上 下
6 / 41

6

しおりを挟む
 馬車で王宮に着きエントランスへ入ると、すぐにヘンリーはアリエルに言った。

「先ほど、君はアラベルにはあのように答えていたけれど、実際のところどうなんだ? 当然、殿下のエスコートの方がよかったのだろう?」

 その質問にアリエルは苦笑しながら答える。

「いいえ、そんなことありませんわ。実は殿下にエスコートしてもらうだなんて、なんだか気後れしてしまっていたところですの。それにアラベルは勘違いしていたみたいですけれど、殿下のエスコートがアラベルに変更になる前からこのドレスに決めてましたのよ?」

 そう言うと、少し悲しそうに微笑んで続けた。

「それにしてもこのドレス、アラベルが言うようにそんなにおかしかったかしら?」

 少し不安そうにアリエルがドレスを見つめると、ヘンリーは首を振って答えた。

「とんでもない、僕は好きだよ? それに……とても似合っている。君は十分美しいから、ドレスは引き立て役にしかならないしね」

「ありがとう、ヘンリーは優しいのね。ところで貴方こそ、今日はお目当ての令嬢がいたのではなくて?」

 その質問に少し照れながらヘンリーは答える。

「実はお目当てというか、父が僕の婚約相手として考えている令嬢がいてね。その令嬢にここで会えたらとは思っているのだが……」

「まぁ、そうですの。ならば今日はその令嬢を探してみましょう。わたくしもヘンリーのお相手がどのような令嬢なのか興味ありますわ」

 アリエルがそう答えたところで、背後が騒がしくなった。どうやらアラベルとエルヴェが広間に入ってきたようだった。

 振り向いて、人集ひとだかりの中心にいるエルヴェとアラベルを見つめた。
 アリエルとアラベルが双子なので、エルヴェがエスコートする相手が違っていることに気づくものがおらず、それについて騒がれてはいないようだった。

 自分の時と違ってきっとエルヴェは楽しそうにアラベルをエスコートしているに違いない。そう思いながら二人を見ると、アラベルの横に立つエルヴェは少し不機嫌そうにしていた。

 アラベルってば、ブローチをしてこなかったのかしら? 

 そう思いアラベルのドレスの胸元を見る。そこにはちゃんとあのブローチが着けられていた。
 何かあったのだろうか? と、少し不思議に思いながらも言った。

「あの二人、とても素敵ですわよね。わたくしと同じ顔なのにどうしてこうも違うのかしら?」

 ヘンリーは慌てて答える。

「そんなことはない! 確かに同じ顔かもしれないが君とアラベルはまったく違うし、決して君が劣っているということはない。僕はどちらかと言えば君の方が……」

 そこまで言うと、ヘンリーは咳払いをした。

「とにかく、気にする必要はないと言うことだ」

「ありがとう、じゃあヘンリーのお目当ての令嬢を探しに行きましょうか」

 そう言ってアリエルは微笑み返した。

 と、突然正面から誰かがぶつかった。相手が床にグラスを落としガラスの割れる音が響く。と、同時にお腹の辺りに冷たい感触があり、アリエルが慌ててドレスを見下ろすと大きな紫色の染みが広がっていた。

「ごめんなさい、わたくしとんでもないことをしてしまいましたわ。どうしましょう?」

 声の主を見るとそこにはオパール・ルー・ハイライン公爵令嬢が立っていた。

「大丈夫ですわ」

 アリエルは笑顔でそう答えながら、公爵令嬢に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか? と考えていた。あまりにも不自然な動きだったからだ。
 だが、オパールは本当に焦っているようで、ドレスを見つめて目を潤ませた。

「いいえ、本当に申し訳ないことをしてしまいましたわ。ドレスはわたくしがなんとかしますから化粧室へ行きましょう?」

 そう気を遣うオパールをアリエルは制した。

「本当に大丈夫ですわ。お気遣いなく」

 アリエルはそう答え、使用人が持ってきた布巾でドレスを拭いた。そうこうしているうちに、何事かと周囲のもの達が騒ぎ始めた。

 エルヴェとアラベルに気づかれる前に人混みに紛れてしまいたい。そう思いながらアリエルが二人を盗み見ると、一瞬だがエルヴェと目が合ってしまった。

 別になにか悪いことをしたわけではないが、思わず顔を伏せた。すると、向こうもこちらに気づいたようで真っ直ぐにこちらに歩いてくるのが視界の端に入る。

 エルヴェはアリエルに用事などないはずである。にも関わらずこちらに向かって来るということは、アラベルに何かしら吹き込まれ、アリエルに文句を言うためにこちらに向かって来ているに違いない。

 そう直感したアリエルは慌ててこの場から離れることにした。こんなに大勢の前でエルヴェに罵倒されるのは耐えられないと思ったからだ。

「ヘンリー、ごめんなさい。わたくし、帰りますわね。ヘンリーは残って楽しんで」

 そう言うと今度はオパールに向き直る。

「ハイライン公爵令嬢、わたくしはもう帰るところでしたから大丈夫ですわ。お気遣いありがとうございます」

 オパールは慌ててアリエルを引き留めようとしていたが、アリエルは笑顔を向けると急いでその場を後にした。

 そんなアリエルをヘンリーが追いかけてきて腕をつかんだ。

「待って、やはり君ひとり帰らせるわけにはいかないよ。君が帰るのなら僕も一緒に帰る」

 そう言って横を歩き始めた。アリエルは抵抗せずに言うことを聞いていたが、馬車のところまで来ると振り返りヘンリーに向かって微笑んだ。

「ヘンリー、ここまで送ってくれれば問題ありませんわ、本当に今日はありがとう」

 そう言って、慌てて馬車に乗り込んだ。馬車が動きだすと、エルヴェに追いつかれずに済んだことにほっと胸を撫で下ろした。

 公爵令嬢には感謝したいほどだった。葡萄ジュースをこぼされなければあのタイミングで帰ることができずに、エルヴェに捕まり公衆の面前で文句を言われるところだったのだ。

 ヘンリーには悪いことをしてしまったので、あとで謝罪の手紙を書こう。アリエルはそんなことを考えながら、馬車の窓から外をぼんやりと眺めていた。





 屋敷に戻ると出迎えたアンナが悲鳴に近い声をあげた。

「お嬢様! そのドレスは一体どうされたというのですか?!」

 アリエルは苦笑すると答える。

「いろいろありましたの。とにかく早く着替えたいですわ。葡萄ジュースをこぼされて気持ちが悪くて。それにヘンリーにも手紙を書かなくてはならないし」

「は、はい! 承知しました」

 そうして着替えを手伝ってもらっていると、なぜかアンナが突然泣き始めた。

「せっかくの舞踏会ですのに、お嬢様がこんなことに……」

「アンナ、わたくし、気にしてませんわ。泣かないで? 大丈夫ですわ」

 そう言ってアリエルはアンナの背中を撫でた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香
恋愛
生徒会室で、いつものように仕事をしていた私は、婚約者であるフィリップ殿下に「私は運命の相手を見つけたのだ」と一人の令嬢を紹介されました。 運命の相手ですか、それでは邪魔者は不要ですね。 殿下、婚約破棄致しましょう。 第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。 応援して下さった皆様ありがとうございます。 リクエスト頂いたお話の更新はもうしばらくお待ち下さいませ。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...