上 下
27 / 41

27

しおりを挟む
「今日はその水色のドレスにするわ」

 アンナは水色のドレスを手に取ると笑顔を向ける。

「お嬢様、最近とても楽しそうです。私それがとても嬉しくて」

「アンナ……」

 そうしてアンナは着替えを手伝いながら話し始める。

「私の父と母がこちらでお仕えして、早くに亡くなった時お嬢様が私を侍女にすると言い張ったと旦那様から聞いております。だからお嬢様にはとても恩義を感じているのですよ」

 アリエルは驚いてアンナを見つめる。

「知っていたの?! んもう! こうなるからお父様にはアンナに絶対に言わないでって言いましたのに!! わたくしはアンナに恩を売るつもりはないのよ?」

 少しむくれているアリエルに、アンナはクスクスと笑った。

「わかっています。でも私は話していただいてよかったと思っています。もともとお嬢様には一生お仕えするつもりでしたけれど、その気持ちが一層強くなりましたから」

 アリエルは改めてアンナに向き直る。

「アンナ、縛られることはないわ。もしものときは貴女は逃げてね?」

 アリエルのその台詞にアンナは手を止めて一瞬目を丸くしたあと微笑んだ。

「私がお嬢様を見捨てることは絶対にありません」

「アンナ、ありがとう」

「ほら、お嬢様早くしないと時間に遅れてしまいますよ」

 アンナにせかされアリエルは支度をすませると、アンナに向き直る。

「どう?」

「とても素敵ですわ! バッチリですお嬢様」

 そう言ってお互いに微笑んだ。

 エントランスに行くとアラベルが立っていた。そして、アリエルに目を止めると微笑む。

「アリエルお姉様、お出かけですの?」

「そうですわ。いつものお散歩です」

 すると、アラベルは改めてアリエルの着ているドレスを見つめる。

「あら、アリエルお姉様最近は少しわたくしとも趣味が似てきたみたいですわ。でもそれを見せる相手がいらっしゃらないのは悲しいことですわね」

「別にそんなこと気にしてません」

「アリエルお姉様? 少しは気にしなくてはダメですわ。諦めるなんて早いですもの」

 そう言うと少し考えている様子になり、いいことを閃いたとばかりに言った。

「今度、わたくしが素敵な人を紹介しますわ! その方、長年連れ添った奥様を亡くされたとかで……年の差はあっても華やかなものが好きではないお姉様にはとてもお似合いだと思いますの」
 
 アリエルは呆れてものも言えなかった。なぜならアラベルがまるで、アリエルと婚約してくれる相手がほとんどいないかのように話してきたからだ。

 そのままなにも言わずに無言でアラベルを見つめていると、そんなアリエルを気にすることなくアラベルは話し続ける。

「えっと、その代わりと言っては何ですけれどオパール様とのお茶にわたくしも連れていってくださる?」

 アラベルはオパールに誘われると思っていたのに、まったく誘われないのが不満なのだろう。

「それはハイライン公爵令嬢に訊かなければわかりませんわ」

「本当ですの?! アリエルお姉様ありがとうございます! アリエルお姉様のお友達を奪うようなことをしてごめんなさい」

 アリエルはアラベルのその言い方に、大きくため息をつくとアラベルを無視し屋敷をあとにした。

 屋敷を出て少し歩いたところで、待たせていた王宮からの迎えの馬車に素早く乗り込む。と、間もなく馬車は王宮へ向かい走り始めた。今日はエルヴェに王宮の庭園に誘われていたからだ。

 王宮の裏の小さな門の前に馬車を止めると、門兵がアリエルの顔を見て笑顔で頭を下げた。

「アリエルお嬢様、おかえりなさいませ。どうぞお通りください」

 そう言って御者に合図すると、なんのチェックもなしにアリエルは中へ通される。門番はアリエルとアラベルの違いをわかっているようだった。

 庭園に案内されしばらく歩くと、エルヴェが待っていた。

「殿下、お待たせしてしまったのではないですか? 大変申し訳ありません」

「いや、かまわない。私が待ち合わせ時間よりも早く来たのだから。それに、君を待っているこの時間も私は好きなんだ」

 アリエルはエルヴェがいつもオーバーに言うのを不思議に思いながら、少し嬉しいようなふわふわした高揚感を覚え恥ずかしくて俯いた。

 エルヴェはそんなアリエルをいつも黙って見つめてくるので、アリエルはしばらく顔をあげることができないのだった。そうしていると、エルヴェがそっとアリエルと手をつなぎ指を絡ませる。

 それが二人の密会のいつもの始まり方になっていた。

「今日は温室の方へ行ってみよう。ちょうどポインセチアが赤く色づき始めたころなんだ」

 アリエルはエルヴェの手をしっかり握り返すと頷いた。

 温室内に入るとエルヴェの言ったとおりポインセチアが美しく赤に色づき、秋の訪れを告げていた。
 赤いポインセチアの横にピンクや白のポインセチアがあり、アリエルはそれを見るのは初めてだったので目を奪われた。

 少しかがんでピンク色の葉を見つめながらエルヴェに質問する。

「こんなポインセチア初めて見ましたわ。とても可愛らしい色合いですわね」

 エルヴェはアリエルと同じようにかがんで葉を見つめて言った。

「それはねポインセチアを改良したもので『プリンセチア』というんだ。華やかでまるでプリンセスのようだろう?」

 アリエルは頷きながら、こんなふうに王宮の庭園で植物のことを教えてもらうなんて、初めて会ったあの日のようだと思いながらエルヴェの方を見た。

 すると、すぐ横でアリエルを見つめるエルヴェの視線とぶつかり顔を赤くして視線を逸らした。

「は、はい。そうですわね……」

 アリエルがなんとかそう答えると、エルヴェは体を起こしてアリエルの手の甲にキスをすると言った。

「向こうにテーブルがある。少し休もうか」

 アリエルも体を起こすと、恥ずかしくてエルヴェの顔を見れずにそのまま頷いた。

 テーブルについて出された紅茶を飲んでいると、エルヴェが質問した。

「そういえばロングピークに行かないようオパールに言ってくれたのは君だそうだね」

 そう言われ、ロングピークで土砂災害があるのでオパールに行き先を変えるように言ったことを思い出した。

「あまり覚えてはいませんが、そのように言ったかもしれませんわ」

「いや、君はオパールにそう言ったのだ。そのお陰でオパールは命を救われた。やはり土砂崩れはおきてハイライン公爵の別荘は被害にあったんだ。ロングピークに行っていたらオパールたちはどうなっていたか……。君はオパールたちの命の恩人だ」

「それは偶然ですわ。わたくしが助けたわけではありません」

 エルヴェはアリエルの手を両手で包んだ。

 「そうだとしても、だ。ありがとうアリエル。オパールは私の妹のようなものだからね。ヴィルヘルムも命を救われた。君に感謝してもしきれないだろうな」

「そうでしょうか?」

「そうだ。ハイライン公爵も君に感謝を述べていた。下手すれば自分の子どもたちを二人とも失うところだったのだから当然のことだろうな」

 アリエルは少し考えてから答える。

「でも、本当に偶然のことですから感謝されるようなことではありませんわ」

「いや、偶然だとしても救われた命があるのは事実だ。君は胸を張っていいと思う。だが、私はそのように謙遜する君もとても好ましく思う。まぁ、私は君がなにを言っても、なにをしようともすべてを愛らしく感じるのだろうが」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香
恋愛
生徒会室で、いつものように仕事をしていた私は、婚約者であるフィリップ殿下に「私は運命の相手を見つけたのだ」と一人の令嬢を紹介されました。 運命の相手ですか、それでは邪魔者は不要ですね。 殿下、婚約破棄致しましょう。 第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。 応援して下さった皆様ありがとうございます。 リクエスト頂いたお話の更新はもうしばらくお待ち下さいませ。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...