってはだめ?」

「もう少しまって。さぁ、ここに立って。体の向きはこっち。よし、じゃあ目隠しを外していいよ」

 そう言われ目隠しを取ると、目の前に立派な屋敷が建っていた。アメリは戸惑いながらシメオンに訊く。

「ここはどこですの? それにあの屋敷は?」

「しばらく二人だけで住む私たちだけの別荘だよ。私たちは今まで忙しすぎた。だからしばらく二人きりでゆっくり過ごしていいと父から暇をもらった。この別荘は私から君へのプレゼントだ」

 アメリは驚いて振り返りシメオンを見上げた。

「それは本当ですの?」

「そうだよ。少し物足りない?」

 アメリは首を振るとシメオンに抱きついた。

「シメオン、ありがとう。別荘よりも二人きりで過ごせるのがとても嬉しいですわ!!」

「良かった。私も今日からの日々が楽しみだ」

 シメオンはそのままアメリを抱き上げると、その場でくるくると回転し、アメリを抱きかかえたまま屋敷へと向かって行った。

 色々あったものの、悪役令嬢で断罪か不幸な結婚の二択しかなかったアメリは、シメオンに溺愛されたことによって、幸せのうちにその生涯を終えることができたのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。 現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。 現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、 嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、 足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。 愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。 できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、 ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。 この公爵の溺愛は止まりません。 最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...