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 アンナは幼子に言うようにそう優しく言ったが、アリエルはそんなことは信じられないとばかりに激しくかぶりを振った。

「そんなはずはありませんわ!」

 そう叫んで改めて部屋の中を見回すと、舞踏会に着ていくドレスが準備されているのが視野に入った。

 アリエルは舞踏会が楽しみ過ぎて、一週間前から自分が着て行くドレスを寝室に準備していたことを思い出してはっとする。

「アンナ、王太子殿下の成人の義を祝う舞踏会はとっくに終わってますわよね?」

 するとアンナは不思議そうな顔をして答える。

「お嬢様、舞踏会は一週間後ですよ? あんなに楽しみにしてらしたのにどうされたのですか?」

 夢でも見ていたのだろうか? そう思ったが、あんなにもリアルなことが夢だとはとても思えなかった。

 ぼんやりしているアリエルにアンナは優しく微笑む。

「もう大丈夫ですよお嬢様。怖がることなんて一つもありません」

 そう言うと、アンナはアリエルにもう一度寝るよう言ってきたので、アリエルはそれに従うふりをしてベッドへ身体を横たえた。

 そうしてアンナが部屋を出ていくと、アリエルは急いでベッドから抜け出し部屋の中を確認する。すると、部屋の中の様子はアンナの言っていた通り舞踏会の一週間前に間違いなかった。

 どういうことなのだろうか? あれは本当に夢だったのだろうか? それともアリエルが死んだことによって過去に戻されたということなのだろうか? 

 もしも過去に戻されたと仮定すると、あれらのことがこれからもう一度繰り返されることになる。だが、未来を知っている自分なら処刑は回避できるかもしれない。アリエルはそう考えた。

 まだ過去に戻ったという確証は得られていない。だが、明日になり自分の知っている記憶が実際に繰り返されるようなことがあれば、過去に戻ったと言う確証が得られる。

 アリエルはとりあえずベッドに戻ると、今のこの状況が牢で見ている夢ではないことを祈りつつ、目を閉じた。

 翌朝、アンナの声で目を開けると間違いなく自分の部屋にいた。アリエルは起き上がると、アンナに身支度を整えてもらっている間ずっと自分が一度体験した今までのことを思い出していた。

 その時、アラベルが部屋を訪ねてきた。

「アリエルお姉様ったら、まだ準備ができてませんの?」

 そう言ってずかずかと入ってくると、アリエルのドレスに目を止める。

「アリエルお姉様のドレスってこれ?」

「そうよ? なにかおかしいかしら?」

 思わずアラベルに対して刺々とげとげしい言い方になる。アラベルはそんなアリエルの様子など気にも止めず微笑む。

「ふーん、おかしくなんかありませんわ。だってアリエルお姉様はなんでも似合いますものね」

 昔なら無邪気なアラベルのこんな台詞もなんとも思わなかったが、あの記憶がある今では含みのある言い方にしか聞こえなかった。

 少しむっとしていると、アンナがやんわりアラベルに言った。

「アラベルお嬢様、アリエルお嬢様とお話ししたい気持ちはわかりますが、ここはアリエルお嬢様の寝室です。もう少しで支度も整いますしお部屋の外でお待ちいただけますでしょうか」

 アラベルはしょんぼりした様子で答える。

「はーい。アリエルお姉様ごめんなさーい」

 そう言ってペロリと舌を出すと、部屋を出ていった。

「アンナ、ありがとう」

 アラベルを追い出してくれたアンナに思わず感謝を伝える。

「お嬢様が私にお礼を言う必要はありません」

 アンナは優しく微笑んだ。

 アリエルはこのアラベルとの会話の一連のやり取りを覚えていた。そして、そこから連鎖的にこのあとの朝食での出来事も思い出す。

 朝食の席でフィリップがミルクをこぼし、母のベルタが今日商人が屋敷に来ることをフィリップに伝えるのだ。

 それらが全て当たったなら、アリエルは過去に戻ったのだと確証が持てると考えた。

 それにしても、とアリエルは思う。当時は自分とは違う天真爛漫なアラベルを可愛らしく思ったものだったが、今ではアラベルはアリエルを軽視しているように見えた。
 相手を尊重していれば、勝手に部屋に入ったり人のドレスを見て『ふーん』と言ったりなどできないだろう。

「支度ができました。お嬢様、難しい顔をされてどうされたのですか?」

 アリエルは声をかけられはっとして笑顔を作る。

「なんでもないわ。お父様とお母様をお待たせしてはいけませんもの、早く食堂へ行かないといけないわね」

 そうして食堂へ向かった。

 食堂にはアリエル以外の全員がすでにそろっており、アリエルは慌てて席に着いた。そして、改めてフィリップとベルタの顔を見つめた。
 そうして見つめていると裁判の時に悲痛な叫び声をあげていた二人のことを思いだし、涙が出そうになるのをぐっとこらえた。

 全員でいつものようにお祈りをしてから朝食を食べ始める。

 すると、フィリップがくしゃみをしてミルクをこぼした。ベルタがクスクスと笑い始め、全員が笑うとフィリップも笑った。このころはこの穏やかな優しい時間を本物だと信じて疑っていなかった。

 そんなことを考えながら、朝食を口に運んでいるとベルタが言った。

「そうでしたわ、今日新しい商人が来ることになってますの」

 その台詞を聞いたのは二回目だった。この時アリエルはやはり間違いなく過去に戻ってきたのだと確信した。そして、なにもしなければあの未来が待っているということも。

 アリエルはある計画を実行することにした。

「お父様、今日はわたくしもその商人が持ってくる物が見たいですわ」

 突然そう訴えるアリエルに、アラベルが苦笑しながら答える。

「お姉様ってば、急にそんなことを言ったらお母様が困ってしまいますわ?」

 アリエルはそう言うアラベルを無視し、懇願こんがんするようにフィリップの顔を見つめた。フィリップは怪訝けげんな顔をしていたが、そんなフィリップにベルタが言った。

「アリエルも年頃ですもの。色々準備があるのかもしれませんわ。許してあげて?」

「そうか、わかった。だがあまり無駄遣いをするなよ」

 以前のアリエルならアラベルに張り合って派手な装飾品をそろえたりする事も多かったので、フィリップのこの反応も理解できた。

「お父様、我が儘を言ってごめんなさい。いつもありがとう」

 アリエルは自然と感謝の気持ちを口にしていた。それを聞いてフィリップとベルタは顔を見合わせて微笑んだ。   
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