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「我々はその化け物をワーストと呼んでいる。ワーストを発見してすぐに、国王陛下の指示でその存在は隠された」

「確かに、そんなものが森を徘徊していると知ったら、混乱を招きかねませんものね」

 頷くとアレクシは続ける。

「そうしてワーストの討伐隊が秘密裏に編成され、発生した結晶には結界を張り人目から遠ざけた」

「それでその、ワーストはどうなりましたの?」

「討伐できなかった」

「では、三百年前からずっと魔法騎士隊は戦い続けているということですの?」

 アレクシは苦笑すると、首を横に振った。

「いや、ワーストは現れた時のように、忽然と姿を消した。その後に残された瘴気結晶も徐々に小さくなり、百年ぐらいの歳月をかけて消えていった」

「では、そのワーストがまた現れたということですの?」

「そうなるな。いや、実はワーストはニ百年前にも百年前にも姿を現している」

「それはどういうことですの?」

「どうもワーストは百年周期で活動しているようだ」

「百年もの間、ワーストは一体どこにいたのでしょう? もしも休眠しているのなら、その間になんとかなりませんでしたの?」

「我々もそれは考えた。だが、何かに擬態しているのか、地中に隠れているのか発見することができなかった」

「そうなんですの。本当に謎が多い生き物なんですのね」

 ワーストが一体どういう生き物なのか、アドリエンヌにはまったく想像もつかなかった。

「そうだ。そうして出現すると数ヶ月だけ存在しその後は忽然と姿を消す。調べるにしても時間が足りないというのもあるな」

「ところで、今回巨大な瘴気結晶が出現したのはワーストが再び現れたからですの?」

「まだワーストの姿を確認したわけではないが、恐らくはそうだろう」

 そこで二人ともしばらく無言になった。アドリエンヌは不意に気になったことを質問した。

「あの森にあった瘴気結晶は、誰かが置いたものですわよね? まさか、管理されている森にワーストが入り込むわけはありませんもの」

「そうだろうと思う。あの結界石は意図的に置かれたようにしか見えなかった。ただ、まだワーストの生態は謎な部分が多い。どうやって移動しているのかも不明だ。なんといってもワーストについて書かれている書物は百年も前の物だ、曖昧な表現も多く解読に苦労している」

 そう言うとアドリエンヌをじっと見つめた。

「な、なんですの?」

「君はわかっていないだろうが、そんな中にあってあれを浄化できる君は我々の希望なんだ。瘴気結晶を浄化できるだけでも素晴らしいことなのに、モンスター化してしまった動物すらもとに戻すことができるのだからな」

 急に褒められ、アドリエンヌはどう反応して良いかわからずアレクシから目を剃らすと小さな声で言った。

「あ、ありがとうございます」

「ところで、君のその首に巻きついて寝ている生物はワーストについて何か知らないのか?」

 急に話しかけられたリオンは、起きてゆっくりと大きな伸びをしてから言った。

「私の名は『リオン』だ。ちゃんと覚えろ腹黒王子」

「リオン! な、なんてことを言いますの?」

 すると、リオンはアドリエンヌを見つめた。

「なんだ、お前はいつもこの王子をそう呼んでいるじゃないか」

 アドリエンヌは慌ててリオンの口を塞ぐ。

「やだ、リオンってばわたくしそんなこと言ってませんわ!」

 リオンはアドリエンヌの手から逃れようともがいた。

「こら、離せ口を塞ぐな!」

 その様子を見てアレクシは微笑む。

「そうか、君は私のことをそんなふうに言っていたのか」

「ち、違いますわ! 王太子殿下もリオンの言うことを信じてはいけませんわ」

「まぁ、その件は今は追求しないでおこう。それより、リオンは一体何者なんだ?」

 その質問に答えるため、リオンはアドリエンヌの肩から飛び降りる。

「アドリエンヌ、私を元の姿に戻せ」

 アドリエンヌは驚いてリオンに確認する。

「王太子殿下に見せてもいいんですの?」

「かまわない」

 そう言われ、アドリエンヌはリオンを本来の獅子の姿に戻した。リオンはその姿で改めてアレクシに向きなおると言った。

「私の名はリオン・ブランカ。神の眷属であり、今は神の子であるアドリエンヌの監視者だ」

 アレクシはリオンを驚きの目で見つめる。

「神の眷属の白い獅子。伝承に出てきたのは読んだことがあったが、本当に実在したとは……」

「その伝承に出ている神の眷属も、今はこの娘の監視者として縛られている。それもこれもアドリエンヌ、お前に名をつけられたからだ」

 それを聞いてアレクシは不思議な顔をした。

「以前は名がなかったということなのか?」

「そうだ。我々はその運命が定められた時に名が決まる。私はアドリエンヌによって運命を定められてしまった。興味本位で近づいたのが運のつきだったということだな」

 アドリエンヌは苦笑した。

「名を決めることにそんな意味があるなんて知らなかったんですもの、仕方がないですわ」

 それを受けてリオンは大きくため息をついた。

「まぁ、過ぎたことは仕方がない。それにお前のそばにいれば退屈はしない」

 そこでアレクシが口を挟む。

「ちょっとまってくれアドリエンヌ、やはり君は『エーペ・ドゥ・ジュ』に記されている『フィリウスディ』なのか?」

 ここまで話してしまったのだから、隠すことに意味はない。アドリエンヌは正直に答える。

「そうみたいですの」

「なるほど……」

 そう言ってアレクシは黙り込んだ。アドリエンヌは自分の存在をアレクシに良いように使われるのではないかと不安になった。

「王太子殿下、お願いがありますの。わたくしが『フェリウスディ』であることは隠しておいてくださらないかしら?」

 アドリエンヌの不安に気づいたのか、アレクシは微笑むと頷いた。

「もちろんだ。こちらも隠していることがあるのだから。だが、ワーストについても君のことについても、隠すことが難しくなる事態もあるだろう。そうなった時は覚悟してほしい」

「その時は仕方がないと思いますわ。それと、婚約解消についても引き続き考えてくださるかしら?」

 それを聞いてアレクシは少し悲しそうに微笑むと言った。

「わかった」

 婚約解消についてあっさり了承してくれたことを意外に思いながら、アドリエンヌは胸を撫で下ろした。
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